実験授業その2終了

 先週に引き続き、都内のある女子高で実験授業の2回目を行った。
 今回はゲームそのものは使用せず、シナリオとコンテンツを使って制作したWeb教材で授業を行い、評価データを集めた。
 授業のすぐ直後から、他の仕事のために丸二日間缶詰で作業しなければならなかったため、データの集計や分析はようやくこれから着手できる。まだ集計してみないと正確なことは言えないが、授業をやった感触としてはよい手ごたえがあった。何より、自分で作った仕掛けで生徒が期待通りの反応を示してくれたのがうれしかった。
 ここから得られる研究面の知見は多いのだが、それをデータで説明するにはこれから並々ならぬ試行錯誤が必要になる。いかんせん、自分の研究者としてのスキルが丁稚レベルなので、授業の時のいろんな手際も悪かったし、定量データ分析も大した経験をしていない。それによく考えたら、こういう実証的な研究からは2年以上遠ざかっているのに気づいた。これではとても研究で食っていける気はしない。これから前に学んだことを思い出しつつ、新しいことを学びつつ、付け焼刃でも何でもいいのでここは乗り切ってみようと思う。
 ともかく、これで今回の実験は終了。関係者の皆さま、多大なるご協力に感謝しております。ありがとうございました。

実験授業その1終了

 都内のある女子校で、いま進めている研究の実験授業の1回目を行った。
 無事に終了というところなのだが、課題と知見にあふれていて、まだ消化できてない。やっているのはオンラインゲームを使って歴史を学ぶ授業で、作った2種類の教材を使って実際の授業を行い、成果を評価するというもの。ゲーム会社さんに頼みこんで、教材をオンラインゲームに組み込んでもらい、それを生徒に試してもらった。
 実施時間の短いワンショットの研究で、教師経験の浅い自分が出張って教えないといけない状況で、実践研究というよりも、授業の場を間借りした実験。開発した教材の形成的評価としては意味のあるデータが集まっているものの、授業はたいへんな状況だった。いくつかの先行研究で書かれている混沌状態をそのまま再現した感じになった。生徒たちは楽しんでいたし使用したゲームに引き付けられてはいたが、それを学習とつなぐのは難しい。どの要素がプラスで、ゲームの要素を抜いてみるとどうなるかは、来週の実験からある程度見えてくると思う。
 実際の授業の場で研究をやる場合、いろんな要因の影響を受けるし、制約も大きい。研究に加えたかった要素を実際の環境に合わせて修正したり削ったりしなけれければならなくなるし、十分な実施時間も取れるとは限らない。今になってみれば、あの時こうしておけばとか、早いうちにこんな手を打っておけばとかいろいろと出てくる。
 オンラインゲームなので、一般プレイヤーもゲームの中にいる。徹夜明けで息抜き中の社会人がゲームの中で生徒たちと話し始めたりするような場面が見られるなど、ゲームの中で授業を行うことで、ゲーム世界にも影響がある。そういう社会的要素を取り入れた研究にしたかったが、諸事情で今回は見送らざるを得なかった。
 こういう実践を通して反省したり、自分で作ったものを試したりしながら改善するプロセスが、いまの自分にはもっと必要だなとつくづく思った。作って試す回転が鈍く、その分成長も鈍い。そういうことがわかっただけでも、シリアスゲームサミットをパスしてこちらを選んだ甲斐があった。人の話を聞くのはほどほどでいいし、誰か代わりがいることはほかの人に任せればいい。もっと自分で作ったものを試して、フィールドで自分の手を動かしてデータを集める時間を作らないといけない。
 実験はあともう1回。そのあともまだまだかかりそうだが、とにかく、集まったデータを一度論文にまとめてみたい。
 関係者の皆さま、多大なるご協力にたいへん感謝しております。

太田総理とみちぶしんとアウトリーチ

 日テレの「太田光の私が総理大臣になったら・・・秘書田中。」で、太田総理のマニフェスト「ガソリン税を撤廃します」をテーマに、道路特定財源問題を議論していた。
 TVタックルのたけしと同様、爆笑問題が言っているから聞く耳を持つ、そのテーマについて考えてみようという気になる視聴者は結構いるのかもしれない。同じテーマをサンデープロジェクトでやっていても見ないけど、この番組ならみるという人もいるだろう。他のメディアでは届かない人たちでもこの番組だから届く、という効果が大きければ、この番組の持つ、情報提供メディアとしての機能や、その社会問題について考えるきっかけを与えるアウトリーチプログラムとしての役割は大きいということになる。今のテレビ番組はつまらないつまらないと批判されるが、よく見ていくといい番組もあるし、テレビのメディアとしての力はバカにしたものではない。
 この「太田総理」のあと、テレ朝の「ニュースステーション」を見ていたら、同じく道路特定財源の無駄遣いの問題が取り上げられていて、マッサージチェアやカラオケセットのほかに、「みちぶしん」という道路開発をテーマにしたミュージカルのスポンサー予算も道路特定財源から出ていたと報じられていた。
 「みちぶしん」という作品がどういう経緯で作られたのかは知らないが、スポンサーシップのなかで考えた場合、テレビ番組であれ舞台パフォーマンスであれ、スポンサー側が考え方や趣旨に賛同できるものに資金を提供するのが当然であり、何の関連もない分野に中立的な立場で協力するというのはチャリティー以外では成立しない。
 通常の方法で道路開発の意義を説明したのでは届かない層に向けて、形を変えて情報や学習機会を提供するという考え方は、アウトリーチの取り組みの一つである。道路特定財源から出したことの是非や、ミュージカルというアプローチが適切だったかは別として、公的な機関がミュージカルのスポンサーになること自体を否定したのでは、アウトリーチプログラム自体が立ち行かなくなってしまう。
 このような形でマスメディアの批判のやり玉にあがってしまうと、今後の同じ様な取り組みがやりにくくなるし、こういう理屈で難癖が付けられるということになると、間接的には産学官連携の取り組みにも被害が及ぶ。度が過ぎたことになると、テレビ局も公的なスポンサーが取りにくくなって結果として困るだろう。マッサージチェアを買うのとミュージカルに金を出すのとは性質がまるで異なり、批判の方向も異なることを考える必要がある。
 そもそも、このような無駄遣いが起きているのは、官庁の単年度主義の予算運用のルールに問題があるのであって、そこを批判せずに現象面だけ取り上げても意味がない。各部門でとった予算が年度末に余って、その使い道としてとりあえず適当なものに使うというようなことは、国交省でなくても自治体でも国の予算をもらった研究機関でもどこでも起こっている。
 たとえば、年間数千万のプロジェクトを複数年で予算をとったとしても、年間の予算は単年度で使い切らなければいけないし、さらにたちの悪いことに、初年度は後半から予算執行になることもあるし、補正予算で年明けに予算が下りたりした場合には、年明けからしか予算が使えなくなったりすることもある。そうなると、実質数か月で年間予算を消化しなければならない。予算は持ち越せないため、すべて使い切ろうとして必要もない設備や資料をぜいたくに買って帳尻を合わせることになる。大規模プロジェクトほどその金額が大きくなっていき、非効率な予算消化があちこちで行われる。無駄なことこの上ない。
 しかし、誰も無駄遣いしたくてそんな無駄遣いをしているのではなく、ひとえに運用ルールに問題があるからそうなっているだけだ。取れた予算を節約して大事に使える方向にルールを変えないと、他でも同じような問題がまた起きる。道路特定財源の無駄遣いという個別の現象としてとらえるのでなく、行政面の非効率な制度の問題としてとらえないと、今度はほかの省庁で問題が起きて、また締め上げるルールを制定して、という繰り返しになるだけだ。そうしていくうちに、動きがとりづらいだけの社会になって、誰も幸せにはならない。

「効率が10倍アップする新・知的生産術」を読んでみた

 帰宅途中に駅の本屋に立ち寄った時、売れ筋本のコーナーで「効率が10倍アップする新・知的生産術―自分をグーグル化する方法」が大量に置いてあって目立っていたので買って読んでみた。この本だけでなく、売れ筋本のコーナーには、勉強法やライフハックなどの自己啓発本が並んでいたのだが、特に最近話題の勝間本ということで入口に専用コーナーができているほどだった。
 勉強法や知的生産の本には軒並み10万部以上売れているヒット作が多いようなので、日本人の向上心や仕事へのモチベーションの高さは捨てたものではないなと思う反面、多くの人が仕事や生活がうまくできてない不全感を抱えていることの表れにも見える。
 このジャンルの本は、著者も述べているように、一つ二つヒントになる気づきが得られれば十分だと思うし、全部真似しようとしても到底続かない。本に書かれているのは、著者自身の仕事や生活のコンテクストの中で積み上げられたノウハウであって、異なるコンテクストにいる人がそのままやっても無理があることが多い。
 勉強の仕方や生産性向上の仕方というのは、何か必然性や目指すところがあって初めて生きてくるし、ノウハウとして積み上がっていく性質のものだと思う。本書の最初のところで、著者が自分にとってどんな必然性を抱えていて、どんな制約の中でノウハウを身につけてきたかを説明している。この点は本書の評価すべきところだと思う。
 ただ、基本的にこの本はすでにたくさんついている「勝間本」のファンのための本のような印象を受けた。内容的には、以前の著作の「無理なく続けられる年収10倍アップ時間投資法」などの方がざっと見た感じではまとまっていたのでそちらを読んだ方がよくて、この本は勝間本のファンになった人へのフォローアップ的な位置づけでとらえた方がよいのかなと思った。というのも、以前の著作よりも成功者としての著者本人にフォーカスされているため、普通の人が段階的に学べるような構成にはなっていない。「技術」として整理されている項目の多くは、著者自身のコンテクストでしか実践しても意味がないようなことが並んでいる。
 言ってみれば、「料理の鉄人」を見ているようなもので、料理がうまくなるわけではなくても多くの人が楽しんでいたように、この本はあるレベルまで到達してしまった著者の技を見て楽しみつつ、自分でもやってみようかとモチベーションを高めるための作品。あるいは、わかる人にしかわからないたとえをすると、ポールギルバートやイングヴェイのような名人のギター教則ビデオを初心者が買って見ても何も学べないけど、買ったファンは買ってそのビデオを見ることで満足するというような状況に似ている。
 
 一つ短所をあげれば、ページ数の割には(以前の著作はよく読んでないのでおそらく)以前の著作の内容を繰り返しつつより著者自身の経験を語る感じになっているところがあり、書かなくてもよさそうなことを書いて作品の価値を下げているところが散見された。著者の固定ファンにはそれでよいのかもしれないが、余計なことは書かずに3分の2くらいに原稿を削った方がよいかなという印象を受けた。
 これは斎藤孝あたりにも共通の問題点だと思うのだが、いったん売れて支持層が広がってしまうと、多少内容が粗くても売れてしまうので、多作化傾向のなかで質より量を追う形になってしまい、一作あたりの価値が削がれてしまっている。原稿の依頼が次々に来て忙しくなるなどの著者側の事情もあるとは思うけども、もう少し内容を吟味して、不要なことは書かないようにした方が結局は読者を大事にすることにつながると思う。
 そういう課題のある作品ではあるけれども、知的生産性を上げることに関心のある人、特に勝間本のファンのツボにヒットする一冊ではあると思う。

無敵ジーン・シモンズ

 アメリカの不動産王、ドナルド・トランプの弟子の座を目指して争うリアリティショー「アプレンティス(The Apprentice)」の新シリーズが始まったことは先日書いた(先日のエントリー)。
 ロックバンドKissのジーン・シモンズがその異才ぶりを発揮して、他の挑戦者が考え付かないアプローチで自分のチームを連勝に導いていた。彼の挙動が低迷気味のこの番組を盛り上げる要素になってきていたのだが、ジーンは3週目にしてあっさりクビになってしまった。少し前の話だが、忘れないうちに少し感想をメモ書きしておく。

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メール不具合顛末

 昨日はメインのAnotherwayのメールの不具合のメンテナンスに時間を取られました。原因は、サーバーで提供されているスパムフィルターで仕分けられたスパムが、メールサーバーを圧迫してメール配信が止まってしまったことでした。
 それに加えて、メールの受信状況から判断すると、スパムフィルターに何らかの不具合があり、1月23日~2月3日の間に受信した通常のメールもサーバーに残ったまま配信されていませんでした。そして最悪なことに、スパムメールの削除と共にそれらのメールも消失してしまいました。あらためて、もしこの時期にメールをお送りいただいていましたら、申し訳ないのですが再度ご連絡いただければ幸いです。
 利用しているホスティング会社が提供していたスパムフィルターについては、前から怪しい動きをしていたのを、受け取るスパムの量を大幅に減らしてくれてはいたので、注意してメンテナンスすることでカバーしつつだましだまし使っていたのですが、ここへきて問題が発生してしまいました。今後はスパムメールも含めてすべてGmailで受けとる形にして、Gmailのスパムフィルターで一括処理する形に運用方法そのものを変更しました。これで不安定なシステムへの依存度が下がるので、トラブル自体がかなり解消されると思います。こういう時にはインフラというのは安定度が最優先なのを実感します。
 9割以上はスパムか読まなくても支障のないメルマガ等とはいえ、10日分のメールが受け取れないままに消えてしまったのはかなり痛手で、たまたま何か重要な連絡をもらっていたらどうしようとか、せっかく連絡したのに返事がなくてムカついている人がいたらどうしようとか考えて、へこみました。でも、こういうアクシデントでつながらないのであれば、もともとご縁がなかったとでも思ってあきらめるしかないかと腹をくくりました。
 メールだけでなく何事においても、自分のあずかり知らぬところでなにか機会を失っているのではないかと考えだすときりがなくて、それ以外の自分の幸運を喜べない気持ちになってきます。そういう気持では良い仕事もできません。この一件でつながる機会を失ってしまったかもしれないどなたかにはお詫びしつつ、またつながることができる機会がくることを願いつつ、前に進んでいくことにしたいと思います。

帰国しました&業務連絡

 一昨日帰国して営業開始しました。それから、先ほどAnotherwayのメールアドレスのメール遅配が起きていることを発見して、メンテナンス中です。ただ今大量のスパムメールと共に仕事のメールが届き始めているので一つずつ対応しているところです。
 2週間近く不達状態が続いていたようなので、このアドレス宛てにメールをいただいていた方にはご迷惑をおかけしております。大学やGmailのアドレスは問題なく使えていたので、最近メール減ったなという程度でのん気に過ごしていて発見が遅れました。確認次第すぐお返事差し上げますのでよろしくお願いいたします。
追記:
メールは復旧したのですが、1月23日―2月4日のメールが届かないまま消えてしまった可能性があります。この頃にメール出したけど返事来ないよという方、恐れ入りますが再度ご連絡をいただければ幸いです。ご迷惑をおかけして申し訳ないです。

明後日帰国

 米国ではついさっきスーパーボウルがニューヨーク・ジャイアンツの勝利に終わり、大統領予備選はスーパーチューズデイ直前で盛り上がっているのを尻目に、明日早朝に日本に向けて出発するので、ただいま荷作り中。もう2カ月おきくらいでしょっちゅう帰っているのでたいして珍しくもない感じになりましたが、今回は3月末まで東京にいます。大事な研究や執筆の仕事を一つ一つやっているとまたあっという間の2ヶ月になりそうです。また今回もいろいろな方々とお会いできるのを楽しみにしております。

熊本大学ご一行様来訪

 今週はこのペンシルバニアの田舎街まで、はるばる日本から来客があった。日本のインストラクショナルデザイン研究の第一人者の鈴木克明教授はじめ、熊本大学教授システム学専攻の研究者の皆さんがペンステートのインストラクショナルシステムズプログラムを訪ねてきてくださった。
 2年前の専攻の開設直前にも一度来ていただいていて、今回は2回目になる。今回は同専攻が2年経って修士プログラムが一巡した段階で、さらにオンラインで博士課程もこの4月から開設されるということで、こちらの教員や院生たちも興味を持って訪問団を迎えた。熊本大学での取り組みを紹介してもらうセッションを行い、当プログラムの教員や大学のコースマネジメントシステム、オンライン大学の担当部署のマネージャーなど、さまざまな人たちと3日間で10数件のミーティングが行われた。
 当プログラムの教員にはほぼ全員会っていただいて、従来のインストラクショナルデザイナー教育のなかで最近の学習科学の研究をどう位置づけて扱っているのか、オンライン教育における教育の質の問題などのテーマで密度の濃いディスカッションが行われた。特に学習科学の話は、ちょうど前に書いたように、うちのプログラムでも関心の高まっているタイミングだったのでホットな話題だった。
 日本からのはるばるの訪問ということを聞いて、普段はなかなか会う機会の作れない著名な教授にも会うことができた。HRD分野ではたいへんに著名で、ワークプレイスラーニングやパフォーマンスマネジメント、タレントマネジメントといった日本でも関心が高まっているテーマではよく引用される、Dr. William Rothwell を訪問して最近の著作や中国の外資系企業での研修などの話を聞かせてもらった。ありがたみがわからないとは恐ろしいもので、この6年近くの間、いつもうろうろしている同じフロアにこんな著名な研究者がいるとは知らなかった。彼の研究室は最近引退したDr. Frank Dwyerの部屋に移っていたので、前よりも勝手のわかるアクセスしやすいところに彼はいたのだが、全くその恩恵を得ていなかったことを痛感した。彼の話も留学してすぐの頃に聞いていれば、その後の進路もだいぶ違うものになっていたかもしれないなと考えさせられた。ペンステートは、教育学分野でも充実したプログラムをそろえていると評価されていて(ランキング一覧、教育工学分野は主要なランキングで扱われてないのでうちのプログラムは残念ながら載ってない)、この大学の研究者人材の豊富さにあらためて舌を巻く思いがした。
 それにもう一人、遠隔教育分野で世界的な研究者として知られるDr. Michael Mooreにも面会できた。彼とは何度か会ったことがあるのだが、やはり日本でオンライン教育を実践されている人たちとの話ということだと聞ける話が違うので楽しかった。彼に限らず、研究者たちの話は普段とは違うところがあり、今まで授業やプロジェクトで接してきたこととは違う側面で話が聞けた。これは教育学でいうところのヒドゥンカリキュラムのようなもので、そういう意味では案内した僕自身が相当によい経験ができた。もっと早くに聞きたかったなという話もあるが、早ければその重要さを理解できなかったかも知れないし、もっと後に聞けばもっと違ったありがたみがあるのかもしれないし、なかなか難しい。結論としては、そういうよい機会を継続的に提供できる環境を作れば、タイミングの問題は重要度が下がるので、よい経験ができる機会を増やす方向で考えるのがよいのだろう。そういう意味ではペンステートがその環境が提供されているのは間違いない。
 ペンステートの各オンラインプログラムでも、博士課程のカリキュラムはこれからそろそろ動き出そうかというところなので、熊本大学はその面では先を行くことになる。また数年後にその成果を持ってこちらの研究者たちと話ができる日が来れば、さらに楽しいことになるだろう。
 熊本大学ご一行は、この後の目的地へ出発され、現在取り組まれている大学院改革支援プログラム(特色GP)のプロジェクトで、カリキュラムや教育情報システムの国際共同開発を進めるとのこと。日本では他のどこもやっていない取り組みで、こちらもどんな展開になるのかとても楽しみだ。

TVドラマ版ターミネーター

 1月から新たなTVドラマシリーズとして「Terminator: The Sarah Connor Chronicles(FOX)」が始まった。映画版の2と3の間で、サラ・コナーがまだ生きている頃のストーリーが描かれている。カリフォルニア州知事に出世したシュワルツェネッガーは出てこず、他の俳優たちも総入れ替え。このシリーズにジョン・コナーを守りに送り込まれたターミネーターは少女型で、シュワルツェネッガー型よりもバージョンアップしているという設定。
 例年同じ枠でやっていた人気ドラマ「24」が、脚本家協会のストや主演のサザーランドの逮捕などの影響で放送延期になっているが、このドラマがちょうど埋め合わせている格好になっている。24は行き着く暇もなくシリアスな展開がずっと続くが、こちらは24と比べれば、その点が若干スローダウンしている。また、映画版本作は爆破やカーチェイスなどのアクションに頼るところが多かったが、テレビ版はストーリー展開重視でアクションは抑え目になっている。ターミネーターと人間のコミュニケーションギャップにまつわるコミカルなシーンは健在で、笑えるやり取りはむしろ映画版よりも増えている。
 この手のオリジナル作品からのスピンオフやリメイクは、ヒット作の果実を最収穫するためによくとられる手法だが、ストーリーや設定がきちんと練りこまれていないと単なる便乗や「原作レイプだ」と批判されるような作品となってしまう。本作品についてはその点ストーリーがよく練りこまれていて、うまくオリジナルの設定やテイストを活かしながら新たなオリジナル作品を生んでいると言ってよい仕上がりになっている。
 人気のあるオリジナルにしてもよいところと悪いところがあるし、時代が過ぎて技術が進化すれば、以前よりも表現の幅が広がっていることもある。よいところをうまく活かしながらいかに新たな要素を組み込んで行くかというところをよく考えないと、単なる焼き直しに終わってしまう。オリジナルの解釈が甘いままに余計な手を加えると、ファンからは余計なことしてくれるなと非難の声が上がる。スピンオフやリメイクは、オリジナルの威を借りることができる分、別の難しさが増すというところだ。
 この「Terminator: The Sarah Connor Chronicles」に関しては、その辺りがうまく消化されている印象だ。映画版を見ている人は、ストーリーや演出面でオリジナルのよさがどう消化されて反映されているかを演拾いながらみるのも面白い。続編だからとたかをくくらずに見てほしいオススメの作品だ。