「デジタルゲームの教科書」刊行

 「デジタルゲームの教科書 知っておくべきゲーム業界最新トレンド」が来週から発売開始されます。アマゾンでは先行予約中です。
 執筆参加した人間が言うとやや手前みそですが、ゲーム業界の基礎知識や最新トレンドがしっかり詰まっていて、ゲーム業界に関心のある人全般にお勧めできる内容です。前述の「デジタル教材の教育学」ともども、ぜひご一読ください。
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『デジタルゲームの教科書 知っておくべきゲーム業界最新トレンド』
著者: デジタルゲームの教科書制作委員会
スーパーバイザー: 松井悠 / 新清士 / 小山友介 / 池谷勇人 / 記野直子/ 中村彰憲 / 佐藤カフジ / 岩間達也 / 徳岡正肇 / 小野憲史 / 中田さとし/ 藤本徹 / 鴫原盛之 / 七邊信重 / 三宅陽一郎 / 八重尾昌輝 / 大前広樹/ 藤原正仁
 ゲーム業界はどのように形成され、どのような状態にあり、そしてどこへ向かうのか。デジタルゲームの過去、現在、そして来るべき未来を俯瞰。ゲームの産業、カルチャー、そしてテクノロジーにまつわる24テーマを、各分野のオーソリティが鋭く論じます。ゲーム業界に関わる人、そして業界を志す人のための必読書です。
A5判 536ページ
ISBN: 978-4-7973-5882-7
定価: 2,380円(本体)+税
目次:
第1部:ゲーム産業の基本構造
 第1章:ゲーム産業の全体像
 第2章:ゲームが消費者に届くまで
 第3章:ゲームとゲーム産業の歴史
第2部:世界のゲームシーン
 第4章:転換期を迎える国内ゲーム市場
 第5章:北米ゲーム市場
 第6章:アジア圏のゲームシーン(韓国・台湾・中国・東南アジア)
第3部:ゲーム業界のトレンドシーン
 第7章:ネットワークゲームの技術
 第8章:PCゲームとオンラインゲームの潮流
 第9章:アイテム課金制による無料オンラインPCゲーム
 第10章:ソーシャルゲーム
 第11章:携帯ゲーム(iPhone、Androidなどの携帯ゲームアプリの現在とその可能性)
 第12章:日本タイトルの海外へのローカライズ
 第13章:海外産のゲームの日本展開における課題(ユーザー数世界No.1のMMOが日本で運営されない理由)
 第14章:シリアスゲーム
 第15章:デジタルゲームを競技として捉える「e-sports」
 第16章:アーケードゲーム業界の歴史と現況
 第17章:ゲーム業界に広がるインディペンデントの流れ
 第18章:ノベルゲーム(デジタルゲームを使用した1つの表現)
 第19章:ボードゲームからデジタルゲームを捉える
 第20章:ARG(Alternate RealityGame)現実の世界を舞台とする代替現実ゲーム
第4部:ゲーム開発の技術と人材
 第21章:ミドルウェア
 第22章:プロシージャル技術
 第23章:デジタルゲームAI
 第24章:ゲーム開発者のキャリア形成

「面倒くささ」と仕事の価値

 「エンゼルバンク」の8巻が出てたので買って息抜きに読んだ。「エンゼルバンク」は、大学受験合格指南マンガ「ドラゴン桜」の外伝の転職指南マンガ。
 著者の三田紀房氏は本作のほかに就活指南マンガ「銀のアンカー」と起業指南マンガ「マネーの拳」の3作品を連載中で、どれもよくできた大人向け学習マンガとして読める。娯楽マンガとしての質を保ちながら学習要素をうまく配合していて、細かい知識を扱っていても説明臭くなっていない。学習マンガとして書かれたものはこの辺が弱く、ストーリーが説明のための添え物になっているものが多い。シリアスゲームのデザインの方向性がわからないという人は、よく書けた学習マンガを参考にすれば、学びと遊びのバランスをどこに置けばよいかが見えてくる(テレビや映画からもヒントは豊富に得られる)。ただし方向だけ見えても、技術的に追いついていかなければ実践ができないというのは、学習臭くて読みにくい学習マンガが多い中にごく一握りの優れた学習マンガが存在するという状況に現れている。
 シリアスゲームと学習マンガの話はまたの機会におくとして、本題は今回読んだ「エンゼルバンク」8巻に出てくる一節について。

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Amazon Kindleの日本発売に興味を持った人への参考情報

 アマゾンのトップページに、Amazon Kindle(アマゾン・キンドル)が日本でも購入可能になったという告知が出て、あちこちのニュースメディアで取り上げられてます。Engadgetのようなところで紹介されるのは普通にしても(記事)、このニュースは一般の新聞系メディアのサイトにも即座に広まっているようです。
 実は今年の3月末、帰国前にKindle2を買って日本に持ち帰って細々と使っていて、いつかネタにしようと思ってすっかり忘れてました。なのでこのタイミングに便乗して、実際の利用者としての感想を交えた参考情報を少しお届けしようと思います。
 スペックの話とか利用レポート的なネタは、ガジェット系のライター諸氏、アルファブロガー諸氏に譲るとして、ここでは「要はワタシにとって買いなの?」という話を簡潔に。
 というのも、現時点ではこのキンドル、まだ万人向けと言うよりはかなりユーザーを選ぶところがあるので、売り文句につられて買うと、ギャーしまったぁ、と激しく後悔することになるかもしれません。なので、思いつく範囲でどういう人にお勧めかを挙げてみました(注:あくまでUS版のKindle2を2009年4月~9月まで使っての個人的な印象です。後のバージョンやOSのアップデートがあった場合は様子が違ってるかもしれません)。

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ビジネス書の質を落とす5つの方法

 書店で山のように平積みにされているビジネスパーソン向けのノウハウ本的な書籍、たまに手に取って読んでみている。仕事術とか論理思考とか、いいこと書いている本もある中で、タイトルに興味をひかれて買って読んでみたら、ちょっとこれはどうかと、と思うような残念なビジネス書も少なからず並んでいる。やめとけばいいのに余計なことを書いて自ら質を落としているビジネス書には、いくつか共通する問題点がある。たとえば次のようなことだ。
1.ステレオタイプな議論をする
 「アメリカは・・」とか「テレビゲームは・・」とか「ゆとり世代は・・」とか、やたらと括りの大きなカテゴリーで一般論とも自分の主張ともつかないことをとうとうと語る。切り口がユニークだと話が分かりやすくなって面白くする効果はあるかもしれないが、的を外すとダメージは大きい。特に著者が自身の限られた経験の範囲でみたものを拡大解釈して「アメリカ人はこれこれで・・・」というようなことを訳知った風に言うと、またたく間に鼻白んでしまう読者10倍増になる。
 この辺りの傾向は、最近のネット知識人の残念発言にも共通している。ブログ炎上させたければ、ステレオタイプな議論で日本人や特定業界を腐す論法は効果大。広告マンやマーケターならまだしも、コンサルタントとかアナリストとかで飯を食ってる人がそんな血液型占いみたいなステレオタイプで世の中を語っちゃまずいだろうというような大雑把な話も珍しくない。特にブログだと思いついたものをすぐパブリッシュできてしまうので、なおのこと自分を貶める発言を人目に触れさせてしまう危険は大きい。でも書籍にも、それは編集者が止めないとまずいだろというような雑な議論で、人気著者が自分用メモのような内容をそのまま活字にしているものもある。

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これはまさしく、「ゲームの教科書」

 「ゲームの教科書」(馬場 保仁、山本 貴光著 、ちくまプリマー新書)を読んだ。
 本書は、セガの「プロ野球チームをつくろう!」などの人気シリーズのディレクターとして知られる馬場保仁さんと、コーエーで「戦国無双」などを手がけたゲーム作家の山本貴光さんの二人によるゲーム開発の入門書。構成は次のようになっている。

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共著論文まもなく出版

 今度10月に出版される「Handbook of Research on Web Log Analysis」に、大学院の研究プロジェクトのメンバーで書いた論文が収録されてます。
Smith, B. K., Sharma, P., Lim, K. Y., Akilli, G. K., Kim, K., Fujimoto, T., & Hooper, P. (2008). Finding meaning in online, very-large scale conversation. In B. J. Jansen, A. Spink & I. Taksa (Eds.), Handbook of Research on Web Log Analysis (p. 307-328). Hershey, PA: IGI.

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「キャリアショック」を久しぶりに読んだ

 最近、うちの書棚の整理を少しずつ進めていて、昔読んだ本に手が伸びる機会が多い。高橋俊介著「キャリアショック ―どうすればアナタは自分でキャリアを切り開けるのか?」を手にとって、何気なく目を通していたら、結局ひと通り読んでしまった。
 この本は2000年12月に出ていて、今アマゾンを見たら、2年前に文庫本になっていた。本を開くと「日本人のキャリアの常識が変わろうとしている!」というキャッチコピーが書いてある。初版から8年ほど経った現在は、本書が指摘した変化の時代が来て、キャリアの常識が変わった世界なのかどうかはわからないが、今も本書で指摘された変化の時代のキャリアの考え方やキャリア構築の考え方は古くなっていないと思う。だから文庫本化されて引き続き売られているのだろう。
 初めて本書を読んだのは本書が出てすぐの2001年頃だったと思うが、その頃は書いてあることは何となくわかった気がしても、今一つ腹に落ちてなかった。キャリアの潮目にあって目の前の問題で手一杯で、自分のキャリアのことを全体感を持って落ち着いて考える余裕も思考力も足りてなかったのだと思う。
 今あらためて読んでみると、20代後半の自分には頭でしかわかってなかったことでも、歳を重ねて30代半ばとなった今の自分には多少なりともわかることが増えたのだなという気がする。今もその傾向はあるが、当時は自分の実力以上に背伸びして、できないこともやらない方がいいこともやみくもに無理やりがんばって、何かと「生き急いでいた」のだと思う。何をやるべきでやるべきでないかなど、経験不足でよくわからなかったし、自分の大事にしたいものが何なのかも、何を優先すれば自分は幸せなのかも、わかったようなわからないようなままに進んでいたような気がする。
 本書では、幸福なキャリアを築くには動機とコンピタンシーのマッチングが必要だという考え方を示している。自分の動機を理解するにはパーソナリティの理解が必要で、そのアセスメントツールが利用されていることが解説されている。また、企業が求めるハイパフォーマンスを出せる人材になるにはコンピタンシーとスキルが必要だが、求められるコンピタンシーやスキルを追い求めていっても、必ずしも幸福なキャリアを歩めるわけではなく、自分の動機にあったキャリアを作っていく必要があるということだ。
 そしてキャリアを切り開く人の行動、発想、アクションのパターンやポイントを整理して解説している。たとえば、「キャリアを切り開く人の発想」として、次の7つのポイントをあげている。
・「横並び・キャッチアップ」か「差別性・希少性」か
・「同質経験」を活かすのか「異質経験」を活かすのか
・「過去の経験」にこだわるのか「今後の動向」に賭けるのか
・「指導してもらえる」のか「好きなようにできる」のか
・「社会的自己意識」か「私的自己意識」か
・「合理的判断」か「直感」か
・「会社の論理」か「職業倫理」か
 いずれも、どちらがよいとかどうすべきというのではなく、個人の動機やその時のニーズで判断するポイントとして示されている。
 本書で語られている内容には、自分の転職や仕事選びの時にはそういえばそういう判断軸で考えていたなというのがいくつかあって、これまでの自分のキャリアのよい振り返りができた気がする。自分自身、これからまたキャリアの節目がくるというのもあるのだが、これからを考えるには、これまでの自分のことを振り返って少しでも今の自分を理解するための材料をもっておいた方が良いと思う。他者のことを理解するのが難しい以前に、自分のことを完全に理解することは難しいし、その時は理解したつもりでも、後で思えば実はよくわかってなかったりする。若くて経験がなければなおさらのことだ。
 このようなことを考えるきっかけを与えてくれる本というのは良い本であって、その意味では本書は良い本だと言える。10年後や20年後、これからまた変化を経た時代になって、本書で語られていることはどんな風に見えるだろうか。

妹尾堅一郎著「アキバをプロデュース」

 この新書は、産学連携プロデューサーとして活躍する妹尾堅一郎氏が、秋葉原再開発の産学連携事業の立ち上げからこれまでの成果をまとめた著作。
 慶應大学の「丸の内シティキャンパス」や東京大学の「知財マネジメントスクール」、日本弁理士会の「知財ビジネスアカデミー」など、ビジネスと学術をつなぐ先端的な学びの場をプロデュースしてきた妹尾氏が、「秋葉原再開発における産学連携」というテーマをその手腕でどう料理してきたか、本人の振り返りを通して事細かに語られている。産学連携に携わる研究者や産業人はもちろんのこと、どんな分野でもプロデュースを志向する人には得るところの多い、多くの知見に満ちた一冊。

(「アキバをプロデュース 再開発プロジェクト5年間の軌跡」目次より)
第1章 変貌をとげる「アキバ」
第2章 秋葉原とアキバ テクノとオタクの街の特徴
第3章 秋葉原クロスフィールド構想
第4章 アキバテクノタウン構想
第5章 安心して楽しめる街づくりへ

 従来の都市再開発や産学連携がなぜうまく行かないかを示しながら、秋葉原という地域の特性を活かした再開発をどう進めてきたか、そのプロセスにおけるコンセプトの着想や実現までの苦労が活き活きと語られている。かなり込み入ったことも書かれているのに痛快で気軽に読めるのは、著者の文才や編集者の腕前によるところなのだろう。
 優れたプロデューサーというのは、コンセプトを簡潔に示すキャッチフレーズを作るのがうまい。この本から、著者が学術とビジネスのちょうど交わるポイントを的確にかつ簡潔な言葉で表しながら、多様な関係者が関わるプロジェクトの舵を取っていた様子が伺える。
 下記の記事には、本書で語られている内容の一部が紹介されている。こういう話に興味を持つ人であれば、本書は間違いなくオススメ。
クロスフィールド仕掛人は、この人!──妹尾堅一郎が語る「アキバをプロデュース」(ASCII.jp)
http://ascii.jp/elem/000/000/085/85802/
「アキバは現代の高野山」――“アキバプロデューサー”妹尾堅一郎が語る(ITmedia)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0803/13/news051.html
 妹尾氏の著作では、大学院入試準備のための必携の一冊としてロングセラーを続けている「研究計画書の考え方―大学院を目指す人のために」も研究計画の構想の考え方を学ぶにはとてもよい本なのでオススメしたい。

「効率が10倍アップする新・知的生産術」を読んでみた

 帰宅途中に駅の本屋に立ち寄った時、売れ筋本のコーナーで「効率が10倍アップする新・知的生産術―自分をグーグル化する方法」が大量に置いてあって目立っていたので買って読んでみた。この本だけでなく、売れ筋本のコーナーには、勉強法やライフハックなどの自己啓発本が並んでいたのだが、特に最近話題の勝間本ということで入口に専用コーナーができているほどだった。
 勉強法や知的生産の本には軒並み10万部以上売れているヒット作が多いようなので、日本人の向上心や仕事へのモチベーションの高さは捨てたものではないなと思う反面、多くの人が仕事や生活がうまくできてない不全感を抱えていることの表れにも見える。
 このジャンルの本は、著者も述べているように、一つ二つヒントになる気づきが得られれば十分だと思うし、全部真似しようとしても到底続かない。本に書かれているのは、著者自身の仕事や生活のコンテクストの中で積み上げられたノウハウであって、異なるコンテクストにいる人がそのままやっても無理があることが多い。
 勉強の仕方や生産性向上の仕方というのは、何か必然性や目指すところがあって初めて生きてくるし、ノウハウとして積み上がっていく性質のものだと思う。本書の最初のところで、著者が自分にとってどんな必然性を抱えていて、どんな制約の中でノウハウを身につけてきたかを説明している。この点は本書の評価すべきところだと思う。
 ただ、基本的にこの本はすでにたくさんついている「勝間本」のファンのための本のような印象を受けた。内容的には、以前の著作の「無理なく続けられる年収10倍アップ時間投資法」などの方がざっと見た感じではまとまっていたのでそちらを読んだ方がよくて、この本は勝間本のファンになった人へのフォローアップ的な位置づけでとらえた方がよいのかなと思った。というのも、以前の著作よりも成功者としての著者本人にフォーカスされているため、普通の人が段階的に学べるような構成にはなっていない。「技術」として整理されている項目の多くは、著者自身のコンテクストでしか実践しても意味がないようなことが並んでいる。
 言ってみれば、「料理の鉄人」を見ているようなもので、料理がうまくなるわけではなくても多くの人が楽しんでいたように、この本はあるレベルまで到達してしまった著者の技を見て楽しみつつ、自分でもやってみようかとモチベーションを高めるための作品。あるいは、わかる人にしかわからないたとえをすると、ポールギルバートやイングヴェイのような名人のギター教則ビデオを初心者が買って見ても何も学べないけど、買ったファンは買ってそのビデオを見ることで満足するというような状況に似ている。
 
 一つ短所をあげれば、ページ数の割には(以前の著作はよく読んでないのでおそらく)以前の著作の内容を繰り返しつつより著者自身の経験を語る感じになっているところがあり、書かなくてもよさそうなことを書いて作品の価値を下げているところが散見された。著者の固定ファンにはそれでよいのかもしれないが、余計なことは書かずに3分の2くらいに原稿を削った方がよいかなという印象を受けた。
 これは斎藤孝あたりにも共通の問題点だと思うのだが、いったん売れて支持層が広がってしまうと、多少内容が粗くても売れてしまうので、多作化傾向のなかで質より量を追う形になってしまい、一作あたりの価値が削がれてしまっている。原稿の依頼が次々に来て忙しくなるなどの著者側の事情もあるとは思うけども、もう少し内容を吟味して、不要なことは書かないようにした方が結局は読者を大事にすることにつながると思う。
 そういう課題のある作品ではあるけれども、知的生産性を上げることに関心のある人、特に勝間本のファンのツボにヒットする一冊ではあると思う。

「The Active Senior: これからの人生」発刊

 当サイトで運営している生涯学習通信「風の便り」の編集長、三浦清一郎氏の新刊「The Active Senior:これからの人生―熟年の危機と「安楽余生」論の落とし穴」が学文社より上梓された。昨年上梓された、「子育て支援の方法と少年教育の原点」、編著の「市民の参画と地域活力の創造―生涯学習立国論」に続く3作目となった。
 「安楽な余生」は幸福にはつながらず、社会との関わりを失って生きがいを失った老人は「自由の刑」に処された状態で活力を失っていく。にもかかわらず、福祉行政も生涯学習行政も「元気老人」を増やすのではなく、社会コストの増大をもたらす「厄介老人」を増殖させる誤った施策をとり続けている。老いていない研究者の高齢社会の研究はまるで的を外している。といった論点がわかりやすく説かれている。
 引退後も老人たちが社会と関わりを持ち、社会の役に立てる機会を提供することが社会保障コストの増大を抑え、社会の活力維持につながる、という提言が本書の主要なメッセージとなっている。また、老人は安楽に生きて衰えて社会の厄介になって生きながらえるのではなく、頭も身体も衰えないように使い続けなさい、そのためにもっと社会と関わりを持ちなさい、という主張には、高齢者の年齢に達して老いを実感している著者だからこその迫力がある。
 現在の高齢者医療・福祉政策の方向性はすでに限界がきており、本書は生涯学習を軸としてその方向転換の考え方を提示している。社会教育、生涯学習分野の研究者の立場からの社会問題の分析とその解決のための考え方が示されている。教育学分野には社会の役に立たないかむしろ害悪な「学者のたわごと」があふれているなか、本書は教育学者の社会のためになる知識や見識を示しており、その示し方は一つのお手本と言ってよい。
 その年代、世代だからこそわかることや感じられることがあって、何でも若ければよいというものではない。歳をとったからこその感性や発達、時には衰えがその人の世界観や物事の捉え方に影響を与える。若いからできる仕事もあれば、歳をとってからの方がよくできる仕事もある。本書は著者にはそんな仕事であり、歳をとったからできた仕事なのだろうと思う。
 なお、著者は次回作もすでに執筆中で、学校教育の問題を「教育公害」というテーマで論じた内容とのこと。すでに生涯学習通信「風の便り」にこのテーマで書かれた論文も掲載されているので、関心のある方はご参照ください。
★「The Active Senior: これからの人生」 目次
1 「親孝行したくないのに親は生き」/2 熟年の不覚/3 熟年の「危機」、熟年の「生きる力」―「元気老人」と「厄介老人」への二極分解/4 「ひとりぼっち」(情緒的貧困化)の危機/5 「頭の固さ」(精神的固定化)を自覚せよ/6 「変わってしまった女」と「変わりたくない男」―「男女共同参画」を学ぶのは基本的に男性です/7 熟年の体力維持とストレス・マネジメントの方法―助言の論理矛盾/8 「安楽余生」論の「落し穴」―“読み、書き、体操、ボランティア”/終章 『三屋清左衛門残日録』(藤沢周平)の教訓―熟年の覚悟と生涯学習の意義