大学院授業「教育システムデザイン論」を新規開講します

個人ブログの方を更新するのはしばらくぶりになりました。早くも新年度ですね。
今年に入ってから、学内の諸業務や兼務先の仕事の引き継ぎに追われましたが、ようやくメドが立ってきて、大学業務の慢性過多状態が幾分解消できました。

その分、教育に少しエフォートを割いてもやっていけそうな見込みが立ってきましたので、今年度から新規に大学院の授業を1科目立ち上げました。以前から暖めていたコンセプトで、先進的な教育モデルを調査して、新たな教育システムデザインの構想に取り組む授業です。

今年度は、この授業の趣旨にご賛同くださった4名の先生方に、とても豪華なゲストセッションをお願いすることができました。まず、中村伊知哉先生(情報経営イノベーション専門職大学(iU)学長)と 石戸奈々子先生(慶應義塾大学教授/CANVAS代表、超教育協会理事長)に新設の情報経営イノベーション専門職大学(iU)と超教育の取り組みについてお話いただきます。

次に、この授業の指定文献の著者である吉見俊哉先生に大学論をテーマにお話しいただき、さらに情報学環・学際情報学府の設立時のコンセプトデザインについて(この4月から関西大学に移られた)水越伸先生にお話しいただきます。

主に教室での学びのデザインを扱うインストラクショナルデザイン(instructional systems design)の対象領域よりも広範な、学校レベル、社会レベルでの教育システムのデザイン(educational systems design)の導入となる授業として位置付けています。この授業を起点として、何年かかけて数科目開発していくと、面白いカリキュラムができそうで楽しみです。

「文化・人間情報学特論X:教育システムデザイン論」シラバス

文化・人間情報学特論X/Special Seminars in Cultural and Human Information Studies X
講義名:教育システムデザイン論/Educational Systems Design
開講所属/Course Offered by学際情報学府
曜限/水曜5限(16時50分~18時35分)
開講区分/S1S2
単位数/2.0
学年/M1/M2/D1/D2/D3/D4
他学部履修/可
主担当教員/藤本 徹
教室/福武ホール B2階・福武ラーニングスタジオ2

授業の概要:
「あなたがもし、今の東京大学が存在しない世界線に飛ばされたとしたら、その世界であなたは、どんな教育システムを創造するか?」これがこの授業の基本的な問いである。
どんな教育が求められる世界が待っているかは、飛ばされてみないとわからない。それに、数年前の私たちからすれば、伝染病や戦争で世界秩序が大きく揺るがされる状況に直面する今日は、あたかも別の世界線にいるような状況にも見える。その世界であなたは、自分の子どもの世代のための最良の教育システムの根本的なあり方を模索するかもしれないし、東大の代わりに世界ランキング上位を目指す大学を作ろうとするかもしれない。次世代の教育を担う立場になることが避けられない状況が来るとしたら、今からできる準備は何だろうか・・・。
この授業では、大学を中心とする日本の教育システムを取り巻く問題状況について学び、新たな教育のあり方を追求する先進的な事例を調査する。そして各自で設定した社会課題に対応した教育システムの代替案を構想することが、この授業の目標である。

キーワード:
大学教育/高等教育、教育システムデザイン、教授システムデザイン、ゲーム学習、教育方法、オンライン教育、組織デザイン
Higher education, educational systems design, instructional systems design, game-based learning, instructional methods, online education, organizational design

授業日程:
1 (4/6)
オリエンテーション、システムとしての大学
2 (4/13)
教育を取り巻く社会課題のマッピング
3 (4/20)
ゲストセッション:「iUのコンセプトデザインと超教育の取り組み(仮)」
中村伊知哉先生(情報経営イノベーション専門職大学(iU)学長)& 石戸奈々子先生(慶應義塾大学教授/CANVAS代表、超教育協会理事長)によるゲスト講義、Q&A
4 (4/27)
グループプロジェクト活動(1)イシュー検討ワーク(1)
5 (5/11)
ゲストセッション:大学とは何か、そして何処へ向かうのか(仮)吉見俊哉先生(東京大学教授)によるゲスト講義、Q&A
6 (5/18)
ゲストセッション:情報学環・学際情報学府のコンセプトデザインと実装(仮)
水越伸先生(関西大学教授)によるゲスト講義、Q&A
7 (5/25)
グループプロジェクト活動(2)イシュー検討ワーク(2)
8 (6/1)
グループプロジェクト活動(3):テーマ決定、イシュー検討ワーク(3)
9 (6/8)
文献調査発表(1)各グループの発表、Q&A
10 (6/15)
文献調査発表(2)各グループの発表、Q&A
11 (6/22)
グループプロジェクト:リデザイン、プロジェクト進捗共有ワーク
12 (6/29)
事例調査発表(1)各グループの発表、Q&A
13 (7/6)
事例調査発表(2)各グループの発表、Q&A
14 (7/13)
グループプロジェクト活動(4)教育システム検討ワーク
15 (7/27)
グループプロジェクト最終発表、ラップアップ
(※文献調査・事例調査は、グループで選択した文献・事例で設定。ゲストセッションの開催日程、受講者数、授業進度により授業日程を調整。)

授業方法:
各回の授業は、論点理解のための講義とグループワークを組み合わせて進行する。文献調査発表、事例調査発表、構想プロジェクト発表とクラスディスカッションを行う。
授業中の活動内容やグループワークの体制の詳細は、受講者数に応じて調整する。
・ 文献調査:グループで指定図書の中から選択して、要点と論点を整理してクラス発表
・ 事例調査:グループで事例候補または任意選択した事例を選択して、当事者への取材を含む調査を行い、要点と論点を整理してクラス発表
・ プロジェクト:グループで任意に設定した社会課題に対応した教育システムの構想の要点と概要を準備してクラス発表

事例調査先候補例(設定テーマによりグループで選定):
・ Quest to Learn
・ Life is Tech ! (ライフイズテック)
・ N高等学校・S高等学校
・ ミネルバ大学
・ Coursera
・ 42 / 42Tokyo

評価方法:
各回のリアクションペーパー:50%
文献調査発表:10%
事例調査発表:15%
プロジェクト成果発表:25%

教科書、参考書、そのほかのリーディングリスト:
教科書:
吉見俊哉 (2021). 大学は何処へ 未来への設計 (岩波新書)

参考書:
吉見俊哉 (2011). 大学とは何か (岩波新書)
青木栄一 (2021). 文部科学省-揺らぐ日本の教育と学術 (中公新書)
苫野一徳 (2019). 「学校」をつくり直す (河出新書)
ピーター・センゲ (2014). 学習する学校. 英治出版
Schank, R. C. (2015). Make school meaningful–and fun! Bloomington, IN: Solution Tree Press.
Salen, K. T., Torres, R., Wolozin, L., Rufo-Tepper, R., & Shapiro, A. (2011). Quest to Learn: Developing the school for digital kids. Cambridge, MA: MIT Press. (open access)
https://www.researchgate.net/publication/273947121_Quest_to_Learn_Developing_the_School_for_Digital_Kids
他、テーマに応じて授業時に提示

履修のための条件(要求する事前準備):
前提条件はなく、大学を中心とする日本の教育システムの現状について、自分なりの問題意識をもって受講すること。
留学生や日本以外の教育システムの方が馴染みのある学生は、考えやすい国や地域の教育システムを軸にして、日本の教育システムに関連付けて考えても良い。

オンラインコース「教育のゲーミフィケーション」受講者募集のお知らせ

昨年度から時間をかけて準備していた公開オンラインコース「教育のゲーミフィケーション:プレイフル/ゲームフルな学習デザイン方法論」の受講者募集を開始しました。

このコースでは、教育にゲーミフィケーションを取り入れるためのゲームデザインの概要や事例を学び、ゲームを教育に取り入れる方法や、実際にゲーム教材やゲーム要素を取り入れた学習活動の計画を立てるための基本的な知識を身に付けることができます。

毎回の講義ビデオの視聴と、教育現場のさまざまな問題状況でゲーミフィケーションデザインのクエスト課題に取り組む内容で、実践的な知識を学べるように構成しています。修了基準をクリアした方へコース修了証を発行します。

あまり勉強っぽくなく楽しんで学べるように、通常のMOOCとは異なる仕掛けを用意しました。このテーマに関心のある方は経験の有無に関わらず、どなたでも無料で受講できます。受講ご希望の方は、下記の受講登録フォームからお申し込みください。

【↓受講登録はこちらのフォームから↓】
https://forms.gle/eoSiDF9vyd8J6kX57

このコースで学べること:
このコースを受講することで、次のようなことを学べます。
* 教育技法や学習理論についての基礎的な知識
* 学びの場のデザイン方法についての基礎的な知識
* ゲームやゲームデザインについての基礎的な知識
* ゲームと学びの接点に目を向ける考え方
* 教育分野のゲーミフィケーションの事例やデザイン方法
* 教育分野のゲーミフィケーションの実践方法

コースアウトライン:
レベル1:ゲームと学びの接点に目を向ける
レベル2:教室のゲーミフィケーション
レベル3:学校のゲーミフィケーション
レベル4:ファイナルチャレンジ(総合演習)

受講に要する時間:
標準的な学習時間として週2-3時間を想定していますが、経験や知識の差によって必要時間は異なるところがあります。

受講に必要な環境:
このコースは、MOOCプラットフォームのedX edge(エデックス・エッジ)で配信します。ネットに繋がったパソコンまたはスマートフォンのブラウザ環境があれば受講できます。
開講期間:2019年5月10日から開講(全4回)
受講登録締切:5月7日(火)
※受講に関する詳細は、登録締切後にご連絡します。
主な対象者(受講をお勧めしたい方):
ゲームやゲーミフィケーションの手法を導入したい教育者、教材開発者、教育の場でゲームデザインの経験を生かしたいゲーム開発者。教育経験やゲーム開発経験があると理解が進みますが、前提知識がなくても受講できます。

受講料:無料です!

受講方法:
東京大学が提供するコースページ上で学習します(受講方法の詳細は、コースページ公開後にご登録頂いたメールアドレスにお送りします)。

講師:藤本 徹(東京大学 大学総合教育研究センター 講師)

このコースについて:
このコースは、東京大学の研究者グループ(研究プロジェクト責任者:藤本 徹)がオンラインコースの学習効果に関する研究のために提供するものです(2017年度JSPS 科研費17H00824(研究代表者:山内祐平)、2018年度JSPS科研費18K02855(研究代表者:藤本徹)の助成を受けて実施しています)。
授業で収集された学習履歴データは、個人情報が特定されない形で慎重に取り扱い、論文や研究発表などのための研究用途で統計的に処理して使用します。授業への参加は研究データの提供に同意されたこととして取り扱います。
【↓受講登録はこちらのフォームから↓】
https://forms.gle/eoSiDF9vyd8J6kX57

日本教育工学会全国大会@東北大学での発表予定

明日9月28日から東北大学で開催される日本教育工学会 第34回全国大会参加のために仙台へ向かっています。

今年は東大でMOOC開発を担当している荒さんの発表と、担当しているPAGEプロジェクト特任研究員の下山田さんの発表に連名で参加しています。

それと毎年恒例で第4号目の発行になった「SIGレポート2018」の会場配布を行いますので、大会参加される方はSIGブースへお立ち寄りください(PDF版も公開しました。こちらからダウンロードしてご覧ください> https://goo.gl/e1R75g )。私は「学習ゲームデザイン・導入支援ツールの開発」を執筆しました。現在開発中のゲーム学習導入支援ツールについての論文です。最終日の30日のSIG-05「ゲーム学習・オープンエデュケーション」のSIGセッションでゲーム要素を取り入れた授業デザイン体験ミニワークショップを行います。オープンエデュケーション、ゲーム学習それぞれ体験ワークを用意してお待ちしてますので、是非SIGセッションの方もお越しください。


日本教育工学会 会場:東北大学 川内キャンパス
第34回全国大会 2018年9月28日(金)~30日(日)

教育評価 (2) 9 月 30 日(日)9:00 ~ 11:00 会場:講義棟 B 棟 B204
3a-B204-01 複雑な構造の MOOC における学習軌跡の可視化手法の提案, 荒 優,藤本 徹,山内 祐平(東京大学) 789-790.

International Session(3) 9/28 (Fri.) 14:00 ~ 15:20 Place: Lecture Rooms A: A101
I1p-A101-04 Implementation and evaluation of blended workshops on EMI, SHIMOYAMADA, Sho.,KINOSHITA, Shin.,NAKAZAWA, Akiko. FUJIMOTO, Toru.(The University of Tokyo), 943-944.

教育評価 (2) 9 月 30 日(日)9:00 ~ 11:00 会場:講義棟 B 棟 B204
SIG-05: ゲーム学習・オープンエデュケーション
9月30日(日) 14:10〜16:10 会場:講義棟A棟 A102
コーディネーター:重田 勝介(北海道大学),池尻 良平(東京大学),福山 佑樹(明星大学),藤本 徹(東京大学),永嶋 知紘(カーネギーメロン大学),石井 雄隆(早稲田大学)

藤本徹(2018)学習ゲームデザイン・導入支援ツールの開発. 日本教育工学会 SIG-05レポート2018. 3-7.

SIG-05レポート2018
https://goo.gl/e1R75g

e-Learning World 2009 感想(2)

 e-Learning World の二日目は午後から、東京大学の中原先生と早稲田大学の向後先生のセッションに参加してきました。前半の中原先生セッションは「企業人材育成の最前線:人が育つ職場づくり」というテーマで、会場に入ってみるとテーブルが講義形式から6人ひと組の島になったワークショップ形式。進行は途中で小刻みに小作業を入れながらワークプレイスラーニングのトピックを説明するという進め方。聞いているだけの時間は10分もなくて、インタラクションが豊富で、最後にはレゴを使った作業まで入れてしまうという展開で、普段東大で開催されているLearning Barのショーケース的な感じなのかなという印象でもあり、90分でこれだけ盛り込んで時間の経過を忘れるような楽しいセッションは、さすがという印象でした。
 中原先生には3年前にBEATセミナーでお招きいただいてご一緒したことがあったのですが、その時のプロデュース手腕を目の当たりにして、この人は将来、「教育学界の大物興行師」になって名を残すだろうなんていうコメントをしたこともありましたが、もはや中原プロデュースのLearning Bar は毎回抽選になるほどの人気ぶりで、将来どころか数年のうちにブレイクして、新たな学びの場のスタイルを切り拓いているところは感心するばかりです。
 後半の向後先生のセッションは、「成人教育学に学ぶeラーニングの可能性」というテーマで、成人の学習傾向や特徴からEラーニングを捉え直すという内容でした。中原先生がワークショップでにぎやかにやった後はさぞやりにくいことと思いましたが、向後先生の話術と重要な論点をすっきり整理した解説で何の支障もなく、前半とは異なる趣きで楽しいセッションとなりました。
 実用指向性、経験の蓄積、自己決定性、というキーワードから展開して、子どもを教える時とは異なり、成人の発達と学習の習熟の差に配慮して教えることの重要性などの話題を、Eラーニングの設計を絡めて語られていました。早稲田大学人間科学部のeスクールがもうだいぶ長い実績を持っており、これまでeスクールで指導してこられた向後先生のご経験に基づいた話が参考になりました。オンライン掲示板を単に導入するだけだとうまくいかなくて、どう使うべきかというような話は実践してみないと何が問題なのかがわかりにくいところで、その辺りの話はこれまで以上に関心を持ちました。
 セッションの後、向後先生に同行してExpoの方を少し見学してきました。前回このExpoを見学したのはたしか2002年だったか、まだITバブル冷めやらぬころのExpoのにぎやかな雰囲気だった気がします。今回は当時と比べて随分スペースも縮小されて、出展数も参加者数もおとなしい感じでした。これくらいの方が落ち着いて見て回るには良いかもしれません。出展企業や団体のだいぶ顔ぶれも変わったような印象です。Eラーニングの重要度は変わらないわけですし、少し前の状況が過熱気味だったと考えれば、これから着実に実力を蓄えてきた企業(や大学)が伸びていくのであれば、それはそれでよいことなのではないかと思います。
 所用で残念ながら3日目は参加できなかったのですが、しばらくぶりのe-Learning World参加はなかなか得るところがありました。

e-Learning World 2009 感想(1)

 しばらくネットから離れた生活をしていたことなどあって、実に今更なタイミングですが、とてもためになる機会だったので、8月5~7日に開催されたe-Learning World 2009 Expo & Conference の感想を。
 今回はカンファレンスの方を中心に参加しました。初日午後は熊本大学鈴木先生と根本先生のセッション。前半は根本先生によるグリーンブック3(Instructional-Design Theories And Models: Building a Common Knowledge Base)の読みどころ解説。グリーンブックはインストラクショナルデザインの理論や設計アプローチを網羅的に論じた大著。前の2作は、その時点での最新の理論やトピックを取り上げた多様な論文に編者の解説で統一感を持たせているという作りでしたが、3冊目となる本作ではもう一段階踏み込んだ編集になっていて、ID分野をより統合的に論じて、共通言語を共有しようという意図で編集されています。個人的に、本書は手に入れてからなかなか読む時間が取れずにいたので、レビューするのによい機会でした。
 全18章400ページ以上にわたる密度の濃い論文集で、抄読会のような形でじっくり一章ずつ読んでも一度ではなかなか消化するのは大変なので、90分のセッションで解説するのは至難の業。読んだ内容をよくわかってないとうまく説明できないし、どういう説明をするのかなと思っていたら、そこはさすがインディアナ大に留学して編者のライゲルースから直接教えを受けた根本先生、この本の持つ意味を踏まえながら、全体の構造をよく整理して解説してました。
  
 後半は鈴木先生の「IDの美学的検討」をテーマとしたセッション。パリッシュの「IDの美学第一原理」の論文を題材に、これまでのIDへの批判や発展の経緯に触れながら、インストラクショナルデザインに美学的な要素を取り入れて考えた場合の枠組の解説がありました。学習者を学習の主人公として捉えて、学習者の経験を物語として見つめ直すことが重要な論点として挙げられてました。学びやすさやワクワクするような学習経験をどう提供するかという視点は、現在のeラーニング講座開発で抜け落ちているところがあって、鈴木先生のレイヤーモデルの話も合わせて、今後さらに議論を深めていく必要があるテーマだと思います。
 質疑応答の時に質問したのですが、美学第一原理というのがIDの淡白さやデザイナーの評論家的姿勢が形成されてきたことへの批判を関心として出てきたという経緯がある一方で、提示されている分析視点や枠組だけが独り歩きすると、評論家的な姿勢を強めるものとなってしまって逆効果になるのではないかなという印象を持ちました。むしろIDが美的に優れた製品を生み出せない要因は、作り手が美的観点を意識してないからではなく、作り手が美的に優れたものをアウトプットするための基礎的なスキルを持っていないことの方が大きい気がしています。
 映画でも絵画でも、芸術作品というのは理屈を知るだけでは美的に洗練されたものは出せないし、スポーツでも芸術的に美しいパフォーマンスが生み出せるのはその土台となる基礎スキルがあってのことです。そのため各分野のパフォーマーたちは日々スキルを磨いて繰り返し練習しています。プロとしての熟達までに10年1万時間、という話もあるように、どの分野でも才能ある人が地道に息の長い鍛錬を経て、ようやく美的に優れたものが生み出されるというのが実際のところでしょう。
 なのでこの問題は美的観点を話題とすることと同時に、IDの専門家が熟達するまでのトレーニングパスが整備されていないことにも目を向ける必要があると思います。鈴木先生はまさにその問題を痛感しておられて熊大の大学院プログラムを整備しているところですから、わざわざ指摘せずとも進んでいる話ですが、ID専門家養成には、素振りやキャッチボールに当たるような基本動作の習得訓練のための個々のスキル訓練メニューをまだまだ充実させる必要があると思います。
 今回の美学的検討の話は、この観点からの気づきも多いので、議論の切り口としてはもちろん大いにありです。その上で、美的に優れたアウトプットを出せる人材をどう生み出していくかという観点から、必要な算段を打っていくことが必要だという思いを新たにしました。
 この二つのセッションの重要な点は、IDの知識基盤が時代に合わせて変化していることを国内で議論する俎上に載せた、ということでしょう。以前から、IDに対してID嫌いの研究者の間で根強く存在する「教え込み批判」というのがあります。教え込みを是とする学習観で教育する側が教えたい知識を教え込むための理論やテクニックに偏重している、それにIDの開発過程が冗長で実用的でない、というような批判がかなり前から行われてきました。eラーニングが教育業界で注目された10年くらい前にはこういう批判が結構強かったように思います(最近では批判そのものをあまり耳にしなくなりましたが、これは逆にID自体のプレゼンスの問題がちょっと気になるところではありますが)。
 しかし、グリーンブックの変遷だけを見ても、IDの理論やバックにある思想や学習への視点は常に変化していて、ID批判やこれまでの実践上の課題に対応しながら発展していることがわかるし、美学的観点からの見直しという考え方も、IDの自己革新を模索する一つの事例だと言えると思います。
 長くなってきたので、二日目の話は次回へ。

アンラーニングの難しさ

 大学で授業を担当していて、毎回学びについて気づきがある。こちらが不慣れなおかげでうまくいっていないこともあれば、一人の教員が週に1度、ある程度の人数(今回は40数人)を教室に集めて一度に教えるという形式そのものに起因する問題もある。教える側の不慣れさから生じる問題は、多分に慣れていけば解消するが、授業の形式からくる問題は、実に悩ましいところがあって、昔から議論されている教育方法上の問題を一つ一つおさらいしている感がある。

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ゲーム開発におけるデザイナーの仕事

 前回のデザインの話にちょうど関連して面白いインタビュー記事があった。シムシティやザ・シムズなどの多くの人気ゲームを手がけたクリエイター、ウィル・ライト氏の新作「SPORE」に関するインタビュー。
7年がかりで,ついに完成した「SPORE」。プロデューサー,Will Wright氏のインタビューを掲載 (4Gamer.net)
http://www.4gamer.net/games/020/G002026/20080814032/

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インストラクショナルデザインの「デザイン」について考える(2)

前回からの続き)
 そのため、設計スキルだけを磨いてもインストラクショナルデザイナーはその力を発揮する機会は少ない。自ら教師としての指導スキルを磨くか、エンジニアとして開発スキルを磨くか、優れたチームを率いるためのプロデューススキルを磨くか、指導、開発、プロデュースいずれかのスキルをセットで持たないと、現場ではインストラクショナルデザイナーとして活躍することは難しい。いくらレッスンプランやそれらをまとめたコースプラン、さらに複数のコースを体系化してカリキュラムプランを上手に書けたとしても、結局のところはそれが実際にどれほど優れているかを示す手段を持たなければ、インストラクショナルデザイナーは自らの存在意義を示すことができない。

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インストラクショナルデザインの「デザイン」について考える(1)

 しばらく自分の研究のことばかり考えていて離れてしまっていたので、インストラクショナルデザインについて、久しぶりに少し掘り下げて考えてみた。
 ファッションのデザインをする人をファッションデザイナー、インテリアのデザインをする人をインテリアデザイナーと呼ぶのと同じように、インストラクション(とその周辺)のデザインを行う人をインストラクショナルデザイナーと呼ぶ。だが他の分野のデザイナーの「デザイナー」と、インストラクショナルデザイナーには、デザインの意味するニュアンスもデザイナー自身の関心も異なっているところがある。

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ペンステートのバーバラ・グラボウスキ教授来日

 インストラクショナルデザインネタは久々ですが、ペンステートの教授システム学専攻の教授がもうすぐ来日して、東京、大阪、熊本で講演を行うそうなのでご案内します。ちょっとした来日講演ツアーになってます。熊本大学の鈴木先生がアレンジされていて、お二人ともInternational Board of Standards for Training, Performance and Instruction (ibstpi)の代表理事として活動しています。
 グラボウスキ教授は、ペンステートの当専攻で長年にわたってインストラクショナルデザインの研究者と実践者を育ててきて、本人も筋金入りのインストラクショナルデザイナーです。個人的には彼女の講演を聞く機会はなかったですが、ペンステートで開講されている彼女の授業は、インストラクショナルデザイナーがデザインした授業のお手本で、彼女の卓越したファシリテーションスキルが加わることで授業がとても密度の濃い学習空間に変わります。同じ教室と時間を使ってもこれほど違う授業ができるのかと感心させられることばかりでした。
 今回の講演は、インストラクショナルデザインのスキル体系などに関心のある方にはよい機会になると思います。

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