無敵ジーン・シモンズ

 アメリカの不動産王、ドナルド・トランプの弟子の座を目指して争うリアリティショー「アプレンティス(The Apprentice)」の新シリーズが始まったことは先日書いた(先日のエントリー)。
 ロックバンドKissのジーン・シモンズがその異才ぶりを発揮して、他の挑戦者が考え付かないアプローチで自分のチームを連勝に導いていた。彼の挙動が低迷気味のこの番組を盛り上げる要素になってきていたのだが、ジーンは3週目にしてあっさりクビになってしまった。少し前の話だが、忘れないうちに少し感想をメモ書きしておく。


 この週の課題は、プリンタ会社の新作プリンタのプロモーション。相手チームはクライアント会社の重役の意向に沿って、製品の強みを前面に打ち出した企画なのに対し、ジーンのチームはこの会社にはブランド強化が必要、とジーンが打ち出したブランドコンセプトをもとにした企画。クライアント企業の重役たちは自分たちが大事だと思っていることを取り入れた相手チームの方に軍配を上げた。
 この番組では負けた方のチームが会議室に呼び出され、一人がクビになるが、責任者であるプロジェクトリーダーが一番クビになりやすい。クライアントの意向を汲み取ろうとしなかったプロジェクトリーダーのジーンはまず責任を問われた。だがジーンは「あの重役たちが間違っている。この会社に本当に必要なのは私のアイデアだ」として、自分の考えに間違いがなかったことを再度強調。ドナルド・トランプはジーンの才能を買っていて、彼を残したいがために他の挑戦者をクビにする流れを作ろうとする。だがジーンはそれを一蹴し、ドナルドが自分をクビにせざるを得ない状況を作って、クビにされて終了。
 深読みするとジーンが早くも脱落したのは、単にこの週までの契約だったからという気もするのだが、番組で表現されたことは現実のビジネス社会の一面を描写していた。勝敗の基準はクライアントの評価で、クライアントの意向に沿った形で企画の質を高めることがゲームのルール。そのなかでジーンは、クライアントが自分の必要なものを理解していないとして、クライアントが想定していない企画を提示するのだが、結果的に彼の企画はクライアントに支持されなかった。
 彼の発想はその会社のブランドそのものに手を加える必要があるという、経営者視点での発想で、新製品のマーケティングでしか考えていないサラリーマン重役たちの発想とはまるで異なっていた。どちらを取るかは経営判断の問題でどちらが正解かはわからない。ジーンは製品単体のマーケティングレベルではなく、経営判断レベルの議論をしていて、このゲームのルールの枠を越えていた。クライアントの求めているものを出すというルールでは彼は負けだったのだが、実際のビジネスの世界では、クライアントの重役たちが間違いで、会社の業績を悪化させることもあり得る。
 ジーンには、彼が言うと本当にそれが正しい気がしてくる力があり、この問題について彼はどう対処するだろうと思わされる魅力があった。番組のルールなど意に介しない彼の行動は、他の挑戦者とはまるで異なる存在感を放っていて、そんな彼の力を得たこの番組は新たな魅力を得ていた。しかし彼の退場と共に翌週以降、急に話の盛り上がりに欠ける展開になってしまった。彼に完全に食われた状態を免れた他の出演者にはプラスだったが、視聴者としてはもうしばらくジーンの挙動を見ていたかった。