ゲーム脳と熟練脳

 前にゲーム脳騒動について書いたが、先月のゲーム開発者カンファレンスで、日本人がこの問題について紹介したらしく、研究者のメーリングリストでも話題になった。かいつまんでどういう研究なのかを紹介したところ、大いに反応があって、今も議論が続いている。ゲーム脳の兆候として、何も考えずに反射だけで操作できる状態で長時間ゲームすることで、ベータ波の低下が生じる、ということが問題視されている、という点を説明したところ、「何も考えずに反応できる」というのは、重要なスキルなのではないか、という指摘があった。車の運転であれ、判断業務であれ、どんなスキルにおいても、適切に即時判断ができるようになることが熟達するということであり、むしろポジティブに捉えるべきことではないかということである。確かにその通りで、熟達者の脳がどんな状態になっているかを調べれば、ゲーム脳は危ないというだけではない結論につながる可能性がある。
 認知科学の分野では、Automaticity(自動性)という概念があって、これは熟練した状態になると、脳のプロセス処理が自動化されて短縮されるというものである。必要十分な学習ができるとこの状態に達するのだが、いったんこの状態に達すると、これ以上の学習は起こらない。ゲーム脳が脳によくないのだとすれば、学習のない状態で長時間脳を放置することにあるのであって、単純なパズルゲームやシューティングゲームなんかだとそれが起こりやすい、ということなのだろう。それなら、ゲームそのものに問題があるというよりは、長時間やらせてしまう家庭環境に問題があるのであって、親や教師が恥ずべき問題である。ゲーム脳の研究は、研究者のゲームに対する偏見から始まっているようなので、そうした問題には余り目が行ってない。誰か対抗して、類似の研究をポジティブな観点からやろうという研究者は現れないだろうか。ゲーム世代の脳生理学者、医学者たちに期待。

Serious Games Japan 始動

 教育用途のシミュレーション&ゲーム研究者をサポートするSerious Games Initiativeというプロジェクトがある。先月、サンノゼのゲーム開発者カンファレンスの中でSerious Games Summitという会合を開催し、私もこれに参加した。ここのリーダーのBen Sawyerとメールのやり取りをしていて、日本でも我々のコミュニティを広めたいという話になった。喜んで手伝うよと申し出たら、早速メーリングリストを立ち上げてくれた。近日公開なので、教育用途のシミュレーション&ゲーム研究に興味がある人にはぜひ参加してもらいたい。これから段階的にウェブの立ち上げ、リリース送付など、活動促進を行なっていく予定。
 この話に前後して、Simulation and Future of Learningの著者のClarkが、次回作の草稿を送ってくれた。この次回作もこの分野の研究を発展させるのに大きく貢献する内容だ。彼はコンサル出身らしく、ロジックを一から組み立ててシミュレーションゲームと既存のメディアを比較分析できる。いい作品なのでぜひ日本でも出してくれと頼んでおいた。今年はこの研究分野を日本でも認知させるための活動をあれこれやっていくことになりそうだ。

サーベイリサーチデザイン

 プログラムの同僚からが、今度中学校教員対象に実施するという調査のオンライン調査票の評価を頼まれた。NASAかどこかから、かなりのグラントをもらっている結構大掛かりなプロジェクトで、子どもの科学教育のオンライン教材とコミュニティを開発しているそうだ。指示に沿ってWeb上の調査票に答えていくものなのだが、これが被験者の負担がすさまじい。参加申込をして、プレ調査に答えて、受け持ちの子どもたちの親から参加承諾書をもらって郵送し、サンプルレッスンを2コマやって、事後調査に答えて、子どもたちにも調査票に回答させる、というもの。これで謝礼は開発された教材を自由に使えます、というだけ。質問もややこしいのが190問。マジですか?と言いたくなるような調査デザイン。いかに全米に中学教員は山ほどいるといっても、こんな負荷の大きい調査にボランティアで付き合ってくれる教員が果たしてどれだけいるのか。アメリカの学校教員というのはそんなに熱心で協力的なのか?このプロジェクトの指導教授もどんなつもりでこんなのやらせているのか、理解に苦しむ。Web上の指示はわかりやすいか評価してくれ、という依頼だったのだが、こんなのは指示の問題ではなくて、調査の構造に大きな問題がある、と答えたが、その同僚からは、そんなことを言われてもどうしようもないといった顔をされた。
 このサーベイリサーチデザインの前提として誤っていることがいくつかある。
「サーベイリサーチ被験者に対する5つの誤解」
1. 被験者は研究に対して好意的で、熱心に参加してくれる
2. 被験者は自分たちの研究を自分たちと同じように重要だと思っている
3. 被験者は研究内容に関する知識と関心を持っている
4. 被験者はスマートで、聞いたことはすぐに答えられる
5. 被験者は見知らぬ研究者のことをすぐに信頼してくれる
 5つとも、大きな誤解であり、こういう前提を持って研究をやるのは研究者の欺瞞でしかない。日本でも役所や国から金をもらって実施するシンクタンクの調査などで、よく設計のお粗末な大規模調査をやっているのを目にしたが、アメリカでも似たようなことはやられているのだということがよくわかった。というか、そういうお粗末大規模調査はこっちに来てからの方がよく見かける。大規模調査は金がかかるのだから、もっと丁寧に設計してほしいものだ。調査票レイアウトとかワーディングのテクニックがあっても、「私たちの研究はとても重要なのだから、被験者は参加して当然」という傲慢な姿勢では絶対にいい研究はできない。残念ながら、そういうことはアメリカの大学でもあまり教えられていないらしい。

3/24-25 San Jose観光~帰り道

 エキスポも3時間ほどで周り疲れてしまい、もう十分だと思ったので、残りの時間はSan Jose観光にあてた。よい気候の中、20分ほど歩くと日本街に着いた。桜が咲いており、寺があって日系人が行き交っている。スーパーDobashiに入って、State Collegeではなかなかいいのが売ってない干ししいたけやインスタント味噌汁などを購入。うちの近所で買うよりもだいぶ安い。その後、日本食レストランTsugaruに入って、刺身とてんぷらと塩さばのセットを食べた。夕暮れ時のSan Joseの街を歩いてホテルに戻り、空港へ向かった。3時間ほど空港で時間をつぶし、11時前にシカゴへ向けて出発。機内では映画スクール・オブ・ロックをやっていた。Music of Heartのロック版で、爆笑しつつもちょっとホロリとさせられるいい映画だった。現代の学校教育への風刺が利いていてよい。
 早朝4時過ぎにシカゴへ到着。眠いので待合ロビーのいすで寝て待って、7時の便でColombusへ。ひたすら爆睡。さらに10時の便でPittsburgh、12時の便に乗ってState Collegeには1時に到着。無事にかえったはよいものの、3時半から授業があるのでその準備に追われた。
 今回のカンファレンス参加で、この分野の人たちとネットワークができたことと、これから何をやっていけばよいかがわかってきたのは収穫だった。

3/24(水) Game Developers Conference Expo

 今日はカンファレンス3日目、エキスポが今日から始まる。9時過ぎに会場に行くと、エキスポは11時半からだった。ワイヤレスネット接続が使えるというので利用しようと思ったらこれがなかなかつながらない。ibookを使っている連中は何の支障もなくつながっているのに、安物のワイヤレスカードを使っている自分は、電波の状態のよいところを求めてさまよう難民状態である。どうにかメールだけ読んだところでとりあえず天気のよい会場の外へ出た。近くを散歩し、エキスポが始まるころを見計らって会場へ。エキスポ自体は日本でやっているのと様子はあまり変わらない。大手メーカーのデモ展示のゲームに列ができている。日本人のグループもよく見かけた。彼らはどういうセッションに出ているのだろう。このカンファレンスでは彼らが主役で、こちらはマイナーな存在である。会場内のブースでは、3Dエンジンや開発ツールの紹介プレゼンをあちこちでやっていた。私は開発者ではないので詳しいことはさっぱりわからないが、ビジネスの構造は対して変わらないので起こっていることの類推は可能だ。会場の端の方では、キャリアコーナーがあって、大手から中小まで数十の会社が採用活動を行なっていた。大学生らしい若者たちが熱心に出展者の話を聴いている。そういえばホテルのトイレで会った気さくな黒人学生は、就職活動に来たと言っていた。彼らにとっては大事な就職活動機会なのだろう。この辺はあまり用がないので、隣のコーナーに移動すると、AOLがスポンサーのゲームコンテストをやっていた。戦略シミュレーションタイプのゲームからパズルゲームまで出展され、来場者が気に入ったゲームに投票する形式のコンテストだ。自分の好きな戦略シミュレーションゲームを中心に見た。南北戦争のシミュレーションゲームのデモが空いていたのでプレイしていると、開発者が声をかけてきた。史実に沿ってかなり凝った作りなのだが、3人で開発したそうだ。3Dエンジンは出来合いのものを使っているので、開発コストはだいぶ抑えられたのだそうだ。よくよく聞くと、彼はPenn StateのIST出身だった。ゲームの操作性などにやや難ありかなと思いつつも、かなり遊べるし、Penn State卒業生ということで彼に一票入れてあげた。

3/23(火)Serious games summit Day 2

 6時過ぎ起床。3時間の時差がちょうどよいことを再確認。9時過ぎにカンファレンス会場へ。遅くに行くと、もう朝飯がほとんど残っていない。ドーナツとコーヒーで軽く朝食を済ませ、開式を待つ。隣に座った体格のよいおじさんに話しかけたら、シリコンバレーのゲーム会社の社長だった。開発中のRPGを紹介してくれた。いまいちよくわからなかったが、コンセプトが新しいらしい。その隣に座っていたおじさんも教育ゲーム会社の社長だった。スペイン語学習ソフトなど出しているそうだ。反対側にいたのは、テキサスの大学のゲームデザイン教育プログラムのディレクター。向かいに座っていた若者はペンステートのISTからだった。二人とも喜びつつ情報交換。
 セッションは、ウィスコンシン大の研究者二人のプレゼンでスタート。年配の教授と、Ph.D.取りたての若い研究者で、いいコンビという印象。若い方はKurt Squireといって、市販のゲームを教育の場に活用する研究ではおそらく第一人者だろう。彼の博士論文では社会科教育でCivilization III使ったらどんな学びが生じるか、というもの。プレゼンはスピード感があって、これから成功していくのは間違いないといった印象だ。「ゲームでよく遊んでいる今の子どもたちは、ラムズフェルド(国防長官)よりも戦争をわかっている」というジョークはかなり受けていた。また、ある市長の「シムシティをやったことのない都市デザイナーのデザインした都市には住みたくないが、シムシティしかしていないデザイナーの都市にも住みたくない」というコメントの引用も当を得ていた。彼の研究をフォローすれば、かなり研究がはかどりそうだ。
 次のセッションは、ゲーム開発者らによる、Design Rules of Serious Gamesというテーマのパネル。この分野のゲーム開発を進めていく上でのデザインノウハウやクライアントとの連携のコツなどが議論された。次に、軍が推進するゲームプロジェクトの関係者によるパネル。America’s Armyの開発プロジェクト責任者の大佐が、このゲームが新兵募集にいかに効果的だったかということを数字を挙げて紹介していた。
 昼食時、みんなネットワーキングに熱心な中、ひとりぽつんと食事を取っているひげ面の青年がいたので、彼と食事をとることにした。彼の名はEric、大学で働くプログラマーで、このセッションは自分のボスの領域だからと、セッションはまあまあだと言っている。いい機会なので、プログラマーにとって、いいプロジェクトマネジャーはどんな人かとか、ゲームの研究をやるのにどれくらい開発のことがわかっているべきかとかいろいろ質問した。彼はニコニコとして、わかりやすい言葉を選んで説明する。ネットスケープが200人のプロジェクトでブラウザ開発していたのに対して、マイクロソフトは優秀な30人でIEを作った。一人の優秀なプログラマの生産性は平均なプログラマの10~15倍で、給料はせいぜい5倍くらいだから、優秀なプログラマでプロジェクトを構成することがいかに大事かは明らかだろう?と、例を挙げて説明してくれた。また、彼の親父さんが経営していたソフトウェア会社は大手が買収されて、MBAホルダの経営者が引き継いだのだが、その経営者はそれまでのプログラマを首にして、コストの低いインドに開発拠点を移したそうだ。するとノウハウが移管されていないので、あっという間にその会社は傾いて、首にしたプログラマを高額で雇いなおした、とか、彼の話は一つのセッションに値するくらいに話が面白かった。
 その後のセッションは、デジタルゲームベースドラーニングの著者で、教育ゲーム会社の社長をやっているMark Prenskyをモデレータに、Serious Gamesの取り組みをいかに普及させるかというテーマでのパネル。休憩時間にMarkに話しかけたら、私が日本人と見るや「そうですか、これはどうもどうも」と返してきた。奥さんが日本人で、片言の日本語がしゃべれるそうだ。彼の著書も奥さんが翻訳中だそうだ。自分の研究に彼のプロダクトを使いたいという申し出と、日本関連の仕事への協力を約束して、うまくつながりをつけることができた。
 次はBen SawyerによるSerious Games Funding 101と題した、プロジェクト立ち上げノウハウに関するプレゼン。グラントリサーチの常識的な話が多かったのだが、彼の熱意がこもっているので聴いていてエンパワーメントされた。こういう話は、知識として知っているだけではダメで、彼のように気合を持ってやれるかどうかという性質のものだ。彼のプレゼンの後、MITのEducation Arcadeプロジェクトの教授が登壇して、5月にE3でやるカンファレンスの紹介。そっちのカンファレンスも、Sim Cityや、Civilizationのデザイナーのようなビッグネームがパネルをやるそうで、楽しみである。今回来ている参加者はみんな来るんじゃないかという勢いである。
 最後のセッションは会場全体でのディスカッション。さっきのEricが、教育関連の開発をやるときはSCORMという規格があって、その対策をしないと後で面倒になるから、興味があれば話をしよう、と申し出ていた。Benが、SCORMは重要なテーマだと自分も認識しているからその申し出はありがたい、とフォローしていた。ディスカッションに続いて、Ernest AdamsによるSummation。この二日間で議論された内容をうまく引用しつつ、このサミットがいかに実り多いものであったかを解説し締めくくった。
 セッションの終了後、Benをつかまえて、Serious Gamesの日本での普及を申し出ると、ぜひ頼むと言いつつ、日本人で参加している人が他にもいるので協力するといいと言っている。誰だろうと思いながら名刺交換すると、彼は何だ君だったのかと合点がいった様子で、その日本人とは私のことだった。彼は以前に私が日本事情をメーリングリストへ投稿したのを覚えていて、その調子で日本のことを紹介してくれ、と励まされた。とりあえずこのコミュニティにはまだ日本人はいないらしい。来年の今頃には、さて100人くらい仲間を増やせるだろうか。

3/22(月) Serious games summit Day 1

 6時ごろ起床。早起きのようだが、ペンシルバニアだと9時ごろ。昨日やりかけの課題をもう少し進めた。出かけようとエレベータに向うと、ラウンジで朝食サービスをやっている。ホテルの会員は無料なのだそうだ。今回たまたまここのホテルチェーンのサイトが一番安かったので会員になったのだが、思わぬ厚遇。でもカンファレンスで朝飯が出るので今日は果物だけつまんで会場へ向った。会場は早くもGeekであふれかえっていて、秋葉原へ来たような雰囲気。日本人もかなり来ている様子。でもなんか話しかけづらい。ドーナツなどつまみつつ、コーヒーを飲んで開始時間が来るのを待った。
 今回参加したSerious Games サミットというのは、エンターテイメント目的以外のゲーム&シミュレーションの普及を目指す人たちの会合。この分野の主要な研究者が顔をそろえている。ゲーム開発者、研究者、スポンサー、ユーザーそれぞれから出てきている。大学関係者の割合が多い。この分野の一番のスポンサーは米軍で、軍関係のプロジェクトの人たちも結構来ている。大学生とかはあまりいない様子で、この会場だけ平均年齢がずいぶん高い。会場の前半分が円卓席になっていたのでそちらに陣取った。隣に座ったいい面構えの若者と目が合って、挨拶した。彼の名はWilliam。コロンビア大でインストラクショナルテクノロジーを学ぶ大学院生。こちらと似たような立場である。このコミュニティのアクティブメンバーらしく、いろんな人を知っている。彼もビッグネームのそろったこのセッションに期待があふれている様子だ。会話が弾むほど英語ができないのが残念。
 ホストでこのコミュニティ主宰者のBen Sawyerが壇上に立ち、挨拶とSerious Gamesの現状についてのブリーフィング。彼は大学経営シミュレーションVirtual U開発プロジェクトのリーダーで、そのプロジェクトを通していろいろなノウハウを身につけてきたようだ。彼はもともとリーダー気質なのだと思うが、ここまでの成功の積み上げからくる自信と、さらにこのイベントを成功させようという強い意志がにじみ出ていた。
 会場は200人以上入っていて満員御礼。予想以上に盛り上がっている。ゲーム開発者カンファンレンス内で実施したのも功を奏したのだろう。近くにオフィスを構えているというゲーム開発者も何人か見かけた。午前のセッションは医療福祉系の財団、米政府法務省など、Serious Gamesを開発したクライアント側がパネルになってのディスカッション。Serious gamesで何をやろうとしたか、プロジェクトの様子はどうだったか、将来のプロジェクトではパートナーたちに何を求めるかなどの議論が行なわれた。昼食をはさんでの午後いちのセッションは、分科会方式でテーマごとにテーブルを囲んでのグループディスカッション。私は「今後の研究課題検討」グループに参加。インストラクショナルデザイン系、認知科学系、ゲームデザイン系の大学教授たちと、数人のゲーム開発者がいた。心理的影響、身体的影響、学習効果測定などのテーマ出しを行なって、それぞれについて議論した。
 休憩時間中に、日本人が二人、話しかけてきた。一人はゲーム関係のライターの人で、もう一人は東大の院生だった。いずれも興味本位でちょっと顔を出してきたという感じ。それ以外に日本人は見かけなかった。本格的にこの分野で研究しようという人にもっと出てきてもらいたい。ゲーム大国日本がこの分野の盛り上がりを共有できないのは残念だ。
 休憩を挟んで、事例発表。消防士訓練、ロンドンタクシー運転手の語学訓練、恐怖症治療、ホームデザイン啓蒙、軍の作戦遂行訓練、テロ対策、ハワードディーンの選挙運動といった、数々のゲーム&シミュレーションが紹介され、いずれもかなりの成果を挙げている。ゲームが組織の問題解決ツールとして有効であるということが示された。そのあと、マイクロソフトのゲーム部門のGMだった人がAge of Empireやフライトシミュレータなどの数々の成功作の開発に関する話と、マイクロソフトのユーザーテストの特徴など。Age of Empireは私がこの分野に目を向けた最初のきっかけみたいなものだったので、その開発者である彼の話を聴けたのにはかなりしびれた。
 Benのまとめで今日のセッションは終了。盛りだくさんで疲れた。何人かの開発者や研究者の知り合いができた。ホテルに戻ると、またラウンジで今度は夕食サービスをやっている。酒まで出ている。まじでタダなのかと聞くと、この階の客はみんなタダで利用できますよと、気さくなフィリピン人の女性従業員がニコニコと答える。今日はあまり客がいないらしく、好きなだけ部屋に持っていけという。赤ワインとハイネケン、リブにサンドウィッチをいただいた。夕飯はこれで十分だ。ありがたい。まだ引っ張っている授業の課題を進めつつ夕食をとった。ネット接続ができたので、メールを読んだら、課題の出ている授業の講師から、金曜まで延期のオファーが出ている。ありがたい。安心したところで、別のホテルでカンファレンスの参加者が集まっているというのでのぞいてみた。豪華なホテルのラウンジが、Geekの溜まり場になっている。残念ながら、ちょっと時間が遅かったため、Serious gamesの人たちはもうあまり見かけなかった。帰り道にシーフードレストランがあったので、牡蠣を食べに立ち寄った。さすがIT成金の多いシリコンバレー、レストランはやや高め。違った6種類の産地の生牡蠣サンプラーと、白ワインを頼んだ。牡蠣は産地で味が微妙に違う。身の大きさはずいぶん違う。というかそれは個体差もあるか。満足してホテルに戻った。気候がよくて外を歩くのが心地よかった。

3/21(日) San Joseへ

 10時前の飛行機に間に合うように、8時ごろ起床し、旅行の支度をして空港へ。State College~Pittsburgh~Dayton~Chicago~San Joseと、空港の職員から「ずいぶん変なルートで行くのね」と言われるような3回乗り換えのルートをたどった。途中、雪のために遅れが出たので3時間ほど待たされた。約15時間後にカリフォルニア州San Joseへ到着。ホテルはダウンタウンのど真ん中、コンベンションセンターの斜め前の便利なところにあった。着いてみて、ここはシリコンバレーなのかと気づいた。シリコンバレーとSan Joseは、自分の頭には日本語で記憶されていたためか、英語ではつながってなかったらしい。
 夕飯をまだ済ませてないので何か食べようと思って外に出たが、日曜の10時過ぎではどこもやっていない。仕方なしに売店でペットボトルの水とマフィンを買って食べた。ホテルの部屋からDSLネット接続ができるようになっているのだが、どうもつながらない。今日はあきらめて、火曜提出の課題を少し進めて寝た。

3/15(月) ISDの実証研究

 昨日早く寝たので、今日は朝5時から活動開始。アシスタントの仕事で、教授やら他キャンパスの担当者やらに数本メールを書いた。面倒なトラブルになっているのだが、この手の調整業務は慣れている。この仕事、まあ興味はあるし忙しさもほどほどで、来年も続けられそうなのだが、自分としては早く資金を確保して自分の研究を始めたいので悩ましいところだ。
 3時過ぎまであれこれこなして、Dr. Dwyerのリサーチデザインのクラスへ。今日はTAのドクターがリサーチのReliabilityとValidityについての解説をする回だった。どうでもよくないのだけど、自分にとってはReliabilityもValidityもなんか学校の校則みたいなもんで、積極的に学ぶ気にはあまりなれない。変数の多い教育効果の実証研究では、ハードサイエンスのように実験環境を完全にコントロールすることなどできない。実際、研究の過程では妥協も多く、無作為抽出の方法など、これっていい結果が出るかどうかはかなり運任せじゃん、っていうことも多い。しかも再現性を重視してあれこれ科学的手法を用いてやっているのだが、結局は人相手の実験なので、材料や動物を使ってやる実験のようには統制はできない。心理学や認知科学のような人相手の実験と比べても、教育内容や指導方法や学習者のレベルなど、ちょっとしたことに影響を受けやすい変数が存在していて、それらを妥当な形で統制することにかなりのエネルギーをとられる。まだ学んでいる途中なので本質が見えていないだけなのかもしれないが、どうもこういう実験研究は、研究のための研究のような感があって、ここに力を入れても教育の質を高める本質はつかめないんじゃないかという気がしている。
 教育は技術であって、技術化されてなくて特定の人しかできないものはアートだ。そして、普通の人が名人芸レベルに近いパフォーマンスを出すための方法論を確立したり、再現性のある技術にしたりするのが教育研究の目的だと思う。しかし、ISDの実証研究の中には、アニメーションは教育効果を高めるか、とか、メディアは教育効果に影響するか、とか、そんなのやり方次第じゃないか、と言いたくなるような命題を立てて多くの研究者が研究している。たしかにそうした研究から意味のある研究成果も得られるだろう。でもそれだけでは教育の質を高めるための研究は完結しないと思う。この部分が今自分がこの分野の研究に対して感じている違和感の一番大きいところのような気がしている。

教育研究者とゲーム

毎日新聞のWebサイトMainichi Interactiveのゲーム関連ニュースは結構充実していてたまに読むと結構面白いニュースが出ていたりする。今日はそのページではないのだが、毎日のサイトでオンラインゲームに関して教育研究者と称する人が書いた記事を読んだ。
ひきこもりに大流行の兆し インターネットゲーム 
 教育研究者を自称して、全国紙にこういう記事を出すのはやめてもらいたいと言いたくなるような低レベルの内容である。オンラインゲームがひきこもりを助長するということがその趣旨なのだが、研究者を名乗りながらもアプローチがまるで分析的ではなく、ひたすら情緒的である。人気のオンラインロールプレイングゲームをプレイして、自分の主観でよしあしを判断しているだけ。「やり始めて3カ月、私には何がおもしろいのか、さっぱり分らない。」のだそうだ。しかも結びのフレーズがこうくる。「そこには、自分よりも力の弱い者を襲い、ストレスを発散する”悪魔の心理”があった。」ルポライターがこういうものを書いているなら、別にどうでもいいのだが、この人は教育研究所所長を名乗っている。失礼ながらこういう人ほど、自分の経験の範囲外のものを理解する力がない。自分が理解できないものに「悪魔の~」とか「心の闇」とかネガティブなレッテルを貼って思考停止に陥る。分析的にものを考えられなければ、ひきこもりの子どもを助けようとしても、合理性を欠いた、民間療法的なものしか提供できないだろう。自分が思考停止するだけなら勝手にしてもらって構わないが、読者にまでそれを伝染させてしまうので有害としか言いようがない。こういう人にメディアで教育を語らせていたら、親たちはますます子どものことを理解できなくなる。
 この教育研究所所長が述べるネットゲームがひきこもりを助長するというのは、現象面を一面的に捉えたに過ぎない。弱いものいじめを助長するとか、暴力性を増すというのはネットゲームがもたらすものではない。昔からある不登校やおやじ狩りは、ネットゲームによって生じたものではない。また、ネットゲームとひきこもりを結び付けているが、そうしたゲームの性質は、ネットにつながっていることとは関係がない。オンライン同時プレイの環境が、今までにないコミュニケーションスタイルを生みつつあり、それが新しい教育につながる可能性があるのだが(たとえばこういうもの)、そうした視点はこの記事にはない。逆に、この記事をゲームを知らない親などが読むと、どのゲームも暴力的で害があると曲解するだけである。これを読んで、喜んで曲解をしてしまうような親たちが彼のお客さんなのだろうが、彼らと子どもたちの距離は離れていくばかりだろう。
 日本の自称教育評論家や教育研究者が「非ゲーム世代」に施したマイナスの教育は相当根が深い。しかし、ゲームが教育の敵ではなく、逆に最強の武器になり得るということを社会に示すいい例を提供できれば、流れも変わっていくことだろう。