「教育システムデザイン論・オンラインセミナー」開催のお知らせ

新学期の授業が始まりました。先日お知らせしました大学院授業「教育システムデザイン論」も開講しました。この授業の一環として企画したゲストセッションに、情報経営イノベーション専門職大学(iU)学長の中村伊知哉先生と、慶應義塾大学教授で超教育協会理事長の石戸奈々子先生に揃ってご登壇いただけるという貴重な機会となりましたので、オンラインセミナーとしてどなたでも参加できる形で開催いたします。これからの教育のあり方に関心のある方はどうぞご参加ください。

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「教育システムデザイン論オンラインセミナー」

開催趣旨:
東京大学 大学院情報学環の藤本研究室は、先進的な教育システムの研究と新しい教育システムデザインに取り組む人財の教育を行っています。
この度、今年度新規開講した大学院授業「教育システムデザイン論」のスピンオフ企画として、この分野の最前線で活躍されている方々を特別ゲストにお招きしてオンラインセミナーを開催します。

今回は、情報経営イノベーション専門職大学(iU:あいゆー)学長の中村伊知哉先生と、慶應義塾大学教授で超教育協会理事長の石戸奈々子先生に、iUのコンセプトデザインと超教育の取り組みについてご講演いただきます。貴重な機会ですので是非ご参加ください。

開催日時:2022年4月20日(水)16:50〜18:35
開催方法:Zoomによるオンライン開催
参加費:無料

内容:
ゲストセッション「iUのコンセプトデザインと超教育の取り組み」
ゲスト講師:
中村伊知哉氏(iU 学長)
石戸奈々子氏(慶應義塾大学教授/CANVAS代表、超教育協会理事長)

モデレータ:
藤本 徹(東京大学 准教授)

参加申込:
下記のWeb フォームからご登録ください(ご登録いただいた方へZoomURLをお送りします)。
https://forms.gle/ijj6UyfT9eQoQ9PF6

本セミナーに関する問い合わせ先:
東京大学 藤本徹研究室
ludix-contact@ludixlab.net

備考:
・ 本セミナーは、主催者の教育活動、広報活動のために撮影、録画を行いますので、同意の上でご参加ください。
・ 本セミナーの録画・録音はご遠慮ください(動画アーカイブや紹介記事を後日公開予定です)。
・ 録画には、Zoom参加者の名前などが含まれうることをご了承ください(公開されても問題ない表記にご変更ください)。

登壇者プロフィール:

中村 伊知哉(なかむら いちや)
iU 学長
1961年生まれ。京都大学経済学部卒、大阪大学博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。
1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。MITメディアラボ客員教授、スタンフォード日本センター研究所長、慶應義塾大学教授を経て、2020年4月よりiU(情報経営イノベーション専門職大学)学長。 
CiP協議会理事長、吉本興業HD社外取締役、京都大学特任教授、慶應義塾大学特別招聘教授、国際公共経済学会会長、日本eスポーツ連合特別顧問、理化学研究所コーディネーターなどを兼務。内閣官房、内閣府、総務省、文部科学省、経済産業省などの参与・委員を歴任。著書に『新版 超ヒマ社会をつくるーアフターコロナはネコの時代―』(ヨシモトブックス)、『コンテンツと国家戦略』(角川EPUB選書)など多数。
http://www.ichiya.org/

石戸奈々子(いしど ななこ)
慶應義塾大学教授/CANVAS代表
超教育協会理事長

東京大学工学部卒業後、マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員を経て、NPO法人CANVAS、株式会社デジタルえほん、
一般社団法人超教育協会等を設立、代表に就任。慶應義塾大学教授。
総務省情報通信審議会委員など省庁の委員やNHK中央放送番組審議会委員を歴任。デジタルサイネージコンソーシアム理事等を兼任。政策・メディア博士。
著書には「子どもの創造力スイッチ!」、「賢い子はスマホで何をしているのか」、「日本のオンライン教育最前線──アフターコロナの学びを考える」、「プログラミング教育ってなに?親が知りたい45のギモン」、「デジタル教育宣言」をはじめ、監修としても「マンガでなるほど!親子で学ぶ プログラミング教育」など多数。
これまでに開催したワークショップは3000回、約50万人の子どもたちが参加。実行委員長をつとめる子ども創作活動の博覧会「ワークショップコレクション」は、2日間で10万人を動員する。デジタルえほん作家&一児の母としても奮闘中。
https://creativekids.jp/

藤本 徹(ふじもと とおる)
東京大学大学院情報学環 准教授。専門はゲーム学習論、教育工学。慶應義塾大学環境情報学部卒。ペンシルバニア州立大学大学院博士課程修了。著書に「シリアスゲーム」(東京電機大学出版局)、「ゲームと教育・学習」(共編著、ミネルヴァ書房)訳書に「テレビゲーム教育論」、「デジタルゲーム学習」(東京電機大学出版局)、 「幸せな未来は「ゲーム」が創る」(早川書房)など。

大学院授業「教育システムデザイン論」を新規開講します

個人ブログの方を更新するのはしばらくぶりになりました。早くも新年度ですね。
今年に入ってから、学内の諸業務や兼務先の仕事の引き継ぎに追われましたが、ようやくメドが立ってきて、大学業務の慢性過多状態が幾分解消できました。

その分、教育に少しエフォートを割いてもやっていけそうな見込みが立ってきましたので、今年度から新規に大学院の授業を1科目立ち上げました。以前から暖めていたコンセプトで、先進的な教育モデルを調査して、新たな教育システムデザインの構想に取り組む授業です。

今年度は、この授業の趣旨にご賛同くださった4名の先生方に、とても豪華なゲストセッションをお願いすることができました。まず、中村伊知哉先生(情報経営イノベーション専門職大学(iU)学長)と 石戸奈々子先生(慶應義塾大学教授/CANVAS代表、超教育協会理事長)に新設の情報経営イノベーション専門職大学(iU)と超教育の取り組みについてお話いただきます。

次に、この授業の指定文献の著者である吉見俊哉先生に大学論をテーマにお話しいただき、さらに情報学環・学際情報学府の設立時のコンセプトデザインについて(この4月から関西大学に移られた)水越伸先生にお話しいただきます。

主に教室での学びのデザインを扱うインストラクショナルデザイン(instructional systems design)の対象領域よりも広範な、学校レベル、社会レベルでの教育システムのデザイン(educational systems design)の導入となる授業として位置付けています。この授業を起点として、何年かかけて数科目開発していくと、面白いカリキュラムができそうで楽しみです。

「文化・人間情報学特論X:教育システムデザイン論」シラバス

文化・人間情報学特論X/Special Seminars in Cultural and Human Information Studies X
講義名:教育システムデザイン論/Educational Systems Design
開講所属/Course Offered by学際情報学府
曜限/水曜5限(16時50分~18時35分)
開講区分/S1S2
単位数/2.0
学年/M1/M2/D1/D2/D3/D4
他学部履修/可
主担当教員/藤本 徹
教室/福武ホール B2階・福武ラーニングスタジオ2

授業の概要:
「あなたがもし、今の東京大学が存在しない世界線に飛ばされたとしたら、その世界であなたは、どんな教育システムを創造するか?」これがこの授業の基本的な問いである。
どんな教育が求められる世界が待っているかは、飛ばされてみないとわからない。それに、数年前の私たちからすれば、伝染病や戦争で世界秩序が大きく揺るがされる状況に直面する今日は、あたかも別の世界線にいるような状況にも見える。その世界であなたは、自分の子どもの世代のための最良の教育システムの根本的なあり方を模索するかもしれないし、東大の代わりに世界ランキング上位を目指す大学を作ろうとするかもしれない。次世代の教育を担う立場になることが避けられない状況が来るとしたら、今からできる準備は何だろうか・・・。
この授業では、大学を中心とする日本の教育システムを取り巻く問題状況について学び、新たな教育のあり方を追求する先進的な事例を調査する。そして各自で設定した社会課題に対応した教育システムの代替案を構想することが、この授業の目標である。

キーワード:
大学教育/高等教育、教育システムデザイン、教授システムデザイン、ゲーム学習、教育方法、オンライン教育、組織デザイン
Higher education, educational systems design, instructional systems design, game-based learning, instructional methods, online education, organizational design

授業日程:
1 (4/6)
オリエンテーション、システムとしての大学
2 (4/13)
教育を取り巻く社会課題のマッピング
3 (4/20)
ゲストセッション:「iUのコンセプトデザインと超教育の取り組み(仮)」
中村伊知哉先生(情報経営イノベーション専門職大学(iU)学長)& 石戸奈々子先生(慶應義塾大学教授/CANVAS代表、超教育協会理事長)によるゲスト講義、Q&A
4 (4/27)
グループプロジェクト活動(1)イシュー検討ワーク(1)
5 (5/11)
ゲストセッション:大学とは何か、そして何処へ向かうのか(仮)吉見俊哉先生(東京大学教授)によるゲスト講義、Q&A
6 (5/18)
ゲストセッション:情報学環・学際情報学府のコンセプトデザインと実装(仮)
水越伸先生(関西大学教授)によるゲスト講義、Q&A
7 (5/25)
グループプロジェクト活動(2)イシュー検討ワーク(2)
8 (6/1)
グループプロジェクト活動(3):テーマ決定、イシュー検討ワーク(3)
9 (6/8)
文献調査発表(1)各グループの発表、Q&A
10 (6/15)
文献調査発表(2)各グループの発表、Q&A
11 (6/22)
グループプロジェクト:リデザイン、プロジェクト進捗共有ワーク
12 (6/29)
事例調査発表(1)各グループの発表、Q&A
13 (7/6)
事例調査発表(2)各グループの発表、Q&A
14 (7/13)
グループプロジェクト活動(4)教育システム検討ワーク
15 (7/27)
グループプロジェクト最終発表、ラップアップ
(※文献調査・事例調査は、グループで選択した文献・事例で設定。ゲストセッションの開催日程、受講者数、授業進度により授業日程を調整。)

授業方法:
各回の授業は、論点理解のための講義とグループワークを組み合わせて進行する。文献調査発表、事例調査発表、構想プロジェクト発表とクラスディスカッションを行う。
授業中の活動内容やグループワークの体制の詳細は、受講者数に応じて調整する。
・ 文献調査:グループで指定図書の中から選択して、要点と論点を整理してクラス発表
・ 事例調査:グループで事例候補または任意選択した事例を選択して、当事者への取材を含む調査を行い、要点と論点を整理してクラス発表
・ プロジェクト:グループで任意に設定した社会課題に対応した教育システムの構想の要点と概要を準備してクラス発表

事例調査先候補例(設定テーマによりグループで選定):
・ Quest to Learn
・ Life is Tech ! (ライフイズテック)
・ N高等学校・S高等学校
・ ミネルバ大学
・ Coursera
・ 42 / 42Tokyo

評価方法:
各回のリアクションペーパー:50%
文献調査発表:10%
事例調査発表:15%
プロジェクト成果発表:25%

教科書、参考書、そのほかのリーディングリスト:
教科書:
吉見俊哉 (2021). 大学は何処へ 未来への設計 (岩波新書)

参考書:
吉見俊哉 (2011). 大学とは何か (岩波新書)
青木栄一 (2021). 文部科学省-揺らぐ日本の教育と学術 (中公新書)
苫野一徳 (2019). 「学校」をつくり直す (河出新書)
ピーター・センゲ (2014). 学習する学校. 英治出版
Schank, R. C. (2015). Make school meaningful–and fun! Bloomington, IN: Solution Tree Press.
Salen, K. T., Torres, R., Wolozin, L., Rufo-Tepper, R., & Shapiro, A. (2011). Quest to Learn: Developing the school for digital kids. Cambridge, MA: MIT Press. (open access)
https://www.researchgate.net/publication/273947121_Quest_to_Learn_Developing_the_School_for_Digital_Kids
他、テーマに応じて授業時に提示

履修のための条件(要求する事前準備):
前提条件はなく、大学を中心とする日本の教育システムの現状について、自分なりの問題意識をもって受講すること。
留学生や日本以外の教育システムの方が馴染みのある学生は、考えやすい国や地域の教育システムを軸にして、日本の教育システムに関連付けて考えても良い。

HEVGAによるWHOのゲーミング障害指定への反論抄訳

昨日、ゲーム研究者の国際団体「Higher Education Video Game Alliance(HEVGA)」が、先日WHOが発表した「ゲーミング障害」を指定する方針について、共同で反対声明を出しました。この分類指定の趣旨は理解するが、限定的な証拠をもとに早急な結論を出してゲームを不当に貶めることは、この問題への歪んだ見方を広め、問題の改善にはつながらないという趣旨の声明です。

Higher Education Video Game Alliance Opposes World Health Organization’s ‘gaming disorder’

国内メディアでもこのWHOの指定について報道されていますが、特に反論の動きもなく、またいつものゲーム批判かという冷めた目でスルーしている向きも多いと思います。とはいえ、こういう公的機関の動きはゲーム産業や関連分野にダメージにつながりかねず、反論すべきところはきちんと反論しておくべきところです。米国を中心とする研究者コミュニティのこの辺りの動きは速いところは見習いたいです。

声明のプレスリリースは短いものでしたので、正月休み明けのウォーミングアップを兼ねて抄訳を作成しました。ざっと訳したため、細かい用語の言い回しなど間違いがあるかと思いますがご了承ください。

(以下、前掲のHEVGAのプレスリリース訳)

高等教育ビデオゲームアライアンス(HEVGA)は、世界保健機関の「ゲーミング障害(Gaming Disorder)」指定に反対します。

WHOが提唱する「疾病問題の国際分類(ICD)」での指定は、十分な学術研究の証拠に基づかず、何の解決策や予防法も示さずに世界中の何十億人ものプレイヤーに不当な汚名を着せるものです。

ワシントンDC発-2018年1月4日
ホリデーシーズンのさなか、WHOがICDの分類に「ゲーミング障害」を新たに追加するという提案についての報道は、非常に落胆させられるものでした。既に、大手メディアはこの提案の分類について「精神疾患」や「精神衛生状態」といった表現で報道してます。WHOの提案は、この障害の性質を「ゲームをしたい衝動の抑制ができない」、「重大な問題が生じてもゲームを続ける」と明示して、「再発性のある」ゲーミング行動に限定した慎重な指摘であるものの、ゲーミングを依存障害分類に追加することは、個人的行動に根差した乱用への対策にはなりませんし、特定メディアでの症候ではありません。とりわけ懸念されるのは、ゲーミングを障害として分類することで、世界中で何十億人ものプレイヤーが何の問題もなく楽しむ娯楽に不当な汚名を着せる動きが広がることであり、偏見のない公明な研究が進まず、この分類を所与のものとして証拠を求める歪んだ研究が続けられることです。ゆえに私たちは、WHOのこの分類について最大限に強く反対します。

私たちは、ゲームコミュニティ、ゲーム産業、ゲームメディアの形態や効能についての学術研究コミュニティを代表して、WHOの責任ある計画やコミュニティへの関与、市民行動への関与の考えを強く支持するものの、WHOの提案した分類を支持する論拠となる研究結果は、ごく限られたものでしかありません。むしろ、このような動きは、存在が確認されていないゲームと他のメディアの消費行動(例:過度な視聴のような消費パターン)を区別するものです。さらに、「ゲゲーミング」という表現は、通常意味するギャンブル行動とデジタルビデオゲームのプレイ行動を混同させるものです。おそらく最も重要なことは、この分類は何の予防や改善策を提示していないことです。

何世紀もの間、私たちはこのようなゲームや他のメディアをスケープゴートにする動きを目にしてきました。デジタルゲームの前にも、チェスやソリティア、ペンと紙で遊ぶロールプレイングゲーム、他の形態のメディアや娯楽、放送がこのような扱いを受けてきました。18世紀から19世紀にかけて、性的不平等を維持するために、女性は小説の架空と現実の区別を付ける能力がないと見做されていました。それは今日のさまざまな特定の集団や市場が、社会を騒がす問題として扱われているのと同様です。これまでにもゲームは、暴力や子どもの肥満、教育政策の失敗などの現代社会の抱える問題の原因であると批判されるのを目にしてきました。しかし、ゲームがそうした社会的な問題状況を生み出しているという明確な証拠もなく、より重大で社会構造に内在する要因について慎重に検討することもないままに批判を受けているのです。多くの研究が相反する結果を示しており、科学や医学の専門家コミュニティにおいて統一見解が得られていないにも関わらず、ゲームには「依存性がある」と言われています。世界中で20億もの人々がゲームを楽しんでいるという事実があり、STEM教育や人文社会科学分野での良い効果が示されているにも関わらず、特定のグループや報道機関は、ゲームを名指しで危険なメディアであると意図しているようです。

この分類は保険の役に立ち、正しい名称で定義されればさらに有用なのは確かでしょう。しかし、懸命な集団を社会から分断させて被害を与えるおそれがある形で不十分な結論を性急に出すよりも、まずゲームが文化的、象徴的なメディアとして、私たちの生活に与える影響を明らかにするための研究を継続することを推奨します。現代世界におけるデジタルメディアの役割は次世代教育の政策面でも重要なことは明らかです。慎重で中立的でバイアスのない研究報告や、感情的な扇動への批判的な眼を持つことで、このメディアの私たちの生活への影響や、害となりうる行動を抱える人々へのケアについてより良く理解することにつながると考えます。しかし、最善のケアを真に必要とする人々へ提供し、誤りや過度な診断による被害を避けるためには、ゲーミングに障害という無用な汚名を着せることはあってはなりません。限定的な証拠をもとに、特定のデジタルメディアを名指しすることは不当であり、必要とする人々へのケアや対策の発展や、このメディアの社会的、文化的な役割や影響についてのより良い理解にはつながりません。

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HEVGAについて
HEVGAは、専門学校や大学におけるビデオゲーム教育の文化的、科学的、経済的な重要さを支持する高等教育分野のリーダーが集うプラットフォームを形成することをミッションに活動しています。鍵となるのは、21世紀の学習環境におけるこのコミュニティの影響を育てて活かすためには、統一見解の発信や政策立案への関与、メディア広報、外部資金獲得も含む堅固なリソース共有ネットワークを作り出すことです。詳しい情報は、hevga.org, HEVGA のFacebookページへのいいね、または@theHEVGA のTwitterページをフォローして参照してください。

学問体系のこれからと百学連環の話

 昨晩は春日駅近くにある、津和野町東京事務所で開催されたトークイベント「知は巡る、知を巡るー西周と巡る学術の旅ー」に参加しました。山本貴光さんが最新刊『百学連環を読む』の話をされるということで、仕事帰りに駆けつけました。

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 津和野町の郷土史家の山岡浩二さんから、西周の生まれ育った津和野の歴史についてのお話、津和野にお勤めの若手哲学者の石井雅巳さんから、「哲学」の訳語としての成立についてのお話がありました。そして山本さんからは『百学連環を読む』をベースに、学問領域の分け方、分かれ方、学問領域の連なり方について、文学の領域を例にしつつお話がありました。

 

 山本さんのお話は、「百学連環を読む」はどういう本かをコンパクトに紹介しつつ、学問はなぜ分ける必要があるか、という問いを軸として西周が創り出した訳語の解説から次々と展開し、これからの学問体系の展望に至るまで、聞き手の興味を引き出しつつの魅力的な語りで、いつもながら舌を巻く素晴らしい講義でした。

 

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 「分類は思想であり、分け方にそのひとの世界観が現れる」という話題や、学際化(inter-disciplinary)やMIT Media Labの伊藤穣一氏が提唱する反専門主義(anti-disciplinary)、学問の生態系(ecology)の観点から学問領域が捉え直され、文学や哲学のような人文学においても、心理学や認知科学や神経科学などの研究アプローチによって新たな研究領域が形成されていて、さまざまな展開可能性があるという話題は、特に興味深いところがありました。

 

 翻って、近年の文系学部不要論や人文学の危機のような話は、従来の学問領域の重要性の議論が従来の人文系学部の教員雇用の枠組み維持の話と混ざってしまって、議論がかみ合ってないところも見られます。しかし本来は、研究領域の展開可能性や、その際に必要とされる専門人材育成の観点から、人文系領域でトレーニングされた研究者の存在意義や、他分野との連携による未開拓の研究テーマへの参入のような未来志向の議論をしていくと面白そうだ、といった感想を抱きつつ帰途に着きました。

 

 ところがふと、学部時代のかすかな記憶に、慶應SFCの創設に中心的に関わられた先生方が西周の百学連環の話をされていたのを思い出しました。そうか、総合政策や環境情報は、従来型の学問領域から新たな地平を拓こうという意志を持った慶應SFCの先人たちの世界観が反映された領域であり、そこから新しい研究や教育が生まれていったのか、なるほどと、今更ながら気付かされました。私の専門分野たる教育工学や教授システム学も、従来の教育学領域では対応できない現代的な研究課題に取り組む中で派生して拡がってきた学際分野であり、そこに新たな研究テーマや研究者人材の集積が起きて現在に至っているわけです。

 

 そう考えると、雇用の枠組みとしての学部や学部の名前をそのまま残す残さないという話とは関係なく、学問領域は時代の要請や変えていく人々の世界観に応じて常に変容しながら展開していくものであり、それを前提にこれからのことを考えていく方が建設的であり、より良く生きていくための活路が見えて来るように思います。

 

 では今後の展開として、学際を超えた新たな学問領域の開拓をどう進めていくかという話は、まさに山本さんから最後に投げかけられた、今起きつつある新たな研究領域の成立を促すx-disciplinaryの”x” はなんだろうか、という問いにつながります。新たな研究テーマを提案していく上で、これまでの学問体系の連なりやこれからの展開の可能性を見据えつつ考えてみようと思いを新たにしました。

 最後に、実は山本さんから『百学連環を読む』をご恵贈頂いていたのに、本に目を通してから御礼しようと思いつつそのまま御礼しそびれたままでいたのでした。このイベントのおかげで西周の背景も知ってさらに本書を楽しんで読み進んでます(山本さん、出遅れましたが、いつもご著書をご恵贈くださりありがとうございます。重ねて御礼申し上げます)。

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ペンステートの芝草学専攻とToro社

 ペンステートの芝草学専攻(Turfgrass science program)のことは前にも少し書いたことがあるが(記事)、全米で最も古い芝草学教育のプログラムで、1929年に設立されて以来、米国の芝草産業に多大なる貢献をしてきたのだそうだ。
 先日、その芝草学専攻に大手芝刈り機メーカーのトロ(Toro)が学生支援のための寄付をしたことがニュースになっていた(ソース:Penn State Live)。

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グラントライティングの心得

 ペンステートの大学院オフィス主催のグラントライティングワークショップに参加してきた。今年は例年よりも内容を充実させているとかで、第1回目に大きめの教室で全体の導入セミナーをやって、あとは定員50人で分野ごとのセッションを行う形で企画されていた。対象は教員、ポスドク、大学院生で、初めてグラント申請を考えている人やあまり経験のない人向けの内容で設定されていた。

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東京大学現代GPシンポジウム参加

 東京大学現代GP国際シンポジウム「ICTを活用したアクティブラーニング」に参加してきた。午後いっぱいの盛りだくさんのシンポジウムで、MIT、スタンフォード大、公立はこだて未来大の事例が紹介された後、東大で進められている各プロジェクトが紹介された。
 学習環境デザインや活動におけるICTの利用の仕方や組み込み方にそれぞれ特徴があり、アクティブラーニングという趣旨に合った、そつのない良い構成のシンポジウムだった。各セッションとも聴きどころが豊富で、冒頭の永田先生による導入から、ラストのスピーカー全員が参加してのパネルディスカッションまで、いろいろと考えさせられるところが多かった。駒場アクティブラーニングスタジオの見学でもとても面白いものを見せてもらえた。
 MITとスタンフォードの事例は、今では個別に見ていけば米国各地の大学でも類似の取り組みは見られるが、成果が出るように細部を詰めるノウハウやプロジェクトマネジメントの部分は一日の長がある印象を受けた。新しい取り組みというのは、蓄積がないところでやれば企画倒れになったり、やりっぱなしになったり、評価が雑になったりするところがあるのは米国の大学でも同じこと。古くから先端的な取り組みをしている両大学だからこそできている部分とそうでもない部分もあるのだろうと思った。
 これらの海外事例がそんなにかけ離れた先進事例に見えないほど、東大とはこだて未来大の事例も優れた内容だった。はこだて未来大学の美馬先生のセッションは、同大学の学習環境の施設デザイン面と利用面の特徴の解説と、ファカルティ・デベロップメント(FD)活動の取り組みを紹介された。FDは学習共同体の構築であって、お互いに教員がお互いに学び合って影響しあう関係を作り出すことが重要だという指摘はもっともだと思ったが、今までの日本の大学のFD論議の中でこのような考え方は共有されているのだろうか。おそらくあまり共有されていないから、東大の山内先生から「日本の大学のFDへの幻想を取り払わないといけない」といった指摘がされたのかなと思った。変わりたくない人々を新しい試みに巻き込むのは大変なことで、はこだて未来大学のように新しい大学の方が、新しい組織文化を作りやすく、新たな試みに人を巻き込みやすいという側面はあるのだろう。それでも、コンセプトを共有して人々を方向づけるリーダーやファシリテーター的な存在が継続的にチャレンジを続けてようやく成功するのだろう。
 MITやスタンフォードや東大や、という有名校の事例に、はこだてのような新設大学の取り組みばかりが並ぶと、「潤沢な資金が集められてや人材がいる東大さんはいいですよね、はこだてさんは新しいからいいですよね、うちなんて云々・・」という話になりがちなのではないかと思う。でも、スタンフォード大のスピーカーが発表の冒頭で、マキャベリの「君主論」から「新しいことを始めるのは大変なことで、古いやり方に利益を得る強大な敵と、新しいやり方に利益を得る生ぬるい支持者のなかで改革を進めなければならない」というようなことを言っている部分を引用していたように、どんなところであれ、新しいことを進めるのは大変で、大変さの性質が違うだけなのではないかと思う。スタンフォードでも抵抗勢力はいるだろうし、東大でもそうだろう。
 そういえば以前、スタンフォードの院生と話した時に「スタンフォードはYou TubeやFacebookみたいなクールなベンチャーを起こせるような研究をやらないといけないという雰囲気があって、そういうプレッシャーのなかで研究をやるのは結構タイヘン」みたいな話をしていた。東大も日本ではプロ野球でいえば巨人みたいなもので、常勝で、さすが東大、と言われるような成果を出し続けないと周囲の人々はすぐに叩こうとするような状況にあるのだろうと思う。大企業や公的な研究資金が集まっても、これだけ金出すんだからすごい成果だせよ、みたいなプレッシャーがあって、それはそれで大変だし、金が集まらない苦労の方がまだ気楽なところがある。東大という看板が重荷になることだってあるだろう。それにもし制約だらけの資金だけあって、人手もリソースもなく、後はよろしく、みたいなはしごを外された状況になってしまうと目も当てられない。
 外部の人には見えない苦労やプレッシャーがある中で、こうして着実に成果を出し続けることは尋常でなくすごいことだと思う。プロデューサー的な存在がいて、理解ある支援者がいて、責任感と熱意ある担当者がいて、という形で一つ一つのプロジェクトの成果が蓄積していって、ほかの大学が追い付けないところまで格差が広がっていく。格差というと最近は、持てるものが持たざるものに批判される構図があるが、少なくとも持てるものが道を示せないと持たざるものは前に進めない。東大は権威主義だ優遇され過ぎだと批判されることも多いが、いいものはいいと正当な評価をしないと、みんなで批判し合って足を引っ張り合っているうちに停滞してしまう。
 そういう意味でも、この現代GPや一連の取り組みは、教育工学系の研究者(と各分野の人々のコラボレーション)による優れた実践活動として評価されていくべきものだろう。美馬先生がコメントしていたように、今日のどの大学の事例も、事前に取り組んできた活動の中で知見を蓄積していたおかげで今日の事例の話のような成果を生んでいるという側面を見落としてはいけないと思う。いきなり大きなプロジェクトがうまくいくのではなく、小さなプロジェクトから成果を積み上げて蓄積を続けることで、大きなプロジェクトを回せるようになるのはどこの世界でも同じだ。
 教育学の分野にも、裏に隠れた苦労への想像力を欠いたまま、単に人をけなせばエライような風潮や、「同じて和せず」的な、まさにマキャベリのいう生ぬるい当てにならない支持者ばかりの風潮はあると思うので、そのような中で活動を続ける先生方やスタッフの方々に心から敬意を表しつつ、自分もしっかりやらんといかんなと思いつつ会場を後にした。

酒飲みの理論とテニュアの話

 先日、うちのプログラムの教員の一人であるクリス・ホードレイから、プログラムのメーリングリストで、「金曜の夕方、久しぶりにハッピーアワーをやろう。いつものウィスカーズ(大学内のホテルのバー)で飲んでるよー」という呼びかけがあった。ハッピーアワーというのは、適当に集まってビールを飲むインフォーマルな飲み会で、数年前は毎月のようにやっていた時期もあったが、音戸を取る院生がいなくなってしまって、ここしばらくやってなかった。今回は、この間テニュア(終身在職権)を取ってひと段落のクリスが、呼びかけてくれた。
 呼びかけのメールが出回ると、普段は業務連絡しか流れていないメーリングリストで、ジョークが飛び交うのが可笑しい。HCI分野で有名な研究者のジョン・キャロルが、「ソーシャルドリンカーは、ノンドリンカーよりも稼ぎがいい」という研究結果が出ている。ハッピーアワーのいいトピックだろう?と反応してきた。それを聞いてジョーク好きの院生が、「実証研究はされてないが「バッファロー理論」というのもあるそうだよ」と応じる。
 このバッファロー理論というのは、酒飲みのおっさんたちのジョークで、「バッファローの群れを見てみろ、いつも遅いやつに合わせてしか移動できない。そして一番遅くて弱いやつが食われて死ぬ。でもそのおかげで少し早く移動できるようになる。これがビールを飲む人間の脳でも起こってるんだ。脳も一番動きの遅い脳細胞に合わせてしか活動できない。そしてビールを何杯か飲んで酔っ払えば、一番遅くて弱い脳細胞が破壊される。すると頭の回転が速くなる。だからみんな酒飲むと頭が良くなった気がするんだ。どうだ、わかったか。」という愉快な話である。
 そんな感じで和みつつ、ハッピーアワーには入れ替わり立ち代わりで久しぶりの顔ぶれや新しい顔ぶれに出会った。コースワークが終わってしまうと、新しい院生に会う機会は少なくなる。教授や他の院生たちも、最近こういう交流の機会が減っていて、プログラムの結束が弱まっているからもっとやろう、という話になった。酒を飲む飲まないに関わらず、社交の機会は重要な社会資本であって、それをみすみす逃しているのは、学習コミュニティを研究しているくせに望ましくない、という話である。
 クリスとゆっくり話す機会がもてたので、前から一度聞こうと思っていた「テニュアファカルティになってみてどうよ?」という質問をしてみた。すると「平日休みを取る時に他のテニュア教員にはばからずによくなったのと、あまり自分が望まない仕事を請けなくてもよくなったことので、楽になったし、周りのリスペクトも多分高まったのもあって、気分いいよ」という答えだった。
 米国の大学教員は、かなりの割合の人たちがテニュアトラックと呼ばれる、テニュア取得を目指すキャリアパスを進む。取得までの数年間は尋常でなく働いて、論文を量産して業績を上げ、大学への貢献としてカウントされる活動に励む。通常6年程度の間、その評価期間に求められる業績をあげ、審査の結果、晴れてテニュア取得となる。取得できない場合は、他の大学に就職口を求めなければならない。ノンテニュアの場合はたいがい有期か非常勤のようなポジションしかなく、雇用の安定度や大学内でも周辺的な存在として扱われることが多い。
 テニュアトラックに進んだら進んだで、数年間は相当なプレッシャーの中でマシーンと化して働き続けることを余儀なくされる。なので若い教員はみんないつも仕事に追われている。女性教員はテニュアが取れるまでは子を産んでいる余裕もないので、高齢出産のケースが多くなる。みんな多くのものを犠牲にして数年間を過ごすので、テニュア取得で一息つきたくもなる。クリスはちょうどそんな時期のようで、少し前に比べて、かなりリラックスした感じで過ごしている様子だ。
 テニュアという制度自体については、良し悪しあって、一概にいいものとも悪いものとも言えない。こういう制度は、その組織がどういうマネジメントをしたいかによって枠組を決めるべきもので、その点においては、ペンステートや他の多くの米国の大学におけるテニュアの制度は、やや硬直的なきらいがある。日本の大学でこれをやっても、評価制度の運用が雑になったりして、容易に形骸化して、不便ばかりが増しそうな気がする。
 自分がこの制度の導入の是非を判断する立場であったなら、テニュア制度ありきで考えるよりは、まず若い研究者たちが健やかによく働いて、しっかり力をつけることに寄与する制度を他に作れないのかを先に考えると思う。個人的には、テニュアは制度的にいろんな局面で不健康さを内包しているところが気に入らないので、部分的には参考にすることはあっても、真似たようなものを導入することはまずやらない。