Instructional Designerの専門性

 先月、AECTカンファレンスに参加した収穫の一つは、経験豊かなインストラクショナルデザイナーと話しができたことだ。カンファレンスのプログラムにもレセプションがいくつか組まれていて、交流する機会は結構あるのだが、立食パーティではなかなか込み入った話もできない。今回よかったのは、たまたま大学の同僚と、彼の昔の相棒のIDerとで夕飯を食べる機会があったことだ。ちょうどワールドシリーズの時期だったので、ヤンキースの松井の話や日本のプロ野球界の話など他愛のない話をしたりしつつ、仕事の話をいくつか聞いた。
 印象に残ったのは、インストラクショナルデザイナーは、「どれくらいコンテンツのことを学習するのか」という質問に対して、彼の答えは「想定される学習者が理解する必要のあることは一通り学習するが、それ以上は立ち入らない。ただし、コンテンツの専門家がいない場合は自分で全部やることになる。」プロのインストラクショナルデザイナーはあらゆる分野の講座や教材の開発に教育の専門家として関わるので、必ずしもその分野の知識を持っているわけではない。その際、その分野の知識を身につけることではなく、その分野の知識を持った人と共同作業ができるところにプロとしての付加価値がある。それに関しては、Needs assessmentやSubject matter分析の手法がいろいろあって、それらは専門家から知識を引き出すのに有効だ。インストラクショナルデザイナーはそうしたスキルを駆使しながら、他分野の専門家と協働作業ができなければならない。

Instructional designerの基礎スキル

 IDの専門知識とは、講座や教材開発のための理論やテクニック、モデルであり、それらを必要に応じて使い分けるところに専門家としての付加価値がある。しかし、実際には、そうしたテクニックやモデルの知識は、論理思考力とコミュニケーション力がベースになってないと実際の仕事には役に立たない。言い換えれば、IDの専門知識よりも、その人の論理思考力とコミュニケーション力の方が、仕事の成果に与える影響は大きい。
 大学院でも、論理思考力の高くない院生はいかにIDの手法を学んでも、出せるアウトプットはたいしたことはない。逆に、論理思考力があれば、多少の知識の不足はカバーできる。他分野の専門家と共同作業する場合は、きちんとコミュニケーションができないと、いかにIDを学んでもいい仕事はできない。なのでIDを教えるプログラムでは、この論理思考スキルとコミュニケーションスキルを磨く機会を提供することが必須だと思う。Penn StateのINSYSプログラムでは、そうした講座は設置されていないが、その代わりにリサーチプロジェクトの講座の割合を増やすことでこれに対応している。本格的なリサーチプロジェクトを経験する過程で、そうしたスキルを高める機会を得るという社会構成主義的なアプローチだ。それもいいのだけど、そのアプローチを機能させるためには、必要なときに参照できるリソースが十分に提供されなければならない。残念ながらそこはあまりケアされていないので、学部を出てすぐの若い院生には少々レベルが高すぎるきらいがある。
 もし自分がIDに関するプログラムを組む立場になったら、まず基本に置きたいのは基礎的な論理思考スキルやオーラルコミュニケーションスキルやライティングスキルを補うための講座だ。そうした基礎講座の内容は、当然インストラクショナルデザインの現場と関連付けたものにする。そうした講座を先に履修することで専門知識の習得も効率がよくなる。
 つまるところ、一番そういう講座が必要なのは自分だったりするのだが。いずれ短期のワークショップ案でも作ってみたい。

12/2(火) 型を崩す

 サンクスギビングの連休を利用して、ニューヨークへドライブ旅行に行ってきた。セントラルパークを歩き、サンクスギビングのパレードや、ブロードウェイのミュージカルを観て、うまい刺身を食べ、あちこち歩き回って久しぶりに都会の空気に触れて、気分転換になった。楽しい旅行というだけでなくて、あれこれ苦労もした。アメリカに来て生活を始めて1年になるが、住み慣れた街を出ると日々新しいことだらけだ。
 留学せずに日本で普通に仕事をしていれば、当然変化もあるが、これだけ大きな変化は日々味わうことはなかっただろう。30歳前後にもなれば、社会人としての経験もついて、自分の型というものができて、それをうまく使えば、仕事は一通りこなせる。収入的にも安定してきて、生活にも不自由はさほど感じなくなる。1年前の自分はまさにそんな状態だった。それが留学してきて、言葉は通じない、生活スタイルも一から組み立てなおす必要があり、何事も思うようにならない、そんな中で過ごすことを余儀なくされた。
 大学時代に演劇をかじったことがあるのだが、その時に「型を崩す」ことの重要性を学んだ。練習を繰り返して苦労して作った演技を、あるタイミングで演出家がダメ出しして、一からやり直すのだ。せっかく覚えたのに何てことを、と怒りを覚えるものだが、再び試行錯誤するうちに、前のものよりもはるかによいものが出来上がるのだ。何が違うのかというと、一度できた型というのは、成長前の自分が基点となってできたものであって、型ができる頃には自分はいくぶん成長している。その成長した自分を基点にして演技を組み立てると、質は当然高くなる。これは演技に限ったものではなくて、他のアートでも学術研究でも、人間がやることなら同じことが言える。苦労して作った型だからこそ、それを崩すことでさらなる成長へのドライブがかかるということだ。
 日本で仕事を続けていても、転職したり、新たなことへの挑戦を続けることで、型を崩す機会は得られただろう。だが、多くの場合は自分の型を守る方向で動けるので、新たな成長につながるような大きな機会は少ないかもしれない。現に、留学してきたことで、この型を崩すということを改めて考えさせられたのだ。何も吸収していない若いうちに留学して一から海外で経験を積むのも有益なのはもちろんだが、ある程度経験を積んだ大人が、生活の基本から不自由を味わい、自分の型を崩される経験をするのは、それと同等か、それ以上に有益だと思う。そうした経験ができるのは、留学の大きなメリットの一つだろう。
 ただ、一般的に歳を取れば取るほど、変化に対する適応力や柔軟性は下がる場合が多いので、無理は禁物だろう。型というのはしっかりしたものであればあるほど自負心を生み、アイデンティティとの関係も強いものになるので、それを崩されるようなチャレンジは負荷も大きい。新しいことにはストレスも伴うし、異国で大学院生や研究員などやっていると、孤独を味わう時間も長くなる。ストレスを和らげる工夫や、休養をきちんととることを考えないと、型だけでなく、自分自身も壊れてしまうような危険も隣りあわせだということを知っておく必要がある。

Dr. William Lee講演

10/15(水)に、”Multimedia-based Instructional Design”(邦訳:「インストラクショナルデザイン入門」)の著者のDr. William Leeの講演があったので参加した。彼はPenn StateのINSYSプログラムの卒業生で、大学からOutstanding Alumniの賞をもらって記念講演をしに来たそうだが、公式行事の前に、INSYSの人々向けに1時間の講演をしてくれた。ちょっと早めに会場に着いたら、Dr. LeeとDr. Dwyerが二人だけで談笑していたので輪に加わった。ぼくが日本人だということを知ると、「インストラクショナルデザイン入門」が出版されたことに触れた。もちろん知っている、日本ではIDの参考書はあまり出ていないのでみんなあなたの本で勉強していると思うよと話すと、シンガポールや中国あたりでも出版されて、他にも数国で翻訳される予定があるとか。
講演の内容は、アメリカン航空の教育コンサルをやった経験を交えつつ、IDだけでは企業の文化の壁を越えた組織改革はできないという話だった。教育研修が解決策にならない場合でも、企業の経営者は研修で組織を変えられると考えている場合があるが、そうでない場合が多い。アメリカン航空は立派な研修施設を持っていたが、オンライン教育の導入は逆にその施設があることで導入が遅れた。デルタは逆に数年前に情報システムの基盤強化に資金投入していたおかげでそのインフラを使ってe-learning導入を低コストで行なえた。すぐにその差が歴然となった。研修に金を使う意欲が経営者にあっても、経営者の考え方が必ずしも合理的でない場合もあり、その場合は教育研修が解決策として機能しない。教育研修の精度を高める方向ではなく、組織変革を主眼にした別のアプローチを取る必要がある、ということだった。
Dr. Leeのような実用的なID書の著者でも、IDよりももっとマクロレベルの変革アプローチが必要という考えを持っているのは興味深かった。IDの研究者でそうした考えから、Instructional System Designだけでなく、よりマクロなEducational System Designにシフトする研究者がけっこういるのだけど(Dr. Reigeluthはその代表格)、Dr. Leeも同じ考えを共有するID者なのだ。
休憩を挟んで、後半はDr. Leeの著書、”Multimedia-based Instructional Design”の改訂版に付録でつくCD-ROMに収録されたID者支援ツールの紹介が中心だった。適切な学習目標を書けない研修担当者が多いので制作したという「Learning Objective Genelator」他いくつかの便利なツールのデモをしてくれた。いずれもフォームに情報を入れると、IDの作業に沿った形で結果を返してくれるというツールだった。本の付録にしてはよくできていて、けっこう使えそうな印象だった。ID者支援ツールの開発というのは、ぼくもとても興味があるので近いうちに一つ作ってみたいと考えているところだ。

11/1(土) 刺身ディナー

今朝は12時起床。夫婦とも疲れがたまっていたようだ。
朝食は軽くシリアルで済ませて、午後はWeblogの更新中にシステムの不具合に引っかかり、その手直しに時間をとられた。夕方、ダウンタウンにある日本料理&韓国料理レストランのSay Sushiへ出かけていって、刺身定食と焼き鳥を食べた。ちょっと高かったし、魚がもう一つだったのだが、たまに食う刺身は美味い。最近すっかり刺身欠乏症になっている。
夜は、プロジェクトの作業と、調査報告の仕事の資料整理。夜更けまでかかったが、資料整理は終了。これでさらに一区切りついて、余力が増してきた。運動不足で身体はなまっているが、仕事のペースは悪くないので、この調子で来週のプロジェクトの山場も乗り越えたいものだ。

10/31(金) ハロウィンパーティ

今朝は起きると9時前。統計の授業は少し遅れて出席。前回のテストの結果をもらったら満点だった。統計クラスの講師のJonnaと少しだけ話をする時間が持てた。
11時過ぎにINSYS521プロジェクトメンバーのYihuaiと打ち合わせ。彼女は仕事ができるので話が早い。20分程度段取りについて話をして解散。
午後はプロジェクトのドキュメント作成。来週調査実施なので今やっておかないといけないものが多い。ちょっと昼寝して疲れを取ってさらに仕事を進めた。
夜はDr. Peck邸のハロウィンパーティに参加。キムチチャーハンを山盛り作ってもって行った。パーティは仮装した人であふれていた。教授も学生もみんな変な格好やら楽しげな格好で盛り上がっている。Dr. Peckはスターウォーズに出てくる金持ち宇宙人のような格好で、マスクしているので誰だかわからなかった。INSYSの教授や卒業生で作ったバンド演奏もやっていた。こういうところでさらっと楽器ができるとなかなかかっちょよい。屋外では、スクリーンとプロジェクタが設置され、編集した古いホラー映画が流されている。キムチチャーハンは予想以上の大好評。みんなうまいうまいと食べて、あっという間に売り切れ。レシピをくれと言われたり、賛辞の声を多数受けた。本場韓国人からも賞賛された。仮装はしなかったが、違った形でパーティを盛り立てることができたようだ。ほどほど社交したところで、10時ごろには失礼した。

10/30(木) 体調回復

今朝は10時起床。空き時間はひたすらプロジェクトの文書作成。ここ数日、夏以降のオーバーワークと旅の疲れが重なって、体調不良気味だったのだが、少しペースダウンしたおかげで、今日は完全回復した。おかげで仕事がはかどる。無理はよくない。昼過ぎに調査報告の仕事関連で電話でヒアリングを受ける。日本から米国大学の調査に来ているそうだ。
午後は教育測定の授業に出席。だいぶ難しくなってきた。わからないところが増えてきた。
帰宅後ちょっと仮眠を取って、また夜中までプロジェクトの文書作成。

10/26(日) 夏時間終了

朝起きたら6時だった。6時10分に迎えのシャトルが来ることになっている。やばいと思って大慌てでロビーに下りると、同じプログラムのBradがシャトルを待っていた。時間を聞くと5時15分だという。おかしいなと思って聞いてみると、サマータイムの終了で、1時間時間が戻っていた。おかげで送れずにすんで助かった。
無事にシャトルで、オレンジカウンティ空港へ到着。軽くパンと紅茶で朝ごはんを済ませて、出発。後で聞いたところ、もう少し遅いフライトだったら、山火事で欠航になっていたかもしれなかった。デンバー経由で、3時間の時差を経て、夜6時にボルチモア空港へ到着。Greyhoundに乗り換えて、さらに4時間、11時ちょうどに帰宅した。遅い夕飯に、りんが用意してくれたすき焼き丼をほおばりながら、ここ数日のお互いの出来事などを話した。

10/25(土) カンファレンス終了

朝は起きれず、8時過ぎ起床。一本目のセッションをパスして、2コマ目から出席。インディアナ大学で、Diffusion Simulation Gameのデモをやっていた。これは教育改革者の改革過程の苦労や手間を体験できるボードゲームをオンライン化したものだ。このボードゲームは30年も前に開発されていたそうで、その存在も知らなかったが、オンライン化したゲームの方もなかなかの出来だった。グラントプロジェクトではなく、クラスプロジェクトで、院生がPHPプログラミングを学びながら作ったというのだからたいしたものだ。博士論文ではこういうプロダクトを作って研究したいと考えているので、いい先行事例に出会えた。
いくつかセッションに参加し、午後は撤収作業の手伝い。各セッション会場のプロジェクタなどを回収して箱詰めし、備品の整頓などを2時間ほど。片付いたところでボランティア部屋を後にした。これでカンファレンスは終了。プログラムの同僚Joelと彼の前の大学の同僚のRichardと3人でディズニーランドへ行くことにした。大の男が3人でディズニーランドを回るのもなかなか愉快だ。途中、急流くだりの列を待っているときに話していて、実はRichardは、昨日、化学実験室のシミュレーション教材のプレゼンをやっていたインストラクショナルデザイナーだったということが判明。ぶっきらぼうな感じがしたのは、彼のキャラクターだった。よくよく話せば、もの静かな気のいいおじさんだった。二人とも子どもがいるので、こういう場所の回り方は心得ている。ファーストパスをうまく使いつつ、激しい乗り物と休憩できるアトラクションを交互にめぐる(若者のように激しいのを連チャンできない)というお父さんテクニックがさえていた。映画のアトラクションはさすがディズニー、ポジティブな教育的映画だった。
4時間ほど回り、彼らは子どもへのお土産も買ったところで、ディズニーランドを後にして、ホテルの近くのメキシカンで夕食。ヤンキース松井の話をしたり、カンファレンスの感想を交わしたりしながら楽しく過ごした。
外を歩くと空は変にかすんでいるし、目に灰のようなごみが入るので、なんだろうと思っていたら山火事だった。ホテルに戻り、できる限り荷物をまとめて就寝。

10/24(金) カンファレンス3日目

5時前に起床し、少し仕事を進めてからカンファレンスへ。会場ではワイヤレスLANが自由に使えるのでパソコンを持参し、セッションの合間にも作業をすすめた。日本時間の金曜に送る予定が、少し遅れてしまったが、とりあえず調査報告の仕事は一区切り。あとは資料の整理と、多少の補足修正を残すのみとなった。
セッションは朝から夕方までみっちり入っていて、プロジェクタのセッティングで困っているプレゼンターを助けながら、興味のあるセッションに参加した。ラウンドテーブルセッションというのがあって、広い会場に8人がけの円卓テーブルが8つくらいあって、それぞれにプレゼンターが座って、そのテーブルに来た人にプレゼンするというものだった。BYUというユタ州の大学からきたインストラクショナルデザイナーがシミュレーションゲームの要素を取り入れたCD-ROM教材を紹介していた。教材はよく作りこまれていて、化学実験室をリアルに体験できしながら、必要な解説が入るというものだった。開発期間は1年半と長めだが、開発費も5万ドル程度と比較的抑えている。興味があったのでいくつか質問したが、あちらの方はこちらにあまり関心がなさそうでいまいち反応が悪かった。質問の表現が悪かったのか、あるいはあまりアジアの若造には興味がないといった感じの反応で、ちょっとがっかりした。
この日の夜はAECT会員全体のレセプション。同じプログラムの中国人Joyと一緒に出向いていったら、食べ物の前は長蛇の列になっていた。ようやくこのレセプションではうまいものが食べられるとほっとしたのだが、やはり飲物は有料バーだけ。ビールを買って飲んだが、テーブルの他の人は誰も飲物をとらずに食べていて、ちょっと異様な感じがしたが誰も気に止めるでもない。Joyに話したら、これはアナハイムでのカンファレンスの特徴かと面白がっていた。彼女は暖かい飲みものがほしくてホテルの係にお湯を頼んで飲んでいた。さすがに頼んだら出てくることはわかったが、普通は水ぐらい各テーブルにおいて置くものだろう。
みんながひとしきり食べたところで、ステージでは白人お姉さん3人組の歌謡ショー。かなりオールディーズなノリだった。あとはバンド音楽と抽選会を交互にやりながらみんなでわいわいやるという感じだった。日本の学会レセプションはほとんど出たことがなくて、とりあえずみんな酒を飲んでばっかりのようなイメージがあるのだが、実際はどうなんだろう。
途中で、韓国教育工学会から訪問団が来ていると紹介された。今回も韓国人参加者が多くて、学会員募集のプロモーションブースを出しているくらいの熱心さだ。この分野では、かなり韓国に先を越されている気がする。今日は10時半ごろ退散して、早めに休んだ。