今年の誕生日の近況2020

今日で47歳になりました。今年もメッセージくださった皆さまありがとうございます。たまに遊んでいる「あつまれ どうぶつの森」にアクセスしたら、いつもの島の住人がおめでとうおめでとうと挨拶してくれて、古株住人たちが3密空間でサプライズパーティしてくれました。

最近あまり近況も書いてなかったですが、会う人には疲れてますねと言われるような状態がしばらく続いていたので、このコロナ禍の外出自粛の中で在宅勤務の中、忙しさは増していましたが、なるべく静かに過ごしたい感が強かったので、役割として対応するものだけやりつつ、お知らせなども最小限にしつつ過ごしていました。

昨年から大学院に移ったおかげで、これまでのセンター事業周りの仕事から、研究と教育主体に仕事の軸足が移ったのはとても良かったですが、兼務している二つの組織の運営の仕事が入ってきて、どちらも人手不足で手薄な組織のために、このコロナ禍の中では否応無く仕事が増えていく状況が続いています。

そんななかですが、今年度から始まった藤本研究室の活動は地道に行なっています。研究室ブログで少しずつ様子をお知らせしていて、今年入ったゼミ生も投稿してくれています(研究室ブログはこちら)。来年度入試に向けた藤本研究室の説明会も準備していて間もなくお知らせします。これまでに仕掛かった研究の論文を少しずつ書いています。先日採録された論文も掲載誌がそろそろ出ます。関わっている学会のイベントもアナウンスします。

これからまた少しずつ、皆さんにお知らせできる活動について書いていこうと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。

2019年の振り返り

今年も振り返りのブログを書く年の瀬となりました。今年は所属組織の改組や異動など忙しなくイベントが続き,組織人として大きな変化を経た一年でした。無事に改組はひと山越えて,ここ何年か荒れて具合の悪かった組織の状態は改善に向かっています。年初の自分の状態を振り返れば,組織の事情から生じるさまざまなナンセンスに長いこと付き合いすぎて,だいぶ消耗していたのだなと思います。今年の後半は,専任の教員として研究を本務として活動できるようになり,調子も少しずつ戻ってきましたが,移籍先の組織でもさらにこじれた組織の問題に心を痛めつつ年末を迎えました。

個人的な出来事として,2週間ほど前に地元の高校時代の友人が癌で亡くなりました。高校で一緒にバンドを組んでいた仲間で,上京後も別の大学でしたが一緒にバンドを続けていて,彼はほどなく病気で地元に戻ることになりましたが,帰省すれば訪ねる数少ない地元の友人でした。もう長くないと連絡があり,年末の帰省を早めて11月末に帰省して,見舞いに行きました。家業をたたんで店を引き払うところだったので,見舞いついでに荷物の片付けを手伝ってきました。高校時代に入り浸って遊んだ彼の部屋の懐かしい荷物を片付けながら,生きていくことの大変さについて考えさせられました。そのような時間を経て,我々中年世代より上はともかくとして,もっと若い世代や彼の遺した子どもたちが生きづらくない社会にできるように貢献していきたいと思います。

今年の活動については,だいぶ研究の時間を増やせたこともあり,徐々に好転しています。論文を読む時間も以前よりも増えて,レビュー論文を書きながら,最近の研究を少しキャッチアップできました。何年もフォローできてなかった間にだいぶ研究が進展していて,とてもフォローしきれないような状態になっているので,とにかく自分の手持ちのネタでやれることをやってみてどこまでいけるかというところです。研究のアウトプットは,自分がファーストの論文は1本,あとは共著論文と国際会議発表が数本で,ここ数年のペースとさほど変わらずといったところでした。今の調子で進めても,年3本程度手がけて,順番に1本ずつ形になる程度にとどまりそうな感じが見えているので,今後は少しやり方自体を変えてみようかと考えています。

気がつけば,留学から帰ってきて10年経ちました。これまでの自分のその時々の選択が今の自分に至っているのだなと思うと,良くも悪くも感慨深くもあり,そう考えると,この先10年はどうなっているだろうかと楽しみでもあります。

今年もお世話になりました。皆さま良いお年をお迎えください。

今年の誕生日の近況

今日で46歳になりました。メッセージくださった皆さまありがとうございます。誕生日を迎えたタイミングは、終電近い空いた電車の中で、Opethを聴きながらインスタでよその家のネコがごめん寝している画像をたくさんみて癒されていました(#ごめん寝とか#ネコをフォローしてるせい)。

今月はもっぱら、オンラインコース「教育のゲーミフィケーション」の開発と運営に研究時間を全投入していて、コース運営は最後の山場に差し掛かっています。連休を全投入してコンテンツ制作を終えるつもりで臨んだのですが、大学の業務もなかなか重い仕事が続いていることもあって予定通りには全く収束できずに結局、各週の公開予定日の前日に何とかセットアップを終えるというペースで進行しています。取り入れたいアイデアのうち実装できなかったものも多く、だいぶ絞り込んでようやくコースとして落ち着きました。

このコースは、個人的に10年前に博論研究のコンテンツ開発をしていた時に実現できなかったことや、その後非常勤で「シリアスゲーム論」の授業を担当した時に開発したクエスト学習の手法の未完成だった部分を改良できた感はあるので良かったです。一方で、今の自分のやり方でのベストはここまでかなという限界も感じつつ、自分の仕事の型のようなものを見直す必要性を再認識しました。やっているうちに次のテーマも見えてきたので、無理しただけの成果はありました。受講してくださっている皆さまに感謝しつつ、まずはとにかくこのコースの研究を一区切りさせて、落ち着く時間を取って先のことを考えようと思いつつ、今日の残りの数時間を過ごしています。

その他の近況や面白い話はまた機会を改めて。引き続きよろしくお願いいたします。

2019年を迎えて

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
年始の休みは最小限のことだけやって休養優先で過ごしました。帰省もせずに自宅で過ごした分、例年よりも休めた感があります。

昨年の冒頭に書いたことを見返してみたら、次のようなことを書いていました。

「自分の性分として、自分でなくてもよいことや自分がやらない方がうまく回りそうなことは、出しゃばってやりたくないし、さっさと他の人に渡したいと思って生きてきましたが、他にできる人がいないことや行きがかり上引き受けたことが積み上がってきて、大事なことに力を尽くせず残念な思いをすることが増えてきました。」

これが1年ずっと続いてたなという感じです。大事にしたいことに舵を切って前に進む一年には程遠い感じでした。自分が出張らなくても良い仕事はどんどんできる人に手渡してきましたが、さらに拾われないボールが足元に転がってくるので、拾って投げ返すうちに1年が過ぎてたような。私のそばで一緒にボールを拾って投げ返すのを手伝ってくれた人たちには本当に感謝してます。後で思えば拾わなくても良いボールやそこまで時間をかけずに手早く片付けるべきこともあったので、そんな反省材料を活かして今年を良い一年にしたいです。

2019年の前半は、仕掛りの研究を進めることを最優先にしつつ、引き出しの奥の方に放り込んだままホコリを被ったような状態で放置していた関心事を引っ張り出して、アイデアを練ったり研究に仕立てたりする時間や、しばらく使わずに錆びついたスキルを磨き直すための時間を増やして過ごしたいと思います。これまでも体調管理に気をつけて無理な状態にならないように仕事をだいぶ絞ってきましたが、手を動かしてものを作る時間や教える機会を増やしたいので、絞りきれてないところは更に絞りつつ、時間の使い方の拙いところも見直して、ワークスタイルの改革を続けたいと思います。

これまで目標として掲げてきたゲーム学習分野の研究拠点を立ち上げるための活動についても、昨年は組織的な事情で後回しにしていましたが、今年は仕切り直して土台を作る活動に取り組みたいと思います。手始めに、しばらくお休みしていたLudix Labの活動を再始動させます。公開研究会の開催と、藤本ゼミ的な活動を立ち上げる計画を準備中です。

この何年か厳しい時期が続きましたが、今年は気持ちを切り替えて、成果を出して発信するサイクルを以前よりも加速させるべく日々の活動に取り組みたいと思います。

2018年の振り返り

2018年も終わろうとしています。今年は実家に帰省せず、休みに持ち越した原稿や書類の作成をしながら、今後の研究構想を立てる時間を取りつつ静かな年末を過ごしています。

今年は年初から何とも問題の多い年で、悩みながら問題対処に明け暮れるうちに1年過ぎたような感があります。理不尽なことやうまくいかないことも多々ありましたが、自分のできることは力を尽くしてやってこれた気はしています。

自宅の大掃除も済んでさっぱりしたところで、例年通り、今年一年で書いた原稿や発表を整理しました。主なものは国際論文誌の論文1本、昨年書いて今年出版されたレビュー論文1本、国際論文誌に投稿中の共著論文が1本、あとは国内学会発表や共著の発表などというところです。昨年から仕掛りのジャーナル論文のうち1本出版できたのは良かったですが、残り2本がさらに持ち越しになっているのが反省点です。

今年の後半に取り組んだ経産省「未来の教室」実証事業の委託で行った実践研究が年明けからアウトプット作業に入るのと、現在進めている科研費の研究プロジェクト2本の開発を進めているので、来年それぞれ成果を出せればというところです。年始の休みは程よく休養を取りつつ、読めてなかった本や論文を読んで穏やかに過ごしたいと思います。

今年も多くの皆さまにお世話になりました。どうぞ良いお年をお迎えください。

続きを読む

「貧すれば鈍する」ということ

この2年ほど、日々の業務に疲弊して、精神的リソースが枯渇したような状態が続いていることもあって、週末はなるべく予定を入れずに休養優先で過ごすことが増えた。こちらが休みかどうかに関係なく、査読の依頼とか、何かの締切のリマインドは遠慮なく入ってくるので仕事はしているのだけど、仕事している感じにならない程度の量にとどめている。

そういう日曜の午後、何もする気がせず何となくテレビをつけたら、プロゴルフの試合をやっていたので何となく見ていた。トッププロゴルファーの見事なプレイの脇で、クラブを磨いて手渡した先からすぐにバンカーをならして、すぐにグリーンに上がってピンを持ち、ホールアウトしたらプレイヤーと言葉をかわすキャディの姿に目が止まる。それにプロトーナメントを行うゴルフ場は、丁寧に整備されており、ゴルフ場の支配人や運営スタッフもレベルの高い仕事をしていることが想像できる。スポーツにさほど興味のない私だが、ゴルフは子どもの頃に多少かじった経験があり、高校時代は田舎のゴルフ場でキャディのバイトもやった。なのでスポーツのアナロジーで考える時、プレイヤーとしての感覚で考えるにはゴルフが一番イメージしやすい。

物事をアナロジーで考える私の習性は、もはや職業病の域にあり、こうして週末のゴルフ番組をぼんやり見ていても、今の自分の仕事の文脈がこのゴルフの世界に浮かび上がってくる。今の私の仕事上の役割は、プロゴルファーとキャディやゴルフ場の他の仕事の関係として見ていくとどうなのか、そういう事を考えているうちにテレビの方は目で追っているだけになってくる。

プロプレイヤーは、トッププロであれば国際メジャー大会に出て勝ち星を上げ、スポンサー契約を取り、プロのプレイヤーとして成果が出ることにフォーカスして日々の活動を組み立てていく。トップでない普通のプロでも、国内試合で良い成績を上げるべく腕を磨き、来年のシード権を取り、所属クラブでレッスンプロとしてアマチュアの指導をしたりしながらも、プレイヤーとしての活動が中心の生活を送る。

それではそういう文脈における私はどういう立場か。大学の研究者として、研究や教育で業績を積み上げていくことが期待されており、それが評価の中心だという点において、プロスポーツ選手のように「プレイヤー」としての役割が期待されているはずなのだが、どうも違う状況にいる。

時間を作って練習ラウンドしていると、ゴルフ場のオーナーや支配人から「練習する暇があるなら運営の仕事を手伝ってくれ」とばかりに、運営スタッフの雇用やシフト管理のような仕事を任され、他のプロがラウンドするのに人手が足りないからとキャディの仕事も手伝い、支配人が不在がちで荒れたゴルフ場のメンテ作業をやり、自分のプレイヤーとしての活動は、日が暮れてみんなが帰ってからやることになる。がんばって海外遠征を増やそうにも、ゴルフ場の仕事が手薄になることに不満を持たれる。資金不足だからスポンサー契約をとってこいとオーナーが言うので、新規の契約を取ってきても、内部で煩雑な手続きを嫌がられて仕事が進まず、成果が出なくてかえってスポンサーに迷惑をかけるような、誰も報われない、さえない状況が続く。傍目から見れば、名門ゴルフクラブで仕事もらってるんだからまだマシでしょ、世の中もっと大変なんだよね、と内部の事情には微妙な同情くらいしか集めない。

プレイヤーとしての活動が後回しになり、9割方がキャディやら支配人やらの仕事で時間を取られていても、続けていれば要領を得て、それなりに効率よくこなせるようになる。そうすると、こっちもお願いとばかりに、さらに問題の多い仕事が回ってくる。やる人がいなくて組織が傾いても困るので、不承不承対応する。するとまたさらにやり手のいない仕事が回ってくる。かくして、プレイヤーとして自分の腕を磨く以前の状況が続き、たまに打ちっぱなしで玉を打つだけのアマチュアプレイヤーのような状態で、プロとして精彩を欠いた状態が定常化した。

言うまでもなく、プレイヤーの仕事以外にもゴルフ場には仕事があり、それらがプレイヤーの仕事に比べて価値が低いということではない。トッププロがしのぎを削る試合で勝てるパフォーマンスを発揮するには、優れたキャディがきちんと仕事を果たすことが不可欠となる。プレイヤー本人の実力や努力が必要でも、それだけで勝てるものではなく、キャディや裏方の仕事がきちんと果たされないと、プレイヤーは成果につながるパフォーマンスができない。キャディにはキャディとしての専門性があり、トップの世界のキャディが持つ価値はもっと評価されてよいが、それは別の問題である。

ここでの問題は、大学の研究者としての私の仕事はプレイヤーとして評価され、キャディや支配人の代わりにどれだけ仕事をしたかとか、組織を立て直すことに貢献したかで評価される立場ではないことだ。大学の研究者としての評価は、どれだけ良いスコアを出して、いくつ勝ち星をあげるか、賞金ランク上位に入ってシード権を取れるかという、プレイヤーとしての立場で評価される。たとえ組織のために働くことが求められても、試合に出る準備ができない、ゴルフ場が荒れていて練習にならない、プロ契約が結べない、道具が揃わないなどのさまざまな事情に翻弄されて、プレイヤーとして勝てない状況に陥っていても、最終的にはプレイヤー個人として評価される。

もちろん、レッスンプロとして評価されて生きる道もあり、プレイヤーの他にもゴルフ場には多くの仕事とさまざまな生き方がある。誰しもどこかのタイミングで、自分の生き方を選択しなければならない時が来る。私自身もそういう段階にいるのかもしれないが、未だプレイヤーとしてやりきっていない以上、とにかくプロとして練習時間も取れないこの拙い状況を立て直す必要がある。

ここしばらく、前向きなアイデアが出なくて枯渇した状態で、支配人業務が忙しくて回らないからと出場試合の数を減らすようなさえない状態だったが、このあり方が根本的にダメで、これを続けていたら私の選手生命はこのまま終わる。どこかのゴルフ場の支配人の仕事くらいはできるかもしれないが、そこを目指してプレイヤーになったわけではない。錆びついた腕はこれから磨き直す必要があるが、少なくともこういう危機的な状況に気づいて、前向きに捉え直せる程度には回復してきたのかと思う。

誕生日の近況など

今日で45歳になりました。メッセージくださった皆さま、ありがとうございました。

昨年の今頃からこれまでを振り返ってみると、組織の管理業務の割合がだいぶ増えていて、その分研究や対外的な活動が減った状態で推移しています。今年の前半は所属組織でいろいろと変化があり、調子の悪い部分の応急処置に、事業提案に、執行計画に、スタッフの雇用にと、研究者としての時間よりも、組織の中間管理職や、幕府の奉行のような立ち回りの時間の方が多い状況が続きます。補給の見通しもなく、手持ちのリソースで出城を守っているような状態で、周囲も余裕のない状況なので、これでは日本の大学の研究力が低下するのも無理はないなと思いやられます。

1年前に44歳の私が書いたことを見返してみると、考えていることはそんなに変わっておらず、その時考えていたことや今年の年初に見据えていたチャレンジングな状況の途中にいます。この1年で仕事上の面倒事はさらに増え、ややこしい話がさらにややこしくなり、自分の手に負えないような状況をいかに乗り切るか、悩みながら毎日が過ぎていきます。がんばったおかげで持ち直したことや片付いた問題もありますが、まだこの状況が落ち着くまでにはもう少しかかりそうです。

昨年の今頃も相当大変だと思って毎日を送っていましたが、今思えば、まだ全然余裕がありました。仕事量が増えてもどうにか対応できているのは、慣れて効率が上がって、スキルが上がったおかげもあると思います(提案書の作文やポンチ絵を描くのもだいぶ早くなりました)。昔やってきたことが今の自分を助けてくれているように、今やっていることがそのうち活きてくるだろうと、ある意味修行のように割り切って考えているところもあります。

こういう厳しい状況にあっても、幸いと言ってよいのか、自分の性分として、リソースの限られた状態で知恵を絞って難局を乗り切らないといけない状態で仕事をすることは嫌ではないので、何とかやれているかなというところです。むしろ自分の立てた策がどういう結果になるか試せる楽しさがあるおかげで、退屈せずに過ごせているのはありがたいです。

ほどほど健康を保っていられるのは、時間の自由が利くおかげもあって、力を抜くところで抜きながら活動できるのも大きいです。もしラッシュ時に毎日通勤する生活であればとうに体調を崩して寝込んでいたことと思います。もともとアクティブに活動する方ではないので、休みもあまり出掛けず静かに過ごす日が多いですが、同年代で体調を崩す方も増えているので、自分の状態を意識的にモニタリングして、無理な状況が続かないように過ごしています。

仕事のストレスの多い状況が続いても、ある種のプレイフルな感覚を保てるのは、ゲームで繰り返し負けながら、思いついた戦法やアイデアを試す経験をしてきたことも少なからず影響していると思います。たとえば最近、アニメの「三月のライオン」に影響されつつ、HEROEZ上場のニュースに影響されて、久しぶりに「将棋ウォーズ」をプレイしています。素人のヘボ将棋ですが、それでもしばらくプレイしていると、日々の仕事と詰将棋が重なって見えてきます。

これまでプレイしてきたリアルタイムストラテジーやアクションゲームやソーシャルゲームでもそうですが、ゲームで繰り返し試す感覚が日々の仕事と重なってくると、何となく前に進む手掛かりが見えてきたり、違うやり方に気が付いたりして、気持ちの粘りが戻ってくる感じがします。そういう感覚は昔はそれほど意識できなかったので、歳をとることでいろいろな経験がつながっていくなかでゲームの経験もつながっているのでしょう(ちなみに最近ほかにプレイしているのは「旅かえる」「ねこあつめ」「ほしの島のにゃんこ」「スプラトゥーン2」、それともうすぐ「ねこあつめVR」。ついでに本文とは関係ないけど、読んでるマンガは「週刊モーニング」、コミックで「キングダム」「センゴク権兵衛」「アルキメデスの大戦」「ダンジョン飯」「アンゴルモア」「進撃の巨人」「闇金ウシジマくん」「死役所」)。

最近は発信する活動が減っていますが、もう少し研究のことやゲームのことも書いて発信したいと思います(余計なことを書いているうちに、忘れていた書く楽しみを少し思い出しました)。これからもよろしくお願いいたします。

2018年を迎えて

皆さま、新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

今年の帰省はパソコンを持たずに帰って、温泉に入りテレビを見てゆっくり過ごしました。東京に戻ってもう少し休みがありますが、週明けから重い案件が続くので、そろそろ休みモードから頭を切り替えようかというところです。

昨年は組織人としての自分を考えさせられることが多い年でした。管理職的な役回りが多く、組織内での調整ごとも増えて、起案して話をつけて前に進めることの繰り返しでした。書いた原稿量より、業務的な提案書や報告書を書いた量が遥かに多いというのは研究者として望ましい状態とは言えません。よく研究できた一年とは言い難いものの、大いに悩みながら、よく働いた一年でした。

今年は早々に、組織人として大きな仕事の山場が待ち構えており、良い形で乗り切れるように手を尽くすことが第一のチャレンジです。無事乗り切ったところで、これまで任された役目は段階的に整理しながら、研究者として次のテーマに着手する一年にします。

自分の性分として、自分でなくてもよいことや自分がやらない方がうまく回りそうなことは、出しゃばってやりたくないし、さっさと他の人に渡したいと思って生きてきましたが、他にできる人がいないことや行きがかり上引き受けたことが積み上がってきて、大事なことに力を尽くせず残念な思いをすることが増えてきました。年齢的にも40代半ばになったこともあり、これから残りのキャリアや仕事の仕方自体を捉え直したい。この何年か考えてきたことを形にして、大事にしたいことに舵を切って前に進む一年を送りたいと思います。

2017年の振り返り

気が付けばもう今週で2017年も終わりです。昨年末も一昨年末も、年末は休みに入ったとたんに疲れが出て、振り返りの記事を書く気が起きなかったのですが、今日は仕事納めのスローペースな仕事の締めに、何か書ける程度の元気が残っていました。

例年通り、今年一年で書いた原稿や発表を整理しました。主なものは来年出版される年初に書いたレビュー論文が1本と、国際会議のフルペーパー発表2本、共著の書籍やその他発表などというところです。ジャーナル論文3本投稿を目標にしていましたが、3本いずれも詰め切れずに仕掛りのまま来年に持ち越してしまうのが反省点です。改稿や査読対応など急ぎの案件に少しずつ時間が削り取られて、ソロ作業が後回しになってしまうのが相変わらずの状況です。

年初に出したものは、今年のこととは思えないように以前のことのように感じます。9月の島根とナポリの連投も、ほんの3か月前とは思えません。良いことも悪いことも詰め詰め濃縮な一年でした。

私は今日で仕事納めで、明日から年末休みに入ります。冬休みの自由研究として、ようやく買えたニンテンドーSwitchのゲーム数本と、PS4の「サドンストライク4」を買い込んできたので、ゲームの時間を確保しながら、年明けから走り出すためにしっかり休養を取りたいと思います。

今年も多くの皆さまにお世話になりました。良いお年をお迎えください。

続きを読む

今日が誕生日でした2017

今日で44歳になりました。誕生日のメッセージをくださった皆さま、ありがとうございます。

毎年ブログで年初と誕生日の所感を書くことを何となく続けて来たので、少し前の自分がどんな感じだったか、毎年このタイミングで振り返ったりしていますが、幸いにして、前年の自分が未熟に思える程度には成長して前進している感はあります。日々新しい気づきがあり、難しい壁に直面してどう乗り切ろうかと思案したりと、この年になっても相変わらずチャレンジの毎日が続きます。

個人的な信条として、任されれている役割はきちんと果たして、自分の持ち場を守ることは何とかやってきたつもりですが、そうは言ってもやった方が良いことや期待されることをあれもこれも全部はできないなと、ある程度のところで適当に諦めつつ進んできました。諦めが良すぎるのか、後でもうちょっと頑張っても良かったのではないかと反省することもあり、なかなか丁度良くはいきません。

人間、歳をとるごとに様々な問題を抱えていきますが、全てを期待値高く解決しながら生きていくのは無理な話で、自分の限界や人生の潮目のようなものに向き合いながら、ある程度のところで折り合いをつけて生きていくのだな、というのが中年になってからの教訓です。

ここ数年先を見据えて考えると、現状の延長線上で自分がやれることはかなりやり尽くした感があるので、次のフェイズに向かって、自分がやるべきことをやるための体制作りを進めたいと考えています。

もともとの私の教育工学研究者としてのモチベーションの源泉は、勉強好きの人が作る学びの場に息苦しさを感じる人や、提供される学びの場が通用しない人、学びから阻害されたまま人生を送らざるを得ない人を放置したような現代の教育の断絶状況を改善したいということにあります。それは以前から全く変わってなくて、考えを整理してそぎ落としていけばこの部分がいつもくっきり残ります。

そのような想いを持ちながら、今の職場で担当している業務には自分でも考えるところが多々ありますが、少なくとも優れた教育機会を広く提供することに貢献している点に意義を感じて仕事をしています。

もうこの辺りの年齢で、キャリア的な面で一つのアクセルの踏みどころな感がありますので、そろそろ自分が大事にしたいことに踏み込んでいく方向で時間を使えるようにしたいですし、そのための仕込みをこれまで地道に続けてきたわけで、後は何をやるべきか思案のしどころです。引き続きアウトプットの時間を増やしながら、時間を取って考えないと出せない成果を出せるように前に進みたいと思います。

そんなことをつらつらと考えながら過ごしています。皆さま、今後ともよろしくお付き合いくだされば幸いです。