教育テクノロジーのトレンド予測レポート

 ニューメディアコンソーシアムとEDUCAUSEが共同して毎年出している教育テクノロジーのトレンド予測レポート「2007 Horizon Report」が公開された。
2007 Horizon Report
http://www.nmc.org/horizon/
 このレポートでは、近い将来にどのようなテクノロジーが教育分野で大いに利用されるようになるかを予測して、6つのテクノロジーを短期・中期・長期で二つずつ取り上げて解説する形でまとめられている。
★1年以内に採用
・User-created content
・Social networking
★2~3年で採用
・Mobile phones
・Virtual worlds
★4~5年で採用
・New scholarship and emerging forms of publication
・Massively multiplayer educational gaming
 最初の二つは、Web2.0の話題でよく取り上げられるし、ユーザーレベルでは定着していて生徒・学生たちは普通に利用している。これらがもっと学校で公式的に教育や研究のために利用されるようになるでしょう、という話だろう。携帯電話も教育利用の研究があちこちで進んでいるようなので、妥当な線なのかもしれない。5つ目のNew scholarship and emerging forms of publicationはわかりにくいかもしれないが、研究活動のやり方や成果の発表方法がよりテクノロジーベースドで新しいものに変わっていくでしょう、という話。
 トレンド予測というのは、消費者的な発想で当たり外れを云々しているうちは平和でよいのだけど、メディアリテラシーの観点から見ると、それでは少し危なっかしい。この手の書き物には、書き手の「そうなってほしい」という願望や意図が含まれているのが常なので、純粋な予測として見るには少し割り引いて考える必要がある。しかしそれと同時に、書き手の側の「これを流行らせたい」という意思表示でもあるので、割り引いた分以上にこれから普及に向けて力が入れられるだろうと見た方が良い。
 このレポートでは、「バーチャルワールド」と「教育用多人数参加型オンラインゲーム」が入っているところに、この書き手の願望や意欲が表れているように見える。その分野の研究をしている身としては、単純に歓迎しておいてもよいのだけど、この分野を知っているだけになおのことそう能天気でもいられない。この二つは別に一つにくくっても構わない性質のもので、わざわざ分けて書いているところは、他に手ごろなネタがなかったのか、よほどこのテーマで書きたかったのかどちらだろう。実際、このレポートの書き手の一方のニューメディア・コンソーシアムは、最近話題のMMO「セカンドライフ」の教育利用に力を入れているので、このテーマで書きたいことがたくさんあるのには違いない。
 「未来とは予測するものでなく、自ら創り出すもの」と考えれば、自分たちの創りたい未来を描いて語ることは間違いではない。むしろ大いにやって、それをたたき台にして、どんな未来に向かって進みたいのかを議論する方が健全だと思う。
 だがその一方で、テクノロジーの普及というのは、ある段階から非常に政治性を帯びた活動が多くなる。特に学校や行政のような旧来的なシステムへの導入のような場合には、さらにその色合いが強くなる。テクノロジーの良し悪しや、そのテクノロジーを使ったシステムのデザインの良し悪しよりも、「オカネの流れと掴み方を知っているかどうか」、「そのテクノロジーであおりを食うことを心配している人たちをいかに丸め込むか」といった泥臭い話になってくる。
 この手のトレンドレポートもそのような政治的活動におけるツールの一つとして機能する面が大きい。だが、だからといって忌むべきものでもない。なぜなら、研究者の立場でテクノロジーを普及させようとした場合、必ずしも得意ではない泥臭い政治活動を回避するための有効なツールとして使えるからだ。なぜそのようなことを考える必要があるかは、書き出すと長くなるのでまたあらためて書こうと思う。
 デジタルゲームやMMOの教育利用の推進は、こんなところで取り上げられていることでも、米国ではすでに気楽な研究レベルの段階を超えて、政治的な動きを伴う段階に入っていることを示している。どんな意図かはわからないが、このレポートもある意図の中でどこかに位置づけられているのだろうということに思い至る。そんなわけで、単純に歓迎もしていられない面をやや感じている。

「Don’t Bother Me Mom」脱稿

 拙著「シリアスゲーム」もあと一週間でリリースというところで、翻訳書「Don’t Bother Me Mom-I’m Learning!: How Computer And Video Games Are Preparing Your Kids for Twenty-First Century Success 」もどうにか脱稿しました。訳者解説がもう一つキレのある文章が書けなくてやや手間取ったものの、ようやく満足いくレベルで書き上げて、原稿に魂を入れた感じで仕上げることができました。テレビゲームが子どもたちの学習と将来のために貢献している、というテーマの本で、ゲームや最近のデジタルメディアのポジティブな側面を詳しく論じています。順調にいけば5月~6月には刊行できるのではなかろうかと思います。こちらの進捗はまたお知らせします。
 さて、「シリアスゲーム」の出版情報ですが、オンライン書店では紀伊国屋書店のKinokuniya Bookwebで先行して予約を受け付け開始していますが、アマゾンほかはまだ始まっていません。予約開始されたらお知らせします。

ゲームと非ゲームとシリアスゲーム(1)

 先日受けた「まんたんブロード」の取材の時に、ニンテンドーDSの成功とともに「非ゲーム系コンテンツ」が注目されており、それらとエンターテインメントゲームやシリアスゲームをどう区別して捉えればよいか、という話になった。記事ではその話はうまく伝わる形では触れられていなかったので、簡単に考え方を示しておこうと思う。
 エンターテインメントゲーム、シリアスゲーム、非ゲームとも、その境目のあたりはそれぞれに重なっており、区切りははっきりしない。「エンターテインメントとして遊べて、シリアスゲームとして機能して、コンテンツのコアの部分は従来のゲームではない」コンテンツというのは存在し得る。エンターテインメントゲーム、シリアスゲーム、非ゲームの3つの輪が重なったベン図をイメージしてもらえばよいと思う。既存のタイトルの例では、「脳トレ」、「常識力トレーニング」、「ニンテンドッグス」などはここに含まれるだろう。それ以外の「これってシリアスゲームでは?」「非ゲームでは?」と思いつくタイトルも、いずれも何らかの形でその境界線のあたりにいると考えてよいだろう。
 3つのタイプのコンテンツが重なる部分を無理やり切り分けて考えようとしても、厳密に切り分けることは不可能だし、そんなことをしてもあまり意味はない。むしろそれらが重ならない要素を整理した方が得るところが大きいので、少しその辺りを整理してみようと思う。
★エンターテインメントゲームとシリアスゲームの違い
 もうすぐ発売の拙著に考え方を整理しているが、基本的には「作り手の意図」と「使い手の意図」の要素がその違いとなる。まず、そのゲームがシリアスゲームかどうかを判断するポイントは、作り手が「純粋な娯楽以外に何かのタメになる」ことを意図しているかどうか。次に、使い手が「娯楽以外の目的で」そのゲームを利用しているかどうか。この2点が判断軸となる。「遊んでいるうちに脳が鍛えられる」、「癒される」、「何かができるようになる」、という要素を考慮してゲームがデザインされているか、販売されているのであれば、そのゲームはシリアスゲームだと言ってよい。
 また、作り手にそのつもりがなくても、使い手側がそうした意図を持ってゲームを利用することもある。エンターテインメントゲームとして作られていたとしても、学校の授業で利用されたり、運動不足解消のために利用されたりすれば、そのゲームはシリアスゲームとして利用されていることになる。
 シリアスゲームとは、「エンターテインメント性のないゲーム」ではない。ゲームの持つ人を夢中にさせる力や学習を活動のなかに埋め込む技術を教育課題や社会問題に利用する、ということが基本にあるので、エンターテインメント性、あるいはゲーム性は、そのコンテンツの重要な要素として扱う必要がある。その意味で、エンターテインメントゲームとシリアスゲームの重なる部分は大きい。
 ポイントは「エンターテインメントの要素をどれだけ前面に出すか」ということにあり、そのゲームの想定される利用シーンによって、扱い方が変わってくる。ユーザーの自由時間の利用をメインにするのと、学校の授業での利用をメインにするのとでは、楽しさの要素の力点の置き方は変わってくる。
 いかに何かのタメになることをうたっていたとしても、つまらないゲームはユーザーの生活に浸透しないし、逆に学校での利用がメインであれば、(ゲームに対する期待水準が下がるので)楽しさの部分はある程度妥協できても、学習効果や授業での使いやすさの点で強みを出す必要がある。
 このように考えると、エンターテインメントゲームとシリアスゲームの切り分けは、機能面の捉え方の問題であるとともに、多分にゲーム開発のマーケティング問題に絡むところが大きい。そう考えると、エンターテインメントゲームの開発においても、ゲーム業界が社会に働きかけるための補助線的なコンセプトとしてシリアスゲームを捉えていくと、まだ未開拓分野は広大で、アイデアしだいで新たなヒット作を生み出す可能性は大きいことが見えてくるだろう。
 今日のところはここまでにして、不定期連載で次のトピックで話を続けようと思う。
★エンターテインメントゲームと非ゲームの違い
★シリアスゲームと非ゲームの違い

バーチャル講演会初体験

 先日シリアスゲームジャパンでも紹介した、AOGCプレイベントのセカンドライフ内でのバーチャル講演会の件について、こちらでは個人的な所感を。
 日本時間の2月2日金曜午後1時から開始されて、東部時間のこちらは2月1日の午後11時、深夜の参加となった。講演会とはいえ、アバターだけで本人の顔出しはないので、本人はだらしない家着姿。アバターはこの講演のためにセカンドライフ内のメンズウェア店で買ってきた青シャツにネクタイ姿に着替えて参加。スーツを買おうと思って、カジノでお金を増やそうとがんばったがだめだった。
 会場は、リアル、バーチャルともデジタルハリウッドさんにご提供いただいての開催となった。バーチャル会場は多目的広場のようになっているところに結構立派なものが特設ステージが設営されていた。
 会では、駒澤大学の山口先生の講演の合間にゲストとして10分くらいでシリアスゲームとシリアスゲームの観点から見たオンラインゲームの話をした。聴衆はリアル会場の方にプレス関係者が10数人にいて、バーチャル会場の方も10人くらい。こちらはアメリカからの完全バーチャル参加なので、リアル会場の様子はさっぱりわからない。バーチャル会場もアバターなので聞いているのかどうなのか反応はわからない。話している感じとしては、ラジオ講座や電話会議をしているのと似た感覚だと思う。自分のペースで話せるようになるには少し慣れが必要になる。今回は慣れてないので話しづらさの方が上回った。
 せっかくバーチャルな世界でプレゼンをするのだから、なにかセカンドライフだからできることをやれないかと思って、とりあえず宙に浮いて高い位置にあるスクリーンの横で話をしてみた。そうしてみたのはよかったが、スライドを見える視点にしながらアバターに前を向かせる方法がわからず、聴衆にはずっとオシリを向けたまま話すことになってしまった。リアルでもバーチャルでも、慣れない環境ではいちいち勝手のわからないことが起きるのは変わらない。
 バーチャル会場では机と椅子が並んでいたが、座るとスクリーンが見やすいわけではないので、もっとみやすい位置を求めて宙に浮いて話を聞いている人が多かった。講演会場は、リアル世界をモデルに作られていたが、必ずしもそうする必要はないのかもしれない。空を飛べることを活かした講演会場やイベント会場の座席配置をデザインするのは面白そうだ。その意味では、セカンドライフ内の施設の多くは、リアル世界の模倣でしかないので、セカンドライフの特性を活かしたリアルのモデルにとらわれない施設デザインと言うのが今後重要なテーマになってくるだろう。
 講演中のやり取りにしても、まだ実施する側も話す側も不慣れで未開拓な要素は多い。講演者としては、質疑応答の時に音声とテキストチャットと二つのチャネルがあるため、リアルの質疑応答とはやり取りの仕方が変わってくる。不慣れなために、チャットの方に気をとられて音声での質問をうまく聞き取れず、ずれた回答をしてしまうことも生じた。この辺りはこのようなイベントを何度かこなす中で型が見えてくると思う。
 現時点では、セカンドライフならではの使い方はまだ出てきていない。だからといって、一度や二度試しただけで、あまりよさが見えてこないと考えるのは早計だろう。いかなるツールも少し使い込んでみないと判断できない。セカンドライフは使い込んでみるに値する多様な機能とポテンシャルを持っていると思う。今回のようなリアルとバーチャルの連動イベントのような試みを重ねて行けば、また面白い用途も思いつくだろうし、そこからあらたなデザインのアイデアも浮かんでくるだろう。
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★補足:なお、先日毎日新聞のフリーペーパー「まんたんブロード」に掲載された記事が「まんたんウェブ」に掲載されたのでご覧ください。
特集:脳トレ・DSビッグバン 「DSの成功は世界に驚き」シリアスゲーム研究者に聞く(毎日新聞まんたんウェブ)
http://mantanweb.mainichi.co.jp/web/2007/02/dsds.html

外は激寒

 ここ二週間ばかり寒い日が続いていて、この週末はさらに気温が下がった。雪は少ないのだけど、気温がやたらに低い。今朝に至っては、華氏で0度に届こうかという寒さだ。摂氏でマイナス20度以下。ペンシルバニア中のあちこちで観測史上最低気温を記録したというニュースをやっている。学校も休校や午前休みが続出。天気だけはよくて、お日様が照らしている。うちの中にいれば大丈夫なのだけど、個人的には身も心もこの寒さにつられて冷え込んでくる。ついでに懐の寒さも身にしみてくる。せめて希望くらいは持っていなければやっていられない。

「シリアスゲーム」発売情報

 おかげさまで、拙著「シリアスゲーム-教育・社会に役立つデジタルゲーム」の発売は2月20日で、現在印刷に入っています。著者としてはもう何もすることはなく、ただ待つだけなのですが、気になってやきもきしてきます。
 オンライン書店でも再来週くらいには予約開始されると思います。表紙のデザインもあがってきました。こんな感じ。
SG2.jpg
進捗は追ってお知らせします。

アナザーウェイのコンセプト

 以下は当サイトのプロフィールページに掲載していた文章ですが、アップデートに伴いこちらに移動しました。
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 「アナザーウェイ」という屋号には次のような私の考えが託されています。
 一つは、私が仕事の中で提示したい価値です。どんなささやかなことで良いので、何か意志を持ってやりたいと考えている人をお手伝いしたい。「こういうことをやりたいんだがどうしたらよいだろうか」と考えている人に対して、「だったら、こういうやり方がありますよ」と、アイデアを示しつつ、適切な案を一緒に考えていく。そうした仕事を一つずつ積み重ねていきたいと考えています。
 もう一つの意味として、私個人のキャリアについての想いが込められています。 私が会社勤めをやめて、独立することに決めたのは2000年の6月、27歳になってすぐの頃でした。当時は次に勤める予定だった会社との契約面を考えて、形式的に独立しようという程度の意識で始めたものであって、何か売りにできる技術やノウハウがあるわけではありませんでした。そのような状態であっても、独立して得られることは大きく、個人の価値観に合った新たなワークスタイルを模索することは重要であると考えました。そして、自分が進んでいくキャリアがそのまま道となって、後に続く人がキャリアを考えていく上でのヒントとなっていけたら、と考えました。
 活動はまだまだこれからですが、見守っていただければ幸いです。
2002年7月
藤本 徹