着任のご報告

本日3月1日、東京大学 大学総合教育研究センター全学教育推進部門の特任講師に着任しましたのでご報告いたします。勤務先は同じで担当業務も変わりませんが、正式にグローバルMOOCの担当のポストに就いた形になります。

東京大学のグローバルMOOCは、これから今年度分の新規開講が控えており、来年度の企画も進行中です。これからさらに、海外に向けて戦略的に独自色の強い取り組みで成果を出したいと思います。

研究活動は、MOOCと共に、引き続き研究ユニットのLudix Labをベースとしてゲーム学習論を中心に取り組んでいきます。今後ともご支援のほど、よろしくお願いいたします。

DiGRA JAPAN年次大会にて発表:「ねこあつめ」のアフィニティスペース

もう前日になってしまいましたが、2月27日・28日に芝浦工業大学大宮キャンパスで開催される日本デジタルゲーム学会第7回年次大会の二日目午後のセッションで、「『ねこあつめ』のアフィニティスペース」と題した研究発表を行います。

ゲームのプレイヤーコミュニティの研究は何度かやりましたが、だいぶ久しぶりです。前のブログ記事を見返したら、A Tale in the Desertのプレイヤーコミュニティの調査をやったのが2005年頃ですからもう10年以上前ですね。

オンラインゲームと学習の接点

その時国際会議で発表した論文です。

Fujimoto, T. (2005). Social Interactions Experienced in the Massively Multiplayer Online Game Environment: Implications in the Design of Online Learning Courses. presented at the AECT annual conference. Orlando, FL.

この手のプレイヤーコミュニティの研究は、なかなか研究成果としてまとめるのが難しいのですが、「ねこあつめ」のプレイヤーコミュニティの面白さに引き寄せられるように一歩踏み出していました。当初想定していた以上にコミュニティが奥深いものがあり、資料も膨大でまだ途中経過の報告ですが、引き続き取り組んで良い成果を出したいと思います。

東北大グループの「長時間のゲームプレイの子どもへの影響」論文へのコメント

東北大学の竹内光准教授・川島隆太教授らの研究グループの、小児における長時間のビデオゲームプレイ習慣が言語知能の低下など悪影響を及ぼすことを発見した、という「Molecular Psychiatry」に掲載された下記の論文が話題になっています。この手の研究が出るたびに、ゲーム業界団体は何か適切なアクションを起こした方が良いのではと思いますが、このまま放置しておくとゲームの悪いイメージだけが無用に広がりそうなので、少しコメントしたいと思います(私は脳科学や発達心理の専門ではないので、その点ご留意ください)。

Impact of videogame play on the brain’s microstructural properties: cross-sectional and longitudinal analyses(Molecular Psychiatryに掲載された当該論文)
http://www.nature.com/mp/journal/vaop/ncurrent/full/mp2015193a.html

長時間のビデオゲームが小児の広汎な脳領域の発達や言語性知能に及ぼす悪影響を発見~発達期の小児の長時間のビデオゲームプレイには一層のケアを喚起~(東北大学プレスリリース:2015年1月5日)
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv-press20160105_01web.pdf

1.まず、この研究の一般に向けた示唆としては、ゲームに限らず「何ごとも子どもに過度に与え過ぎるのはよくない」という一般論で理解されていることを科学的に実証しているだけですので、この結果が出たからといって現状以上にゲームを問題視する必要はないと思います。

ゲームも子どもの娯楽や趣味の一つであり、よく付き合えばゲームから得られる効果も大きいことはこれまでの多くの研究で示されています(この論文でも、ゲームの効用についての先行研究を認めた上で議論しています)。避けるべきなのは、この研究の報道を見た親や教師たちが必要以上に警戒して(または都合の良いように解釈して)、適度な時間で楽しんでいる子どもからゲームを取り上げて禁止するような家庭や学校が出ることです。子どもにも個人差があり、はまり易い子どもとそうでない子どもがいるので、はまり易く長時間遊んでしまいがちな子どもに対して、この結果をもとにプレイ時間のルールを決めたり、少し生活習慣への配慮をするくらいでよいと思います。

2.論文中でも制約事項として言及されていますが、この研究の「ビデオゲームのプレイ時間」というのは、質問紙調査で平日のプレイ時間数がどれくらいかを確認したもので、被験者の子どもたちがどんなゲームをどのようにプレイしたのかまでは明らかになっていません。また、長時間ゲームで遊ぶ子どもに共通する家庭環境や生活習慣などの他の主要因の影響が、この研究で調べた「ビデオゲームのプレイ時間」の影響として現れている可能性は、この研究では否定できません。

この研究で扱っているのは、言語性知能への影響なので、同じゲームを長い間プレイすることで、会話の量や言語情報の多様性が低下した結果というのは想像できます。実際、同じ研究グループで、2年前にテレビの長時間視聴について下記のように同様の研究結果を発表しています。テレビ視聴やゲームプレイそのものより、家族や周囲が子どもを放置していることで、会話や言語的なインタラクションが少ない時間が長くなっていることの影響の方が大きいように思います。

長時間テレビ視聴が小児の高次認知脳領域の発達性変化や言語性知能に悪影響を与えることを発見~発達期の小児の長時間のTV視聴には一層のケアを喚起~(東北大学プレスリリース:2013年11月18日)
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv-press_20131118_02web.pdf

3.この論文は、脳科学の研究者が適切な手続きで行い、経時変化も測定した実験結果であり、以前物議を醸した「ゲーム脳の恐怖」の恣意的なゲーム悪影響論よりはずっとまともなので、そこは一緒くたにして否定してしまうのは少々気の毒です。

ただ、「ドーパミン作動系領域の拡散性の増大は、メタアンフェタミンの長期ユーザーでも見られる特徴で、ビデオゲーム長時間プレイ者での相同の神経改変を疑わせました」というところは、他の活動との比較などで細かい度合いまで確認できたわけではないのに覚せい剤中毒患者を引き合いに出すのは言い過ぎではないかという気はします(ゲーム脳本がアルツハイマーを引き合いに出して恐怖心を煽ったのと同じ臭いがします)。

4.最後に、これはこの論文よりもそれを報道する側に対してですが、この論文はあくまで「長時間のゲームプレイ」の影響についての研究結果であって、これをもって周囲が勝手な解釈をして、安易にゲーム全般を否定するような捉え方をすべきでないことです。

この点は、一部専門ゲームメディアで「ゲームは子どもに悪影響」という記述をしている記事がありますが、これはこの論文そのものよりもゲーム産業にとって害のある報道で、このような取り上げ方は慎むべきです。他の一般ニュースメディアは概ねプレスリリースに沿って適切に記述しているにもかかわらず、ゲーム専門メディア側がこのようなゲームそのものを否定的にとられるような表現で報道するのは配慮がなさすぎるし、意図的にゲームファンの反発を集めて物議をかもそうとしているのであれば、ゲームジャーナリズム全体を貶めることにもつながるのですぐに訂正した方が良いと思います。

むしろ問題視すべきは、このような研究結果をもとに、ゲーム全般を違法薬物やギャンブルなどと同列に扱って社会的スティグマを押し付けようとする動きや、教育行政や保護者団体などがこの結果を拡大解釈してゲーム排斥に走る動きなど、以前のゲーム脳騒動のような風評被害につながることであり、そのような動きこそ警戒が必要と思います。

以上、ざっと論文を参照して気が付いた点をコメントしました。まだ見落としている論点があるかもしれませんが、いったんここまでとして自分の研究に戻ります。

2015年のMOOCの動向を振り返る

edSurgeに「MOOCs in 2015: Breaking Down the Numbers」という2015年のMOOC動向のまとめ記事が出ていましたので、この記事をもとに、日本語で少し解説を加えて紹介します。

2015年は、当初のMOOCへの関心の過熱ぶりはひと段落した感がある中、利用者の拡大や教育システムとしての普及に向けた取り組みが着実に進展している様子が示されています。

MOOC情報サイトのClass Centralのデータをもとに、以下のような点がコメントされています。

・MOOC登録者数は約3500万人にのぼり、2014年の約1700万人からほぼ倍増。Coursera(約1700万人)がMOOCプラットフォーム登録者数の半数近くとなっており、英国のFutureLearnが2014年の80万人から300万人に大きく伸びている。

・550以上の大学・機関から約4200コースが提供されており、2015年中に新規開講がアナウンスされたのは1800コース。

・コース内容は、キャリアアップにつながりやすいICTスキルやビジネススキル系のコースが増加し、人文社会科学系のコースが減少したが、バランスよく幅広い分野のコース提供が行われている。

・プロバイダーの新規参入は、アート系教育に特化したMOOCプラットフォームのKadenzeのみ。提供コース数の割合ではCoursera, edX, Canvasの順で、昨年と同様の傾向。

・提供コースの言語は、昨年と同じく英語が最大でスペイン語、フランス語が続く。ローカルMOOCのコース数増や、英語で提供中のコースの多言語化が進んでおり、16か国語で提供されている。

・2015年中に開講された新規2200コースのうち、Class Centralのユーザーレビューで評価が特に高かった上位のコースは以下の通り。有名大学ばかりでなく、テーマも幅広いです。

  1. A Life of Happiness and Fulfillment (Indian School of Business & Coursera)
  2. Introduction to Programming with MATLAB (Vanderbilt University & Coursera)
  3. The Great Poems Series: Unbinding Prometheus (OpenLearning)
  4. Marketing in a Digital World (UIUC & Coursera)
  5. Fractals and Scaling (Santa Fe Institute & Complexity Explorer)
  6. What is a Mind? (University of Cape Town & FutureLearn)
  7. Algorithms for DNA Sequencing (Johns Hopkins University & Coursera)
  8. Mindfulness for Wellbeing and Peak Performance (Monash University & FutureLearn)
  9. Programming for Everybody: Getting Started with Python (University of Michigan & Coursera)
  10. CS100.1x: Introduction to Big Data with Apache Spark (UC Berkeley & edX)

・Class Centralのユーザーレビューの大学への評価ランキングは以下の通りです(5コース以上MOOCを提供している大学で集計)。

  1. Santa Fe Institute
  2. Monash University
  3. Case Western Reserve University
  4. San Jose State University
  5. Australian National University
  6. Yale University
  7. The University of North Carolina at Chapel Hill
  8. University of Melbourne
  9. University of Queensland
  10. Wharton School of the University of Pennsylvania

これらのランキングは、Class Centralのユーザー分布も影響している感がありますが、THEなどのトップ大学ランキングで見られるものとはだいぶ異なっています。

2015年のトレンドとして以下の点が挙げられています。

・ビジネスモデルとして修了証発行からの収入拡大が進展しており、複数コースをまとめたセット受講プログラムの開発が進み、100以上のプログラムが提供中。UdacityのNanodegrees、CourseraのSpecializations、edXのXseriesとして提供されている。

・edXは大学との単位互換を推進して、アリゾナ州立大のグローバルフレッシュマンアカデミーで初年次教育科目の単位が提供されるなどの動きが進展。

・無料のコース修了証(受講認定証)の発行が廃止され、Coursera、edXとも修了証発行は有料に。コース受講無料で、有料のオプションサービスの開発が進みつつある。

・常時開講コースへの移行が進み、800コース以上が常時開講でいつでも受講できるようになった。当初は大学の授業をモデルにして期間を区切った形で提供されていたが、初回のみで再開講の予定が公開されていないコースが半数以上出ているなど問題があり、運営モデル自体が変わりつつある。

・高校生向けのコース開発が進む。特にedXとFutureLearnで大学入学準備や試験対策などのコースが提供されるようになり、高大接続に貢献する学習支援ツールとしてのMOOC利用の可能性が示された。

・実験的にMOOCに取り組む段階からシフトして、国際的なオンライン教育プラットフォームとして定着に向けた動きが進展した1年で、具体的なビジネスモデルの確立や既存の教育システムとの連携に向けた試みが目立った。

2016年は継続性確立のため、各プロバイダーで有料サービス開発が進んで、無料で提供される学習の場はさらに限定的になるのではないかという予想で締めくくられています。

また、Times Higher Education に先日掲載された記事「Moocs: international credit transfer system edges closer」では、欧州、北米、オーストラリアの6つ大学が連携して、MOOCの単位互換システムを準備中であることが紹介されています。MOOC参加大学の国際会議の様子を見ると、このような動きは他にも出てきそうな気配で、今年はMOOCを軸とした国際的な大学連携が進展する動きも進みそうです。

謹賀新年2016

新年明けましておめでとうございます。
昨年も多くの皆様に大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。

実家に帰省して、何となく2015年を振り返っているうちに年を越してしまいました。今年も健康に大過なく1年を過ごすことができたことに感謝しています。

昨年も活動の成果はある程度出すことができたと思いつつも、自分で大体ここまでやればこれくらいの成果が出るかなと予想する範囲での成果にとどまっていた感がありました。余裕を持って仕事ができるようになることは悪いことではありませんが、なんというか、その状態に自分が先に飽きてくるようなところがあって、昨年後半は自分の能力的な壁の前でウロウロしながら、この数年で自分の向かう方向において何にフォーカスするのが良いか考えながら過ごしていたところがありました。

目の前の仕事をこなしながら、気持ち的には模索が続いていましたが、おかげで今年はフォーカスする方向がある程度見えてきました。後はその方向に沿って仕事をしていけば、年末にはある程度成果が出ているだろうという希望を持って臨んでいきたいと思います。基本的な方針は、研究者として他の人がやらないこと、やろうとも思わないことをやる、社会に有用で面白いことを面白くやる、ということです。この方針は10年以上変わっていませんが、最近気持ちが薄れていたことで、考えがぶれて逡巡しがちになっていたようなので、この点は今年は基本に立ち返って進んでいこうと思います。

年齢的にも40代半ばに差し掛かろうとしており、ここからもう一段階大きな仕事をするには、そろそろドライブをかけてチャレンジしていかないといけないという気持ちが高まっています。焦らず着実に進めて、足りないスキルの学び直しも力一杯やっておこうと思います。

今年は昨年以上に重要な仕事が増えそうなので、気を引き締めながら、存分に腕を振るっていきたいところです。具体的な活動内容については、順次ご報告していくことになるかと思いますので、面白がって見守っていただければと思いますし、多くの方々と共に成果を出していければと思います。

そのようなことを考えつつ、新年初日を過ごしています。
皆様、今年もどうぞよろしくお願いいたします。