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風の便り

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生涯学習通信

「風の便り」(第89号)

発行日:平成19年5月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. 社会教育の視点で読む「改正教育基本法」 −新しい思想は何を、どう変え得るのか?−

2. 社会教育の視点で読む「改正教育基本法」 −新しい思想は何を、どう変え得るのか?−(続き)

3. 第26回生涯学習実践研究交流会総括 I  「現実」が先、「現場」が先、「問題」が先

4. 第26回生涯学習実践研究交流会総括 U 「選択」と「集中」と「複合化」

5. MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

第26回生涯学習実践研究交流会総括「I」

「現実」が先、「現場」が先、「問題」が先

  第26回生涯学習実践研究交流会の「NPOの挑戦と創造に学ぶ」インタビュー・ダイアローグ(特別企画)から改めて強烈に教えられたことがありました。それは、新しい事象に関しては、研究の創意も、方法論の開発も、中身の工夫も、「現実」が先、「現場」が先、「問題」が先ということです。
  もちろん、かつて教育実習に行く学生を観察していた頃から、実際に教壇に立って、子どもに触れた前とあとでは大部分の学生の授業に対する態度や理論的な分析や方法論に対する興味と関心の持ち方が大きく変わることはよく知っていました。また、「風の便り」に書き綴ってきた多くの「分析」や「批判」や「提案」も、自分自身が実際に施策の「現場」に触れる機会を得られなかったならば、決して書くことが出来なかっただろうと思い当たることも多いのです。今回は4人の実践家の報告を通して改めて「現場」の重みを思い知りました。

◆1◆  「やったことのないことはできない」

  何度も書きましたが、子どもはもちろん、大人も同様に、自分でやったことのないことはできません。それが教育・指導の第一原則です。自己体験がいかに重要であるかは表記の表現に尽きるのです。それは学問上の分析や方法論の開発についても同じであることを今大会の司会を通して改めて痛感させられました。佐賀のNPO法人「スチューデント・サポートフェイス:SSF」(谷口仁史代表)が提起した、不登校児に対する「『来訪型支援』から『訪問型支援』への転換」は、まさしく実践を通して開発された方法論の典型です。「訪問型支援」について、彼らが進めて来た実際の効果と実績を見せられれば、いかに現行の相談事業やカウンセリングサービスが役に立たないかは一目瞭然でしょう。SSFの訪問型支援による社会復帰率は90パーセントなのです。現行の相談システムは「相談件数や相談時間」を評価の基準としているが、問題は「子どもが社会や学校に復帰できたか、否か」なのです、という谷口さんの批判は強烈でした。相談事業の関係者はこの批判にどう答えるのでしょうか?
  現に、子どもの社会的不適応の件数は減っていないのです。現行のシステムがいかに金とエネルギーの無駄を積み重ねて来たかを思い知らされる事実ではないでしょうか。通常、日本語として使われる「アカウンタビリティ」は、「説明責任」と訳されていますが、アメリカの教育事業では経済学的意味も含めて「教育投資の妥当性:投資に見合った効果を上げているか、否か」という意味に使われる場合が多いのです。
 言われてみれば、コロンブスの卵であるが、多くの子ども達は"相談に出かけられない"からこそ「不登校」であり、「引き蘢り」なのです。彼らが来訪するのを待っているだけでは、「待っている時間の中で」、多くの問題をさらに悪化させてしまうのです。「訪問型支援」は「訪問」することによって状況が分かり、クライアントのニーズを把握し、そこからアプローチの方法を工夫・開発して来たのである。専門家も、相談システムの関係者もこの単純な事実を把握することが出来ないでいるのです。現行の相談事業の多くはアカウンタビリティが低いのに、方法論の転換が出来ないのです。理由はたった一つでしょう。「現実」が先、「現場」が先、「問題」が先という原則を実行に移さなかったからです。新しい事象に対処するには、色々な角度からの試行錯誤が必要で、「やってみなければわからないこと」も多いのです。

◆2◆  「方法」は「対象」が教えてくれる -通常の問題は蓄積された知識が解く。
新しい問題はClient-Oriented Approachでなければ解けない。

  広島のNPO法人コーチズ(児玉宏代表)のアプローチも谷口氏の場合とほぼ同じでした。彼は「方法」は「対象」が教えてくれる、と断言しています。おそらく、通常の問題は蓄積された知識が解いてくれることでしょう。しかし、「これまで存在しなかった新しい問題」に対してはClient-Oriented Approachでなければ適切な答えを導きだすことは難しいのです。言い換えれば、対象に接してみなければ対象に最も適した「やり方」を生み出すことは出来ない、ということです。
  このようにして「ガンバルーン」は生まれました。「ガンバルーン」は柔らかい小型のボールです。高齢者の健康体操に使用されます。ガンバルーンを使うとゲーム感覚で楽しみながら高齢者が無理なく運動が出来るようになるので一石二鳥なのです。効果は抜群なのでしょう。既にNPOコーチズは8万個を売り上げ、おかげで食えるようになりました、と児玉氏は笑っていらっしゃいました。
  「座・ソーラン」もクライアントの状況を観察する中から生まれた健康体操兼ダンスの「やり方」です。周知の通り、ソーラン節に降り付けたダンスはしらけた現代の子どもですら熱中する優れたリズムと躍動する踊りを組み合わせたダンスです。人気の種目なので、運動会シーズンには多くの学校から練習の声が聞こえてくるのをご存知の方も多いことでしょう。年寄りもこの踊りを楽しみたいが、実際にはダンスの動きが激しく速いので指導はさぞ難しい筈です。そこで座ってでも出来る「座・ソーラン」の開発につながったといいます。相手の要望も、興味も、状況も「対象」に接してみて初めて実感として分かるのです。少子化の防止策にしても、高齢者の活力維持にしても、子育て支援の方法にしても、時代が要求するあたらしい問題の解決に、従来の常識的発想は通用しないことが多いのです。新しい問題はClient-Oriented Approachでなければ解けないのです。現行の生涯学習施策や学問上の解析が実際の役に立たないのは、立案者が「現場」に立ち、具体的に「対象」に接して開発したものではないからではないでしょうか?。

◆3◆  実践者の「実感」がカギである

  島根県浜田のNPO法人リベロの中川一男さんはフリースクールから長期の自然体験キャンプまで幅広い少年教育を手がけて来ました。不登校の子どもを対象としたフリースクールの卒業生の学校への「復帰率」は100パーセントとのことでした。お見事という外はありません。その秘訣は事前の綿密な面接にあるといいます。中川さんは面接を通して自分と引き受ける子どもとの感性が合わなければ入校を許可しないといいます。指導の成否には師弟の「相性」が重要だからです。「指導の相性」に徹底的に拘るところがNPOであり、学校との決定的な違いであると言ってもいいかもしれません。現場と対象の実態を想定すれば、自らの感性と自信にこだわらざるを得ない、ということでしょう。
  現行のシステムにそこまで要求することはもちろん酷であり、不可能でもありますが、教育指導の原則として重要であることを忘れてはならないでしょう。

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