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「風の便り」(第60号)

発行日:平成16年12月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. 『 論 よ り 証 拠 』 総括−壱岐市立霞翠小学校のパイロット事業

2. 『 論 よ り 証 拠 』 総括−壱岐市立霞翠小学校のパイロット事業 (続き)

3. 60号記念小論 『風をつくった男』 宰相小泉純一郎論

4. 60号記念小論 『風をつくった男』 宰相小泉純一郎論 (続き)

5. MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

■ 4 ■  初めての「自己責任」                                 

  「改革」も、「再生」も時代の「風」は「自己責任」の方向に向かって吹いた。政治が政治課題として「自己責任」を説いたことは初めてのことだったであろう。それゆえ、人事も自己流、政策も自分流を貫こうとした。従来のしきたりを破って、政策は宰相を中心とした内閣主導で、しかも官邸主導であった。党は当然不満を漏らしたが、「自己責任論者」は異に介せず、政策説明も独特であった。「独裁者」という宰相に対する批判が批判者の「無責任」ぶりを浮き彫りにしている。彼は頑固に自己責任を唱えているに過ぎない。党が選んだ総裁のやることが気に入らなければ「総裁を変えればいい」とは、小泉「自己責任論」の"啖呵"である。
  結果的に、小泉政治は一貫して国民に自己責任の倫理を教えようとした。小泉政治が叫び続けている「官から民へ」のスローガンも、「国から地方へ」のキャッチフレーズも、「痛みに耐えて」のお願いも、「国際国家」の目標も、目指している所は「民」の「自己責任」であり、「地方」の「自己責任」である。国民の自己責任論も、企業の自己責任論も、国家の自己責任論も新鮮であった。自己責任を取ることの無かった日本人に自己責任を説くことの危険は小泉本人が一番分かっていたであろう。これまでの政治は自己責任を取ったことはない。無論、行政は無責任の最たる例である。国民は時に忘れたふりをするが、個人も行政依存であり、社会や政治に責任を転化して来たのは周知のところである。権力者に頼んで、裏口入学したのも、裏口就職したのも、裏口受注をしたのも、その他諸々の便宜を図ってもらったのも無責任である。たかりと依存の構造は今でも続いている。それゆえ、小泉改革の自己責任論に反対論は多い。批判も厳しい。抵抗勢力も大きい。これまで制度に依存して来た人々の不平や不安は大きい。当然、人々は既得権を離そうとはしない。しかし、既得権益を認める限り、あらゆる改革、あらゆる再生策は機能しない。だから宰相は頑固に自説を曲げない。小泉は、飽くこと無く、行政依存を戒め、制度依存体質を改め、国への依存を批判し、世界に甘えることを止めようと呼び掛け、役人や特殊法人の現行制度への寄生は許さないと広言した。それが「ワン・フレーズ」宰相との批判も買った。しかし、批判者の方が浅薄であることは自明である。「ワン・フレーズ」だからこそ政治に関心のない国民も理解したのである。「風」は宰相がくり返し一つのフレーズにこだわったが故に起きたのである。その意味で、小泉政治は政策の実行と併せて国民の教育を果たしたのである。時代の風の方向を定めているのである。
  個々の政策の成否は別として、「三位一体改革」が狙ったのが地方の自己責任であり、「特区構想」が目指したのが、関係者の工夫と自己責任である。特殊法人改革も同様であり、イラクへの自衛隊派遣も同じ精神の発現であった。中でも経済の自己責任論は最大の頻度、最大の音量をもって語られた。かくして銀行や郵便局の「ペイオフ」が導入される。郵政の民営化は、更なる民の自立と責任を促すものである。医療保険や年金の自己負担も増加した。外国から作ってもらった憲法も改正しようと検討が始まり、同じように教育基本法も新しい視点から見直そうということになっている。その適否は別として、小泉政治のすべての政策発想は「自己責任」論に収斂するのである。
  もちろん、いまでも日本人は無責任である。行政への依存も甚だしい。日本の地方も無責任であり、日本の企業も無責任を続けるであろう。それゆえ、地方分権が始まれば地方議会は、たちまちその無能ぶりを露呈するであろう。観察する限り地方議員の質は悪い。選挙民の意識も低い。どんな形であれ、中央の金が地方に移されれば、これまでの慣習としきたりに従って、汚職やたかりが頻発するであろう。しかるべき監視システムが機能しない限り、企業の産地偽装も、品質偽装も続くであろう。偽装は我が国の伝統である。悪徳商法も絶えること無く続き、騙された消費者は行政が何もしてくれないとピーピー悲鳴をあげるだろう。自己責任論とは裏腹に、個人の生活においては、カード破綻者も、生活保護世帯も、ニートも、フリーターも、不登校も、非行も、引きこもりも増大するであろう。これらは責任を取れない家族が発生させた不幸である。自己責任能力を身につけ損なった個人が陥った悲劇である。
  不幸も、悲劇も一朝一夕にはなくならないが、それにもかかわらず、「改革」や「再生」と同じように、「自己責任」という言葉は社会に定着したのである。日本にこれらの「風」を起こしたこと、それが小泉政治の真髄である。


■ 5 ■  手法としての「選択と集中」                             
  各省庁の役人が作文した政策は従来通り縦割り分業の壁は破れず、総合化の視点もなく陳腐なものである。小泉政治といえどもすべての領域に通じているわけではない。子育て支援や教育政策にほとんど見るべきものがないのはその証拠であろう。しかし、時代の「風」をつくる点においては「選択と集中」の手法を徹底してお見事であった。その一つが道路公団に象徴された特殊法人改革であった。改革は抵抗勢力との取り引きであるからいつも結果は中途半端である。それゆえ、実際の改革が中途半端に終わっていることを批判する人が多いが、それは改革をやってみたことがない人々の無知に起因する。どんな改革も白紙の上に絵を書くようには行かない。既得権にしがみつく人々の強烈な抵抗がある。しかるに、どのような改革も結果は妥協の産物である。どんな改革も60点で満点である。小泉改革が徹底しなかったのは、改革の失敗ではない。中途半端に終わらざるを得ない改革の本質が現れただけである。これまでそういうことが国民に十分伝わらなかったのは、これまでの政治が改革の名に値することをほとんどやって来なかったからに過ぎない。しかし、小泉政治の「選択と集中」のお陰で、「改革」は常識となり、今や国民は「特殊法人」が古い制度の悪の象徴であることを理解している。中央省庁がこれまでの既得権にあぐらをかいて総論賛成、各論反対の面従腹背を貫いていることも理解した。選択したのは「不良債権処理」である。集中したのは「道路公団」改革であり、「郵政民営化」であり、地方分権のための「三位一体改革」であった。これらは旧体制の無駄や不合理や反時代性、反国民性の象徴として選択されたのである。やむをえずマスコミも小泉政治の「選択と集中」を追い掛けるしかなかった。それゆえ、ニュースはくり返し報道され、解説は詳しく掘り下げられ、多くの国民がすくなくとも当面の政治課題が何であるか、については認識した。選挙の際の総理の街頭演説には女学生までが集合した。あの退屈極まりない国会中継も、宰相小泉純一郎が登場して以来実に多くの人が見るようになった。ホームページにも多くの人々がアクセスしている。政策の実現とは別に小泉政治は偉大な教育事業でもあったのである。良きにつけ、悪しきにつけ、支持するにせよ、反対するにせよ、小泉政治ほど国民が政治を論じた時代はなかったであろう。それは少数の政治メッセージを選択し、集中的に論じ、実行を試みた成果である。政策によって具体的なものも変わったが、何よりも時代の風が変わり、時代の方向が定まったのである。もはや日本社会に「改革」が不要だという人はいなくなった。もはや各種の「再生」の必要を否定する人はいなくなった。従来のシステムを改革し、さまざまな分野の「再生」が必要であると考える人が断然増えた。「自己責任」は子どもでも使う用語になった。そこかしこで人々は相変わらず無責任ではあるが、少しずつ日本に自信を持ち始めている。世界の舞台で活躍する人々に自分を重ね始めている。そのため、メジャーリーグの日本人選手の活躍も、サッカーの国際試合も世界の中の日本と重ねて観戦する。世界のさまざまな分野で活躍する日本人ヒーローやヒロインのインタビューも花盛りであるが、これこそ小泉政治が敷いた国際国家日本のイメージである。小泉政治が展望する「日本ブランド」の定着はまだまだであるが、時代はその方向に動こうとしている。教育界が何十年もかかって出来なかったことを小泉政治はわずか4年で果たした。後世の歴史家がどのような尺度で小泉政治を評価するかは知らない。しかし、筆者に分かっていることは彼が時代の『風を作った男』である、という一点である。

演歌風に歌えば小泉改革は次のようになる。

改革の風が吹く
再生の歌が聞こえる
改革なくして成長なし
ワン・フレーズをくり返し
パフォーマンスをくり返す
政策は限定
集中と選択である
民にできるものは民へ
地方にできるものは地方に
人生いろいろ
改革いろいろ
痛みに耐えてがんばって
自己責任でやりぬいて
抵抗勢力も友だという
昨日の友も今日の敵
着実に日本は変わっている

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