HOME

風の便り

フォーラム論文

編集長略歴

問い合わせ


生涯学習通信

「風の便り」(第54号)

発行日:平成16年6月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. 「現代の寺子屋」−民間活力の活用と総合的「子育て支援」−

2. 失った口上、忘れた舞台

3. 子どもの復讐―なぜ人間の中の「悪」を教えないのか?

4. 教育行政の面従腹背

5. 分野横断型生涯学習プログラムの創造、MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

「現代の寺子屋」−民間活力の活用と総合的「子育て支援」−

  そもそも初めはすべて「私事」であった。当然、子どもを寺子屋へ通わせることも「私事」であり、寺子屋は私塾であった。浪人や寺社の関係者など当時の知識階級のパートタイムの職業であった。しかし、寺子屋に期待された機能は現代となんら変わらない。寺子屋は庶民の付託に応える「守役」であり、「守役」の任務は「一人前」を育てる「全人教育」であった。礼儀も、作法も、肉体の鍛錬も、学問も「守役」の役目である。庶民は暮らしに追われて必死であった。結果的に、守役に全面依存せざるを得ない。その意味では保育も教育も兼ねていた事はいうまではない。
  現代、市民の暮らしは大きく変わったが、現代の寺子屋に求められる機能の複合性は変わらない。

◆ 1 ◆  今、なぜ、「養育」の社会化か?
  あらゆる少年問題を総合的に分析すると、家庭と学校だけでは子どもは一人前には育たない。社会が有効な方法を工夫して地域の教育プログラムを充実させなければならない。それが「子育て支援」である。「子育て支援」の当面の目標は子ども達の「生きる力」を育み、保護者(特に女性)を支援し、少子化に歯止めをかけることである。少子化に歯止めをかける社会的方法は、女性の「育児負担」に対する地域社会の直接的支援システムを創設することである。男性の育児・家事への回帰を待っていたらますます少子化は進行する。

◆ 2 ◆  現代の「子育て支援」は「複合課題」である
  「子育て支援」には、保護者の支援機能があり、青少年の健全育成機能があり、地域教育力の活性化機能も含んでいる。結果的に、少子化対策機能を果たし、男女共同参画の促進機能を果たす。短期的には、学社連携や学校週5日制対応機能も果たす。これだけ多面的な目標があり、多様な機能を必要とする以上、単独の行政部門では到底対応不可能である。青少年健全育成は学校教育と社会教育にまたがる。保護者の子育て支援は生涯学習と福祉にまたがる。地域の活力・活性化問題は市役所・役場の全部署に関わる。少子化対策も同様である。男女共同参画は女性政策に関わる。それゆえ、現行の縦割り行政では分野横断型の事業には歯が立たない。「子育て支援」事業に碌なものがないのはそのためである。「学童保育」は存在しても青少年の健全育成事業にはほど遠い。「子どもの居場所」を作っても少年集団は形成出来ず、活動メニューの指導者すら確保できていない。相談事業も子育てサロンもきれいごとの看板だけで、全面的な支援が必要な子どもにも、保護者にも行政サービスは届いてはいない。
  「生きる力」の創造のためには子どもの活動プログラムが必要である。大勢の子どもの活動のためには広くて、安全な拠点が必要である。活動プログラムが子どもの興味関心の多様性に対応しようとすれば、多様な指導者の発掘と確保が不可欠になる。それゆえ、高齢者の能力を地域に活かし、高齢者自身の元気を回復するためには、子育て支援の指導者として彼等をお願いすることがもっとも身近な対応策である。労働の季節を終了した熟年層を放置すれば、必然的に「衰弱と死」に向かって急降下する。高齢者を現代の「守役」として活用する事は、子どものためにも、高齢者のためにも一石二鳥の意味があるのである。
  子育て支援事業は現代の行政における「プロジェクト・マネジメント」を必要とする典型である。「子育て支援」を本格化しようとすれば、学校と社会教育と福祉と男女共同参画の担当課はプロジェクトチームの最低限の構成要因である。学校は「子どもの生活・活動拠点」を提供する。社会教育は、指導者の発掘・確保と研修を担当する。福祉は「保育の概念」を拡大して、教育との融合を図り、教育行政と共同して、少子化対策および子育て支援の予算を確保する。男女共同参画の担当課は、教育行政、福祉行政と共同歩調をとって、女性の社会参画と安心の子育て支援システムを両立させるべく、総合的子育て支援の意味を議会と住民に説得するのである。

◆ 3 ◆  総合的「子育て支援」の関係図
  女性の社会参画条件を整備し、子どもの「生きる力」を育み、熟年層の活動舞台を創造する行政分野横断型の総合的「子育て支援」プロジェクトを図示すれば次のようになるであろう。

図  行政分野横断型の総合的「子育て支援」プロジェクト構造の関係図


◆ 4 ◆  組織横断型−分野横断型「プロジェクト」の創設
  現行の行政機構を変えることができない以上、行政システムの中に特別の「プロジェクト」を創設するしかないのである。「プロジェクト」とは、「特定の目的を達成するための活動計画」の意味である。したがって、日常業務の遂行システムでは実行出来ない特別課題の達成が目的である。「既存の組織においては、組織間で壁ができ易く、複数の部署を巻き込んだ横の改革を拒みがち」であり、「縦割りの組織においては、組織が細分化されていることにより、担当している職務に関する合理性は追求されているものの、各組織において最適化を行おうとするため」、全体の合理性の追求が難しくなるのである(*1)。

(*1)  E-Trainer.jp著、プロジェクトマネジメントの基本と仕組み、秀和システム、2000年、p.21


◆ 5 ◆  豊津「寺子屋」のPPP(Public Private Partnership)モデル
  福岡県京都郡豊津町の子育て支援事業は「寺子屋」の名称で運営している。運営原理は子育てに関係する複合的な目的をすべて網羅したPPP;Public Private Partnershipの方式(自治体経営における民間活力の活用法)である。主管課は人権対策課の女性政策係であるが、運営はプロジェクトの為に立ち上げた「実行委員会」方式を採用している。実行委員は男女共同参画懇話会を経験した委員の中から様々な職業的背景を有した人々を選考している。すべて民間人である。子育て支援の拠点会場は学校にお願いした。生涯学習施設として機能していない学校が子育て支援にその施設・機能を開放したことは画期的である。活動の指導者は民間から募集し、子育て支援に限定した研修プログラムを通して認定している。研修を受講していない者は指導に関わることはできない。指導者は「有志指導者」と呼ばれ、活動の指導に従事するボランティアである。日本社会の「ボランティアただ論」の反省に立って、「有志指導者」のボランティア活動には僅かではあるが活動を支援する「費用弁償」を行っている。参加児童は学校を経由した公募方式で呼びかけ、一日100円の有料制を採用している。子ども達の活動メニューは、「有志指導者」の指導領域を勘案して実行委員会が設定している。
  PPPによる「協働」原理の導入目的は、「最少のコストで行政サービスへの要求を満たす」ことである。原理は「経済性」、「効率性」、「有効性」であると換言することもできる(*2)。豊津「寺子屋」モデルはこれらの条件をすべて満たしている。PPP方式を採用しない限り事業実施が可能ではなかったことが最大の証明であろう。民間の活力を導入しない限り、50名を越える指導者を確保することは到底不可能であった。女性政策を担当する職員はたった一名である。実行委員による「プロジェクト制」を取らなければ、事業の運営は到底不可能であった。
  地方の生涯学習も福祉の子育て支援や介護予防プログラムも活動プログラムの多様性を欠落している。男女共同参画行政は口ばかりで、子育て支援の実施発想はない。また、子どもの活動を指導すべき生涯学習支援行政では、職員の給与にほとんどの行政資金を投入せざるを得ないので、事業予算は極めて貧弱であり、具体的事業はできないのが実態である。こちらも「地域の教育力」などという掛け声ばかりで実質的な子育て支援ができないのはそのためである。行政職員を削減して、その給与分の財源で民間に事業実施を委託するPPP方式こそが豊津モデルの示している方向である。

(*2)杉田、光多、美原編著、日本版公共サービスの民間開放、LEC、2002年、p.7

* 資料請求:豊津『寺子屋』に関する一連の資料をご希望の方は、直接豊津町役場人権対策課女性政策係(〒824-0121 福岡県京都郡豊津町豊津)まで郵送料/資料代として1,000円または同額の切手を同封の上ご依頼ください。
 

←前ページ    次ページ→

Copyright (c) 2002, Seiichirou Miura ( kazenotayori@anotherway.jp )

本サイトへのリンクはご自由にどうぞ。論文等の転載についてはこちらからお問い合わせください。