第42回生涯学習フォーラム報告 「幼児教育・保育における心身の鍛錬」
第43回フォーラムは幼児教育・保育を取り上げてみた。"三つ子の魂百まで"と言うのであれば、三つ子の「生きる力」も百までの土台を作ることになるのではないか、という思いがあった。事例発表は佐賀県基山町の「ころころ保育園」と「福岡友の会幼児生活団」にお願いした。「ころころ保育園」の発表者は園長の池田真弓さんと保育士の前山真由さんのお二人であった。「福岡友の会幼児生活団」からは松原恵美さん外3名の方においでいただいた。紙上を借りて厚くお礼申しあげる次第である。論文参加は「幼児の未来体力の育成ー運動・遊び環境の創造」(三浦清一郎)である。
1 保育の目標
「ころころ保育園」の目標は3つある。大前提は、心身と頭脳の調和的発達である。目標の第一は、「仲間と共に伸びようとする心」、第二は、「自分の意のままに動く身体」、第三は、「創りだそうとする頭」である。極めて分りやすい。問題はこれらを実現する方法論であろう。保育園では活動の舞台を自然の中に設定し、山と川とダムを選んだ。「遊び」は主として「みたてつもりごっこ」である。「ワニになったつもり」、「魚になったつもり」の遊びをままごとや水遊びと組み合わせている。自然の中の運動・あそびの効用は明らかであり、幼児の心身の変化は著しいと報告があった。
結果的に、中央教育審議会答申『子どもの体力向上のための総合的な方策について』の指摘に一致している。
「幼児期は,体力を培う上で,非常に大切な時期であり,この時期に運動や遊びの中で十分に体を動かすことが必要である。このような経験により体力が培われることは,生涯にわたって健康を維持し,積極的に学習活動や社会的な活動に取り組み,豊かな人生を送るための重要な要素となる。幼児期の体力は,一人一人の幼児の興味や生活経験に応じた遊びの中で,幼児自らが十分に体を動かす心地よさや楽しさを実感することでつくられることから,幼稚園など幼児教育において,幼児が体を動かす機会や環境を充実することが必要である。
心と体の健康が相互に密接な関連をもち,体を動かすことで意欲も出てくることから,幼児期には運動を重視した指導を行うことが重要である。その際,幼児が自発的に体を動かすようになるための指導の工夫が重要である。」
2 「幼児生活団」の指導
「幼児生活団」では、「すべての子どもは、よくできる子どもである」がモットーである。昭和17年以来の伝統がある。創設は自由学園の創始者の羽仁もと子さんである。生活団の子ども達は、学齢前の三年間を一週間に1日(2年目からは2日)同年齢の友だちとの交わりを通して、心身の健康と自立性を向上させることを目的としている。全国に同様の活動をしている支部がある。活動には「母の集い」があり、「生活講習」があり、「読書会」があり、「幼児の集会」がある。「幼児生活団」は日々の衣食住を基本に幼児の体験を通して具体的な生活態度の形成を目指している。活動の大部分はそれぞれに有料である。人びとが「身銭」を切っている分だけ学ぶことへの確信も深いと拝見した。それぞれのお子さんも見事、自立に成功したという感想が多いのもうなずけることであった。
3 幼児の「未来体力」
幼児の体力向上は、心身の健全な発達と発達を促す準備を意味する。体力向上の中心は「あそびと運動」である。生活者の体力も、幼児の体力も人生の「必要体力」であることに変わりはない。「必要体力」は子どもの「未来の体力」の基になる。生涯学習は市民の日々の課題を「必要課題(学習必要)」と「要求課題(学習要求)」に分類してきた。「必要課題」とは市民が欲すると否とに関わらず、その時代を生きるために身につけていなければならない知識や技術を意味する。これに対し、「要求課題」とは、人びとの欲する活動に関わる知識や技術である。このような発想に従えば、体力についても「必要体力」と「要求体力」に分類することが可能である。日常あるいは近未来において必要な体力は、生涯スポーツの必要課題と言っていいだろう。幼児の「必要体力」は身体諸器官の健全な発達を促すための「必要」である。その意味で「必要課題」はほぼ「生活課題」に一致し、「必要体力」は「生活体力」に一致する。子どもの体力づくりは、将来の生活を見越した「未来体力」、将来の「生活体力」という概念が大事である。運動生理学のいう「心身の予備能力」と言ってもいい。問題は何を想定して「予備」と言うか、である。子どもにも文明社会の恩恵は及んでいる。機械化、自動化、電化の影響は甚大である。現代、個々の暮らしに必要な体力は大したものではない。それゆえ、現実の生活実態は幼児の体力を鍛える前提にはならない。「予備能力」という際の「予備」の目的は発達の原点に立ち返って想定しなければならない。
4 獲得すべき「未来体力」
子どもの体力の現状に付いて、中央教育審議会の診断のポイントは以下の通りである(子どもの体力向上のための総合的な方策について」)。
◇ 子どもの体力・運動能力は,昭和60年ごろから現在まで低下傾向が続いている。また,運動する子どもとしない子どもの二極化の傾向が指摘されている。
◇ 体を思うとおりに動かす能力の低下が指摘されている。
◇ 肥満傾向の子どもの割合が増加しており,高血圧や高脂血症,将来の生活習慣病につながるおそれがある。
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体力の低下は,子どもが豊かな人間性や自ら学び自ら考える力といった「生きる力」を身に付ける上で悪影響を及ぼし,創造性,人間性豊かな人材の育成を妨げるなど,社会全体にとっても無視できない問題である。
自分の身体を自由に動かすためには様々な動作が必要である。幼児に限らないが、身体をコントロールするには、運動神経を発達させ、筋肉や関節を鍛え、それらの働きを維持する内蔵器官を丈夫にしなければならない。
三つ子の魂が百までの人生を決定するように、幼児期に獲得する基本動作やからだ感覚は人間の一生に渡って運動の基本を決定することになる。問題は幼児が獲得する基本動作とはなにか、である。それは幼児の体力を具体的に提示することである。体育科学センターの定義では3分野84種類の
基本的な動作に分類している。3分野とは第1が平衡系(Stability)-姿勢、第2が移動系(Locomotion)、ー上下動作、水平動作、回転動作、第3が操作系(manipulation)ー荷重動作、脱荷重動作、捕足動作、攻撃的動作である。
「立つ」、「しゃがむ」、「ぶら下がる」などは平衡系である。「潜る」、「のぼる」、「あるく」、「かわす」などは移動系である。「かつぐ」、「おろす」「つかむ」、「たたく」などは操作系である。
もちろん、それぞれの動作の向上には、運動目的に合った正しいプログラムが必要であることは論を待たない。幼児期の伝統的な遊びはその代表的なものであった。遊びは面白い。体力でも、創造性でも、心理的開放感の点でも、社会性でも、遊びの効用は大きい。
5 運動遊びのポイント
高木信良は、幼児の体力問題の解決は「運動遊び」の中にあるとしている(*)。運動遊びでは心身の機能は融合している。そのポイントは以下の通りである。
1 身体活動の充実感と満足が得られる
2 運動能力の向上身体諸機能の調和的発達を図ることができる
3 自立心、自信、気力、忍耐力、創造力が育つ
4 協力、きまり、役割の体験を積むことができる
5 健康、安全の習慣、態度を養成できる
(*) 高木信良、幼児体育の指導目標と指導法、高木、荒木編著 幼児期の運動あそび、不昧堂出版, 1999年、pp.76ー77
6 60年の感想ー困難に打ち勝って疲れず
筆者はすでに60年以上、人間をやってきた。その体験から導く常識は、人間の挫折の大部分は「原因」が問題ではない。「原因抵抗力」が問題なのである。日々の「調子」は自分の基礎体力が鍵になるように、子どもの慢性的な体調不良は、子どもの総合的な体力が問題なのである。子どもを鍛えないで、体調不良の原因を分析しても、その症状を細分化しても、効果的な対応策にはならない。幼児の体力づくりが大事なのは「抵抗力」の向上が大事だからである。運動と遊びを抜きにして幼児の「未来体力」は形成できない。フォーラム論文の感想に東和大学の正平辰男さんが「お茶の水女子大学附属幼稚園主事、倉橋惣三先生の「期待される子ども像」の一端を紹介された。それが表題「困難に打ち勝って疲れず」である。どうすればそのような子どもを育てることができるか?現状では理論も、実践も稀薄である。保護者と保育者の一段の学習が求められる所以である。
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