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生涯学習通信

「風の便り」(第50号)

発行日:平成16年2月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. ゲリラの時代

2. 教育はOne Wordか? −「教えること」と「育むこと」−

3. 第42回生涯学習フォーラム報告 「幼児教育・保育における心身の鍛錬」

4. 「風の便り」第50号によせて

5. MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

ゲリラの時代
 

1  学問分野と「複合課題」
  長い間自分は社会教育の研究者であると考えてきた。名刺にもそう書いているし、略歴にもそのように記している。発想は柔軟であろうと思いながらも、学生時代以来の固定した大学の専攻や既存の学問分野の分類に囚われてきたからである。時々、社会教育分野以外の事を論じる時には、アメリカでは社会学を専攻したということを自らへの言い訳にした。「門外」の事を論じてはいけないかのように自分自身が錯覚していたのである。馬鹿げた話である。この数年、すべての学会や大学と縁を切って始めて「複合的な問題」に対しては専攻分野の分類などというものは全く意味がないのだ、ということがよく分かった。「複合汚染」に個別分野のこま切れ専門は歯が立つ筈はないのである。同様に「複合課題」にも社会教育の枠にこだわって対応できる筈はないのである。
  50号まで「風の便り」を論じてようやく辿り着いた結論である。現実の複合課題を見れば、自分は社会教育の研究者ではない。「社会システム」の研究者である。宗像市に「市民学習ネットワーク」というボランティアによる生涯学習制度を提案した時も、「自由大学」の企画をした時も、川を守る環境保全の運動を展開した時も、社会教育の研究者ではなかった。社会システムの研究者であった。
  今、小さな町の子育て支援システムを創設しようとする時、地域の課題は複合的な課題である。また、学校を中核として子どもの生きる力の向上策を考える時、学校の課題もすべて複合的課題である。社会教育が問われているのではない。社会のシステムが問われているのである。社会システムの研究は社会教育の専門では歯が立たない。当然生涯学習でも歯が立たない。高齢者の「介護予防」の問題も、男女共同参画における子育て支援の問題も複合的な問題である。それを行政は、個別「縦割り」の部局でやろうとしている。大学は個別「専攻」の分野でやろうとしている。適切な対応策が出る筈がないのである。

2  「介護予防」の義務化ー「雲南」への提案
  今回、島根県出雲の南に位置する6つの町村が合併することになった。新しいまちは出雲の南であるから「雲南(うんなん)市」の名称で合意を得たという。問題は合併後の課題である。事務局で奮闘する吉山さんから6つの町村の公民館連絡協議会の設立記念講演の依頼があり、正月休みに二人で長時間議論する機会を得た。議論はとうぜん、複合課題にどう取り組むか、ということであった。課題山積は当然であるが、中でも高齢化と過疎化は避けられない。前号で紹介したように厚生労働省は新聞の一面を飾って「介護予防」の義務化(1月19日日経)を打ち出した。続いて、2月24日には「介護予防」を保険の対象にする事を打ち出した(日経)。中身は生活機能低下を防ぐための「筋力向上トレーニング」であり、転倒危険者に対する「転倒予防」教室であり、軽度の痴呆を予防する「痴呆予防」教室などである。更に、2月26日「要介護認定」の対象者が7割も増加したと再び一面で報じた(日経)。高齢社会の自然増もあるだろう。「介護の社会化」に便乗した「依存増」もあるだろう。もちろん、地域によってばらつきはいろいろであるが、いずれにせよ、要介護者が70パーセントも一気に増えれば、地方の財政が持つはずはない。

3 福祉と生涯学習の統合-「雲南」への提案
  これまで強調してきたように、熟年の活力は生涯スポーツと生涯学習への参加率の関数である。「活動」しない熟年は、歳が歳であるだけに一気に「衰弱と死に向かって降下」する。活動は、頭を使う。身体を使う。気も使う。活動は感覚体としての人間を活性化する。衰え行く機能も、使い続けていれば老いのソフトランディングが可能である。
   雲南地区公民館連絡協議会への提案は「福祉と生涯学習(スポーツ)」の統合策を核とした。介護予防は厚生労働省事業と文部科学省事業の統合で行きましょうと言った。子育て支援も、学校施設を開放したいわゆる「学童保育」と青少年生涯学習(スポーツ)のドッキングを図ろうと提案した。しかも、地方財政の困窮を考慮すれば、両分野を繋ぐ環は恐らく「ボランティア」である、と力説した。しかし、ボランティアの思想は日本文化に固有の発想ではない。活用にあたっては日本流の工夫が必要である。特に、熟年層の衰えが社会問題化している現在、彼らの活動舞台を創造することは緊急の課題である。にもかかわらず、現行の社会教育にはその力量も資源もない。福祉分野には活動舞台を創造すると言う発想すらもない。両者の統合が不可欠の所以である、と訴えた。
  一方、男女共同参画の進展に伴って、子育ては社会的支援を必要としている。学校は土曜日の子どもですらも支援しようとはしない。まして、ウイークデーや長期休暇中の子ども達には誠に冷淡である。ここでも公民館を初めとする社会教育には、子育て支援を継続的に実行する力は全くない。ほんのひとにぎりの子どもの土曜日の「受け皿」を作るのがやっと、という状況である。コミュニティには活動の舞台を必要とする多くの熟年がいて、支援を必要とする多くの子どもと家族がいる。この両者を繋ぐ施策こそが熟年者の社会貢献である。両者を結ぶ思想は「幼老共生」であろう。この二つが動き出せば、地域社会は「子縁」によって活力を取り戻すことができる。
  行政にはこの二つを結ぶ発想とシステムがない。法律上の区分は、筆者の研究上の「専攻」枠と同じである。昔のままの担当分野を固定化した分業のシステムのままである。しかし、提案の後、協議会の会長を勤める加茂町の速水雄一町長は分かって下さった。中央省庁間の連携が出来ないのであれば、地方で「こうするのだ」というモデルをつくろうという話になった。果たしてできるか?

4 「プロジェクトx」と「プロジェクト方式
  NHKの有名番組の大成功の結果、「プロジェクトX」は流行語になった。しかし、あわせて「プロジェクトX」という言い方は、数々の難事業の達成が「プロジェクト方式]で行なわれたかのような錯覚をも広めた。しかし、実態は決してそうではなかったであろう。「プロジェクトx」は必ずしも「プロジェクト方式」を意味しない。その大部分は、実質的に「難しい課題ー難事業」を意味したに過ぎない。「プロジェクトX」は、正確には「難事業x」の意味であった。「プロジェクトx」の番組が語っている時代には、真の「プロジェクト方式」の仕事のやり方はまだ時代に登場していない。
  恐らくは10年前ですら、組織はほとんどすべて「正規軍」であった。正規軍には、分業の体制が確立し、担当部局の権限も守備範囲も事前に決められていたはずである。それが専門であり、派閥であり、縦割りであり、硬直化であった。制度疲労とは、通常、正規軍「組織」の分業体制が機能しなくなった状態を指している。システムが硬直化し、柔軟で、効果的、臨機応変の対応が出来なくなったということである。特定目的のために専門家のチーム編成をして「プロジェクト方式」で仕事を成し遂げるようになるのはずっと後の事である。それは「正規軍」の時代が「ゲリラ」を考慮せざるを得ない時代になってからの話である。
  千葉県松戸市が「すぐやる課」を設置して全国の話題をさらったのは制度疲労を直観した人びとの実験であったはずである。「すぐやる課」が目指したのは、当然、組織の柔軟性であり、効果であり、臨機応変の課題解決判断であった。アメリカの組織論はそれを「プロジェクト方式」と呼び、「タスクフォース(特別部隊)」と呼んだ。「プロジェクト方式」は従来組織の制度疲労に対するアンチテーゼである。目的別で時限式の課題別解決チームの組織編成論である。従来の、ピラミッド型の組織が「正規軍」組織であれば、プロジェクト方式の組織は「ゲリラ」チームである。目的のために編成し、目的を達成すれば解散する。チームのメンバーは課題解決に必要な専門的作業集団である。「ゲリラ的組織」の登場の背景には、課題の複合化、問題の総合化がある。「複合汚染」が小説の題名になったように、社会的課題の多くが複合問題となったのである。問題ごと、課題ごとの総合的対策チームの誕生は必然であった。「プロジェクト方式」は、社会の実態が、問題ごと、課題ごとの取り組みを必要としていることを示唆している。

5 日本型「実行委員会」方式
  ゲリラ的組織の特徴は、目的別、機能別、時限制である。総合的な事業担当チームを編成して事に当たるという日本語は「実行委員会方式」と呼ばれる。しかし、通常の「実行委員会」の多くは「プロジェクト方式」ほど機動性はない。その大部分は、機能分担も、チーム編成も徹底したものではない。まして、生涯学習行政において、組織横断的な事業実施の方法はいまだほとんど日の目を見ていない。「開設準備室」とか「○○実行委員会」などが特別行事の際に編成されるが、権限と判断が与えられるわけではない。事務の共同のための編成に過ぎない。それゆえ、実行委員の顔は出身部局を向いている。実行委員会が縄張りの争い場となり、権限の対立場になってしまうのはそのためである。上部組織の調整がつかない時は「実行委員会」そのものが空中分解する。筆者の提案は中途半端な「実行委員会」ではない。「ゲリラ的組織」の提案である。ゲリラ的組織による複合的課題を解決する実験の提案である。

6 宇美町の実験
  福岡県宇美町は町長部局に生涯学習推進本部を設置した。「本部」の目的は複合的な課題への組織横断的な取り組みである。「推進本部」とは、企画調整課が統括する「ゲリラ」組織である筈である!?生涯学習は高齢社会の必需品である。男女共同参画に伴う「子育て支援」の必需品でもある。行政が本気でやろうとするのであれば、職業訓練の必需品でもある。しかし、「ゲリラ」がその機能を発揮するためには権限と攻撃目標を明らかにしなければならない。現行のシステムでは、教育行政と一般行政とは別扱いである。町長といえども教育委員会に指示・命令はできない。両者の関係は支配?被支配の関係ではない。それゆえ、教育事業と一般行政を迅速かつ効果的に連携させるためには指揮・命令系統を統一し、生涯学習関係事業を町長部局に移すしかないのである。教育行政と一般行政の分離方式は、法律で決まっている事だから、すべての施設、すべての事業を町長部局に移すわけには行かない。従来の社会教育課は固有の公民館など社会教育施設の管理に徹するしかない。
   「教育ー福祉ゲリラ」の当面の目標は介護予防と生涯学習(スポーツ)のドッキングである。果たして「雲南」地区公民館連絡協議会はゲリラ的組織を編成できるか?果たして宇美町の推進本部はゲリラ的に複合課題の取り組みを始められるか?注目して見守りたい。
 

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