「積極的傾聴」と「積極的請け負い契約」 ◆ 1 ◆ 相談準備
筆者はある小規模な町の男女共同参画の会議に関わって2年目である。役場の男女共同施策の担当者と委員のみなさんの全面的な協力をいただいて、昨年は「提言書」をまとめた。作成にあたって参照した多くの先行提言書は国のモデルをなぞった「きれいごとのいいっぱなし」である。折角関わった以上、この町では提言内容は文章化と平行して、できるだけ実行したい。「委員会」では、筆者の趣旨を汲んで頂いて、地味ではあるが次々と新しい仕組みや活動の舞台を開発することができた。今回はいよいよ女性問題に関する相談窓口を開設することになった。もちろん、小さな町であるから専門の相談担当員を配置することはできない。そこで県内の専門機関と提携し、相談の中継ぎ・仲介機能に徹することにしたのである。協力いただくのは、北九州労働福祉事務所(就労相談)、京都保健所(女性の人権と悩みごと)、福岡県立社会教育総合センター(子育て、教育)の三機関である。すでに開設日時も決定し、町の広報で住民へのお知らせも終わった。
問題は「研修」である。委員さんの有志が当番制で電話の受け付けを担当するが、いくら仲介と言っても何の準備もなく人々の相談には応じられない。そこで、大半の委員さんが役場のバスで、県の女性センターの相談研修を受講することになった。他方、教育分野の経験から筆者が電話相談の留意事項に付いて簡単なレクチャーを担当することになった。昔習ったことに加えて参考資料を参照して『「非指示的カウンセリング」における「受容」の理論』と題したレジュメを提出して講義を行なうこととした。
女性センターの研修に参加した委員さんは九州大学の野島一彦教授から「カウンセリングの基礎」の講義を受けてレジュメをいただいて来た。筆者の準備資料の観点も、野島さんの観点も、相手を援助するためには「よく聴かなくてはならない」という点で一致していた。
◆ 2 ◆ 長い前置きー相談研修の心得
接遇や記録のような具体的留意事項を除けば、筆者が伝えようとしたことは以下の三点に要約できる。野島教授のレジュメは大いに参考になった。
* 相談にのる以上、相手の話は熱心にきけ!批判や反論の口を挟むな!せっかちになるな!理解していることをしめせ!
* 「受容」とは相手を全面的に受け入れることである。したがって、クライアントの気持ちと言い分は、相談にあたったものが批判や反論をせずに受け入れることが「非指示的」相談という意味である。要はひたすら”聞く姿勢を貫き”、”分かる”ことから始めるのがカウンセリングの一歩である。
* 相談する側は、話すことで救われるというクライアント心理に注目すべきであろう。話はなかなか核心に触れないことがある。何が問題なのかも分からない場合もある。愚痴が延々と続くこともある。もちろん、理由も、原因もいわないことがある。「つなぎの相談」だとしても時間と手間が掛かると理解すべきであろう。
◆ 3 ◆ 「積極的傾聴」
担当者も委員さんも野島教授の講義は非常に分かり易く役に立ったと感想を聞かせてくれた。筆者は自分のレジュメと野島さんのレジュメを見比べながら、相談対応の留意事項を整理した。さすがにカウンセリングを専門とする人のレジュメは具体的で詳細で論理的によく分かる。筆者の講義は「野島先生もご指摘のように」とか、「野島先生のレジュメに整理していただいているように」とか、野島理論をたびたび援用して自分の説明の不十分なところを補うはめになった。カウンセリングの哲学は「受容」であり、その基本理念と技法は「積極的傾聴(Active
Listening)」である。以下すこし長くなるが野島レジュメの基本部分を引用する。簡にして要を得ていて分りやすい。
(1) 「積極的傾聴」とは
- 相手がその瞬間に感じているままに聴き取り、一つ一つ応答してゆく
- 相手に自分の気持ちや意見を押し付けることはしない
- 相手の発言と自分の考えや気持ちを混ぜ合わせてはならない
(2) 「積極的傾聴」のポイント
- 相手が話し易い雰囲気をつくること
- じっくり聴くことー批判的・評価的にはならない
- 相手に理解していることを示すこと
(中略)
(3) 「積極的傾聴」のための応答技法
- 簡単な「受容」を示すー「うんうん」、「なるほど」、「そうですか」など
- 相手の言わんとするところを要約して繰り返すー「〜というわけですね」、「〜ということですね」など
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明確化ー相手がまだ言語化していないことを、聴き手が先取りして述べる。例えば、「先生は地位も名誉もあっていいですね」と言った時、「あなたは自分には何もとりえがないような感じがしているのですか?」と述べる。
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支持ー相手の発言に対して、聴き手は「はげまし」や「いたわり」を述べる。「もっともです」、「私もそう思います」、「辛いものですよね」のように。
- 質問(リード)ー相手の話で分かりにくいところ、漠然としてるところ、気になったところなどを問い返す。
◆ 4 ◆ 「やれもしないことを言うな!」−説明の挫折
委員のみなさんは熱心に聞いて下さったが、途中で、筆者はそれまでの説明が馬鹿馬鹿しくなった。「自分ではやれもしないこと」を説明していることに気付いたのである。上記のメモは自分では実行できないことである。自分は野島教授がまとめたカウンセリングの”根気”にも、”愛情”にも欠けている。要するに、「カウンセリング・マインド」が欠落しているのである。自分はめったに積極的傾聴などやったことがない。自分が「やれもしないこと」を口ばかりで説明したって全く意味はない。馬鹿げている。我ながら、思わず笑い出して、講義を中断した。みなさんにはもうしわけないが、「実は自分はこんなことはやれもしないし、信じてもいない」と告白した。
相談を受けることも時にはあるが、自分がやるのは相手の言わんとするところを要約するだけである。その他は、「受容」の理念が説く積極的傾聴の条件にはすべて反している。
要は「くどい話は嫌いだ」。「甘ったれた話も嫌いだ」。「いつまでうじうじ言っているんだ。」「アホな話はいい加減に勘弁してもらいたい」。私にとっては当たり前のことだが、「同意できない話を理解したふりはできない」。「間違った分析には間違っている」と言い、自分勝手な状況判断には「自己本位に勝手な解釈をするな」と言う。「やりたいのか、やりたくないのか、はっきりしろ」。「本当にやりたいのなら相談に乗ってもよい。但し、言う通りにやれ!」極端な話、「そんなに死にたけりゃ、止めはせん!」、などと言いかねない。
「積極的傾聴」を心掛けるカウンセラーは根気とクライアントへの愛情を備えていなければならない。筆者のようなセリフはすべて落第である。自分はいわゆるカウンセリング・マインドの反対をやりかねない。積極的傾聴の能力も資格もない。無責任な言い方になるが、電話相談であろうと、対面的カウンセリングであろうと、良く聴くためには性格上の一定の資質が必要である、と結論して講義を中断した。それゆえ、筆者のような人間は相談事業には金輪際関わるべきではない。委員さん方は笑って下さったが、ふと、これまで自分がやって来たことは何と呼べばいいのであろうか、と疑問が湧いたのである。私もそれなりの相談には乗ったことがあるのである。 |