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生涯学習通信

「風の便り」(第35号)

発行日:平成14年11月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. 「みんな一緒」の副作用ー『一律主義』文化の心理的圧力

2. 「感受性」は教えられるか?

3. 憲法89条と学校への株式会社参入

4. 「求道者」と「認識者」

5. MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

憲法89条と学校への株式会社参入

補助金交付のレトリック

   前号で学校経営に株式会社が参入出来ないとする行政の理論は、教育界に作られた「迷信」である、と書いた。誰が学校経営の主体になろうと、教育上適切でない「行為」は、法律をもって禁止すれば済むことである、とも書いた。事実、教育の重要部分を担当している、塾も、予備校も、語学学校もその多くは株式会社である、と指摘した。

   このたび、政策研究大学院大学の福井秀夫さんの「時論」が日本経済新聞に掲載された(2002年10月12日朝刊)。筆者の発想に共通した論理の展開を読んで、意を強くすると同時に、福井さんの指摘によって、学校への株式会社の参入には、『憲法』の問題があることを思い出した。

   社会教育の関係者にとってはお馴染みのことであるが、PTA、子ども会、地域婦人会などは、社会教育法によって「社会教育関係団体」と総称される。この「社会教育団体」に対する補助金の交付を巡っては議論の絶えないところであった。文字どおりに憲法を読めば、「社会教育関係団体」が行なう教育事業への補助金の支出は、憲法89条に違反する。何故なら、89条は、「公金等を公の支配に属しない慈善、教育、もしくは博愛の事業に支出してはならない」と規定しているからである。もちろん、PTAも、子ども会も、地域婦人会も、「公の支配には属してはいない」。それではなぜ、これらの社会教育関係団体に補助金が交付されているのか?そこには、社会教育行政が続けて来た憲法解釈上の”レトリック”がある。

「教育事業」と「教育以外の事業」

   憲法が禁じている「公金の支出」の対象は、「公の支配に属しない」団体の”教育事業”である。それゆえ、「公の支配に属していない」社会教育関係団体であっても、”教育以外の事業”であれば補助金は出してもいいという理屈になる。結果的に、子ども会も、PTAも、89条の規定によって、教育事業に補助金は使用してはならない。しかし、教育以外の事業であれば、補助金が使用できる、という解釈である。

  ただし、現実問題として、子ども会に憲法89条の認識はないであろう。したがって、交付された補助金を、”教育事業”と”教育以外の事業”を区別して使用している子ども会もないであろう。PTAも、婦人会も同じである。恐らく、これらの団体の関係者はもちろん、大部分の社会教育行政の関係者においてさえも、”教育事業”と”教育以外の事業”の概念を整理することなどほとんど考えたことはないであろう。要は、憲法89条の「公金支出」の禁止事項を”教育事業”と”教育以外の事業”に分けるというレトリックで切り抜けてきたにすぎない。

   社会教育関係団体が「公の支配に属していない」ように、当然、株式会社も「公の支配には属していない」。それゆえ、株式会社が行なう教育事業には、憲法上、公金は支出できない。ここまでは、「社会教育関係団体」の場合と同じである。しかし、上記の理屈を援用すれば、株式会社が行なう教育以外の周辺事業であれば補助ができるという解釈になる。

   しかし、残念ながら、社会教育関係団体には、教育活動を行なうための、社会教育法13条以下の規定があるが、株式会社が教育事業に参入して、補助金の交付を受けることができるという規定はどこにもない。

   株式会社が教育事業に参入することを規制する制約の「壁」は明らかに法律や行政が作っているのである。

憲法89条の真の目的

   福井さんは、89条制定の背景は、宗教と教育の分離を厳密化することにあったと指摘する。特に、憲法の草案を作成した当時のアメリカでは、教育はもちろん、慈善、博愛事業の多くは教会が運営していた。教会に国家が補助金を交付するのは「政教分離」の原則に反するのである。一方、敗戦時の日本の学校には「国家神道」の影響が著しかった。したがって、89条の真の目的は、教育や慈善事業から「宗教の影響力を排除すること」が主な理由であった、と福井氏は指摘する。89条は”財政面での宗教的中立性の徹底を図る趣旨であり、「公の支配」もそのためになされるべきものと解釈すべきであろう。”

   福井氏は、この論理の帰結として、”宗教的中立性の監督さえ及んでいれば、株式会社である学校等に助成することに問題はない”と断言している。それゆえ、”「株式会社性悪説」に根拠はない。多様な主体を安価できめ細かい教育のサービスの提供で競争させ、保護者・児童の選択肢を豊かにするため、少なくとも構造改革特区において、学校法人の扱いと平等な助成、税制優遇等を行なうことを前提に、株式会社による学校経営を早急に導入すべきである”、と明言している。久々に明解な立論を読む機会を得たので、御紹介する次第である。

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