フューチャーインスティテュート主催の「問題解決力向上カリキュラム体験セミナー」に参加してきた。このセミナーでは、イスラエルで開発されたゲームを利用した教育プログラム「マインドラボ(Mind Lab)」が紹介され、実際にどのようなものなのかを体験するデモが行われた(別の日に開催されたこのセミナーの模様)。
このプログラムは、パズルゲームや対戦型のボードゲームをプレイしながら、思考力や問題解決能力を高める教育プログラムとしてパッケージ化されている。イスラエルではかなりの数の学校で思考力訓練の授業で採用され、数年前から世界展開を進めているとのこと。日本ではフューチャーインスティテュートが窓口となって展開を進めている。
今回のセミナーで体験したゲームは「ラッシュアワー」という「倉庫番」風のパズルゲームと、「コリドー」というチェス風の対戦型ゲーム。ラッシュアワーは、16パズルの駒を車にした感じで、ゲーム自体は馴染みのある形式。コリドーの方は、限られた駒を使って相手をブロックしながら敵陣に到達するという内容で、ルールはシンプルながらもなかなか戦略要素の高い対戦型ゲーム。
ボードゲームを利用した教育ということ自体は、以前から行われているので一見するとあまり目新しくないのだが、このプログラムの肝は、学習を促すファシリテーションの方法論が構造化されたノウハウとして整理され、教育カリキュラムとして体系化されている点にある。使用するゲームも学習要素に合わせて多様なゲームが用意されている。
ファシリテーションの構造化は、創造性と根気が必要な面倒な作業なので、ざっくりとしたガイドラインのもとでインストラクターの力量任せでやっていることが多い。このマインドラボは、利用するゲームに合わせてかなり細かく学習のポイントや学習内容を整理しており、他領域に転移させるための支援の仕方を形式知としてプログラムに組み込んでいるところに強みがあるようだ。
実際に体験してみて、確かに効果があると思ったし、自分が親なら子どもに受けさせたいと思う内容だった。単にパズルゲームをやることだけでは完結せず、そのゲームの前後や最中のコミュニケーション、思考の支援があることで学習が促される。将棋やパズルが得意な子どもがそのゲームのスキルをメタスキルとして人生の役に立つようになるには、そのための働きかけが必要になるが、それがなければゲームの中に限られたスキルにとどまる。このプログラムは、そうしたゲームで身につけたスキルを人生で役に立つように転移させるところまでをカバーしているところがイノベーションになっている。
このプログラムの全体像を見たわけではないので、聞いた範囲でわからないところは推測しつつ考えると、日本での展開には、とりあえず二つ大きな課題があるような気がした。一つは、従来からあるゲームを利用した教育との差異が見えにくく、その新しさや強みを説明しづらいことだ。日本にはエンターテインメントがあふれていて、ゲームもさまざまなものを身近に享受できる。そのためゲームを通した教育というのも感覚的に理解できる。しかし、そうであるがために逆に、このプログラムに従来にない効果があるということを説明するのが難しい面が生じているのではないか。商品としての問題解決力訓練プログラムは、ビジネスのための~とか、~試験対策、といった直接的な効果が明示されてないと売りにくい。マインドラボは、問題解決力や生きる力の向上という汎用性の高さに良さがある反面、ボードゲームというメディアの地味さと、学習効果を直接的に示しにくいところにビジネスとしての難しさがある。
二つ目の課題は、日本の教育水準は中途半端に高いため、このプログラムを導入する必然性が見えにくいことだ。学力重視というと、教科学習の時間数を増やすという発想しか出てこない教育行政の下では、学校や学区への一括導入というのはなかなか大変そう。そういう頭の固い人が意思決定者だと、良さを分かってもらうのがすごく難しいだろう。むしろ日本のような国よりも、開発途上国やリテラシーの低い層に向けた展開の方がやりやすそうな気がする。
健康増進や病気の予防のプログラムなどにも同じようなことが言えると思うが、「一般論として大事で基礎的な活動」というのは、優先順位が低くなりがちになる。だから国策や公共的なこととして扱うものなのだが、個人が求めて買う商品にはなりにくい。病気になった、試験に受からないといけない、出世に響く、といった直接的な課題に向けた商品の方が受け入れられやすく、たとえそれらに基礎的な活動の方が有効であっても、対処療法的に効きそうに見えるものの方が受け入れられやすい。良いもので必要なことだから必ずしも売れるというわけではないのが悩ましい。
ではこのような課題がある中でどう展開していくかについては、いくつか方向性があると思うが、自分が扱うとしたら、おそらくプログラムのカスタマイズを考える。日本の流通体系に乗せやすいパッケージに組み直すことが必要で、書籍なり、Webサービスなり、集合研修パッケージなり、売り手が扱い易く、買い手が買い易い形にすることをおそらく最初に考える。そのためにプログラムの中身をよく研究して、派生的な商品開発ができる体制を整えて、日本での展開の阻害要因を減らす方向で考えるだろう。たぶんそう考えるのは、自分自身が営業マンではないので、直接的な営業力に頼らずに売る方法を考える傾向があるためなのだが、営業力の強い会社であれば営業力を頼りにする方向もあると思うし、組織が持つリソースの状況によってやりようはさまざまあるのだろう。自分自身、子どもの頃受けられたらよかったのにと思うほど、このマインドラボのプログラム自体はとても良いものだと思うので、ぜひ成功してほしいと願っている。