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風の便り

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生涯学習通信

「風の便り」(第95号)

発行日:平成19年11月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. 女性の沈黙の文化的背景 〜「謙譲の美徳」-主張と表現の抑制〜

2. 図書館と生涯学習

3. 子どもの「難所」の助言

4. 幼少年指導法の鍵

5. MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

子どもの「難所」の助言

●1●  「実践」も「同行」も伴わぬ気休め

  自らの来し方を振り返ってみると、辛い時にはいつも誰かが支えてくれました。難所の助言は人によっていろいろでしょうが、辛い時に辛いだろうと言われれば、「つらいです」と思わず気が緩みます。つい愚痴も出るでしょう。筆者もいくつかの難所を抜けて来た思いがありますが、背中を押して、立ち直らせてくれた助言は何時もお叱りと励ましの両方を含んだものでした。助言の主流は「大丈夫ですよ、今止めたらあなたらしくないですよ」、「やれますよ、その調子ですよ」、「私も応援しています。がんばってください」、「お力になります。続けてください」、「あなたのやろうとしていることは間違っていません。信じていますよ」、「何でも言ってください。私は味方ですよ」などから始まる言葉でした。
  今でも思い出す何人かの人々の忘れ難い助言があります。しかし、正直なところ、ありがたくない記憶はもっとあります。それらは本人の「実践」も、「同行」も伴わない「気休め」や「なぐさめ」や「同情」でした。時には「あまり無理はしないで!」、「がんばり過ぎると身体に毒よ!」、「誰に頼まれたわけではないのだから」のたぐいの「止めた方がいい」コールでした。要は「ほどほどにしておけ」ということです。喘いでいる難所で、同情や憐憫を受けたら、一気に持続の勇気や挑戦の気合いを失います。迷いながらもがんばろうとしている時に「ほどほどでいいんだ」と言われたら、張りつめていた気がふっと緩みます。挫折しかかったことも、諦めたこともあります。以来、人に愚痴をこぼすのは止めにしました。


●2●  『子どもが辛がっていることはやめて!!』

  学校が研究発表会に向けて最後の一週間の練習に入っていた時、小さな事件が起こりました。先生方の指導も私たち外部から関わった助言者の指導も気合いが籠って8合目の追い込みの時期でした。折しも、子ども集団は劇的に力をつけてきていました。集団の先行メンバーが遅れている個人を引っ張り始めたことも歴然としていました。発声も、演技も、集団の仲間と同一歩調を取る「同調」も、立ち姿も、目を見張るような進歩を見せていました。大きな声を張り上げて指導を続けて来た筆者の声は嗄れ始めていました。「これならなんとかいけそうだ!」と実感も湧いてきました。直立することすらままならぬ何人かのへなへなの子どもの保護者に発表会の成果を見ていただくのを楽しみにしていました。
  ところがPTA会長さんから校長先生にお電話があって、保護者が練習の中止を希望しているというのです。6年生の子ども達が「つらがっている」というご報告でした。子ども達が保護者のみなさんに練習がきつい、毎日が辛いとこぼした、というのです。校長先生は、「応援をお願いします、今、子どもたちも、学校も変わろうとしているのです」、と言ったそうですが、学校は「変わらなくてもいい」という答えが返ってきたそうです。先頭に立って邁進していた校長先生のお気持ちはいかばかりだったでしょうか?喜んでいただけると思っていた保護者からの思いがけない注文に痛く傷ついたであろうことは察するに余りあります。
  後で分かったことですが、辛そうな子どもの気持ちを察知した担任の教師から各ご家庭に子どもの不満や不平の気持ちを聞いてくださいというお願いがあったということでした。善意でやったにしても現代の家庭教育の破綻状況を思えば、独断で専行したことは、教師として配慮の足りない行為でした。


●3●  なぜ子どもを信頼し、背中を押してやらないのか?

  筆者は学校が実施した程度の練習が「難所」であるとは思いませんが、現代の「へなへなの子ども」には辛い時間だったのでしょう。100歩譲って発表会の練習が「難所」であったとして、子どもに同情した教員も、親も、PTA会長も子どもの辛いときの助言と応援の方向を間違えたと思います。なぜ子どもを信頼し、背中を押してやらなかったのでしょうか?
  学習や練習の一番大事な時に子どもたちの不平や不満を同情的に「受容」してはいけないのです。発表会の一週間前、子どもたちは丁度「山」の8合目まで登っていました。頂上が見えて来たので、当然、私たちの指導にも気合いが入っています。
  難所に近づいた時、人は誰でも、身近な人から「きついか?」と聞かれたら、「きつい」と答えます。「辛いところはないか?」と尋ねられたら、「辛いところもある」、と答えると思います。しかし、愚痴や弱音を吐いているのは努力を諦めるということではありません。「今は辛いときだな、辛いけれどがんばろう」、と自分に言い聞かせているのです。歯を食いしばっているのは前へ進むためです。
  子どもたちも同じでしょう。難所で、われわれはまさに、自分自身と戦っているのです。子どもの場合は、体内に抵抗力が育ち、精神に耐性が宿り始めているのです。そうした状況の子どもに必要なのは前進のための自信と応援の励ましです。「あなたならできる」というメッセージと「私に手伝ってあげられることはないか」という励ましです。できれば親子が同行して練習中の朗唱や身体運動を見ていただければ子どもは勇気100倍で一気に前に進むことができた筈です。
  小さな事件の後、筆者は断固練習方針を貫徹することを主張しました。「できないこと」が「できるようになれば」、子どもは「機能快」を実感します。集団の連帯の中で個人の辛さも、愚痴も吹っ飛びます。人々の拍手で達成感も実感します。何をためらうことがありますか、と校長先生の背中を押しました。
  色々ありましたが、結果的には学校は練習方針を貫徹し、集団演技は一気に向上しました。筆者も「鬼の役」を買ったつもりで、直前まで学校に通い通しました。満点とは言えないまでも、発表会は何とか格好がついて事なきを得ました。きつかった練習に耐え抜いて、満場のお客様の拍手を浴びた子どもたちの顔は誇り高く満足そうでした。

●4●  教育界は保護者の過保護言動を制止せよ!

  子宝の風土の過保護は「風土病」であるというのが筆者の診断ですが、それにしても子どもの成長の敵は過剰な保護に傾いた「子ども主義」です。現代の教育は文字通り『泣く子と地頭には勝てぬ』のです。法律上の「人権意識」や子どもの「権利」を守ろうとする「意識」が、教育場面において、「泣く子」の主張を正当化します。現代は、保護者が面と向って校長先生に学校のトレーニングに文句をつけるようになりました。トレーニングが足りないというのならまだしも、トレーニングが厳しすぎるというのです。保護の過剰の風潮は、子どもや親の言い分のみを「受容」し、「鍛えること」を危険視し、保護者はもとより教員までが「子どもの現状」を見ていないのです。「現在の子ども」と「あるべき子ども」の「基準」の区別がつかなくなっているのです。現状を前提とし、進歩のための努力を否定すれば、教育は死にます。体力の落ちこぼれも、耐性の落ちこぼれも、共同生活の落ちこぼれも、家庭教育と学校教育が量産しているのです。「体力向上」の指導を2年も続けて、なお県や国の平均値に達しなかった学校もあります。「泣く子」の要求を「受容」する「子ども主義」が「辛さに耐えて丈夫に育てる」体力の錬成を妨げているのです。教育の意志と学校の指導を貫徹するためにも、保護者の過保護言動を制止することが喫緊の課題です。「家庭教育の自主性を尊重する」と謳った改正教育基本法は誠に「アホ」のかぎりです。「早寝、早起き、朝ご飯」というような恥知らずなスローガンを掲げなくてはならない日本の現状で、何故「家庭教育」の自主性を尊重しなければならないのでしょうか?家庭教育は子宝の風土の前に破綻し、幼少年教育を育んで来た地域が崩壊した現在、学校が子どもを鍛える最後の拠点です
  保護に傾いた子宝の風土で、幼少年教育を担当する学校の運営に市民や保護者を入れた「評議会」をつくるなど文部科学省は現状の診断を全く誤っているのです。学校こそが現代の「守役」です。学校は「子どもを一人前にする」という己の任務に目覚めて、もっと子どもを鍛え上げろと言うべきです。文科省の役目は、「守役」の任務を果たせと学校を叱咤し、保護者の過保護言動には「黙れ」と言うべきでしょう。さらにこれまで通りに教員の研修をやるのならば、その中身を変えて教員自身の体力と耐性を鍛え上げることです。このままで行けば、10年後の日本は親世代に輪をかけてへなへなの子どもたちが担うことになるのです。
  もちろん、「放課後子どもプラン」一つ実行できない現代の地方行政も、「あいさつ運動」のかけ声だけの地域もほとんど何もなす術がないのです。放課後の子どもも、休み中の子どもも過保護の親のもとに放置され、共同生活の基本も「生きる力」の要因も体得してはいません。従来の社会教育はすでに崩壊したに等しく、なんら有効な手を打つことはできていません。「子ども主義」に振り回され、悪ガキを指導できない子ども会が全滅するのは時間の問題なのです。
 


 

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