4 「生きる力」の構成要因と指導の順序性
(1) 人生の基本機能
「生きる力」の構成要因についてはすでに何度か論じました。「生きる力」という抽象概念を丸ごと使っていたのでは,指導の中身も方法も具体的に想定できません。「生きる力」のスローガンが空回りをしたのはそのためです。「生きる力」の構成要因を取り出すためには人間の発達と進化の過程を分析する必要があります。
要因の第1は「体力」です。人間は霊長類ヒト科の動物からしつけや教育の社会的トレーニングを経て、ようやく人間になります。人間を含め,動物の生きる力の基本は「体力」です。体力が尽きればあらゆる動物は生存できません。体力がなければ学習活動は不可能です。体験活動も不可能です。「体力」は生きる力の基本中の基本だということです。
要因の第2は「耐性」です。
人間は、鳥や獣と分かれて,共同生活の約束をして社会をつくりました。集団で助け合って生きることを前提とする以上,契約や約束は好むと好まざるとに関わらず守らなければなりません。「やりたくてもやってはならない」ルールもあり,「やりたくなくてもやらなくてはならない」ルールもあります。社会生活を送るためには、己を律して「我慢する力」が基本だということです。
(2) 生活能力の「横糸」と「縦糸」-指導の基本順序
このように人間が社会で生きて行く基礎と土台は「体力」と「耐性」であるということです。基礎と土台はあらゆる「学び」の前提条件です。子どものしつけはさまざまな場面を含み、様々な知識・技術を含みます。大事なのはしつけを通して同時進行的に育てる体力と耐性なのです。「同時進行的に」ということは、「自然にそうなる」という意味ではありません。体力と耐性こそが重要であるという意識と意志を欠落していれば、いろいろ教えたとしても、体力・耐性が育つ保証はありません。「同時進行的」指導というのは、体力が育つように配慮しながら指導の場面をつくり、我慢と努力を要求しながらしつけをする、ということです。しつけにとっても,教育にとっても後天的な学習とトレーニングを可能にする条件は,「集中と持続」の体力-「努力と我慢」の耐性です。
したがって、育てるべき心身の基本能力または基本機能は明らかです。最重要課題も優先順位も、第1は体力の錬成、第2は耐性の向上です。子どもの生活場面に現れる具体的な知識や技術も大事ですが,それらはいわば場面場面に必要とされる生活能力の「横糸」です。これに対して体力や耐性は,あらゆる生活場面を貫く生活能力の「縦糸」です。「横糸」の知識や技術は、場面によって変わって、多様かつ大量に存在します。一方、「縦糸」の行動機能は,全生活場面を貫徹する心身の基本能力です。その重要性は生活場面によって変わることはありません。年齢によっても変わりません。幼児と熟年の生きる力の構成要因とその重要度の順序性が基本的に変わらないのは人生を貫く「縦糸」が体力と耐性だからです。
(3) 「意識的同時進行」・「自覚的同時平行」
大山町の「成長のみとおし」に即していえば,食べることの知識や技術も、遊ぶことの知識や技術も、社会性の知識や技術も、広い意味での「学力」に当たり、生活能力の「横糸」です。これに対して、学習や体験やトレーニングを支える機能は、「集中」や「持続」や「努力」や「我慢」です。これらの機能は「体力」と「耐性」の関数です。体力が不十分であれば集中はできません。耐性が不十分であれば我慢はできません。多様な生活場面の多様な「横糸」を支えているのは全場面を貫徹する生活能力の「縦糸」であることが分かります。
但し、幼児期の重要な留意点は、「体力」や「耐性」の錬成プログラムを単独で取り出すのではなく、遊びを提供する中で体力を錬成し、社会性をしつける中で「耐性」を育てなければならないということです。生活能力の横糸も、縦糸も、「意識的同時進行」、「自覚的同時平行」の感覚で指導することが重要なのです。
したがって、子どもの行動機能に着目すれば、保護者に例示して説得するに際して、すべての活動を通して育成すべき能力の順序を示すことができます。
第1順序:要因は、生活のあらゆる場面で留意して、「行動力、運動能力、持久力などの体力」を育てることです。
第2の順序:要因は、同じく,あらゆる場面で意識的に育成する「集中する態度、投げ出さない意欲、切れない姿勢、勝手な行動をしない我慢」など:すなわち「耐性」です。
第3の要因は最も広い意味での「学力」です。ここでいう「学力」には、「生活上の知識・技術:すなわち言語、習慣、道具の使い方、遊びの技術など」が含まれます。
第4の要因は共同生活に不可欠の「マナー、ルール、善悪の判断、礼節などの社会性」です。幼児期には社会性に関する知識や技術も広い意味での学力と呼んでもいいかもしれません。「見えない学力」という発想は最も広い意味での学力概念と言っていいでしょう。
第5の要因は,感受性やEQです。上記の4条件が全てある程度のレベルに達した後,始めて心や感性についての指導が成り立ちます。もちろん,見えない心や感性を発達課題としたのでは、それらが達成できたか、否かの検証のしようがありません。感性やEQもまた生活場面に即した「ゆずりあう姿勢、義務を果たし,約束を励行し,他者を思いやる態度などの人間関係能力、みんなと仲良くする意欲や働きかけ」等子どもの具体的言動に注目する必要があります。第5に掲げた「高い感情値;EQ」や「豊かな感受性」は、住宅における屋根の機能に当たります。屋根が雨露をしのぐ家の最重要機能であるように,EQや「豊かな感受性」は、人間が人間らしく生きる最も高度な能力と呼んでいいでしょう。
筆者の結論は下図1の「生きる力の論理構造図」と図2の「生活の中の生きる力の関係構造図」のようになります。図1は生きる力の要因の種類とその重要度の順序性を示し、重要度の順に積み上げて行く論理を示しています。
図2は同時進行・同時並列的に進行して行く子どもの成長を末広がりの円柱構造で示そうとしています。逆に、高齢者の「円柱」は活動の停滞とともに末つぼみになって行くでしょう。「円柱」は人間の生活時間と領域を表しています。「末広がり」の構造にしたのは、子どもの生活領域も課題も年齢とともに拡大して行くことを意味しています。今回、「関係構造図」を「円柱」にしたのは、「体力」と「耐性」が全ての学習や体得の基礎になっているだけでなく、子ども(人間)の一生を通して貫徹し、生涯の各時期のトレーニングを反映し、向上したり、衰退したりしながら変化して行く能力だということを示すためです。円柱の周りには具体例として子どもの生活課題を配置しました。さまざまな生活課題の習得を支えるのが体力や耐性なのですが、同時に、生活課題の習得を通して体力や耐性の形成も行われます。生活知識・技術と体力・耐性が相互に関係しながら影響を与え合います。しかし、 横糸と縦糸が双方向に影響を与え合いながら成長が進んで行く「相互関係性」をうまく図で示すことはできませんでした。
具体例として列挙した生活課題は大山町の提案を参考にしています。これらを細分化して分類すれば、学力、社会性、感受性などに分かれる筈です。図1も図2も、指導の順序は、下から上へ、底辺から頂点に向って行うべきであるという論理を示しています。体力や耐性が整っていなければ「円柱」はやせ細ります。体力・耐性がないのに学力や社会性や感受性が育つ筈はないという論理は三角図形においても、円柱図形においても変わりません。
もちろん人間の発達に建築工程のような、「基礎→土台→柱→壁→屋根」というような作業工程の厳密な順序性はないとしても,基礎が鍛えられていなければ,学力も、礼節も,人を思いやる感受性も、これら全てを実践する実行力も育てることは出来ないということです。心身ともにへなへなである子どもの現状を鍛え直すことなく、「学力」だけを上げることは困難です。まして昨今の教育界に流行している「豊かな心」を育てることなど夢のまた夢です。基礎工事も土台もできていないのにどうしてその上に家が建つでしょうか!?
図1 これまで考えて来た「生きる力」の要因と論理構造図
図2 今回考えた「生きる力」の関係構造図
4 発達課題/指導項目は「並列」でいいか?
最大の問題は大山提案が「並列方式」であることです。「並列」は「総花」ということと同じです。保護者は並記された指導項目の全部を眺めて自分が重要だと思ったところから取り組むことになるでしょう。その時,子どもの生活場面における各種知識や技術のみに注目すれば,子どもが発達させるべき心身の「機能」の順序性を意識しなくなるでしょう。発達課題の並記主義はこれまでの育児書と同じ結果を生みます。育児書でも,大山町が作成した「成長のみとおし」でも提示されたことは全て重要で,間違ってはいません。しかし、そこから子どもが発達課題をクリアして行く条件となる心身の機能の重要度の順序性は指摘できません。体力や耐性の視点を欠落した子育てや教育では知識の習得も技術の体得もおぼつかないことでしょう。大切なのは生活場面に散在する知識や技術の「横糸」を提示することではありません。知識や技術の学習や体得を可能にする心身の基本能力・機能の「縦糸」を提示することです。それこそが体力と耐性なのです。
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