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生涯学習通信

「風の便り」(第94号)

発行日:平成19年10月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. 「基本的生活習慣」と「コミュニケーション能力」をつければ「生きる力」がついたことになるか!?

2. 「基本的生活習慣」と「コミュニケーション能力」をつければ「生きる力」がついたことになるか!? (続き)

3. 別記  鳥取県大山町の挑戦

4. しつけの回復、教えることの復権 ―幼少年のしつけ原理-「他者」を前提としたしつけー

5. MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

「基本的生活習慣」と「コミュニケーション能力」をつければ「生きる力」がついたことになるか!?

幼少年期の発達課題ミニマム
〜鳥取県大山町による幼児期の「成長の見通し」の分析と研究〜-

1  「基本的生活習慣」と「コミュニケーション能力」をつければ「生きる力」がついたことになるか!?


  10月の大山フォーラムから戻って以来,表題の『問い』が頭から離れません。大山町の提案は,子どもの教育プログラムの必修課題は、「基本的生活習慣」と「コミュニケーション能力」に2大別できるとしています。そして「生活習慣」は早寝早起き、食事,遊び,忍耐力に分類され,さらに具体的な生活場面の知識や技術に細分化されます。
  他方、「コミュニケーション能力」は「聞く・話す」と「社会的ルール・マナー」に分類され,その後生活習慣の場合と同じように具体的な生活場面の知識や技術に細分化されます。
  筆者は、幼児期の「発達課題ミニマム」の問題を子どもの生活場面を前提として,領域別に課題として提示すれば、現代の子育てや教育問題の解決になり得るか,という疑問に取り付かれています。大山町は幼児期の「発達課題ミニマム」を「成長の見通し」というタイトルで提示しました。その作業過程は、別記に紹介している通り、膨大な作業量で,結果も労作です。しかし,それはこれまでに大部分の育児書がやって来た作業工程と同じではなかったでしょうか?筆者の頭を離れないのは,子どもの生活場面における諸知識、諸技術を「大事な課題」として示しただけで、保護者は従来の子育てを変えうるか?指導者は指導の重点・順序を自信を持って語りうるか?さらに、へなへなの子どもは本当に「生きる力」を得て、たくましく育ち得るか?ということです。


2  「保小連携」実践の教訓

  大山フォーラムでお聞きした「保小連携」の実践は筆者の思考にとって衝撃的でした。保育所の保育と小学校の教育を連携させて繋ごうとする施策によって、大山西小学校の佐藤康隆教諭が保育所に派遣されました。佐藤先生の報告のポイントは、「子どもはたくましく育ってはいない」、ということでした。佐藤教諭は、「忍耐力」、「体力」、「集中力」の低下に注目し,指導のカギは「鍛えること」であると総括しました。子どもが連発するのは『つらい』、『やだ』、『楽しくない』」ということだったからです。保育所幼児の最重要課題は「基本的生活習慣」でもなく,「コミュニケーション能力」でもなく、「体力と耐性」ではないのか?佐藤先生の疑問は筆者の疑問に重なりました。
  換言すれば,幼児の諸知識・諸技術は、彼らの「生きる力」と「等値」できないという仮説です。多少の基本的生活習慣が身についても、多少のコミュニケーション技術が身についても、それらの知識や技術と「生きる力」は別のものではないでしょうか?


3  多様な子どもの生活場面,必要とされる多様な生活知識と技術
(1) 何が重要で、何が重要でないのか?

  今回も、「基本的な生活習慣・リズム」の中に「排泄習慣」を入れるべきか入れなくてもよいか、が問題になりました。このように子どもの生活場面を具体的に論じ始めれば,生活知識にも、技術にも無数の局面があります。そのなかから何をとって何を捨てるかは常に関係者の評価基準の問題です。大山町の委員会が実行したように重要なものを「選定して」、「すくいあげる」ことは可能ですが、人によって取捨選択の基準が異なることは必ず起こるでしょう。子どもの生活場面も,その生活場面にかかわる「知識」・「技術」も、具体的に想定すればするほど,いろいろな種類を考慮しなければなりません。その中から大事なものだけを取り出したとしても,どれが決定的に大事で,どこからどの順序で取り組むか,は関係者の視点と基準次第です。
  それゆえ,育児指導者にも、保護者にもそれぞれの「こだわり」があり、「選定基準」があって、それらの基準に即したいろいろな選択肢が残されることになります。今回の大山町案には、確かに、「からだづくり」も、「忍耐力」も、「成長のみとおし」の中の小項目として取り上げられました。しかし、小項目である以上は大項目より重要でないという意味です。
  これら二つの要因が,大項目の「コミュニケーション能力」より重要でないという根拠はなんでしょうか?小項目で取り扱われた「忍耐力」が基本的生活習慣の一部であると断定していいでしょうか?筆者のように「忍耐力」こそが「基本的生活習慣」を形成する基礎であって,その逆ではないと考える者もいます。要するに子どもの発達段階において,どの要因が最も重要であるかを「断定」する論拠は育児書によって様々な解釈があり、いまだ論者によって分かれているということです。論理的な整合性すらも確かではないのです。子どもの生活場面に即した知識や技術のみに着目して、知識・技術間の重要度の順序性をつけた時の危険がここにあります。

(3) 並列提示の危険性

  また、一覧表を示して、「大項目」から「小項目」の順に並べて行けば、一般的には,「小項目」なのだからあまり重要ではない,という見方が成り立ちます。また,領域別発達課題の一覧を提示しただけでは、原則として同列に論じられた課題の重要度は「同等で」、「並列」です。同一領域に並べておけば,課題の種類が違っても同じ比重で等値されていると受け取られることでしょう。それゆえ,「成長のみとおし」一覧を拝見しても、同一領域の中の知識・技術の重要度の高低は分からず、重点指導の根拠となる「順序性」を提示することは難しいのです。提示したものは「みんな大事なのです」というのであれば、通常の育児書と変わらず「発達課題ミニマム」を示したことにはならないでしょう。
  さらにこの場合、保護者が提示された「基本的生活習慣」や「コミュニケーション能力」を忠実に、満遍なく全てこなしたとして,結果的に子どもの「生きる力」が育つと断言できるでしょうか?「生きる力」を育てるためには、育てる視点と順序性が不可欠です。「生きるちから」の構成要因に対する着眼点が欠落して,発達させるべき機能・能力の順序性に着目していなければ,「体力」や「耐性」が育つ保証はありません。


(2) 心身の基本能力を欠如していれば指導は不可能です

  これまでも保育所は、多くの育児書が指摘する通り、「基本的生活習慣」の育成に着目して来た筈です。また、「コミュニケーションの能力」にも注目して来た筈です。しかし、佐藤教諭が報告したとおり、『つらい』、『やだ』、『楽しくない』を連発する子どもが育っているのです。『つらい』、『やだ』、『楽しくない』を連発する子どもにどうしたらマナーや片づけやルールを教えることができるでしょうか?「集中と持続」、「我慢と努力」のできない子どもにものを教えることは基本的に不可能なのです。
  それゆえ、強調し,注目すべきは、子どもの生活場面における生活知識や技術ではなく、それらを通して培う「生きる力」の構成要因です。それこそが心身の基本能力・機能です。
 


 

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