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「風の便り」(第105号)
発行日:平成20年9月
発行者:「風の便り」編集委員会
1. つくられた「女性性」−男女共同参画ノート−
2. 人生80年時代の「死に方講座」
3. 教員研修会覚え書き−「他律」と「負荷」の教育論再考 -幼少年教育の革新-
4. 教員研修会覚え書き−「他律」と「負荷」の教育論再考 -幼少年教育の革新-(続き)
5. MESSAGE TO AND FROM
6. お知らせ&編集後記
教員研修会覚え書き−「他律」と「負荷」の教育論再考 -幼少年教育の革新- 広島と福岡で先生方の研修会を担当しました。レジュメを作成し,簡単な覚え書きをメモしました。それを元に第85回生涯学習フォーラムの原稿を書きました。主題を「他律」と「負荷」としました。二つながら現行教育界のタブーに近い概念です。それ故にこそ意義があるというのが筆者の信念です。教育公害の潜在的被害は近々に臨界点に達することでしょう。少子化に加えて子どもの成長の仕上がりが悪いのでは,保護者も、日本社会も誠に浮かばれません。子どもの出来不出来は基本的に保護者の責任ではありません。もともと子宝の風土の保護者に「一人前」の鍛錬は無理な仕事であり,責任は「守役」にあるのです。教育公害のC級"戦犯"は学校、B級は教育行政、最悪A級は教育学者だという結論になりつつあります。時代の流れに竿を差すことは、田舎の一研究者にとって歯の立つ話ではありませんが、いつの時代も少数意見を主張する研究者は孤独であったと自らを慰めています。 1 占領期教育政策における日本風土の特性の無視 -「軍国主義教育」の全否定と「児童中心主義」の輸入- 軍国主義とは、広辞苑によると「国の政治・経済・法律・教育などの政策・組織を戦争のために準備し、軍備力による対外発展を重視し、戦争で国威を高めようとする立場」です。統治の特徴は、独裁、思想と経済の統制、軍と警察による言動の監視、教育やメディアによる情報の操作と洗脳などです。これらを合わせれば、軍事を先行させた全体主義国家と呼んでいいでしょう。欧米列強に対抗するため、日本は送れて来たアジアの帝国主義国家でした。昭和の初期、侵略と戦争を意識せざるを得なかった日本国家の要は軍国主義教育になりました。学校に軍事教練が導入されたのは大正14年(1925年)のことです。しかし、軍の暴走が始まり、政治が教育の統制を著しく強め、戦時体制に入ったのは、日中戦争から太平洋戦争の破局を迎える間であったと言って間違いないでしょう。もちろん、思想の上では、明治以来「教育勅語」を代表とする教育基本理念で「臣民の忠孝」を国体の精神と規定し、天皇制軍国主義の精神的基盤にしてきたことは広く知られています。 当然、アメリカの占領政策は、独裁も、統制も、言動の監視も、教育の国家統制も、学校における軍事教練も、教育勅語も全否定しました。復活したのは、国民主権、自由と民主主義、基本的人権、教育の中立性などでした。無条件降伏の結果として、日本への占領政策は、国家の分断も招かず、相対的には幸運であったと言って過言ではないでしょう。 全否定されたのは制度と思想とシステムですから、「子宝の風土」は手つかずに残りました。反対に、「鍛錬」や「集団行動」や「公共」や「国家」や「全体の福祉」は、社会を成り立たせる重要な要因であるにもかかわらず、旧来の軍国主義教育に取り込まれていたという理由で、否定されるか、軽視されるか、ほとんど顧みられることはありませんでした。重要な教育技法であった「暗誦」や「素読」も、「集団優先」や「一斉教化」を連想させるものとして否定されました。教育勅語や軍人勅諭の暗誦に対する反動の面があったことは疑いないでしょう。極論を恐れずに言えば、子宝の風土が培ったすべての「他律」と「負荷」の教育論も,同時に,否定されたのです。 鍛錬や集団行動や暗誦の重視が否定され,代わりに輸入されたのが「児童中心主義」でした。それは子どもが突出し、個人が突出する思想と言っていいでしょう。子どもの欲求や関心を無視して、「他律」と「負荷」を導入することは教育思想の上で否定されたのです。集団主義も,一斉行動も,暗誦も個々の子どもの主体性を考慮しないという理由で2重に否定されたのです。したがって,上記の指導法を説くものは,反動であり,右翼であり,全体主義を復活させるものであるとまで非難されたのです。 「子宝の風土」に「児童」が「中心」であるべきであるという思想が重なったのです。言うまでもないことですが、「子ども」が「中心」で、一番大事であるということが「子宝の風土」の感性でした。子ども主義を2重に重ねることによって、原理的には、子どもの許可なく、なにごともやってはならない、ということになったのです。「子宝」と「児童中心主義」を組み合わせたことは、戦後教育の最大の間違いでした。 2 戦後70余年 教育界の不勉強と教育方針の誤謬 実際の教育は「風土と「教育論」の組み合わせで成り立ちます。もちろん、教育論は「風土」の欠陥を補うことを目的としています。「子宝の風土」は「守ること」を強調するので、伝統的に、日本の子育て論・教育論は「他律」と「負荷」によって「鍛えること」を強調しました。逆に、欧米では、大人中心の風土の中で軽視されがちな子どもに対する配慮を強調しました。子どもの人権や児童福祉を声を大にして強調したのは、大人中心の風土がそれらを軽んじていたからです。集大成された欧米型教育思想の根幹は「児童中心主義」思想と呼ばれました。大人中心の風土は「子ども」を「中心」に位置づけることで自らの風土の欠陥を補おうとしたのです。 日本の戦後教育改革は、日本の風土に欧米型教育思想を組み合わせたのです。すでに子どもが宝である風土に、さらに「子どもを特別に配慮せよ」、という思想を重ねたのです。教育界の不勉強がもたらした教育方針と指導法を選択する上での最大の誤謬でした。 出発点の間違いによって,子どものわがままは「主体性」と置き換えられ、子どもの気まぐれは「興味関心」と過大評価されました。「半人前」の子どもの権利が異常に肥大して一人歩きを始めたのは「風土」と「教育論」の組み合わせを間違えたからです。もはや誰も"嫌がる子ども"に命じて「一人前」の鍛錬を実施することができなくなったのです。「他律」も「負荷」も、ことによっては「虐待」であるというたぐいの教育論が登場したからです。学級崩壊や、いじめや、不登校や、引き蘢りや少年犯罪の続発する中で、未だに欧米教育学の受け売りをして「子どもの主体性」や「子どもの目線」を論じている教育学者の責任は大きいのです。しかも、目の前の子どものへなへな振りを見ながら,的外れな教科書の児童中心主義を鵜呑みにして、手をこまねいている教育関係者は何たる怠慢でしょうか! 3 「あるべきもの」は存在せず、「あってはならないもの」は存在する 社会のあらゆるスローガンは2種類に分かれます。第1は、「かくあるべきである」という主張です。第2は、「かくあってはならない」という主張です。主張の背景も2種類に分かれます。第1は、「かくあるべきもの」はまだ実現していないという現実です。第2は、「かくあってはならないもの」は現実に存在するという現実です。 思想の本質は主張です。したがって,思想はいまだ実現されていないものを反映しているのです。「思想」と「現実」は「背反」せざるを得ないのです。教育論も同じです。保護的な風土には鍛錬の思想が必要であり,大人中心の風土には子ども中心の思想が不可欠だということになるのです。日本の養育風土の特徴が「子宝」であるということは、教育論は保護を抑制し,鍛錬を強調しなければならないということだったのです。鍛錬の精神は「辛さに耐えて丈夫に育てる」というものです。ところが子どもに「辛いことは嫌だ」と言う拒否権を認めた時から、「他律」と「負荷」による鍛錬は不可能になったのです。 4 戦後教育における「子ども観」の決定的失敗 占領期政策以降の教育界における「子ども観」の決定的失敗は子どもを「保護」の対象としてのみ強調したことです。 「子ども中心の風土」に「子ども中心の思想」を屋上屋で重ねた間違いは致命的でした。子どもの欲求や権利を指導者のそれと同等においたことは、子宝の風土における「教育の自殺」だったのです。 子どもの「主体性」や「自主性」を最大に重視したことは、わがままと身勝手を自己増殖させました。今や、子どもの多用する言葉は、「きつい」、「つまらない」、「やだ」になりました。子どもの主体性を最大限に認めようとすれば、彼らの拒否権もまた最大限に認めなければならないということになります。 5 欧米教育学を信奉する学会によって塗りつぶされた伝統と知恵 筆者が受けて来た大学教育を含め、戦後の教員教育は欧米教育学を信仰する教授たちによって独占されました。教義は「児童中心主義」です。児童中心主義を信仰すれば,子どもの意志を尊重しなければならない分、「子どものいやがること」をさせることはできなくなり,「子どものしたいことだけを」させるようになります。子どもの主体性と欲求の混同も起こります。子どもの主体性が正しいのであれば、子どもの欲求も正しいということになるのです。子どもは基本的にフロイドの言う「快楽原則」にしたがって動きます。辛いことはやらない。面白いことだけやる。きついことは避ける。やりたくない時は拒否する。児童を中心に置けば,教師主導型の指導はできなくなります。結果的に,「負荷」をかけることも,「他律」にしたがわせることもできなくなるのです。かくして、敗戦までの日本が培って来た子育ての教訓はほぼ絶滅したのです。「可愛い子には旅」も、「辛さに耐えて丈夫に育てよ」の実践も消えました。欧米教育学が滅ぼしたのは、以下に示すような「負荷の教育論」と「他律の師弟関係」でした。 i「負荷」の教育論-子どもに辛い課題を与えて、応援しながら「一人前のトレーニング」を行う。基本条件は以下の3点になります。 -子どもは「半人前」と認識する -日本風土の子育て格言に従う -「負荷」を与え、「お前ならできる」 と応援しつつ、鍛錬を続ける ii「他律」の師弟関係 - 先生は「えらい」存在と教えて、師弟の「心理適距離」を保つ -保護者は「守役」を信頼し、尊敬し、守役の指導に協力する -保護者は指導者による「他律」と強制を認め、指導者は保護者に対して「一人前」の育成の責任を負う 6 「子宝の風土」における方法論の否定と放棄 欧米型教育学の指導論は,子どもを中心に置いたことで,日本風土の歴史が培った教育方法の全面的放棄をもたらしました。ただでさえ甘やかされた「子宝」は、児童中心主義によって規範なき「欲望」を肯定され、拒否権を与えられ,指導者と対等の心理的地位に置かれたのです。当然、子どもの「主体性」と「自主性」が一人歩きをし,子どもの欲求と主体性が等値されることになったのです。結果的に,教師は「一人前」を仕込む教育責任者の地位を降り,世間は,家庭に責任があり,子どもは自発的に勉学するという前提を過信しました。「学習支援」などという教育放棄に近い用語が教育界に蔓延ったということは,学校や教師は子どもの変容を保障すべき最終責任から逃げたということです。「守役」主導型の指導法を否定するということは次の結果を生んだということです。 i師弟対等 ii「負荷」の否定、「強制」の否定 iii鍛錬の放棄 iv「守役」機能の拒否 また、教師は「労働者」であるという教師集団の宣言は,世間から、教師は「サラリーマン」になったという意味に翻訳されました。教師サラリーマン論は,結果的に、授業をこなしていれば,厄介な子どもの成長過程に手を貸さなくてもいいという考えを蔓延させたのです。 筆者は、世間は教師を尊敬しなければならない,と思いながら,一方では,「守役」の使命を理解しない教師がバカにされるのは当然であるとも思っています。サラリーマン教師は、一人前を育てるという教職の使命を放棄したからです。今や公立学校における子どもの「人質」論は常識になりました。我が子の成長を自らの使命としてくれるからこそ教師に尊敬が集まりました。熱意の感じられない「人質」の管理人を尊敬しろという方が無理なのです。サラリーマン教師にモンスターペアレンツは現代教育の格好の組み合わせなのです。
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