早く学位取りたかったら他の教授んとこ行けよ

 これは僕のアドバイザーDr. Brian Smithが言い放った言葉。前にも少し書いたように、彼はいろんな意味でユニークで、非常に大学院生泣かせな存在だ。
 彼のあまりの素行の悪さに周囲が心配していたテニュアもこの夏に無事取得でき、職が保障されてからの彼のゆかいな言動や奇行はさらに充実し、以前にも増して周囲に話題を振りまいている。先日など、大統領選挙の前にサラ・ペイリンの等身大パネルをどこからか仕入れてきて、オフィスに人を招いては見せびらかして喜んでいた(フェイスブックの彼の写真はその等身大ペイリンをジョークネタにして遊んでいる写真だったりする)。
 日ごろの素行や言動があまりに職人の棟梁や親方的なので、もうここではアドバイザーではなく、敬意を持って彼のことを「親方」と呼ぶことにする。面白い日々が続いているので、少し彼からの指導の様子を少し記録しておこうと思う。


 通常、大学院生たちはプログラムでだいたいの標準となっているペースで研究を進めるので、研究自体がそれほどぱっとしない場合でも、ある程度のところからはクロージングに入って、できる範囲で統計的有意差か何か論文の形にできるネタを拾ってそれで仕上げるモードに入る。大学院生はみんな、そういう学術界のゲームのルールやお約束に沿って学位を取り、あちこちの大学や研究機関に就職していく。親方ブライアンも、副査で他の教員の指導を受けている院生の指導に入っている時はさすがに無茶を言うのは問題があるので、他の教員の指導方針に従っておとなしくしている様子だ。
 だが、僕のように主査として彼が指導している面々には、いつも「オレんところではmediocre(二流)な研究は認めん」と言い放ち、彼の趣旨を理解できない院生には会おうとしなくなるし、院生の方も付き合いきれずに他の教員のところに移籍していく。授業は粗雑で評判が悪いのに、点数は辛く、再試験も平気で課す。普通の人のロジックではつながらないことも、彼の中では明確につながっているらしい。
 そんな彼と僕は、どういうめぐり合わせか、単に彼の英語がわからなかったせいなのか(初めて会った6年前はほんとに何を言っているかさっぱりわからなかった)、変に馬が合ったためにここまで残ってきてしまった。そしてこの4ヶ月はかなり頻繁に個別指導を受けてきた。
 彼のペースは他の教員と付き合うのと全く異なるので、最初は実にペースを合わせづらかった。普通の教員とであれば、1週間とか早めにアポを取って準備して打ち合わせできるのに、彼の場合は前日にいきなり連絡が入って明日3時に来れるか?などと言ってくる。それを逃すと2週間は連絡が取れなくなることは普通なので、何か予定が入っていてもキャンセルして彼のアポを最優先せざるを得ない。最近はさらにひどくなって当日の朝に呼び出しを受けることも出てきた(こいつはいつ呼んでも来るなと勘違いされているのかもしれない)。とにかく、彼にいつ呼び出しを受けても何か話を前に進められるようにネタを仕込んでおくことが必要だった。
 それで、秋学期始まってすぐの頃は(ちなみに彼にはあまり学期という概念があるのかどうかもよくわからない。気分が乗れば夏でもプロジェクトの会議は毎週やる。休みはしっかりカレンダー通り+αで取っている)30分とか小一時間程度、彼がひたすらしゃべりまくる感じだった打ち合わせが、最近はこちらも議論のネタが増えてきたおかげでなかなか終わらず、2時間くらいみっちり打ち合わせるようになった。テニュア取りたてでスローダウンしているのと、所属カレッジの諸事情のおかげでたまたま彼が今期暇なおかげもあるのだが、かなりしっかり議論に付き合ってくれている。
 他の教育者の先生たちのように、心がけて褒めたり励ましたりはしてくれず、彼の場合は態度で示すというか、乗り気になったりやる気がなくなったりするだけだ。最近はこちらが持参した研究ネタを面白がって勝手に盛り上がって暴走することが増えたので、少しは見込みがあるとは思ってくれているのだろう。ジョークや脱線をしながら(3Dスキャナとかデジタルドラムとか変なものがたくさんある)彼のデザインスタジオで議論していると、あっという間に時間が過ぎていく。
 ついこの間までは、僕が自分の都合で決めた期限がどんどん近づいているのに、研究はなかなか落としどころに向かわせてもらえる気配がなく、かなり焦っていた。彼はいい研究をするためにはこちらの都合など意に介さないし、表題のようなことを平気で言い放つので、これはもう諦めて帰国しようかと覚悟し始めていた。結果の見えない状態のなかで、人生で最も苦難の時期の一つといってもよかった。
 10月に入り、次のパイロットテストがだめだったら観念しようと腹をくくっていたのだが、その時実施したテストの結果から進むべき方向性が急に見えて、手ごたえが出てきて、俄然研究が面白くなってきた。親方のノリがよくなったのもその頃からだった。
 結果として、当初僕が考えていた落としどころとはかなり違う方向に研究が進み、まったく計画通りとは程遠い状況になった。最初に掲げた計画からすると、扱っている研究範囲はものすごく狭くなり、掘り下げる度合いはものすごく深くなった。最初想定していたゴールは今やっていることの半分にも満たないことでしかなくなった。
 最初はオンラインゲームの教育利用研究をするつもりだったのだが、ゲームに含まれるほんの一要素が研究対象となったので、一目見てもゲームの研究には見えない代物になってしまった。それにブルームの学習分類法(の改訂版)を使って、以前は毛嫌いしていた多肢選択問題を作ったりする羽目になるとは予想だにしなかったのに結構楽しんでやっているから面白いものだ。
 自分の作った枠組みを壊しつつ、誰もが知っているような基本中の基本に立ち返るような動きになった。そしてそうこうするうちに、今やっていることの延長線上に、他のシリアスゲーム研究者が乗り越えられずにいる一線を越えるための重要な成果が眠っているのが見えてきた。つながる前は見えなかったものが、つながってみると実はとても自然だったりするのは面白い。
 博士論文研究はその道のりを終えた人にはよく長旅にたとえられているが、終わる前からそんな気がしている。もう少し目的地をしっかり理解してから出発すればこんなにあちこち行かずに進めたのかもしれないが、旅に出た時の僕には、今の僕が見ているものは理解できなかった。当初の構想は長旅(Journey)ではなく、近場への小旅行(Trip)でしかなかったことを理解した。
 こんな風に感じるようになったのはつい最近の話で、おそらくそのタイミングで一番苦しい時期を乗り越えることはできて余裕が少しは出たのだろう。でもまだ目的地についてないし、これからまだ先はかなりあって、これから帰国して以降もしばらく苦しみ続けなければいけない。ただ、この遠い道程を選ばずに近道をして早く学位だけとって帰国していたら得られなかったものを得ることができた気がすでにしている。そう考えると、同じ学位でもずいぶんと人によって得るものは異なるのだなという気がする。
 これから日本に帰る僕に対し、親方は続ける気があるなら付き合ってやるという感じで、こちらの事情は意に介さない。こちらの都合も少しは考えてくれよという気もするのだが、彼も少なくとも話にならないレベルではないから付き合ってくれるのだろうとは思うし、とにかく行けるところまで行ってみようと腹をくくった。日本で忙しくなって途絶えてしまうようであれば所詮その程度のものだったのだろうし、これからどんな状況でも根気と運が続いて最後までいけるとしたら、この研究の成果を土台にした次の展開がかなり面白いことになりそうな気がしている。
 教育分野の研究者は教育的配慮が先にたつので、親方のような研究者(彼も一応は学習科学者なのだが)にはなりにくいものだと想像しているのだが、彼の指導スタイルには昔ながらの徒弟制度の強みと弱みがあって、強みにうまくはまれば教育的配慮の中では育たないものが育つのだろう。普通にいい教員もいるのにあえて彼を選んだのだから、僕にも何か気づかずにそういう彼にひかれたところもあったのかもしれない。
 そんな親方なのだが、「親方語録」でもまとめたくなるような面白発言を大量にしていて、人間としての興味も尽きない。でも僕もまだこんなことを書いて遊んでいる場合でもなかったりするので、このあとはまたきちんと残りを片付いてから続けることにしようと思う。
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