学会でお世話になっている先生の紹介で、都内のある公立中学校の授業見学に行ってきた。学校公開期間中で、保護者はもちろん、見学したい人は誰でも見学できることになっていた。平日だったので、見学者は少なめだったものの、こういう形で学校の活動を知るための機会が提供されているのは有意義だと思った。今回は、紹介してくれた先生が担当している2年生の社会科の授業と、総合的学習の時間を主に見学してきた。
社会科の授業では、日本史の戦国時代あたりをやっていて、生徒たちに仮説を立てさせ、そのテーマに沿って自分で調べてまとめたものを発表させる形式で授業を行っていた。生徒たちはOHPを使ってひとりずつ発表していた。丁寧に調べてまとめたものを発表している子もいれば、とりあえず資料から写してきて漢字の読み方もあやふやな子もいたりして、学力レベルもやる気もかなりばらつきがあった。ベテランの先生はさらっとやっているように見えるが、そんな様子の子どもたちを30人近くも束ねてこのスタイルの授業をするのはけっこう大変だろう。
3年生の選択社会の授業では、コンビニ経営シミュレーションのパソコンゲームを使っていた。操作自体にはだいぶ慣れていた様子だが、生徒たちの目の向き方はさまざま。ゲームの趣旨を理解して、利益を上げるための経営を模索する生徒もいれば、使われている用語が分からないままに適当にやっている生徒もいた。なかには教師の目を盗んで関係ないウェブサイトをこっそり見ている生徒もいた。30分程度のゲームプレイと10分のレポートという構成で、最後に学んだことをまとめさせていた。同じゲームを使うにしても、このあたりの生徒の方向付けとフィードバックの与え方一つで、成果はだいぶ変わりそうだというのがよく実感できた。
午後の総合的学習の時間では、これまで自分の関心のあるテーマで調べ学習していた成果を発表するポスターセッションをやっていた。2年生の3クラス同時実施で、3つのセッションに分けて、3分の一の生徒が出店を出して個人発表するのを残りの3分の二の生徒が聴衆になって聞いて回るのを3セッション行い、聴衆役の生徒は各クラスをまたがって自由に見学しに行ってよいという形式で行っていた。
生徒たちの発表テーマは部活の関連の知識や好きな科目のテーマ、それに好きなアニメやタレントのこと、なかには「温泉美人になるには?」「宇宙人は本当にいるの?」なんていうのもあった。1年生の3学期からテーマ設定から調べ学習を続けてきての今回の発表。調べる時間も10時間分ほどあったとかで、かなり詳しく調べている子も結構いた。こういう学習は女の子の方が準備を真面目にやって発表資料も丁寧なものが多い一方で、男の子は準備も適当で資料も雑というのが目立つ。自分自身の当時を振り返ってみれば、こういう時はなるべく楽をして乗り切ろうという生徒だったので、まあそんなもんだという気もする。
学習効果の面において、この形式で授業を行う意義は大きいと思う。講義形式の授業では、教師-生徒間、生徒-生徒間の相互作用の密度は非常に薄い。午前中に時間があったのでそれ以外の普通の教科の授業ものぞいてみたが、昔ながらの教科書片手の講義形式だった。生徒たちは、苦痛な時間が早く通り過ぎることを願いながらうつむいて過ごす「電源オフ」の状態。時折出てくる教師の雑談の時だけ顔をあげて興味を示し、授業に戻ったらまた電源がオフになる。あてられた生徒はぼそぼそと読んでまた電源オフにしてうつむいている。この形式では関心を持ったり何かがわかったりする瞬間というのはかなり少なくなりがちだ。
それに対して、個人での調べ学習の成果を発表するポスターセッション形式は、調べたことを表現する活動、人の話を聞いてワークシートにまとめる活動など、講義形式と比べると個人の学習活動の密度が濃くなる。何度も発表するしいくつも発表を聞くので、活動の中で考える頻度も多くなる。ひとりずつ前に出て発表する形式だと発表以外の時間はほかの生徒は電源オフになりがちだが、この形にすると生徒各自が活発に活動するので時間当たりの学習は自然と濃くなる。
今回、総合的学習の時間の授業を実際に現場で見たのはこれが初めてだったが、このカリキュラムのもともとの趣旨にとても合った形で実施されていたという印象で、このような授業が導入される意義はとても大きいと思った。だが、実際にはこのような形で授業を行うのは教員にとって負担が大きくて、なかなか実現できていないところが多いという話だった。この中学校では、長年にわたって総合学習に合ったスタイルで授業実践されている先生がリーダーシップをとっているおかげで各クラス担当の先生もうまく動けるところがあるそうだ。そんな存在がいないところでは、通常授業に振り替えていたりして、総合的学習の時間自体が機能していない学校あって、学校間の格差は大きいようだ。
この授業に参加する生徒たちのレベルはまちまちで、うまく授業の趣旨に合った形で学習を進めてよい成果を上げられる生徒もいれば、どんなにサポートしてもうまくいかない生徒もいる。教師にしてみてもそれは同じで、新しいカリキュラムを導入するにしても、その趣旨に合った形で主体的に創造性を発揮した授業を行える教師もいれば、どうやっていいか分からずに途方に暮れる教師もいる。そのような違いを無視した形での新しい仕組みの導入は、一部ではうまくいくとしても、全体としてはうまくいかない。一つの研究プロジェクトを成功させようと思えば、その一つの現場だけでがんばればよいことだが、教育行政的な仕組みを全体に導入させる場合にはそれでは十分ではなく、注意のしどころや成功の基準がずいぶん変わってくる。
今回の見学では、実際に教育現場を見ながら考えることができたおかげで、これからやろうとしている研究プロジェクトについて、これまで考えていたのとは違う側面から多くの気づきがあった。やはりフィールドに出る機会を増やすのは大事だと思った。自分の課題として、教育現場での経験が不足している面があるので、自然な環境で学習者を観察しようとしていきなりやっても、要領を得なくてなかなかうまくいかない。今回はそれを認識したので、もっとこのような機会を持ちつつ慣れていくのがよさそうだというのがよくわかった。