スーパーエッシャー展のDS Lite鑑賞ガイド

 Bunkamuraのスーパーエッシャー展に行ってきた。行った日がちょうど土曜の夕方だったこともあり、えらく混んでいて個人的には観るのがたいへんだったけども、こういう美術展にたくさん人が集まることは良いことだと思った。入り口から出口までずーっと人の群れが途切れず、有名作品の前では、作品を見るというよりも、その前に群れている見ている人を見ている感じになっていた。
 このイベントでは、ニンテンドーDSLiteを鑑賞ガイドに使っていた。話に聞いてちょっと楽しみにしつつも、どうせ台数が足りなかったりするんだろうと、あまり期待していなかったのだが、余裕で貸してもらえた。この混雑に十分対応できるだけの台数を用意していて、それを追加料金無しで利用できるのはえらい。
 使ってみると、結構良く作ってあって、このガイドのおかげで鑑賞の楽しみが増した。インターフェイスはDSのシンプルさをうまく活かしていて、使いやすいガイドになっていた。基本的な内容は、主要作品の解説と、順路の指示が音声とビジュアルで提供されるというもの。作品の細部を拡大して見つつ、音声で解説が聞けるので、これ単体でも十分楽しいくらい。変にゴテゴテと機能を盛り込まず、誰でも使える範囲でできることをシンプルに、きっちり作っていたのが好感が持てた。
 この鑑賞ガイドは、混雑した状況下ではさらに効果を発揮していた。列の動きが遅くて待ち時間がちょくちょく発生するので、次の作品を見るまでに予習や退屈しのぎができた。それに美術の教科書に出ているような有名なだまし絵の作品のところは細部を見れるほどには近づけなかったりしたので、そこではDSの方で解説を聞きながら拡大してみることで、十分に楽しむこともできた。音声のみのガイドにはない強みがあって、それは混雑時にはその強みはさらに活きていた。
 この鑑賞ガイドの難点をあげれば、音声を聞くためのヘッドフォンが煩わしかったこと。コードがぶら下がっていると機動力が下がって快適度が下がる。今回は誘ってくれた人と一緒に二人用ヘッドフォンというのを使っていたのだが、迷子ロープでつながって二人三脚をしているような状態だった。カップルで利用するにはこれはこれでよいのだろうし、たぶん対象ユーザーとしてカップルが想定されたものなのだと思うけど、子どもと親とか、ペースの違うカップルとか、孫とばあちゃんだったりすると結構面倒かもしれない。ヘッドフォンの煩わしさでユビキタスという感じを損なってはいたが、最近出始めているブルートゥースのワイヤレスヘッドフォンがこなれてコストが下がってくれば、かなり解消できる問題ではある。
 それとこの手のミュージアムで利用されるメディアの共通の課題として、どうしても独りでの利用が前提になり、来場者同士のコミュニケーションは阻害されてしまうことだ。おしゃべりせずに独りで静かに作品と向き合いなさい、という発想であれば利用者をそう方向付けるという点で優れているとは思うが、普通は一緒に行った人と作品を媒介にコミュニケーションがあった方が楽しみが増す。このDS鑑賞ガイドは、一緒に覗き込みながらいじったりできて、今までのメディアにないインタラクションが見えてきている。この部分の遊ばせ方を工夫すれば、ミュージアムでの教育メディアの新しい形になると思う。
 鑑賞ガイドだけでなく、もちろんエッシャーの作品もとても楽しめた。完成した作品だけでなくて、その準備中の下書きみたいなものも豊富に展示されてあったのがよかった。方眼紙やトレース紙のようなものに描かれた綿密な下書きを見ていると、こうしたアート作品も感性だけでなくシステムとして組まれているんだということに気づかされる。個人的には有名作品よりも、寓話絵や少年マガジンの特集の紹介、若い頃や有名作品の合間に作られた小ネタ作品をたくさん見れたのがよかった。展示が豊富なおかげで、エッシャーのマンガ家っぽいところや、職人っぽいところも見ることができたのもよかった。
 混雑にもかかわらず、これだけ楽しんで、良い経験ができたのはDSの鑑賞ガイドが力を発揮していたおかげも大きいと思う。このような場のための教育メディアを開発する際の目標の一つは、混雑やら何やらの阻害要因を軽減しながら、鑑賞経験を豊かにするためのサポートをすることなのだというのがよくわかった。