インターン最終日

 博士論文研究に集中するため、大学の近くにある統計ソフトウェア会社、ミニタブ社でこれまで続けていたインターンも、この夏までで辞めることにしていた。昨日がその最後の勤務日だった。
 2年前の夏に、日本語版の開発を手伝うためにインターンとして働くことになり、最初はその夏だけの話だったのだが、秋以降もうちの研究科とのプロジェクトという形をとって引き続きお世話になった。気がついたら2年が過ぎていて、ここまでの留学生活の半分はこの会社に通っていたことになる。
 最初からずっと品質管理部で働いていて、当初関わっていた日本語版がリリースされた後も、英語版の次のバージョンのテストをずっとやっていて、最近はフランス版の品質テストのプロジェクトで仕事をしていた。
 この仕事をやってきて、ソフトウェア開発の品質管理業務の流れをじっくり見れたことは収穫だった。半年やそこらの期間、見習いのように働いていても、じっくりと腹に落ちることというのはそれほど多くないものだが、2年もその場にいれば、「門前の小僧が経を読む」ようになることもいろいろと出てくるものである。
  だが、品質管理に関すること以上に、この会社のコーポレートカルチャーに触れてきたことで、とても勉強になることが多かった。というのも、この会社は、一般的なソフトウェア会社のイメージとは全くかけ離れた環境を持っていて、その文化のあちこちに、考えさせられるところがいろいろと含まれていたからだ。


 まず、みんな残業をほとんどしない。だいたい夕方6時を過ぎれば、会社はがらんとしている。それに女性社員が非常に多い。コアのエンジニア職はほとんど男性だが、品質管理、ドキュメンテーションやセールスあたりの部署は、女性の方が多いくらいで、管理部門も女性が多い。夫婦揃って社員のカップルも5組くらいいるし、親子もいる。80歳過ぎの現役プログラマもいる。家族も交えたソーシャルイベントもよくやっている。誰かが40とか50とかきりのよい誕生日を迎えると、その人のオフィスは飾り付けで大変なことになる。毎月のように、~さん、勤続何年おめでとうのボードが入り口に出ている。勤続年数の区切りごとに、社員たちは(多くの会社のようなインチキではなく、ちゃんと消化できる)有給休暇日数が増えるので喜んでいる。
 社員の健康増進にとてもプロアクティブな政策は、地域でもよく知られている。会社専属のトレーナーがいて、社員は勤務時間を調整してエクササイズの時間を作り、朝でも昼でも会社のフィットネスジムや、エクササイズプログラムで汗を流している。健康増進施策によって、社員の医療保険コストを抑制する効果があることが実証できたようで、さらに会社は健康プログラムに力を入れており、今度は敷地内に屋内プールも建設している。
 このような企業文化、職場環境のもと、会社は着実に利益を上げて成長を続けている。その経営戦略は、特にトリッキーなことをしているわけではなく、オーソドックスにいわゆる「選択と集中」と言われるようなことをやっている。つまり、「成長するニッチ市場にリソースを集中し、他社が出せない製品力でその市場のトップになる」という、MBAの教科書なんかでは基本として習いそうなことを地道に進めている。いかにうまみが有りそうでも、強い他社がやっていることには手を出さないし、顧客も大手企業が多くて、商売のロットの大きいところに焦点をおいているので、セールスの人員規模が少なくても対応できる。経営戦略は、「欲張らず、無理をしない」ところで筋が通っている。
 もともとは、大学の統計学の教授たちが起こした大学発ベンチャーで、30数年の歴史で、社員二百数十人規模まで成長した、成功したベンチャー企業である。無理な計画で、社員の生活を犠牲にして成長を続ける多くのベンチャー企業とは違って、この会社は、社員たちが生活の豊かさを感じながら働き続けることのできる会社として存在している。それが評価され、2002年には「ペンシルバニア州で最も働きたい会社(中規模部門)」の第一位に選ばれている。
 さて今回、お別れだということで、部署や一緒に仕事したプロジェクト絡みの人々がお別れパーティをしてくれた。たかだかインターン一人のために大勢集まってくれて、それぞれに別れを惜しみつつ激励してくれて、みんなで買ってくれたプレゼントや、会社のグッズなどあれこれを贈ってくれた。これまでの仕事の話や、私の研究や将来のことなど話しながら時間を過ごした。これも業務時間中の話で、そのことからも実にのんびりした、気楽な職場環境なのをあらためて感じた。
 働いている間も、これ以上理想的な環境はなかなか望めないし、ここでずっと働いていくのも、きっと悪くない人生だろうなと、ふと思うこともあった。しかし、ここで落ち着くために今までやってきたのではないので、それはキャリアの選択肢としてあり得なかった。そもそもの目標に向かって進むとすれば、居心地のよい落ち着く先を見つけるというよりも、この会社のような人々が落ち着きたくなるような環境を作ることに力を注ぐべきであって、そちらの方が自分の性分には合っている。
 今まで、どんな組織が理想か、ということにあまり具体的なイメージを持っていなかったのだが、このインターン経験から、自分が理想とする組織のモデルが一つ浮かび上がってきた。プログラムの他の院生達が教授陣の研究アシスタントや、教員支援センターなどで仕事をしている傍らで、自分だけあまり自分の研究関心とはつながりにくい品質管理業務に終始していたため、やや焦りを感じることもあった。しかし、結果的にははるかに大きい収穫を得た気がしている。

インターン最終日」への3件のフィードバック

  1. お久しぶりです。Another Wayはいつも生涯学習の資料を読んだり、プリントアウトしたりと活用させてもらっています。ありがとうございます。ゲームのことはまったくわかりませんが、研究開発もすすんでいるようですね。来春は、光ブロードバンドに匹敵する次世代無線LAN構築の全国展開を始めるので、いつでも、どこでも、だれでも、何でものインフラが実現します。 ご関心の高いゲームもオンライン時代になり、現在各社開発にしのぎをけづっているようですが、ここ一年間が勝負のときと見ています。そのときSerious Gamesも登場して、脚光を浴びることを期待しています。
     今日、突然コメントをお送りしたのは、統計ソフトのことでお知恵を借りたいからです。
     今日、三浦先生から著書の比較生涯教育ー特性別照応分析手法による日米比較ーを送っていただき、NY州のシラキューズ市と私の住んでいる佐世保市とを比較照応分析しながら、評価基準づくりを目指そうとしています。
     その過程で活用を考えているKJエディタで、使いやすいものをご存知ありませんか。
    以上

  2. コメントありがとうございました。
    > KJエディタで、使いやすいものをご存知ありませんか。
    KJエディタは使わないのでよくわかりません。

  3.  KJエディタについてのご返事ありがとうございました。Webサイトで調べたら、フリーソフトが一つありましたが、機能の面でいまひとつです。
     そこで前から検討している、MSのBIビジネスインテリジェンスツールの最新版を使うことに決めました。
     これを使い開発中の価値評価基準[信頼Trust]のアプリで実践生涯学習、NPO・テレワーク、スマートビジネス、自治体等の変革と効率を加速させる仕掛けづくりを目指します。
     シリアスゲーム:コンセプト、事例とその展開のプレゼン資料を見せていただき、すごい研究開発をされていることは理解できましたので、オンラインの事例の中から興味のあるものを探そうとおもっています。
     生涯学習の変革を目指す、お勧めのシリアスゲームはどれですか?
    できるだけBIを活用した評価システムが組み込まれたものを希望しています。
     

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