ツンデレなシェリー

 もう授業はほとんど取り終わったので、今学期は授業らしい授業を取っていないのだが、水曜の夜にゲームデザインを教えているMagyのゲームデザインセミナーに出ている。先学期までは、ゲームデザインについて語るインフォーマルなミーティングだったのが、今期から授業化された。毎週、デザイン分析のフレームワーク、物語手法、ゲーム音楽、といったテーマでディスカッションやワークショップをやる。参加者は学部生と院生が半々くらいで、私以外は情報科学、コンピュータサイエンス系の人たちである。
 先週はゲームにおける物語手法のセッションで、グループに分かれたワークショップをやった。課題は、「ギリシャ神話のペルセポネの話をもとに物語を作って発表する。手法は自由。制限時間50分。」というもの。私は学部生のジェームズとシェリーと一緒のグループになって作業を始めた。


 ネタだしと創作の時間を合わせて50分なので、さっそくネタ出しを始めた。シェリーは、ヨーロッパ系の整った顔立ちで細身の、真面目メガネ(上半分だけ黒ぶちフレームのやつ)をかけた、いかにも優等生といったルックスの女の子で、ほとんど笑わない。楽しい場面でもニヤリとだけしてすぐ素の顔に戻る。この子は議論の流れや他の人の意見をほとんど聞かず、かなり強引に自分のアイデアを押し通して、フラッシュアニメで物語に出てくる花の視点で物語を作る、というアイデアで合意に持ち込んだ。あと30分しかないのにフラッシュなんて大丈夫かね、とジェームズと私は半信半疑で顔を見合わせながらも、特に反論する必要を感じなかったので、そのまま作業に入った。
 ところがこのシェリー、結構なフラッシュ使いで、ほんとに30分で素材を集めて加工して、オチまでつけて簡単なアニメーションを作ってしまった。呼吸するようにフラッシュを使いこなす様子には驚かされた。授業で学んだというだけではなくて、基礎的なリテラシーに明らかな違いがあるのを感じた。彼女がたまたま特に秀でていたにしても、今の若い子たちが成長過程で身につけるリテラシーは、私の世代とはずいぶん違っているんだろうなと考えさせられた。昔、学部生の時分に、駅でポケベルを持った女子高校生が、メッセージを公衆電話で超高速プッシュするのを目撃した時にも似たような衝撃を覚えたのを思い出した。
 創作作業が終り、他のグループは、ダイアローグや、劇形式で発表していたのに対して、うちのグループはフラッシュアニメで、切り口もユニークなものになった。発表のディスカッションはどのグループもそれぞれに充実していた。セッションが終り、シェリーにおつかれさんと声をかけた。あっそ、みたいな素っ気無い反応をされるのかと思ったが、彼女は「あの、なんか強引に進めちゃってごめんなさい。もっとうまくやれればよかったんだけど。。」みたいなことを言ってきた。おぉ、これは世に言うツンデレではないか、と合点が行ったとたんに愉快になって、彼女への好感度が増した。ツンデレという概念をフレームワークとして持つことによって、私の彼女への認知の性質が変わった瞬間である。(ツンデレの意味がよくわからない人はこの辺を参照。)
 厳密な意味で言えば、ツンデレとはかなり特定な文脈で、もっと湿っぽい使い方をされるようなので、彼女がツンデレかどうかはわからない(フラグが立った状態ではありそうだが)。ツンデレの一般化した概念としては、普段は強情だったり冷たかったりする中で、ある場面で弱さややさしさのような別の側面を示すキャラクターの描写の仕方を指していると言っていいのかなと思う。もともとは恋愛アドベンチャーゲームでよく用いられる女の子キャラクター描写のパターンをファンが認知してカテゴリー化したものらしいので、文化的には何か今の自分には理解できない意味を持っているにしても、方法論的には、物語手法におけるキャラクターの性格描写や演出のテクニックの一部だと言ってしまっていいと思う。
 そう捉えると、一人のキャラクターのあわせ持つ性格面での落差や、別の側面をちらりと見せることによってそのキャラクターの魅力や表情の豊かさを演出するというのは、ストーリーライティングではよく用いられる手法である。三谷幸喜はこの手法の使い方が非常にうまくて、彼はこの手法を使うことによって脇役の深みや魅力を演出している(たとえば「王様のレストラン」や「12人の優しい日本人」)。私の一番のお気に入りのドラマ「ボストン・リーガル」でも、キャンディス・バーゲンの演じる女性パートナー、シャーリー・シュミットのツンデレ度が今シーズンに入って急上昇していて、それがドラマのよさを高めている。最初は、主役のアラン・ショアやデニー・クレインらを追い出そうとする無敵の敵役みたいな位置づけで描かれていたが、最近は人物の持つ弱さや陰の部分を出しながら、キャラクターの好感を高める方向で描かれている。他の脇役達についても、以前は見せていなかった別の側面がクローズアップされるエピソードが増えてきて、シリアスな対立的雰囲気から、いがみ合いながらも一緒にやっていこうとする協調的な雰囲気が強くなってきている。たぶん多くの視聴者はこの方向性を歓迎していると思うので、おそらく途中から方向修正したんだと思うが、もし最初からキャラクターを際立たせるために意図的にやっていたのだとしたらすごすぎて声も出ない。
 ツンデレのように、特定のパターンが注目されることは、それによって一時的な盛り上がりを見せるものの、たいていはステレオタイプな認知パターンを生み、陳腐化して衰退していく。流れに乗ることができれば、通常では得られないプレゼンスを得ることができるが、流れを外すと、ブームがなければ本来は得られたであろうプレゼンスすら得られなくなる。豊かな側面を持っていたとしても、「なんだ、要はツンデレじゃん」とレッテルを貼られたとたんに、その豊かさが色を失ってしまいかねない。これは流行語と死語の関係で見ればわかりやすい。「eビジネス」とか「ワントゥーワンマーケティング」なんてことを今更売りにしてビジネス展開しても、誰もすごいと思わないし、むしろ逆効果になる。ブームを仕掛けてあるカテゴリーを盛り上げる手法には、その後の陳腐化がセットになっていて、その流れを読む技量が伴わないと痛手を負うことになるし、下手をするとその手がけた領域のその後の停滞をもたらすことにもつながるので注意が必要である。
 ツンデレの性格の普段の強さと、弱さややさしさの落差が生み出す魅力、という点については、無理やりこじつければ、金子郁容や松岡正剛の言う、弱さが持つ強さとか、バルネラビリティ、とかいう概念にもつながるかなと思ったが、ちょっと無理やりな感じもするので、今日はここまで。

ツンデレなシェリー」への3件のフィードバック

  1. こんにちは。
    セミナー~ツンデレさん~認知パターンの消費システム?の話、なるほどなぁと拝読しました。
    ところで実は、仕事との絡みetc.もあって、まずは来年度あたりから聴講してみようかしら、してみたいなぁ、と思っていたところなのです。まったくの素人で恐縮なのですが、よろしかったら今度お話を聞かせてください。^-^

  2. こんにちはー。
    セミナーぜひ参加されるといいですよ。
    来てる人ほとんど素人かただのゲーマーですから。

  3. >来てる人ほとんど素人かただのゲーマー
    うぉ、まさに私のためにあるようなセミナー?! :P

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