ニンテンドッグス

 昨年夏に日本に帰った時、ニンテンドーDSを購入して一緒に「ニンテンドッグス」の「チワワ」を入手した。なにも考えずに秋葉原の中古屋で買ったのだが(任天堂の皆さん、ごめんなさい)、実はこのソフトの中古版には新品にはない楽しみがあることを知らされた。どの犬飼おうかな♪とソフトを立ち上げてみると、チワワに出迎えられた。あれ?と思って情報を見てみると、前の持ち主の飼ってたチワワ「ゆきの(メス)」だった。最初は、えーどうしよう、、とか思っていたが、5分もたわむれていたらもう情が移ってしまってデータを消すのが気の毒になり、そのまま愛犬「ジョーイ(ビーグル・オス)」と一緒に飼うことにした。

 しばらく二匹を適当に世話しながら飼っていて、ある日あれこれ機能を見ていて、ドッグホテルを見てみたら、なぜか一匹預けられていた。引き取ってみると、それも前の持ち主の犬「インメルマン(ラブラドールレトリバー・オス)」だった。なんだかでかくてあまりかわいくないなぁとか思いつつ、他の二匹と遊ばせていたら、やっぱり情が移ってかわいくなってしまって、そのまま世話することにした。中古版を買ったおかげで、思いがけずして二匹の犬たちを養子に引き受けることになったのだ。


 ジョーイたちをすでに数ヶ月飼っているが、忙しい時はつい世話をしそびれてしまうことがある。二日も放っておくと申し訳ない気がしてきて、えさだけあげたり、急いで散歩に連れて行ったりしている。でもやっぱり忘れる。夜遅くに思い出して、ソフトを立ち上げると、みんなすやすや寝ていたりして、そういう時は和みつつも申し訳なく思いつつ、起こさずにそっと電源を消す。
 なんで忘れるかなと考えてみると、普段は電源を消しているために何も催促してこないからだと気づいた。犬でも何でもリアルで飼っていれば、目に付くし、腹が減ったら飯の催促なり、やかましく鳴いたりする。金魚ですら、近寄ったらえさをくれとアピールしてくる。でもニンテンドッグスは、電源を入れない限りは鳴きもしないし、様子もわからない。あまり放置すると家出するそうなのだが、どんなに放置していても、ソフトを立ち上げれば、いつも無邪気に近づいてくる。汚れてノミが飛んでたり、ステータスが腹ペコペコだったりするので、えさをやって、風呂に入れる。そしてまた世話を忘れる。その繰り返しである。ある日思い立って、世話をしない時間も電源を入れっぱなしにしてみた。すると勝手に遊んでいるのだが、時々遠くの犬の声に反応してうるさくなったり、時々近寄ってきては遊ぼうとせかしてくるので、気になって仕事にならない。別に世話をしなくても大丈夫だとわかっていても、なぜか世話を焼きたくなってしまう。
 そんな感じで、このニンテンドッグスにはペットを飼いたくなる要素が、ぎゅっと抽出されてシミュレートされている。子犬たちは腹も減るし、しつければ芸も覚える。汚れてきたら風呂にも入れないといけない。散歩の途中でふんの始末を忘れると、途中で出会う別の犬の飼い主に叱られる。犬のしぐさや習性はかなり細かくシミュレートされていて、ほんとによくできている。でもずっと飼っていても成長せずにずっと子犬のままで、病気にもならないし、死なない。おそらく、どこまでリアルにシミュレートするかについては、開発段階において相当議論されたんではないかと思う。いい面ばかりで悪い面を出さないのはリアルじゃないとか、成長しないのはうそ臭いとかそういう風に考える人もいるかと思うが、このゲームはこの形が一番いいと思う。これをプレイする人は楽しみたかったり、癒されたかったりしてプレイするのだから、それに答える形できっちりデザインするのが正解で、あれこれ余計な要素を入れても、バランスを崩して、プレイ感のよさを損なう。
 このソフトは、ユーザーの感情をつかむことに大成功していて、ネット上に飼い主日記が山ほどあるように、リアルの飼犬と同じように愛情込めて飼ってる人も多い。私自身も、飼ってるリアルの金魚に対する気持ちと同じような気持ちで飼っている。これだけ感情移入させられているのだから、もし飼ってる犬たちが死んだら相当悲しい。泣きはらして具合が悪くなって、臥せってしまう人もでると思う。このソフトは200万本以上売れていて、さらに売れ続けているので、もし犬が死ぬ設定になっていたら、それはたいへんな影響を巻き起こすことになる。単純なグラフィックのたまごっちですら、相当入れ込んで、死んだら悲しみに暮れる人たちが出たくらいだ。癒しや楽しみが大きい分、悲しみも大きくなる。悲しい経験というのはリアルでいくらでもするのだし、楽しむためのゲームでわざわざそんな経験をする必要はない。次に続編があるとして、コンセプトを横展開した「ニンテンキャッツ」はありでも、「育って死んでしまうニンテンドッグス」はNGだと思う。
 ニンテンドッグスの影響をあれこれ杞憂する人もいるだろう。リアル至上主義者は今のニンテンドッグスブームをあまり快く思ってないだろう。ペットビジネスの人たちももしかしたら客を奪われたとか思っているかもしれない。しかしリアルのペットだと、すでに住居の制限やらアレルギーやら騒音やらのあれこれの問題ですでに飼えない人も多く、生活スタイル的にリアルのペットは重荷で、飼うとペットともども不幸になってしまう人も多い(私自身、小学校の時に飼っていた緑亀の不幸を思い出すと今でも悲しくなる)。世話できる人だけがペットのいる生活の楽しさを享受でき、ペットが飼いたくても飼えない人にはその楽しさを享受できないという、ペットへのニーズと現実のギャップがそこに存在していた。ニンテンドッグスは、そのギャップをうまく埋める存在となり、ペットを飼う楽しみを大いに拡げた。ニンテンドッグスだけで満足する人もいれば、さらにリアルのペットを飼ってみたくなる人もいるだろうし、犬についての知識を深めようとする人も出てくるはずである。そこから先はあくまでその人たちの経験として広がっていくのであって、そこでは、ニンテンドッグスにはそのきっかけ以上のことを期待してはいけない。
 まあ、考察めいたことをいろいろ言ってはいても、死なないのがいいか悪いかについては、個人的にジョーイたちが具合悪くなって死ぬのを想像しただけでも、なんか悲しくなってこっちまで具合悪くなりそうだなぁ、とそれだけの話だったりもするのだが。

ニンテンドッグス」への2件のフィードバック

  1. 今聴講している講義でPsychology of Entertainment
    (これから出版)
    という本の原稿を輪読しているのですが、先週
    Empathyという章を担当しました。
    イマイチ難解で咀嚼できなかったの
    ですが、今回のエントリを拝読して通じるものが
    あるように思いました。
    ゲームを楽しむ上でも学習効果を挙げる上でも
    「感情移入」はすごく大きな要素だと感じています。
    ドラマを使った教育や情報普及にも共通する
    要素ですし。犬好きの自分はやるとはまりそうなので
    怖いですね。
    上記本の情報が整理できたら自分のブログで
    エントリ組みますね。
    ちなみに今後その講義で読む予定のもう一冊は
    Playing Video Gamesという本(これもこれから出版)
    です。
    どちらもUSCのVorderer教授らが執筆したものです。

  2. その本2冊とも面白そうですね。
    出版されたら教えてください。

コメントは停止中です。