IDとeラーニングの専門大学院

 熊本大学にeラーニングの専門家を養成する専門大学院ができるという話が出ている。日本のインストラクショナルデザイン研究の第一人者である岩手県立大の鈴木先生が関わっているので、インストラクショナルデザイン教育をしっかりやるプログラムになることと期待している。この話題をブログに書いてる中原さんと北村さんにトラックバックなど打ってみたりして、ちょっと挨拶をしてみるテストも兼ねてみた。お元気ですか、こんにちは。
 おそらく多くの人の反応と同じように、私も熊本大学と聞いて、へぇーーーという感じで驚いた。きっと旧帝大のどこかが最初に手をつけるのだろうと思っていたが、さにあらず、意外なところから日本最初のeラーニングとインストラクショナルデザインの専門大学院ができるということらしい。公にアンケートをとったりしているということは、実現のめどが立ったということなのだろうか。熊本といえば熊本ラーメン、辛子レンコン、陣太鼓、馬刺しもうまい。最近、九州新幹線も通った。・・というか、自分が育った地元のお隣の県なのに、あまりよく知らなくて申し訳ない。熊本と大分の間は山深くて交通の便が悪いので行き来が少ないのですよ。
 大学の世界はいろいろな思惑がうずまいていて、一つのプログラムが立ち上がるとなると、その周りではいろんな政治的なことが起こっているんだろうと思うけれども、ここまでしっかり教育工学系の色のついた旗を立てた大学院課程というのは日本にはあるようで実はなかったりするので、ぜひうまく離陸して成功してほしいと願うばかりである。でも、願うばかりでもしょうがないので、自分がこういう仕事をやるとしたらどんなことに気を遣うかなと、ざっくり考えてみた。


 まず、どんな人材を育てるのか、というのが一番の肝になると思うのだが、これにはどんな人材を育てるべきなのか、という大学側のビジョンと、どんな人材を育てるとうたえば人が集まるか、というマーケティング的配慮のバランスの問題になるかと思う。ビジョンだけで人が集まるようになるにはすごく時間がかかるだろうし、マーケティング偏重では大学院としてのアイデンティティが弱いというか、たぶんうまくいかない。
 熊本大学が掲げている、eラーニングの専門家養成という看板は、マーケティング的な配慮が大いに働いているのだろうと推測される。それはそれで妥当な方向性だと思うが、それだけで十分に人が集まるかというと、それはあまり期待しない方がいい気がする。MBAとかMOT(技術経営)よりも看板としてはマイナーで、一般マーケットはずっと狭いということを念頭に置いた方がよい。マスマーケティングで一般社会人がどんどんと集まってくるという期待はせずに、確実に受講者数を確保できる法人営業ルートを、早い段階から作れるように動くことが必要だろう。その際には、企業からの派遣ももちろん、教育機関向けにアピールしていく必要があると思う。おそらくすでに想定されているとは思うが、大学院レベルの教員リカレント教育を行なおうという機運があるので、その流れに乗れるように学校でのテクノロジー整備のようなニーズに応えるようにするとよいかもしれない。実際、ペンステートのインストラクショナルシステムズでは、ペンシルバニア州の学校教員向けの認定プログラムを提供していて、学校の先生たちが州のお金で講座を受講しにくる。その収入は結構大きくて、ばかにはできない。
 つまり、そのように公的なニーズに応えることで、営業面のリスクを抑えるというのが一つの方向性として存在する、ということである。社会教育研修所や市町村アカデミーみたいに、各自治体がどしどしと人を送り込んでくるようになれば、単価は下がっても営業面の不安や負担はかなり軽減される。そうそう簡単な話ではないが、私がやるとしたら一つの方向性として考えるだろう。少なくとも企業向け一辺倒の内容だと、そういう可能性はなくなるので、リスクを減らす上でも、企業向け、教育機関向けの両方を想定した作りにしたい。
 次に、どんな内容にするかについては、考え出すと結構時間がかかるので、とりあえずおおざっぱに考えて、基礎導入的な講座を3~4講座、専門性を高めるコア講座を3~4講座、学んだことを統合して専門性として使えるようにする仕上げの講座を2~3講座、という感じだろうか。基礎講座は、IDの基礎、教育のためのテクノロジー、学習心理学・認知科学、遠隔教育方法論、の概論的な内容と、開発系スキルトレーニング講座。コア講座はID理論の実践、教育システム変革、コースウェア開発演習、教育評価など。仕上げ講座はプロジェクト演習とインターンシップ、といったところか。オーソドックスな感じだが、講座のラインナップは別に奇をてらう必要はなくて、講座間の連携を高めることと、どう教えるかについてを一生懸命工夫すればいい。実践家養成を旨とするのであれば、どの講座もグループ学習を多くし、プロジェクトベースで進める形を取るだろう。とにかくデザイン仕様書作成やコース開発の練習の数をこなさせるように講座を設計する。
 あとこまかいところで、基礎講座は単科受講可能にして、本科生よりはちょっと割高で受講可能にして、単位は入学後に卒業単位にカウントできるようにするとか、大学内の教育支援センターのようなところでアシスタントで働けるようにしたり、他学部の教員の教材開発をサポートしながら学べるような環境整備をするとか、そういったことがこまごまと思いつく。結構重要なのは学習環境の整備だが、ラーニングマネジメントシステム(LMS)は最小限のものから始めて、いきなりWebCTとか高いものを入れたりしない。出来合いのLMSは便利は便利だし、学生数が1000人とかいるのであれば入れる意味もあるけれども、少人数だと無駄が多い。オープンソースのものを組み合わせて使えばそれで十分事足りる。メーリングリストとブログでかなりのことはできるし、Xoopsでも使えばもう十分だろう。eラーニングの講座だからといってそういうものに金をかけてカッコつけるんじゃなくて、そういうものに金をかけずに安価で効果の高いeラーニングを開発できる人材を育てられることの方がずっとカッコいい。
 講座一つを新たに設計して立ち上げるのは膨大な仕事で、考えないといけないことも山のようにある。あれもあるこれもあると考えているうちに、時間切れになって、えいやっと始めて、走りながら修正するというのが立ち上げ仕事の王道(?)である。その数をこなす中で、大事なことをきっちり詰めて考えつつ、実務的な仕事は脊髄反射でちゃっちゃとできるようになるということが、専門家に育っていく一つの道ではなかろうかと思う。座学で文献を読んで、議論して、論文をまとめて、というサイクルでは学者は育っても、実践できる研究者や研究できる実践者は育たない。知識を吸収する方に気を取られすぎず、吸収したものをいかにアウトプットさせるかのお膳立てを整えることに知恵を注ぐ必要があると思う。講座開発の専門家を育てるには、講座開発の実務の修羅場にできるだけ近い経験をさせるのが一番よい。ただ、そういう学習機会をたくさん組み込んだとしても、一年や二年で一人前の専門家を育てるというのはかなり野心的な目標であって、現実的にはせいぜい、専門家としてのキャリアの入口に立てるようにする、というところだろう。
 ふと気づくと、なんだかすっかり長くなっていたが、そもそも私は、こういうことをきちんと考えられるようになるために留学してきたので、こういう話は考えていてとても楽しい。日本に帰ったらきっとこういうプログラムの立ち上げにも関わることになると思うので、今のうちにいいものが作れるように知恵をつけておきたいところである。最後に、私が教育プログラムを作るとしたら、シリアスゲームの講座が一つは必ず入るということは付け加えておきたい。ただ、IDもシリアスゲームも、教えた経験は少ないので、たぶん教えたいことを教えられるようになるまでに、またいろいろ苦労があるのだろうなと思いつつ。

IDとeラーニングの専門大学院」への4件のフィードバック

  1. 元気そうで何よりです!
    このニュース、僕もびっくりでしたし、ず~っと社会人が企業内や社会人の教育について学ぶことができる場が出来ると良いな・・・って思っていたのでとても嬉しいです!!

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