この夏で渡米から丸6年になる。だんだんとまだいるのかという気もしてきたが、紆余曲折を経つつどうにかここまできた。
　今は留学生活の総仕上げの段階で、年初に立てた計画から見れば概ね計画通りといってよいのだけど、かろうじて前に進んでいるという感じで推移しているところ。
　肝心の博士論文は、あわよくば日本で集めたデータで無理やりを承知でとにかく終わらせてしまいたかったのだが、博士論文の水準に持っていくにはいろいろと無理があった。日本での実験で得た知見をもとに、もう一段階掘り下げた実験を今度はこちらで行って、そのデータで論文を仕上げることにした。集めたデータはとりあえずそのまま放置で、デザイン的な知見を次の学習環境デザインに使って、早く次の実験のセットアップをして終わらせてしまうのが一番早く終わるという判断。この判断が正しいかどうかはともかく、追加3ヶ月の延長戦で終わらなければもうアウト。そこまでやってダメなときはもうずっとやってもダメだろうと腹をくくってやることにした。状況的に焦りを感じることもあるのだが、研究としてはいいものになる期待を持っているので、希望を胸にがんばろうというところ。日本に残している妻にはほんとに申し訳ない。
　今年の計画的なことは、あとは自分のがんばり次第、という状態なので、あとは35歳になった心境でも書いておこうかと思う。

　気がつけば30代半ばになっていたわけだが、まだ激しく肉体的な衰えを感じるほどの年齢でないせいか、年々生き易くなっていて悪い気はしない。おっさん扱いされる年齢なのはやや嫌な感じもするのだが、世の中の仕組みやその中で生きる人間のことを前よりも理解できるようになったおかげで、不安で自信なく毎日を過ごしていた10代の頃や、周りに翻弄されながらわけもわからず前に進んでいた20代の頃よりは、今の方がよほど生き易い。32歳になったときに同じようなことを書いているが、3年前よりも今の方がよほどそんな気がしている。35歳になったら少しは違うのでは、と書いていたが、確かに3年前と比べるとだいぶ心持が違う。
　そう感じる理由は何なのだろうと時々自分の内面を掘り下げて考えてみて、たぶんこの辺りのことが昔の自分が持っていなかった考え方だというのがいくつか思い当たった。
　一つには、前よりも落ち着いて人間を見られるようになった気がすること。子どもの頃は、自分の親や周りの大人というのはみんな分別があって落ち着いているものだと思ったが、自分がそういう年齢になって自分も含めて周りを見回してみると、そうでもないことがよくわかった。年を重ねれば誰もが大人になるのではなく、経験をきちんと栄養にしながらよい環境で年を重ねていかないと、自分が子どもの頃にイメージしていたような「大人」にはなれないことがよくわかった。
　いくら年を取っても、基本的に人というのは自分のことで精一杯で、他人のことを考える余裕がないものだということを理解した。不幸な気持ちになれば、不幸な自分を構うのに精一杯で人のことを思いやる余裕がなくなるし、幸せになればなったで、人の気持ちを慮ることができなくなる。「自分は自分は」「オレがオレが」で、人からどう見えるかを気にしているくせに、自分のことにしか目が行ってないために、結局本当に人から見てどうなのかがわかることはない。
　それに結局自分が気にかけている相手も自分を構うのに精一杯で、自分が期待するほどには人は見てくれていないのが実際のところだったりする。人と話す時も、たいがいは自分の話したいことばかりに気持ちがいき、みんな相手の話はたいして聞いていないし、都合のいいことしか聞いていないものだ。落ち着いてお互いの話に耳を傾けられる関係になるには時間がかかるし、そういう中で生きているからこそ、腹を割って話せて、相手のことを思いやることのできる間柄というのは本当に貴重だと思う。
　そんな世の中では、社会的な評価や人からチヤホヤされることを自分の幸せの尺度にして生きる限り、いつまでたっても自分の追い求めている幸せは訪れず、常に不安や孤独を感じながら生きることになる。独りで生きているとそういう境地からなかなか抜け出しにくく、子を持ったり家族を持ったりすることは、そういう苦しさから解放されるきっかけになると思う。
　年齢的にいくら大人になっても、みんな余裕なく、自分のことばかり考えて生きてるのだなというのがわかってきて、そういう中で生きることに対するどうでもよさというか、人間というのはそういうものだという気持ちになることで、ちょっとやそっとのことでは人から裏切られた気になったり、孤独感を感じたりすることがなくなったというのを感じる。だからといって人間不信みたいな人に対する否定的な感情はなくて、むしろその逆の気持ちに近い。過剰な期待がない分、気持ちの通じる人や相手のことを気遣える人に出会えれば素直にうれしい気持ちになるし、その関係にありがたさを感じる気持ちが強くなった。
　長くなってきたので、いったん区切って続きは明日。