米教育省が主導して実施された、学校教育用ソフトウェアの学習効果研究プロジェクトの中間報告書が先週リリースされた。これが教育メディア開発者や教育研究者の間で話題になっている。
Effectiveness of Reading and Mathematics Software Products: Findings from the First Student Cohort (National Center for Education Evaluation and Regional Assistance)
http://ies.ed.gov/ncee/pubs/20074005/index.asp
この研究では、学校カリキュラムのリーディングと算数・数学の授業で利用されている主要な教育用ソフトウェアを対象に、全米各地の学校でそれらのソフトウェアを利用した授業と、利用しない授業(もしくは従来通りの授業)を同じ期間実施して、標準テストの結果を比較した。(この研究で使用されたソフトウェアについては、ビル・マッケンティさんのブログにリンク付の一覧が出ている)。
レポートでは、標準テストの結果から、「教育ソフトウェアを使った授業に特に有為な変化は見られなかった」ということが結論付けられた。そのほかの主な発見として次のようなことも補足されていた。
・実験で利用するソフトウェアに慣れるために、実験前の夏休みに教師トレーニングを実施し、実施後教師たちのほとんどは、そのソフトウェアで授業をする自信がついたと答えたが、実際に授業をしてみると自信のレベルは下がった。
・テクニカルな問題は、インストール時の不具合や導入時のちょっとした混乱、ハードウェアの不具合など軽微なものがほとんどで、解消不可能な問題は生じなかった。
・ソフトウェアを利用した授業では、生徒たちは自分で練習に取り組む傾向があり、教師たちは講義をするのではなく学習促進的な役割を担う傾向にあった。
この研究報告は、2年間プロジェクトの1年目のもので、2年目には今回不慣れな状態で授業を実施した教師たちにもう一度同じソフトウェアを利用して授業を行ってもらい、その成果の違いをみるなどの研究が盛り込まれるそうだ。
米教育省による大規模研究プロジェクトだったこともあり、大手メディアはこぞってこの結果を報道した。その見出しには「教育テクノロジーは学習改善につながらない」「テクノロジー利用教育の効果に疑問」などという文言が並んでいる。教育メディア研究者の間でも注目が集まっていて、あちこちで取り上げられている。
この研究結果をどう捉えるかは、よい議論のネタになる。そもそもこの研究方法が適切だったのか、この結果の出し方は適切だったのか、この結果が何を意味するのか、この結果が与える影響はどのようなものかなど、教育分野における実証研究の事例として多くの観点を与えてくれる。
この研究に対する批判として最も目立つのは、選ばれた教育用ソフトウェアはまとめて扱われていて、よい成果を出したものもそうでないものも一緒にまとめて平均化されているところで、そんなことをしたらよい結果が出るわけではないではないか、というもの。よいソフトも悪いソフトも一緒くたにして、教育ソフトウェアを使っても学習効果は改善しないなどと言われても困る、いろんな算数の教科書で効果を調べたのに平均したら点数が悪かったので「今使っている算数の教科書は使えない」と結論付けているようなものだ、というわけだ。そんな状況で、このような分析方法と結論の出し方には疑問が残る。
教師トレーニングが十分だったかとか、新たな授業を実施する際の導入の方法が適切だったかなどの点も考慮する必要がある。授業を行う教師は無作為に選ばれたということなので、新しい教育方法を導入する際に成功要因として重要視されるリーダーシップの問題はここでは無視されていることになる。
報道のされ方が最も懸念されるところだ。「教育テクノロジーは効果なし」という見出しだけ見て、一般の人は短絡的に教育メディアがダメなものだと考えるおそれがある。政治家たちの教育政策に対する印象を左右して、教育予算におけるテクノロジーへの配分が減るなどの悪影響は容易に起こりうる。
教育用ソフトウェアの売り手にとっては、厳しい状況を迎えることになると思われる。ただ、ここで対象となったソフトウェアはいずれも一昔前に開発されて10年以上使われているものばかりで、必ずしも最新のノウハウを持って開発されたものではない。そのため、次世代の教育用ソフトウェアの開発には拍車がかかって、むしろよい結果を生むということも考えられるので一概に悪いことではないだろう。
そんな感じで、アメリカの教育工学分野は少し騒がしい感じになっている。ちょうどシカゴでAERAが開催中なので、この報告の話題が研究者たちの間で盛り上がっていることだろう。