Wax on, Wax off

 夕食時にテレビで、「The Karate Kid」(邦題:ベストキッド)をやっていたので見た。
 この映画は1984年公開、主人公の少年が、空手で鍛えた不良グループにいじめを受けているところを近所の日本人、Mr. ミヤギに助けられ、空手を教わり、空手トーナメントに出場して・・・というお話。ジャッキー・チェンの初期の作品のプロットでアメリカの青春ドラマに仕立てたような感じ。日本でもまあまあ有名だが、アメリカではかなりヒットしたようで、テレビでもしょっちゅう再放送している。カラテといえばみんなまずこの映画が思い当たるような作品だ。
 主人公が空手を習い始めるくだりのシーンで、Mr. ミヤギの有名な「Wax on, wax off」というセリフがでてくる。修行の手始めにMr. ミヤギが車のワックスがけを命じて、主人公がブツクサ文句を言いながら作業を始める(見たい人はYouTubeのKarate Kid Lesson 1 (Wax on Wax off)を参照)。その後、床のヤスリがけや塀のペンキ塗りなどの雑用ばかりさせられて、空手の練習が一向に始まらない。主人公がうんざりして辞めようとするところを、Mr. ミヤギが仕方なしにこれまでの雑用が空手の基礎訓練だったことを理解させるというくだりが続く(そのシーンはYouTubeでこちら)。
 有名なシーンなので知っている人には今さらなのだけど、学習に関心のある人には何かと示唆の多いところがある。学習における基礎の重要さや、徒弟関係における修行の中での学習の埋め込まれ具合を端的に描写している。
 空手に限らずどんな習い事も、初学者には何が基礎かもどこまでやればよいかもわからないし、目指すスキルの習得に何を鍛えればよいかもわからない。とりあえず空手の練習っぽいことをやるのが早いのだろうし、その方がカッコいいくらいにしか考えていない。なので主人公はワックスがけもただの雑用と思って適当にやろうとするのだが、それだと期待される力が身につかないので、そこは師匠がきちんと指導する。この指導が大事で、ここが抜けていると基礎練が形骸化するところだ。
 仮に最初からその動作がなぜ重要なのかを教えるのがよいとしても、この映画のMr. ミヤギのように普通は師匠というのはあまり丁寧に説明してくれない。それが教育方法論的にどうであっても、「知るか、面倒くせぇ」という反応なのが普通だ。弟子は黙って辛抱して修行するもので、ごちゃごちゃ言わせない。基礎が身についてきたと思ったら、最後に成果を見せて褒める。そして次のステップへ進む。根性無しや屁理屈こねて手を抜く奴には教えない。なので、師匠はどんな弟子でも教えられるわけではなく、そのスタイルに合う弟子しかその師匠の元では伸びていかない。そういう点では、修行の場での指導と学校的な指導とはだいぶ前提が異なるし、教室で教える教師と徒弟関係の中の師匠は、文化的にそもそもの教えるスタンスが異なる面がある。
 と、こんな風に学者はくどくどと理屈っぽく説明して、結局わかってもらえなかったりするのだが、映画で見れば同じことを「あー要は、Wax on Wax off ね」とパッと理解させることができるところがよいところだ。だからと行って映画ばかり見ていればいいのかというと、そういうわけでもなくて、そうやって理解した人も、そこからもう少し掘り下げて、もっとよく理解して応用したい時には、理屈っぽく考えないといけないし、そのときには、こうしてくどくどと説明する内容が効果を発揮するわけで、理屈っぽい学者の存在意義もそこにあるというわけだ。