ヘルシー食生活路線への抵抗

 大学時代の同期がペンステートを視察したいということで訪ねてきた。1日しか時間がなかったのでとりあえず回れるところをあちこち案内しただけで、翌日には忙しなく日本に帰っていった。その友人は大学勤務なのでまだ時間の調整がつけられる方だが、勤め人をしているとなかなかまとまった時間を作りにくいものだ。
 二人でキャンパスをまわって、昼にダウンタウンで飯を食った。チェーンレストラン系は昼でもしっかり食えるメニューがあるが、普通のローカルレストランなんかだと、昼のメニューはサンドイッチやハンバーガーなどの軽いものばかりだったりする。とりあえず頼んだサンドイッチが届いて、友人は開口一番「野菜がぜんぜんない・・」フレンチフライも一応野菜だよと言っても気休めで、皿に乗っている野菜はピクルスだけ。二人とも時差ぼけで昼が食欲のピークで、「出されたものは残してはいけません」と厳しく親からしつけられた日本の家庭教育の成果もあり、皿の上の山盛りのフレンチフライをそろって完食。
 引き続き見物して、お土産などの買い物(「DS Liteがあるぞ」と喜んで買っていた)を済ませ、まだ腹は減ってなかったもののとりあえず地元の地ビールレストランへ。ナチョスが今日のおすすめだというので頼むと、山盛りのナチョスがやってきた。そもそも二人で頼むものではなかったかもしれないが、こんなものをすすめるなよと思いつつ、でも他のテーブルでは普通に二人とかでも食べている。ビールに合ってなかなか美味いとは言っても、食べても食べてもナチョスの山は減らない。それにそもそもそんなに腹が減っていない。さすがにこんなものを完食したらエライことになると思って放棄して帰った。
 アメリカでヘルシー生活志向が進んでいるとは言っても、日々の生活はこんな感じで「身体に良くないけど何となく食べてしまうもの地雷」が生活にあふれている。アメリカでこの地雷を踏まずに生活するには、よほど気を使わないといけないし、金が余計にかかる。低所得者層ほど肥満問題を抱えているのは、とりあえず食べられる安いものほど不健康だからである。
 日本人は自炊中心に切り替えればかなりの部分回避できるが、普通のアメリカ人にはそうでもない。日本人の食生活ではピザやチキンウィングやハンバーガーは、たまに食べて食生活の幅を持たせる「ワンポイントリリーフ」的な役割であっても、アメリカ人には日々の食事の「先発ローテーション」に入っていて食す頻度も多い。昼飯の出るミーティングに行けば出るのは必ずピザだし、友だちと集まる時にウィングが出れば「今日はご馳走だな」とばかりにみんな飛びつく。小腹が減って、日本ならコンビニおにぎりでも食べそうなタイミングで食べるのはハンバーガーで、ついポテトもおまけにつけてしまう。そうなってくると、ヘルシー路線も「三歩進んで三歩下がる」といった感じで、全く進まない。
 ヘルシー路線の最大の害悪のように見られているのがファーストフード店で、なかでもマクドナルドは諸悪の根源のような邪悪な存在として見られていた。「スーパーサイズ・ミー」のような映画にも盛り上げられ、「うちの子がデブになったのはマクドナルドが悪い」と便乗して訴えて、賠償金をせしめようとするおかしな人も出てくるほど、社会的な「アンチヘルシーバッシング」がここしばらく進行してきた。
 その後マクドナルドは、サラダメニューを追加したり、CMの路線をヘルシーさわやか系に変えたりして、ブランドにヘルシーイメージを打ち出す方向にシフトした。それにウェンディーズやサブウェイなどの他のファーストフード企業も追従した。
 それで不利になるのは、バーガーキングやデイリークイーンのようなあまりヘルシーなイメージがなく、どうヘルシーイメージを打ち出したところで明らかに無理があって、下手なことをするとブランドイメージが崩壊してしまいそうな競合企業たち。そこでそれらの競合企業がとった戦略は「ヘルシー路線をぶっ飛ばせ」的なブランド強化アプローチ。バーガーキングのCMは、暑苦しい男達が街を練り歩いて「オレたちは肉が食いてぇんだ!」と分厚い肉の入ったワッパーを美味そうにかぶりつく。デイリークイーンはどうしょうもなくカロリーの高そうなシェークを目玉商品にした販促。サブウェイの競合のサブマリンサンドチェーン(名前忘れた)は、サブウェイサンドがいかに具が少なくて、自社のサンドは肉厚かをアピールした。
 マクドナルドらが進めるヘルシー路線は、どこか無理やりなところがあり、申し訳程度にしか見えない。それにそうやってヘルシーイメージの広告が増えても、現実の生活は「不健康地雷」に満ちた食生活であるのは変わっておらず、マクドナルドのメイン商品はその地雷の供給源である。そのためイメージ先行のヘルシー志向路線は、社会的に変なストレスを高める側面があった。バーガーキングらの「アンチヘルシー路線」は「不健康なものをたらふく食わないと何となく飯を食った気がしない」アメリカ人の正直な気持ちを代弁していて、人々をホッとさせて好感度を上げ、マーケティング的にはマクドナルドにカウンターを食らわせた形になっているように見える。
 ファーストフード企業には人々の健康問題もブランド戦略のネタでしかなくても、社会的な肥満問題は深刻化していて、それは医療関係者の反応から伝わってくる。ヘルスケアにゲームを利用するゲームズ・フォー・ヘルスがアメリカで盛り上がりを見せているのは、単に新しいもの好きなアメリカ人の気質が反映されているだけではなく、「ゲームでもなんでも使えるものは使わないとホントにヤバイ」と必死になっているという側面の方が強いように見える。どう見てもゲームには関心のなさそうな、政府系機関の偉いおばあさんが、ゲームの可能性への期待を熱く語っていたり、数億円単位のゲーム開発プロジェクトが幾つも動いているというのは、事の重大さの現れであり、単なる興味本位ではこれほどの状況は起こり得ない。
 アメリカ人の食生活のバランスは、相当に不健康なところで均衡が取れていて、「私は健康に気を使っています」という言い訳程度に過ぎない。ダイエット飲料やサラダメニューの普及は、その言い訳を満たす程度でしかなく、それ以上の本格的なヘルシーさを追求するものを広めようとすると、みんなストレスを感じてしまって、投げ出してしまいたくなる。マクドナルド対バーガーキングの広告合戦は、そうしたアメリカ人の気持ちを反映しているように思う。
 大雑把に言えばアメリカ人のヘルシー志向は、言い訳レベルを超えるとストレスになって嫌になり、ピザをバカ食いしてしまうような人々と、朝も晩もジョギング、酒も飲まずにオーガニックサラダだけ食ってるような極端にハードコアな人々に二極分化していて、ちょうどよいバランスが存在しない。ちょうどよく健康な食生活ができないというのは気の毒と言えば気の毒だし、アメリカ人の食生活習慣を変えるというのは、たいへんなチャレンジであることは間違いない。
 取るべき方向性としては、人々が受け入れられるようなモデル的な食生活を地道に普及させながら、障壁となっているものを消滅させるための政策的なアプローチの組み合わせでいくのが望ましいと思うが、誰もが賛成できて、すぐに実行できる最適解はおそらく存在しないだろう。何とかしたいという想いを持った人々が、粘り強く道を切り開いていけるかどうかにかかっている。アメリカで生活して、日々飯を食っていると、この問題の根の深さをしみじみと感じる。