先日も少し書いた、歌手オーディション番組「アメリカンアイドル」は、とても29歳には見えないテイラー・ヒックスが優勝して、シーズン5が終了。テイラーは歌唱力では他の挑戦者よりもやや見劣りする感があったが、キャラクターのよさに加えて、ショッピングモールで被り物をしたりしながら、バーで歌っていたというところで、他の挑戦者よりも「アメリカンドリーム」度がやや高く見られていたことも人気の一つだったかなという印象だった。
テイラーだけでなく、このアメリカンアイドルの挑戦者たちは、ウォルマートやファーストフードの店員とか、郵便配達員とか、地方の営業マンとかいったそこらにいる普通の若者たちで、彼らがこの番組で勝ち残ることで生じる人生の変化も、番組の素材の一つとなっている。今も基本的にアメリカ人は、「アメリカンドリーム」が好きで、普通の人が一夜にしてスターになる、といったストーリーは常に歓迎される。日本ではともすると「成り上がり」として捉えられて嫌がられたり、成功した本人も遠慮して隠したりするが、アメリカ人は概ねサクセスストーリーは大好きで、成り上がりも歓迎される。なので、何か夢が叶うことをテーマにした番組も多い。このアメリカンアイドルも、優勝して人生が変わった人たちに自分の成功を投影できる、あるいは自分に身近だから応援できる、ということも人気の要素の一つになっているようである。
番組の素材の一つとして、ジャッジの3人も重要な位置を占めている。3人そろって、地方予選から一人一人にコメントしていくところは、番組の主な特色となっている。その彼らがよく使うコメントとして、「You know who you are」というのがある。直訳すれば「あなたは自分を知っている」ということだが、「自分の持ち味や長所短所をよく理解している」ということを意味していて、個性的パフォーマンスをした時の褒め言葉である。
ジャッジたちは、いかにその挑戦者の歌そのものが上手くても、個性が出てなければ「退屈だ」「カラオケパフォーマンスだ」と酷評する。歌そのものは同じようなクオリティだったとしても、本人の個性が出ていれば、「You know who you are」という言葉と共に絶賛される。だが逆に、その持ち味に頼りすぎると「安全策すぎてつまらない」、「オマエはずっと同じことばかりやってる」とこれまた批判の対象となる。
歌のパフォーマンスに限った話ではなく、なにごとにおいても、自分の強みと弱みを知って、強みをうまく活かしたやり方をすることで、その人の持ち味やパフォーマンスは向上する。逆に弱いところで勝負を余儀なくされれば、その人の持ち味は出ずに、期待通りの成果は出しにくい。その意味で、自分のどこが強みで弱みで、どこが他の人と違うユニークなところなのかを自身で理解することは、それ自体がその人の強みとなる。この「You know who you are」が褒め言葉なのには、そういう背景がある。
当然ながら、自分を知っただけでは十分ではなく、「自分を知った上でどう動くか」が重要な点になってくる。競争の厳しい環境では、自分の強みに頼りすぎ、その枠の中にこもっていると、周囲はすぐにそれに気づいて、前ほどよさを感じてもらえなくなったり、対策を打たれて強みを無力化されたりする。自分の弱みだからといって迂回するようなことばかりしていると、後でどうしてもそこを避けられないような事態に直面して、抜き差しならない状況に陥ったりする。
かたや自分のことにだけ目を向けていれば良いわけでもなく、大局的には、時流や運のような要素も絡むので、一概にどう対処すれば成功につながるとかベストであるとかいう性質の問題ではない。みんな一生かけて自分に合ったやり方を編み出そうとしているのであって、教訓的なものは学べても、この手順に沿ってやればOKなどという方法はない。いろいろ考えすぎても、場当たり的な行動だけでも、うまくいかない。多面的な見方が必要だからと言って、闇雲に多面的に見ようとしてもかえって物事が見えなくなるのと同じく、バランスが大事だと言って、バランスをとろうとし過ぎると、硬直的になってかえってバランスは悪くなる。口の小さなヒョウタンにどうやってナマズを入れるか、というような問題に近く、理詰めでは到達できないどこかに、一つの境地がありそうなのだが、それがどこかは全く見当がつかない。
そんなことを考えながら、明日で33歳になる。年齢なりに成長していることを願いたい。