マルチプレイヤーオンラインゲーム「A Tale in the Desert」の世界のフィールドワークもだいぶ進んできた。もうあと1週間でペーパーをまとめないといけないのだが、データが十分集まってなくて、なかなか分析に入れない。データを集めるには自分のキャラも育てないとわからないことが多いし、プレイヤー向けのWebにある資料を読み込んで、いろいろ手順を理解しないと前に進めない。
このゲームはとにかく学ばないといけないことが多い。植物の栽培、ハーブやきのこの採集、苗の品種改良、料理、らくだ飼育、彫刻作り、法律制定、祭りの開催などなど、人類が築いてきた文明的営みをバーチャルな世界で経験することができるのだが、それも学んだからすぐにできるというものではなく、実際に実行に必要な知識を身につけないといけないし、他のプレイヤーの協力が必要なことも数多い。たとえば、ハーブ採集のスキルを学んだらハーブを集められるのだが、方法を間違えるとハーブをダメにしてしまうので、データベースでどのハーブかを調べないといけない、銅が必要なので鉱山採掘にいって手に入れようと思ったら、実は金属を収集するためのツールが必要だった、釣った魚を焚き火で焼いて焼き魚を作れるとWebに書いてあったのでさっそくやってみたら、なかなかうまく焼けず、よく読んでみたら、適切なタイミングで火加減を調節して魚を入れないと焦げてなくなってしまうということがわかった、などといったことがたくさんあって苦労している。知識的なことはかなり事実に基づいて設定されているようで、いちいち勉強になる。
ときに私のキャラクターへは二宮金次郎にちなんでKinjiroと名づけた。日本でもっとも著名な農業経済学者(と呼ぶのが適切かどうかは知らないが)が、古代エジプト世界で汗水流していろいろ学ぶというのはなかなか浪漫があってよいなと思って名づけた。どうやらアジア人はKinjiro一人のようで、東洋から来た人間がカルチャーショックを受けながら、試行錯誤していろいろ学ぶ姿は、さながら遣唐使時代の留学生のような風情である。留学してきた当初のリアルの自分にも通じるところがあって、苦労する様子は涙を誘う。そんなKinjiroもちょっとずつこの世界のことを学んで、今では魚も焼けるし、にんじんとキャベツを栽培できる。粘土をこねて陶器を焼くこともできるし、ハーブの採集も間違えずにできるようになった。親切なお姉さん(現実世界ではオハイオ州在住とのこと)がいろいろ手伝ってくれて、川べりにマイホームも建てた(写真)。このお姉さんだけでなく、このゲームの中の人々はやたら親切で協力的で、他のキャラクターにいきなり殺されてしまうような他のオンラインゲームとは全く違った平和なコミュニティになっている。
このユニークなコミュニティをどう考察するかが今書いてるペーパーの肝の部分である。ようやくここまでフィールドワークができて、まともにペーパーが書けるかなという段階である。まだ何も書いてない。文章による描写の説得力が鍵となるエスノグラフィー研究は、表現力の乏しい私の英語だとかなりきつい。日本語ですら書き始めるのに時間がかかるのに、英語だとなおさらである。日本語で書けることと落差が激しいので自分の表現力の乏しさにがっかりもさせられる。
でも、このゲーム世界で経験することは、カルチャーショックの連続であり、研究テーマとしてはとても良質であることは間違いない。特にこのゲームは、ユーザーが2000人もいなくて、リネージュとかウルティマのようなユーザー10万人級のメジャーなオンラインゲームともまた違っていて、まるで未開の地の少数民族のような存在である。そういうマイナーな存在にこそ面白いものが秘められていると思っている。