救援物資届く

 妻から小包が届いた。妻チョイスの食料品や酒のつまみ、母が送ってくれた漢方薬局の葛根湯(風邪薬は普通に売っているけど、漢方薬はさすがに売ってない)など入っていた。
 帰国した時に買出しして持っていくのと違って、送料も安くないし手間を考えるとあまり割に合うものではない。なのでいつも遠慮するのだけども、断りきれずに送ってもらうことになってしまう。


 酒飲みの妻が選ぶつまみは渋いチョイスでいつも楽しいし、送ってくれた品々はもちろんそれぞれに実用的にありがたいのだけども、こうして送ってくれる物にはそれだけではない気持ちがこもっていて、いつもその気持ちに励まされる思いがする。
 いろいろと詰まった小包から、白い小さな袋が出てきて、開くと中にはきれいな青いお守りが入っていた。妻が実家の近くの神社で買ってくれた学業成就のお守りだった。手にとると、不思議な気持ちになって、なんとなく力が湧いてくるような思いがした。きっとお守りやおまじない的なものは、神頼みで力を得るのではなくて、それを贈る人の想いが力を与えてくれるのだろう。どこの神社がよいとかではなく、贈る人が懸命に無事を願うその気持ちがオブジェクトにこもっていて、それがその人に力を与えてくれるのだと思う。
 時々、今やっていることにモチベーションが続かなくなって、何でこんなところでこんなことをやっているのだろうという気がしてくることがある。もっと自分に向いたことをよいコンディションでやれるようにさっさと切り替えた方が良いのではないかと毎日自問している。それでもここまでやってこれたのは、こうして力を与えてくれる妻や家族の存在があったおかげ以外の何ものでもない。
 人のモチベーションというのはとてもささやかなことでプラスにもマイナスにも変わる。自分ひとりの意欲というのは情けないもので、ちょっとうまくいかないと果てしなくマイナスの方に向かってしまう。そんな気持ちをプラスに方向付けてくれる家族の存在は、何よりもありがたい。
 僕がお守りを手にした瞬間の感覚は、親元を離れて暮らす息子、戦地の兵士、遠洋航海の船乗り、出稼ぎのお父さんなど、誰もが似たような感覚を経験しているのだろうけども、その一つ一つの経験はその人に固有のかけがえのないものだと思う。
 これから先、どんな状況にあっても、家庭でも仕事でも共に生きる人たちを大切にする気持ちを大事にして生きたいし、こうして自分が得たような力を人に与えて生きたい。今は何よりも、帰国を待ってくれている妻に感謝(もちろんオカンにも感謝)。