ここしばらく、友だちから借りたマンガとアニメのおかげで、とても豊かな時間を過ごしていた。マンガの方は「スラムダンク」全31巻で、アニメの方は「鋼の錬金術師」全51話。疲れた時間や寝る前に数話ずつ進んで、ようやく全部見終わった。面白くてつい、予定よりも余計に見てしまった。
「スラムダンク」は、91年頃から出始めていたようなので、ちょうど自分が高校の頃に連載していたことになるが、当時はヤンキーもバスケもあんま好みでなかったので、スルーして読んでなかった。15年ほど経った今になって読んでみた。連載してた当時は、傍目から何となく見ていて、てっきり「キャプテン翼」みたいにずっと成長していたり、「キャプテン」のように同じ野球部でメンバーが入れ替わって話が続いてるような手法をとっているのかと思っていたが、ちゃんと読んでみると、主人公が入学してから夏休みまでの話だったというのは意外だった。以前はバスケの知識がほとんどなかったので楽しめなかったが、今年はNBAをたっぷり見て、このバスケのルールとか動きにある程度親しんでいたので、このマンガの面白さを味わえた。いいメッセージのたくさんこもった、読んで元気になれるマンガだと思う。
「鋼の錬金術師」は、子ども向けテレビアニメの風でいて、我々が子どもの頃に見ていたアニメや特撮ものとは、全くストーリーの作りが違う。話の根底に流れるテーマは複雑で深遠で、子ども向けアニメとしてこれを作るというのは相当にすごいことをしていると思う。これを見た子どもたちは、何を感じているのか、それにこういうストーリーを作れる人たちというのは、どういうものを見て学び、何を考えながらストーリーを構成しているのだろうか、とても興味を持った。
この二つの作品とも、各国語に訳されて輸出され、世界でも人気を博しているそうだ。ゲームと並んで、アニメとマンガは日本が世界に誇る文化だとされて、これらのおかげで日本に関心を持つ人も多い。
もちろん、日本のアニメもマンガもゲームも、すべてがすべてレベルが高いわけではなく、大ヒット作となるものはごく一部で、まあまあのものや、どうしようもないものも山ほどある。しかしいいものだけを作り出すということは起こりえないのであって、有象無象が山ほどあるところに意味がある。まずはある程度の量がないと、質のあるものは生まれてこない。雑誌やゲームコンソールのように、コンテンツが普及するための流通の枠組があることで、コンテンツ制作者が身を立てやすくなり、人材やリソースが流れてくるようになる。その産業としての厚みを作ることの重要性を見逃してはいけないなと思う。
教育分野でもコンテンツを充実させようと思ったら、その流通させるための枠組が必要だし、作家的な人々が参加しやすい場を作っていく必要がある。プロジェクトの数をこなしながら、層の厚みを出していって、リソースが入り込んでくるような流れを作らないといけない。
現状の層の薄さを起点に考えると、そうした流れを作るにはまず、「これはいける」とみんなが期待できるケースを生み出すことが必要で、それは、平凡な研究の積み重ねからはまず生まれない。かといって、単なる思いつきではそんなものは生まれない。
どの業界や領域においても、変化を起こせるコンテンツを生むのは、結局のところ個の力を軸とした小集団の力である。制度的、組織的支援は、それそのものがコンテンツを生み出すのではなく、あくまでそうした支援を受けた個人やチームが優れたコンテンツを生み出す。
アニメやマンガとは業界は違うが、これから私自身が進めていく研究や実践というのは、そうした変化を起こすコンテンツを生み出すことに向かうべきであって、その流れに合わないどうでもいいものに付き合い続けられるほど、人生の時間は長くない。試行錯誤しつつ、まずは妥協のないものを一つ作りあげたい。