2/28(月) 最近頼まれごとが増えてきた件

 なんか最近人からの頼まれごとが増えてきた。大学の日本人会の会長なんぞをやっているので、学内の団体からの依頼は毎日あれこれ来るのはどうでもいいので置いておくとしても、周りの友人や米国内の研究者からはもとより、日本からの依頼もなんだか知らないが増えてきた。毎週のように何かの依頼が舞い込んでくる。


 日本に所要で行くから誰か支援者を紹介してくれという外国人とか、その反対とか、日本で売ってるゲーム買ってきてくれとか、企画書見てくれとか、仲間になってくれとか、集まりをやるから興味ありそうな人に声掛けてくれとか、そんな感じのを「のびちゃん、ちょっとお遣い行ってきて」というノリかどうかは知らないが、よく頼まれる。それは大事なのでぜひ手助けしましょう、というものもあれば、それを私に頼んでどうしろというのだ、というものや、友達紹介してといわれても、それはちょっと内容的に厳しいですな、というものまでいろいろである。
 私は本当に必要な時にしか人に頼みごとをしない性質なので、人が私に何かを頼んでくる時も、本当に必要だから私に頼んでくるのだなと無意識に反応してしまう傾向がある。自分が望むと望まざるとに関わらず、自分だったらこれくらいやってもらえたらすごい助かるなというレベルでいつも対応してしまう。そんな感じなので、頼まれたものを放置しておくのは非常に居心地が悪い。よく大学教授や会社の偉い人なんかで人からの依頼メールをほったらかしにする人が日米問わずによくいるのだが、私は性格上それができない。偉くなったらできるようになるのかもしれないし、もうちょっと忙しくなったら状況は変わるかもしれないが、今のところはどうしようもないもの以外はだいたい対応している。飛び込みで相談のメールを送ってくる人とかもいるのだが、そういうのにも時間の許す限り丁寧に答えている。
 暇だから相手しているというわけではなくて、たぶん仕事をこなす量としては日本にいた頃以上にやっている日が多いはずである。ほんとに忙しくなったら状況は変わるのかもしれないが、頼みごとというのはほとんどがお遣い程度のものなので、たいがいは仕事の合間の息抜きがてらに15分かそこらで片付けてしまえるものである。時々自分の読みが外れて、一回で片付かずにずるずると引っ張ってしまうものがあるが、そういう時も途中で見放すわけにも行かないのでとりあえず最後まで付き合う。時々、面倒見すぎるとそれに慣れてしまって、どこまでも面倒見てくれるような誤解をする人も現れる。そういう時はサービス過剰を反省するのだが、中途半端に手を抜くと、それが仇となって結局余計に手間がかかってしまうこともある。結局のところ、その場では多少時間がかかっても、できるだけ丁寧に対応するのが一番効率がよくて実りを大きくするやり方かな、というのが頼まれごとをこなす上での自分の生きる知恵のようなものである。