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生涯学習通信

「風の便り」(第101号)

発行日:平成20年5月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. 思考の断片-想像力の散歩-中・四国・九州地区生涯学習実践研究交流会-第27回大会寸評-

2. 思考の断片-想像力の散歩 -中・四国・九州地区生涯学習実践研究交流会-第27回大会寸評- (続き)

3.  「寺子屋」の危機

4. DV法を読む-「筋肉文化」の傍証にならない

5. MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

★DV法を読む-「筋肉文化」の傍証にならない★

 1  「筋肉文化」
 前にも書きましたが「筋肉文化」は筆者の命名です。人類の歴史において、何万年もの間、人々の生存には「労働と戦争」が最も重要な課題でした。道具の自動化や機械化が進むまで、労働と戦争は主として男の筋肉に頼らざるを得なかった時代が何千年にもわたって続きました。当然,「頼られた男」が圧倒的に優位を保った時代でした。その時代に生み出された文化が「筋肉文化」であり、「男支配の文化」です。それゆえ、出発点は原始の採集と狩猟と軍事でした。この時代に出来上がった習慣や制度は、後に、他の生産分野に広がって社会全体に拡大したのです。このように「筋肉文化」の証明は道具の機械化と自動化が実現する前の労働と戦争において,男が主役であった、ということですが,日常生活の傍証は、「男子家長制」や「男子相続制」にあるでしょう。また,見えやすい現象としては、村落共同体における「出不足金」や男性によるDV・婦女暴行であると考えています。もちろん、「家長制」を始め、歴史的に,文化人類学的に、それぞれの分野で、わずかな例外はあったとしても、男が支配権を握った原点は「筋肉の力」だからです。特に,DVと婦女暴行は、犯罪の原点が「力ずく」ということだからです。一方、「出不足金」は村落共同体における共同作業の際に、働き手に「女手」を出した家族に対する罰金の慣習です。「女手」は「男手」に比べて平均的に筋肉上の働きが劣ると社会が判断していたが故の慣習です。「出不足金」もまた筋肉機能を基準にして、女性が男性に劣ることに着目し、女性の作業貢献を「一人前」とは認めない「村落共同体筋肉文化」が存在したことの傍証になるでしょう。
 女性が共同体で「一人前」と認められていないということは,祭りの総代からPTAの会長まであらゆる代表資格や意志決定プロセスに反映されました。ある町で筆者が関わった「男女共同参画推進まちづくり委員会」の調査では、調査の時点からさかのぼって過去20年間、女性がPTA会長や区長になったことは一度もありませんでした。農業地帯で、いわゆる第2次兼業あるいは第3次兼業農家の多いところでしたが,女性の農業委員も1人もいませんでした。子ども神楽は全て男の子だけに入会資格があり,神楽そのものが衰退しているにもかかわらず女の子は参加が認められませんでした。それが「筋肉文化」です。
 近年ようやくDVが犯罪と認められ,警察も「民事」不介入の原則を改め,「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」が成立しました。法律の文言は「配偶者」ですから,妻を夫から守るに留まらず,夫を妻から守ることも含んでいることは明らかですが,法の趣旨は、その成立に至る過程を見ても,妻を夫の筋肉の無法から守ることが主目的であることは自明でしょう。それゆえ、筆者はこの法律こそが「筋肉文化」が「男女共同参画文化」と交替していく過程の証明になると確信していました。
 ところが最近、勉強の過程で加藤秀一さん他が書かれた本の中に、ドメスティック・バイオレンス(DV)の解説と資料を見つけて,我が身の「早とちり」を知りました。
 DVの項の解説文の見出しは「5人に一人の女性が配偶者から暴力を振るわれた経験を持つ」でした。また20人に1人は「それによって命の危険を感じたことがある」とのことでした。「筋肉文化」が「病めば」、私生活においても、このような「力ずく」現象をもたらすことは当然のことです。男社会の支配原理は、つまるところ、「力ずく」であったことはまさしく私生活における男女の「筋肉」関係が物語っているのです。

2  DV法の言う「暴力」
  ところが、別の資料に夫婦が申し立てている日本人の「離婚の理由」の一覧を見つけました。妻の場合,第1位は「性格の不一致」第2位は(夫が)「暴力を振るう」です。ここで言われる「暴力」が、筋肉に優る夫が妻に対して身体的に暴力を振るう「身体的暴行」に限定されるのであれば、まさしく筆者の言う「筋肉文化」の傍証になることは間違いないでしょう。平均的に男の腕っ節は強いのだから、夫婦間のもめ事やいらだちを腕力に訴えて表現する男が5人に1人もいれば、いまだ「筋肉文化」は私生活においても「男女共同参画文化」に移行していず、その残存は明らかであると断言していいでしょう。
 しかし、DV法の言う「暴力」が「身体的暴行」に留まらないとすれば,事は簡単ではありません。迂闊でしたが,法のいう「暴力」には3種類あるのです。3分類とは「身体的暴行」「心理的脅迫」、「性的強要」です。煩雑に亘りますが具体例に関心のある読者もいらっしゃるでしょうから、それぞれの分類の中身を加藤さんの資料から引用して示します(*)。
 i  「身体的暴行」:殴る/蹴る/刃物などの凶器を突きつける/髪を引っ張る/首をしめる/腕をねじる/引きずり回す/物を投げつける等
ii 「心理的脅迫」:心ない言動により,相手の心を傷つけるもの。
大声でどなる/「誰のおかげで生活できるんだ」「かいしょうなし」などと言う/実家や友人と付き合うのを制限したり,制限したり,電話や手紙を細かくチェックしたりする/何を言っても無視して口をきかない/人の前でバカにしたり,命令するような口調でものを言ったりする/大切にしているものをこわしたり捨てたりする/生活費を渡さない/外で働くなと言ったり,仕事を辞めさせたりする/子どもに危害を加えると言って脅す/殴るそぶりや物を投げつけるふりをして、おどかす、等
iii 「性的強要」:嫌がっているのに性的行為を強要する/見たくないのにポルノビデオやポルの雑誌を見せる/中絶を強要する/避妊に協力しない、等
* 1加藤秀一、石田 仁、海老原暁子著 図解雑学ジェンダー、ナツメ社、2005、p.68

3  法における「暴力」概念の混乱

 このようにDV法のいう「暴力」は必ずしも「身体的暴力」に留まらないのです。「暴力」の「定義」や「概念」が「身体的暴力」に留まらないとすれば、DV法は必ずしも「筋肉文化」の傍証にはなりません。ドメスティック・バイオレンスを家庭内暴力と訳し、法のいう「暴力」を「身体的暴力」に限定しない限り,「力づく」こそが「筋肉文化」の傍証であるという「論理」が崩れて行くのです。DV法の規定に「心理的脅迫」まで入れた場合、DV法をもって筆者の「筋肉文化」論の「傍証」とすることは出来ないのです。おどろきました。
 DV法が定めたように「心理的脅迫」をバイオレンス:「暴力」に含める事は間違っていなかったでしょうか!?「無視する」とか、「心ない言動」とかは明らかに「無礼」や「暴言」ではあっても「暴力」ではないでしょう。「大切にしているものを壊す」というのも暴挙ではあっても暴力に当たるでしょうか?「生活費を渡さない」ということは基本的に男を想定していると思われますが、反対に、女性が「生活費を浪費する」を想定すれば、「暴力」概念が混乱していると言わざるを得ません。このように、身体的暴力と違って,法の解説に例示されている「心理的な脅し」は,離婚の理由にはなっても、家庭内の暴力犯罪の証明は難しいのではないでしょうか?最近の「痴漢」のえん罪事件が象徴しているように,騒ぎ立てられて「疑わしきは罰する」というのでは法の適用の公正の原則に悖ると思います。
 具体例の一覧から見て,法に謳われたi~iiiの例示は男が加害者で女性が被害者に想定されていることは明らかでしょう。iとiiiの分類にほぼ異論はありませんが、iiは「暴力」に分類することが正しかったでしょうか。「身体的暴力」に当たらないものを「家庭内暴力」に含めて「暴力」概念の下にひとくくりにしてしまうと,この法律が「筋肉文化」から「男女共同参画文化」への移行の証明であるということにはならなくなります。
 筆者が興味を持ったのは、同書の別の覧にある「現代日本の離婚事情」と比較対照することでした。今度は夫が上げた離婚の理由(*2)の中に「精神的に虐待する」とか、「浪費する」とか,「家族をすてて省みない」、「異常性格」などの項目が含まれていたからです。このような申し立ての具体的中身は,疑いなくDV法の「心理的脅迫」を含んでいることでしょう。しかし,おそらく夫の側からのこうした申し出をDV法は「暴力」とは認定しないのではないでしょうか?多くの男もそれを女の「暴力」とは呼ばないと思います。これらは夫婦間の心理的な葛藤の問題であり、「犬も食わない夫婦喧嘩」の性格の不一致の問題であり,法で裁くことになじまないのです。
  DV法のいう「心理的脅迫」は、「暴力」概念を混乱させるだけでなく,法の「公正」を損ない,法の「適用」の困難を生じさせます。男女共同参画を急ぐあまり,被害者の側に立つことの多かった女性の申し立てに過剰に反応した結果だと思いますが,DV法は「筋肉文化」がもたらす不当な「力づく」犯罪だけを取り締まるものに再改訂すべきでしょう。「心理的脅迫」を「暴力」に含めたDV法は「筋肉文化」の傍証にはならないという結論になりました。
* (2) 前掲書  p.67


   

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