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風の便り

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生涯学習通信

「風の便り」(第101号)

発行日:平成20年5月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. 思考の断片-想像力の散歩-中・四国・九州地区生涯学習実践研究交流会-第27回大会寸評-

2. 思考の断片-想像力の散歩 -中・四国・九州地区生涯学習実践研究交流会-第27回大会寸評- (続き)

3.  「寺子屋」の危機

4. DV法を読む-「筋肉文化」の傍証にならない

5. MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

3  保育所の指導案と指導方法の翻訳

(1) 理念と指導力
 筆者は鳥取県大山町の保育士研修に2年通って来ました。しかし、保育所の変化の手応えの実感はありません。幼児教育課の担当の報告をお聞きしても保育の実態に変化が見られるとは思えません。この2年間、己は何をやって来たのだと大山町に申し訳ない思いです。
 座学だけでも,観察する限りは、筆者の戦後教育批判の概念や方法論もある程度は受け入れられていると思います。しかし、説明した理念や考え方が、保育士の日常の保育実践や指導技術として具体化されていないことは明らかでした。そういう時に第80回大山移動フォーラムで大山西小学校の佐藤康隆先生にお目にかかりました。佐藤先生は小学校から保育所に派遣された大山町「保小連携事業」第1号の派遣教員でした。子どもが連発する日常語が「つらい」「やだ」「楽しくない」であること、を発見したのは佐藤先生でした。
保育所の園庭の遊具があたかも置物になっていて、活用されていないことを発見したのも、結果的に、園児の運動量が極度に不足していることに注目したのも佐藤先生でした。プール指導で顔つけのできない園児がほとんどで、話が聞けない・姿勢を保てない、あいさつができないのは共同生活の基本が出来ていないということも明らかになりました。もちろん、子どもの時間意識は希薄で、決まりの遵守と礼節の実践はお粗末の限りでした。
 当然、筆者も子どもの実態については,保育士の皆さんに一般論として、強調し、具体的に指摘しました。幼児期の指導は持論の通り「型」を踏ませるべきだとも繰り返し主張ました。しかし、保育の実践には反映出来ていないのです。筆者が提案し、保育士が理解する「理念」と日々の現場で発揮される指導力は明らかに異なった種類のものであることに気づきました。筆者が説く「型」の方法論と現場の実践技術は結びつかないということなのです。

(2) 佐藤教諭の実践処方
 今回の共同発表で分かったことは佐藤先生の指導はすべて個別具体的な実践処方と日常技術に翻訳されていました。最重要課題は「体力」と「忍耐力」である、と断言された診断結果は筆者と共通でした。
運動量の不足を解消し、体力の向上を図るため、先生の指導原理は、「子どものできないこと」を「できるようにする」のが仕事であるということでした。ここでも筆者の見解と共通しています。幼少年教育は「他動詞」。できるように「なる」ではなく、「する」であるということです。
 そこで佐藤先生の体力づくり処方箋は、散歩、園庭マラソン、手押し車、ぞうきんリレー、なわとびなど保育園児の日常の生活場面を活用した総合的な運動能力のトレーニングから開始されました。行動トレーニングではスケジュール管理を意識し,園児の「時間意識の希薄さ」を補うために指導処方には「模型時計の活用」がとりいれられました。
「プールへの顔つけ」の練習処方は、家庭と共同した「お風呂で顔つけの練習」です。また、保育園では水道のシャワー、中学校のシャワーを活用したそうです。
 置物化していた「遊具」の活用は「合格シール」の工夫で突破しました。すなわち、子どもがひとつひとつ個別の遊具を活用した遊びができるようになったら、子どもの顔写真を工夫して遊具の合格シールを貼って行くのだそうです。保護者へはお迎えの時に子どもの進歩を個別にお伝えすると、子どもは親を引っ張って自分が出来るようになったことを誇らしげに披露すると言います。子どもは張り合いを覚え、競い合って励み、保護者の喜びを自分のよろこびとして行くのです。
カギは『できるようになる喜び』、すなわちものごとを達成する成就感と「機能快」です。「機能快」は人間が持てる能力を発現するときの「快感」をいいます。快感ホルモンのエンドルフィンやドーパミンが分泌されるということが知られています。
  筆者が担当した研修の大失敗は理念の提示に留まり、佐藤先生が提示したような実践処方の実行を迫らなかったことです。理論と実践の溝の重大性を論じ、講壇教育学の無力を説きながら自らがその轍を踏んでいたということです。

 (3) 保小連携の諸側面
過去2年間、筆者が提案した対処策は以下のi−ivの通りでした。
 i  幼少期指導の連続性/系統性
 ii  子どもの状態の共同診断
iii 指導目標の共有
iv 関係者の連帯と団結
 しかし、佐藤教諭が工夫したような肝心の実践処方が抜け落ち、結果的に保育士の実践指導を怠っていました。霞翠小や八木山小で実行したことを大山保育士研修では忘れていたということです。戦後60年の児童中心主義の教育は現場を金縛りにしています。そのため多くの教育関係者が教育理念を教育実践の処方に翻訳することが出来ないのです。原理原則を理解したからと言って,教員や保育士の実践処方能力や、指導技術を過信してはならないのです。
 保育士研修に追加すべき要因は具体的課題、具体的場面に即した実践処方です。第v項目に加えるべきは,日常の実践指導の具体的処方です。しかも、当該処方は実際の現場で反復練習を原則としてやってみなければならないのです。


 

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