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生涯学習通信
「風の便り」(第83号)
発行日:平成18年11月
発行者:「風の便り」編集委員会
1. Active Senior −熟年の危機と生涯学習の処方箋−
2. 学社「連携」の「片務性」、学社「融合」の空論
3. 保護者は何を見たか? 夏学期「豊津寺子屋」保護者調査の集計と分析
4. 第71回フォーラムレポート
5. MESSAGE TO AND FROM
6. お知らせ&編集後記
★MESSAGE TO AND FROM★
お便りありがとうございました。今回もまたいつものように編集者の思いが広がるままに、お便りの御紹介と御返事を兼ねた通信に致しました。みなさまの意に添わないところがございましたらどうぞ御寛容にお許し下さい。 ★ 福岡県嘉麻市 實藤美智子 様 「教育観は一致できない」。あなたの直観はあたっていると思います。これからどれほど教育現場が荒れようと、60年にも亘って分裂して来た教育論の流れは決して一つにはならないでしょう。戦後教育は文字どおり戦前の日本に対する全否定の政治プロセスでした。日の丸から国歌の斉唱まで、"詰め込み教育"批判から教育労働者論まで、学校が政争の場となった現象はその象徴でした。戦後教育は、不幸にも教育論が政治イデオロギーの先端を担わされてしまいました。教育における指導原理や方法論の検討は利害関係から相対的に分離できるのに、イデオロギー論は権力闘争であり、利害関係そのものでした。学校現場の対立が激化したのは当然だったのです。しかし、疑いのないことは、国民を戦争に導いた戦前の政治がその過程で教育を利用したとは言え、戦前の教育・指導原理のすべてが間違っていた筈はないのです。 戦後アメリカから輸入した「児童中心主義」は「大人中心主義」の欧米文化が生み出したものです。学校までが一緒になって子宝の風土に「児童中心主義」を注入すれば、結果的に、心身共に「へなへな」で、「自立しない子ども」、「規範を身に付けない子ども」が世の中に氾濫します。その多くはすでに親になっています。彼らは自分の欲求だけを信じ、自分だけが正しいと主張することでしょう。 世間は物知り顔で、「価値観の多様化」であるときれいごとを言いますが、「主体性」論の実態の多くは「欲求の野放し」に過ぎません。 これから学校受難の時代が始まります。後10年もすれば、この国に「教育公害」が氾濫することでしょう。教育公害への対策は、「早寝、早起き、朝ご飯」などとノー天気なことをいっている段階ではありません。現代の家庭の多くはすでにそのことすら実行できません。唯一の処方は、「子やらい」の伝統に学び、過疎対策と組み合わせて、少子化で消滅する前の田舎の学校に寄宿舎を併設して、都会の子どもを送り込むことです。『セカンドスクール』*には、「子ども宿」の機能を充実し、1学期程度のプログラムを工夫し、幼少年期の子どもを親元から離して、心身の鍛練と社会性のトレーニングを始めることです。過疎も複合問題であり、教育も複合問題になりました。「地方の活力なくして、国の活力なし」。安部内閣のスローガンは「過疎」と「教育公害」を同時に解決してこそ証明されると考えております。 * 昭和51年国土庁構想、「セカンドスクール」 ★ 福岡県太宰府市 大石 正人 様 前回の熟年の体力及びストレスに関する論文は若い世代に分かってもらえるだろうかと半信半疑でした。今回の発表では、はからずも先輩世代からそれぞれの体験に基づく強力なご支持を戴き誠に心強く思いました。今回、更に筆を加えて巻頭のActive Seniorの「活力保持」論に書き改めました。 老人憩いの家から高齢者大学まで世を上げて「安楽余生」論が支配的ですが、これからの老人ホーム(特に元気な熟年のための有料老人ホーム)は安楽のみのための施設ではなく、活動を継続するための施設であって欲しいですね。老人ホームで執筆し、老人ホームからボランティアや講演に行けるという時代が来れば喜んで入りたいと思います。生涯学習が今までどおり「楽しく遊んで学ぶこと」にだけに終始していれば、かつての専業主婦が「カルチャーセンター」の「難民」になったように、高齢者はゲートボールやカラオケの難民になって終ることでしょう。大石さんの年令に達するまでかなわぬまでも戦い続けることこそ自分の目標であります。 ★ 広島県竹原市 谷田裕彦 様 社会教育委員制度はほぼ完全に形骸化しましたね。あちこちから何をどうするのか、迷っているというお便りをいただきます。今回研修をお引き受けした地域でもほとんどが年3回程度の会議しかありません。行政は報告だけでお茶を濁し、実際に社会教育委員の提言など聞きたくはないのです。まずは会議を月1回年12回にすべきでしょう。具体的な貢献策の提言や自らの参画はそれからです。今回小論を書きましたのでご一読下さい。 ★ 山口県光市 神邑克彦 様 ご指摘の通り行政組織内の横の連携は至難のわざですね。戦後60年で、社会は大きく変容しましたが、行政組織は社会的条件の変化に対応する組織変革を怠って来ました。少子化も、ボランティアも、高齢者福祉も、男女共同参画もそれぞれに複合問題です。その時、国の一部だけが特別の国務大臣を置いたり、総理府に総合的なプロジェクトを組織したりしますが、市町村自治体のレベルは全く反応が鈍いですね。プロジェクトを編成して取り組むという例は過分にして聞いたことがありません。行政のトップも、チェック機能を果すべき議会も誠に勉強が不足しているのです。どこの町にも「企画調整課」はあるはずなのですが、課長がアホなのか、行政トップがアホなのか一向に「調整機能」は発揮されません。小泉さんのように蛮勇を奮った総理大臣でさえも郵政改革や高速道路財団の部分的改革しかできませんでした。せめて今回の「放課後子どもプラン」ぐらいは無事に成功させたいものですが、それも厚生労働と文部科学の両省が「少子化防止」と「男女共同参画」を同時に実行するという国家的見地に立てていません。政治家のリーダーシップも今のところ全く発揮されていないので、来年度の実現が怪しくなっています。この国では「さくら」も「やらせ」も「だんごう」も文化の一部であるように、専門が「縄張り」になり、役割分担の分業が「セクト主義」になるのも文化の内なのでしょう。 ★ 京都府亀岡市 山下ひろ子 様 先生の学校を一度お尋ねしたいものです。わずか46名の全校児童の中から二つの駅伝チームを育て上げた担任の先生にも是非お目にかかりたいものです。次は彼らの学力指導がどう展開するかを楽しみにしております。教育のシークエンシング法(指導順序の組み合わせ)の重要性をますます確信している昨今です。教育界が始めた「早寝、早起き、朝ご飯」は決して間違ってはいませんが、子どもの生活を律するにはその「前提条件」があることを忘れているのです。それこそが「体力」と「耐性」でしょう。 私の小学校との「協働」の夢は我が性急さの為に「片思い」の失恋に終ったことは過日紙上でご報告申し上げた通りです。子どもを学校の指導原理に従って育て上げるためには保護者の理解と協力が不可欠です。それを得るためには学校の地域貢献が不可欠です。地域が学校や教師を尊敬するかつての伝統を復活するためにも、現在、学校が行っている努力の2割は地域への貢献に振り向けることが必要だと思います。「学校は忙しいのだ」と言わないで試しにやってみていただければ学校は忙しくなくなるはずなのです。素晴らしいリンゴをお育てになりました。敬意を表してごちそうになります。ありがとうございました。 ★ 山口県生涯学習研修センター プランナー養成講座の皆さん 感想を拝見いたしました。「更新」の郵送料もありがとうございました。皆様のお陰で当方も研修方法に確信を持つことができました。早い段階で、実践の後を検証する「フォローアップ」の研修を持つこと、今回はたまたまお二人のOB研修生の飛び込み報告をお聞きしましたが、新鮮でした。このような機会を「組織的」に企画することも大事ですね。研修の流れを「問題分析ー解決処方の計画立案」→「第1回実践と修正」研修→「実践を振り返る中間評価」→「第二次実践」→「実践評価と総括報告書の作成」→「ひとづくり・地域づくり山口大会」へ、というように1年を通して継続性を担保することの重要性もよくわかりました。研修の人の輪が着実に広がっていることを実感しました。1月の総括会議、2月の仕上げの大会でお目にかかるのを楽しみにしております。
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