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風の便り

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生涯学習通信

「風の便り」(第67号)

発行日:平成17年7月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. 「名」 は 「体」 を 表 す −「看板」を変えれば、「中身と方法」が変わる−

2. 試案:異年齢集団のオリエンティールング

3. − 学 校 か ら の 便 り − 「型の指導」(世阿弥)と「訓練された無能力」(ヴェブレン)

4. 第58回生涯学習フォーラム報告

5. MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

試案:異年齢集団のオリエンティールング
−『くりから不動明王尊奥の院』を経て『イノシシの森』へ登る−

  8月は寺子屋のキャンプである。キャンプ場は理解のある教育長と校長のお陰で、隣町の福岡県京都郡犀川町(みやこ郡さいかわ町)の小規模中学校を使わせていただくことになった。昨年に続いて2度目である。国民の税金で建設し、地方の財源で維持管理が行なわれているにもかかわわらず、多くの学校が学校資源を私物化する現状に鑑みれば、教育委員会と伊良原中学校の配慮は何ものにも代え難く、ありがたい。実行委員一同深く感謝している。中学校の位置は、犀川町が山にぶつかって尽きるところ、山ふところ深く、周防灘へ注ぐ祓(はらい)川の上流に当たる。
  寺子屋は1年生から6年生までの異年齢集団である。あらゆるプログラムは1年生もでき、6年生にとっても面白いものでなければならない。その意味で異年齢の巾が大きければ大きいほどプログラムの難度と方法を決定することが難しくなる。中でもキャンプは難しい。体力も、体験の量も異なる子ども集団にとって、オリエンティールングは特に難しい。しかし、それゆえにこそ「協力」や「連帯」や「リーダーシップ」や「がんばり」を教える絶好の機会でもある。
  筆者は実行委員の方々と同行してキャンプ場の近隣を探検し、オリエンティールングの下見をしてみることにした。1年生にも出来て、6年生にも面白いコースの発見はそんなに簡単ではない。幸運にも我々は格好のコースを見つけたのである。

 

★ 「滝の水を汲んで、一句詠もう」

  学校の裏山を祓川の支流に添って登ると「山水名勝」を誇る『くりから不動明王尊奥の院』がある。細い山道、急な階段を登る。道の右手は谷川で、左手は檜の植林である。山は深く、水は透き通っている。岩山の崖は険しく、最も急なところは水量も豊富で、谷川は見事な滝になって水音が轟く。山道が二股に別れ、右の細道を辿って川原におりると「上心の滝」と立て札があった。水しぶきが上がって、あたりはひんやりとして、炎天下でも滝つぼから流れ出る水は冷たい。現地査察組が相談して、子ども達にはペットボトルを持たせて、滝ノ水を汲ませ、課題の通過地点に間違いなく辿り着いたという「証拠」に使うことを決めた。滝つぼに至る岩が濡れて滑り易いので、転倒に注意するようスタッフを1名は位置することに決めた。滝の上の小さな広場には句碑があり、"よく来たと汗でねぎらう不動尊"と読める。
  子ども達は寺子屋で俳句を習っている。キャンプは夏休みの後半なので、夏休みから参加した子ども達でも「俳句いろはカルタ」をほぼ暗唱してしまうころである。 "ここで一句詠んでもらおう"、ということになった。自分の作句をもって、子ども達は不動明王像が安置された奥の院をめざす。奥の院は滝からさらに200メートルほどの距離である。下の主要道路から滝を経て、奥の院までは多く見積もっても500メートルほどである。これなら1年生でも歩くことができるであろう。「13仏」と記した一本柱があって、崖のくぼみに13の仏像が安置されていた。その上が不動明王像である。「上心の滝」で詠んだ俳句は不動明王像にお供えしてもらおう。山道を登って来て、汗が吹きだし、息が上がっているだろう子ども達には、"よく来たと汗でねぎらう不動尊"の意味も少しは分るであろうか。
  
★ 「イノシシの森に登る」

  不動明王尊の真下は谷が比較的緩やかで川には丸太を組み合わせた丸木橋が懸かっている。事務局を預かる女性の課長補佐は、"1年生はこれくらいが限度ではないでしょうか?"、とすでに立ち止まってしまっている。塾長以下われわれ男3人は聞こえなかったふりをして、丸木橋を渡って更に急峻な森の小道に入った。森は荒れていて草は大人の背丈ほどもある。草むらの深さに恐れを為した補佐は、谷川のほとりで待っていると言って動かない。男達は、"なるほど、キャンプ前に草刈り機がいりますね。"ということで一致した。曲がりくねった急な崖道である。右下は谷を見下ろす断崖になっている。子どもが悪ふざけをしないように見通しの利くところにスタッフを1名配置する必要があるという考えで一致した。子ども達には寺子屋で使ったロープ結びの材料を持たせて、幼稚園の「電車ごっこ」のように綱に掴まって一列縦隊で進むように指示することも決めた。「班長」が先頭、「副班長」がしんがりである。しばらく山道を登ると頂上近くふたたび檜の植林に出る。そこには頑丈なシシよけの網が張り巡らされていて先には行けない。キャンプに参加する50名以上の子どもをこの狭い場所に集めることはできない。その時塾長が「網の下を持ち上げてくぐれる」ことを発見した。網の向うは広くて、平らな檜の林である。間伐した丸太がそこここに転がっていて、子ども達の休憩にはもってこいであった。かくして、オリエンティールングの目的地は「イノシシの森」ということになった。時計を見ると、大人の足で25分ほどの距離である。キャンプは7班構成になるので、頂上には7本の旗を立て、それぞれの旗のもとには「たからもの」のおやつの袋を配置することも決まった。
  帰り道にキャンプのしおりに記載する注意事項を話し合った。川を渡ったり、険しい山道を登るので全員足下をしっかりと固めなければならない。プログラムの中には「河川敷プール」で泳ぐという楽しみもあるので、サンダル履き等でやってくる子どももいる。底の滑らないしっかりとした運動靴は必需品である。日よけの帽子も不可欠である。もちろん、事務局長の課長補佐がここから先は行かないと決めたように背が埋まるような山の草むらの中にも踏み込むので、汗を拭くタオル、虫よけスプレー、むし刺され用かゆみ止めも持参を指示しなければならない。俳句を作らせる以上、5ー7ー5の桝目のある短冊と筆記用具を滝のところに用意しようということになった。子どもと一緒のキャンプは、20数年前のキャンプ研究以来のキャンプである。老いの身にも久々に血が騒ぐのを感じた。

★ 地図とルールの作成

  実行委員のOさんが下見にあたって2万5千分の1の地図を用意して下さったが、なにしろ山ばかりの土地である。大人が見てもどこがどこやら見当もつかない。まして地図には「上心の滝」も、「不動明王尊奥の院」の記載もない。地図は下見・見聞をもとにしてわれわれが作成するしかない。上記の地図はまだ完成ではないが、そのあらましである。
教え子が貸してくれた参考書にはオリエンティールング(以下OL)の様々な注意事項とルールが列挙されている。これらを子ども達にも分るように箇条書きにしてキャンプのしおりを作らなければならない。以下は念のために筆者の言葉で要約して、抜き出した留意事項である(*)。

(1) 定義は「地図とコンパスのみを使って山野を辿って目的地に早く到達することを競うスポーツ」である。
(2) 目的は、山野を踏破する身体運動、森林浴、地図の解読、集団行動の習得、チームワークと連帯感の醸成などである。
(3) 方法上の留意点はポイントを明確にきめて、地図に従えば目的地に到着出来るということである。今回は7班全部が同一コースを辿ることになるので、「時差出発」の方法をとることになる。「携帯電話」は通じない山の中なので万一に備えて無線機を借り出すことにした。通常のOLは「所要時間」を競うスポーツであるが、1年生を含んだ異年齢集団のOLでは「タイム」を競うことは事故や怪我につながる危険が予想されるので適切ではないであろう。
(4) 地図が主要教材になるので事前に「地図記号」の読み方を指導しておくことが重要である。今回はコンパスは使用せず、地図も正式なものではなく、案内図程度の使用になる。
(5) 参考書には「人数」、「行動手段」、「形式」、「コース提示」、「ポスト」、「順位付け」の6点がOLの基本となるとあった(pp.200〜201)。要するにこれらの要素を適当に組み合わせれば良いということである。

(*) 橘 直隆、オリエンティールング(OL)、池田、西野、永吉編著レクリエーション活動の実際、杏林書院、1987年、pp.192〜201
 

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