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風の便り

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生涯学習通信

「風の便り」(第42号)

発行日:平成15年6月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. 二本足の伝統と戦え!

2. 遅すぎたモデル

3. 「子育て支援」システムの貧困

4. 子どもプログラムの条件 (第35回生涯学習フォーラム報告)

5. MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

「子育て支援」システムの貧困

1   体系の不備

   偶然のことながら、二つの町の相談と診断に関わった。A町は子育て支援の観点から分析した。B町は、コミュニティの活性化の視点から検討した。結論を言えば、両町とも、少年の教育も、子育て支援も行政のシステムがバラバラである。国の縦割り行政をそのままに反映して、全く整合性がない。従って、内容、方法、サービス時間帯などシステムそのものが貧困である。同じ資源でも総合化して工夫を加えれば遥かに改善できる。しかし、役所の部署がお互いにそっぽを向いている現状では、子育て支援も不十分、コミュニティの活性化も難しい。少なくとも、国のレベルで、地方分権のための財源・権限の移譲を吟味し始めた昨今である。国の縦割りを言い訳にして市町村も「総合化」が出来ないという論理はもはや通用しない。それは市町村の怠慢と無能の証明に過ぎない。

   前に「風の便り」25号で生涯学習における「体系の不在」を論じた。筆者の論理は基本的に単純である。バラバラに存在する資源は「総合的に組み合わせて効率をあげるべき」ということに尽きる。組み合わせの視点は「連携と資源の共有」である。25号には次のように書いた。

   『列車やバスやヒコーキは個別の「乗り物」である。要するに、一つ一つの「乗り物」は、バラバラ、個別の「移動手段」にすぎない。しかし、九州から東京の仕事に出かけるには、それぞれの乗り物を組み合わせて使う。「組み合わせ」の視点は、「移動」の目的性、利便性、安全性、経済性、快適性等々であろう。かくして、組み合わされた乗り物は、すでに単なる乗り物の寄せ集めではない。「交通体系」である。乗り物の単なる集合体と、交通体系の最大の違いは、「組み合わせの視点」の有無である。

   ことは生涯学習についても同様である。

   公民館や、放送大学や、健康講座や、農業技術講習や、各種学校の公開講座が提供するプログラムは、個別の生涯学習機会である。それらは、バラバラ、個別の「学習手段」にすぎない。これらが、目的性、利便性、安全性、経済性、快適性等々の視点で、組み合わされた時、初めて「生涯学習体系」となる。「鍵」は、交通体系と同じく、「組み合わせ」とその視点である。』

  この原理は子育て支援事業についても何ら変わることはない。

2   分化と統合

   分業の原則からいって、国のような巨大組織が縦割りでそれぞれの専門性を発揮しようとするのは組織効率の必然である。大きすぎればまとまりがつかなくなるので分業化せざるを得ない。結果的に、ある程度の「縄張り/閉鎖性」はやむを得ない副作用である。しかし、市町村の行政レベルまでおりて来た時、サービス対象の住民の生活に即して、一度分業化されたものも協業化・総合化するのは、これまた、サービス原理の必然である。弱小組織の分業と縦割りは組織効率の原理に反するからである。分化と統合は組織戦略の基本条件である。まとめるべきところはまとめる。分けるべきところは分ける。機能の連携・調整こそが組織が生き生きとした組織であり続けるための条件だからである。社会的組織の最少単位である家族を見ればそのことが良く分かる。家族の中では政治、経済、文化、教育、安全、防災、健康など人間生活の個別機能は、必要に応じて分かれ、必要に応じて統合されている。そうでなければ家庭生活は空中分解してしまう。

3   行政サービス視点の欠落

   ところが町の「子育て支援」事業の実情は「総合化」からも「統合」からも程遠い。具体的にA町では、町民課が所管する「児童館」における事業と、教育行政が所管する「学童保育及びアンビシャス広場(福岡県が補助主体である子ども事業)」と、健康福祉課が所管する「子育てサークル事業」の3種類が全く脈略なく、無体系に行なわれている。もちろん、それぞれの事業における「人、もの、金、事」の資源状況もまったくバラバラである。B町の状況も似たようなものであった。どちらも地域の活性化、自助努力の重要性を認識して何かを始めようという意欲のある町である。ところが、現行の「子育て支援」事業の実情を聞いてみると、生涯学習の実態と何ら変わりはない。体系が不在なのである。総合化の発想もほぼ皆無である。

   要は、住民のニーズに対応する行政サービスの視点が欠落しているのである。縦割りの国が定めたことを定められた通りにやっているのである。どうすれば住民にとって一番利便性が高まるのか、肝心の要望を保護者に聞いていない。

4   「移動者」、「学習者」、「保護者」の視点

   『「交通体系」は乗り物の管理・監督が統一され、「移動者」の視点にたっている。目的性も、利便性も、当然「移動者」にとっての「目的」であり、移動者にとっての「利便」である。それに対して、生涯学習機会の堤供には、統一された学習者の視点はない。生涯学習の体系がないというのはそういうことである。個別の行政機関が、それぞれに対象とする「学習者」の視点を考慮しているのは当然としても、行政機関間の「サービス」視点の統一がない以上、分業は「縄張り」となり、専門は「派閥」となる。住民サービスの向上という錦の御旗を掲げても、連携のための努力は「侵略?」となる。「生涯学習推進会議」などの「連携・調整」のための仕組みのほとんどが機能しないのはそのためである。それは縦割り行政の呪縛であり、たこつぼ文化の宿命といってもいい。』(「風の便り」25号;「体系の不在−連携は侵略?」)

   これと同じことが「子育て支援」事業にも起こっている。「保護者の視点」が存在しないのである。

  理由は明確である。保育及び遊び場の指導内容に付いても、指導時間についても、保護者の意志は反映されず、特に、とも働き家庭の実情にはほとんど合致していない。

5   施策の方向

   少子化がとまらない真の理由は子育ての社会的システムにあるのではない。真の理由は家事、育児、職業における男女共同参画が実現していないことである。男が家事、育児に参加するようになれば、少子化に歯止めが掛かることは疑いない。そこが突破できなければ、少子化は止まらない。

   しかし、男性の育児参加が主要条件だからと言って、現実の子育て支援の社会システムが重要でない、ということにはならない。主原因ヘの手当も、副次的原因ヘの手当も重要度に違いはあれ、必要であることはいうまでもない。それゆえ、地方行政は、男女共同参画の推進と合わせて、「子育て支援」の観点から、現状の子育て支援事業を総合化し、全町を網羅し、現代の家族の生活時間帯を考慮した「放課後及び休暇中の子どもの健全育成システム」を確立しなければならない。 

6   組織改編の回避−「推進会議」(実行委員会)方式

    事業の総合化のためには、組織の統合と改編が必要であるが、筆者の当面の発想は生涯学習のプログラムや資源を調整した時の「生涯学習推進会議」方式である。換言すれば、多様な「乗り物」を組み合わせを調整して「交通体系」を作った「交通審議会」発想と同じである。生涯学習も、子育て支援も関係者は多岐にわたっている。要するに、子育て支援に関する多様な「乗り物」はすでに地域に存在するのである。問題はそれらが「システム化」されていないことである。

   総合化のための組織の改編には議会の決定や組織規定の変更など様々かつ複雑な手続きが必要となる。組織を変えるとなれば役人も面倒くさがり、議会の諸々の思惑も出て来る。一朝一夕には行くまい。となれば、当面は「子育て支援」を共通看板にした連絡調整会議を発足させ、同時に、個別バラバラの事業を共同化、総合化しなければならない。そのためには行政組織内の「実行委員会」方式で運営に当たる事がもっとも適切である。当面の仮称は「子育て支援事業総合化推進会議(あるいは実行委員会)」のようなものになるであろう。

7   実行委員会の具体的運営方法

1) 実行委員会は、女性政策を担当する部署および現在子どもの保育/教育/保健指導などに関わっている全部署からの代表をもって構成する。実行委員会の目的は事業の連携と総合化にあるので、それぞれの事業の統合案を作成する事が任務である。最終的には組織の統合によって町の「子育て支援」事業を一元的にシステム化する。

2) 実行委員会の目的と仕組みを規定した規約を定める。

3) 少年教育及び保育におけるボランティアを募集・養成する。

4) 町の総合的「子育て支援」事業を体系化して実施する。

5) 実施にあたっては、以下の条件を考慮する。

  1. 教育・保育機能の地域間格差を最小限にする。
  2. 少年の活動プログラムメニューを可能な限り豊富化する
  3. 地域の教育力を向上させ、少年の具体的指導を充実するため多様なボランティアを発掘する。
  4. 現在行なわれている個別事業の名称を住民に分りやすく統一する
  5. それぞれの事業のために配置されている職員は実行委員会の計画の下にボランティア指導者が活躍できるように条件を整備し、連絡・調整を担当する。

     今後数年を経ずに団塊の世代が定年を迎える。高齢社会はその活力を維持し続けるためにも、熟年層の多様な活動の舞台を必要としている。その候補の一つが「子育て支援ボランティア」である。地域の子育ては熟年ボランティアの力を借り、現状の行政の人的資源を豊富化することができる。それは同時に、「子縁」によって新しい人間関係のネットワークを構築する。熟年ボランティアと子どもを繋ぐことは、地域の活性化、「互助」、「協助」の上からも望ましい。

   また、これまでの「学童保育」や「児童館」が進めて来た限られたスタッフによる「安全」の管理と子どもの「保護」だけでは、放課後や休暇中の少年の生活の「充実」と「健全育成」は全く望むべくもない。現に「担当者」は安全管理の名目でそこにいるだけに過ぎない。それゆえ、”青少年育成ボランティア”を養成・組織化して少年の「活動メニュー」を豊富化し、子ども達がそれぞれの興味・関心に応じて活動を選択することが可能になるような総合的教育・保育の指導プログラムが必要になるのである。そうした多様なプログラムを指導する人材は地域に眠っている。同時に、地域活性化のためには、地域の人材がそれぞれに活躍できる舞台が必要なのである。

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