HOME

風の便り

フォーラム論文

編集長略歴

問い合わせ


(第55回生涯学習フォーラム 参加論文)

二つの『セカンドスクール」 −「失われた体験」−「失われた過疎対策機能」−

平成17年3月12日(土)

福岡県立社会教育総合センター

三浦清一郎

論文一覧へ


1  失われた「体験」を取り戻せ!

  昨今の「通学合宿」も、すっかり下火になった「山村留学」も、そして「セカンドスクール」も主要な目標は、子ども達の「失われた体験」を取り戻すことである。もちろん、副次的な目的は様々別にある。通学合宿は、地域の教育力を取り戻すというスローガンのもとに、社会教育行政や地域の関係団体が「学社連携」を模索している。「セカンドスクール」は教科教育と体験活動の総合化が目的であり、同時に、開催場所に当たる社会教育施設の側の「閑散期」対策の場合もある。「山村留学」は「受け入れ側」には過疎対策や学校存続の思いがあり、「送りだす側」には背負い切れない子どもの課題を他者に預けてみるという試みがある。しかし、いずれも、現代日本が当面している重要問題の抜本解決にはならない。弱い子どもは限りなく弱く、社会性の無い子どもは余りにも未熟である。子どもの犯罪が社会問題ととなり、子育て支援と少子化対策が政治問題と化した今、問題はすでに教育行政のみの判断では解決が難しい状況に至っているのである。体験プログラムの強化と教育における「体得」の復活はセカンドスクールの直接的な課題である。しかし、もともと「セカンドハウス」をもじった「和製英語」として出発した第1の「セカンドスクール」構想は体験プログラムを越えたもっと遥かに大きな日本社会全体の均衡的発展を促す一つの手法として出発したのである。教育施策と過疎対策施策を組み合わせた政治・経済的な課題から出発したのである。

2   埋もれた国土庁構想ー「セカンドスクール」

   昭和50年、国土庁は「セカンドスクール」構想と銘打った調査報告書を刊行した。当然、当時の文部省を始め多くの関係者の目にとまった筈であるが、研究成果を具体化するための政策化の動きは筆者の知る限り皆無であった。

(1)   教育プログラムの抜本改革と過疎対策の統合

   「セカンドスクール」は「セカンドハウス(別荘)」をもじった和製英語である。国土庁の発想は、教育課題への対応と過疎対策をドッキングしようとしていた。自然接触体験を欠損し、異年齢集団体験の機会を失った子ども達には「日常の学校」を離れた新しい教育活動の舞台が必要であった。そうした「必要」に対処するための、当時の文部省の発想は、「青年の家」であり、「少年自然の家」であった。しかし、そのどちらにも「過疎対策」の視点はまったく欠如していた。当然と言えば当然であるが、文部省は教育のことしか考えていない。それゆえ、地域活性化や国土の均衡発展は文部省の管轄外であった。地域の均衡的発展や過疎対策は国土庁の課題であった。もちろん、この当時、現在の「生活科」や「総合的学習」の発想は提起されていず、歴史的に積み上げられて来た「合科教育」の視点は忘れられたままであった。文部省は、地域の発展と教育問題を重ね合わせた総合的視点は有していなかったのである。
   国土庁報告は、教育界の優れた研究者が名を連ねた提言書であったから、当然、文部省においてもその研究成果は読まれたであろうが、教育分野の官僚が他省庁の提案に重きを置く筈はなかった。セクト主義は当たり前の時代であった。「国益」よりも「省益」と言われ、官庁の縦割りは甚だしく、「省益」優先真っ盛りの時代であった。かくして、教育施策立案の権限を有さない国土庁提案は日の目を見ることなく埋もれたのである。

(2)  「交流人口」の拡大

   「セカンドスクール」構想の最大特徴は教育施策による「過疎対策」の視点である。セカンドスクールの物理的目的は、都市の学校の交流拠点を田舎の学校機能に隣接して創設することである。
   構想では、都市から日帰りで保護者が行き来することのできる交通可能距離圏内の地方の学校と協力して宿泊・教育活動の施設を整備するというものであった。結果的に、セカンドスクールを訪れる子ども達は、過疎地域にとっては「交流人口」の確保を意味している。保護者が日帰りで現地を訪問できるという条件を加味したのは、小学校児童の発達段階や親の心情を考慮したものであったことはいうまでもない。副次的ながら、過疎地にとっては、保護者の訪問も「交流人口」の拡大を意味した。
  セカンドスクールのプログラムに子どもがうまく適合できれば、結果的に、短・中期の山村留学の規模の拡大を意味する。交流人口の拡大は、都市と地方の交流を促すだけではなく、過疎の町村に経済効果を生み出す。わずかであっても宿舎や賄いの世話に関して雇用の機会も増大するであろう。義務教育レベルで予算化され、すべての市町村で「セカンドスクール」構想が動き出せば、都市と地方の交流は子どもを核として間違いなく活性化したであろう。その他考えうる限りの文化的交流、自然環境の保全、「合科教育」など、教育の新しい試みもセカンドスクールの自然発生的な副産物となるはずであった。

(3)   教育を活用した過疎対策路線の実質的崩壊


  セカンドスクール構想は、学年ごとあるいはクラスごと、あるいは学校ごとの中期の集団移動・教室移動を想定している。それに対して、少年自然の家や青年の家は、単発的、固定的、部分的なプログラムしか提供できない。山村留学は、教育的発想に於ては類似の視点から出発しているが、制度的過疎対策という視点では、「個別」/「単発」の留学に過ぎない。山村留学生の実数は1校あたりわずか数人である。
  都市の労働雇用能力、都市の華やぎと文化の魅力を考慮すれば、都市の人口を過疎地に移動させることはほぼ不可能である。それゆえ、山村留学が長期の「定住」留学を目ざす限り数量的には決して効果は上がらない。結果的に、自治体の過疎対策には程遠いのである。これに対して、セカンドスクールは「交流」型であって、「定住」型教育プログラムではない。学校と学校を繋ぐ「季節移動」型の教育プログラムである。既存の田舎の学校にてこ入れして、施設の充実と宿泊施設の条件を整えれば、一定期間に限定して、体験活動、教育活動の充実を旗印として、多数の子どもを地方に移動させることが可能になるのである。
  文部省は上記の通り「セカンドスクール」を選択せず、「少年自然の家」政策を選択した。結果的に、国公立を含めて社会教育施設の役人の数が増えただけで、過疎の自治体へのてこ入れには全くなっていない。福岡県篠栗町の「萩尾分校」では、学校の存続と地域の活性化を兼ねて、地区の共有林を伐採して資金を作り、山村留学生募集のための住宅を建設した。家賃は3万円である。定住を希望する家族ごと義務教育の留学生を獲得しようというものである。鳥取県会見町でも同じような試みが行なわれた。ここまでやれば希望者も殺到するのである。文部省や県の教育行政が過疎対策を兼ねたセカンドスクールの発想を一部でも取り入れていれば、学校の存続も地域の活性化もわけなく実現できたであろうに、と誠に惜しまれることである。全国に何百の国公立の少年自然の家や青年の家を建設し、その職員に給料を払い続けていることを思えば、地元と協力して作るセカンドスクール施設は遥かに安く上がったであろう。過疎の村の雇用にも貢献し、新しい息吹を与えることも出来た。都市の学校との交流による教育効果は地元の学校を巻き込んだ全く新しい「総合的学習」を創造し得たかも知れない。それにひきかえ、「少年自然の家」は都市の学校の短期自然体験プログラムを教育行政の専門施設に分散しただけで、全国の自治体はもとより、過疎地の学校に分散することに失敗したのである。当然、過疎対策の助けには全くなっていない。

(4)  都市の学校と農山漁村の学校との交流

   少年自然の家の利用は、長くて精々1週間。通常は、2?4日の短期である。利用者が、自らのプログラムを優先すれば優先するほど、他のグループとの交流もお座なりになりがちである。これに対して、セカンドスクール構想の場合は、地元の学校と合同・密着が条件である。当然、地元の学校との協力・交流は不可欠の条件である。自然条件を活用できる都市の学校の利点が多々あることはもちろんであるが、地方の学校も都市の学校から様々な刺激を受ける。合同の授業も可能になる。当然、都市の子と地方の子が一緒に遊ぶことも、生活を共にすることも可能である。教師間の交流も可能である。国土庁の発想は、「少年自然の家」構想の何倍も地域の社会/経済的条件を考慮している。過疎問題と格闘せざるを得なかった「山村留学」の歴史を顧みれば、「自然の家」構想が地域の活性化に如何に役に立たなかったか、明らかであろう。過疎が進行して、山村留学や「住宅提供留学」に頼らねば、村の学校を維持することが出来なくなった現状から振り返る時、埋もれてしまった「セカンドスクール」構想は、いかにも惜しいのである。埋もれた提案は、「釣り落とした大魚」に似ている!?
  セカンドスクール構想は、短・中期の山村留学制度の必修化・制度化を発展させたシステムである。システムが機能すれば、教育の地域間格差の是正、学校間格差の修正、子どもの欠損体験の補完、過疎地の経済的・文化的支援など多様な機能を同時に果たすことができたのである。

3  もう一つの「セカンドスクール」

  (1) 「総合的学習」の先駆け−「欠損体験」補完と「学社連携」を目ざした移動教室

  国土庁セカンドスクール構想は二重の実現目標を掲げていた。教育の充実と過疎対策である。当然、教育活動の表の目標は、教育の充実であった。充実すべき「中身」は、現在から振り返れば、「総合的学習」や「生活体験プログラム」や「通学合宿」にもっとも近い発想であった。換言すれば、地方の自然環境、生活環境を活用した「合科教育」の導入案であった。田舎には「生活科」を学ぶ環境がそのまま存在する。総合的学習にしても自然の山野海浜が舞台になる。モデルの典型は、野外活動、集団生活、親元を離れた生活体験、家庭科、図工、生物、天体、体育等を様々に組み合わせた学習プログラムである。もちろん、過疎地の学校を拠点とするのだから、通常の授業もできる。
   特別活動の視点から見れば、「少年自然の家」のプログラム発想と基本的に変わりはないが、その発想を学校の中に取り入れようとしたことが画期的であった。セカンドスクールは、一方で社会教育的発想を学校に取り入れながら、同時に、「通常の授業」を「移動教室」として継続することを前提にしたのである。

  (2)  社会教育施設の機能限定

  一方、発足当時、「青年の家」も、「少年自然の家」も、その活動にあたって自らの社会教育発想にこだわっていた。当時の教育行政は、社会教育施設に"学校の授業をそのまま持ち込んではならない"という考え方に立って指導していたのである。多くの「少年自然の家」は、その「綱領」において、自然の家における学校の「通常授業」の実施を否定したのである。当時の社会教育は、一方で、「学社連携」を主張しながら、自らの社会教育施設においては、かたくなに社会教育活動だけを実施することにこだわったのである。もちろん、学校教育の側も、社会教育との分業をごく自然なものと受け入れていた。多くの学校は、現在ですらも同じであるが、かたくなに授業は自分の学校の教室で行うものという「迷信」に囚われていたからである。教育行政は、今頃になって、空論に近い"学社融合"理論や、「総合的学習」の導入による「合科教育」の復活を図ると言い始めているが、かつての閉鎖的な分業発想や実践をいまだ整理・分析してはいない。
  「セカンドスクール」構想は、社会教育と学校教育の境界にこだわらない柔軟かつ弾力的な発想に立っていた。現在、新しい衣を纏って復活して来た第2の「セカンドスクール」構想の最大特色は、子ども達を連れて出かけた先で「通常の授業」が行うことである。社会教育施設で授業が行えるとなれば、学校も従来の「特別活動」の枠にこだわる必要はなくなる。「セカンドスクール」構想は、理念的に、当初の「合科教育」発想の遺産を受け継ぎ、子どもの「欠損体験」補完と「学社連携」を目ざした移動教室として登場したのである。
 かつては、学校が、「少年自然の家」などの社会教育施設を使おうとしない言い訳の常套句は「授業の進捗に障りが出る」というものであった。筆者も、かつて、福岡県の現役の小学校教師と共同執筆して、「なぜ、社会教育施設で授業をしないのか」という趣旨の論文を社会教育の専門誌に発表したことがある。少年自然の家等の関係者を対象とした研修・講演でも同じことを力説した覚えもある。しかし、施設利用の「心得」に基本目的は「社会教育的活動を行なうこと」と書いてあるかぎり、誰も耳を傾ける筈はなかったのである。「目的外利用」は社会教育施設を呪縛し、今また、学校教育施設のコミュニティへの開放を呪縛しているのである。活用する施設が社会教育分野であっても、活用条件が多様化、弾力化されていれば、利便性は向上する。第2の「セカンドスクール」構想はそこからスタートするのである。


  (3)  閑散期の「営業」活動

   学校と社会教育施設の最大の相違点は「囚われた学習者」(Captive Learner)を有しているか、否かである。学校には常に義務で登校してくる学習者がいる。通常、教室は満杯である。社会教育施設にはそのような便利な「客」はいない。それゆえ、社会教育施設は常に「営業成績」を問われ、資本投下の効率を問われる。これに対して、学校は施設の活用効率や設備の回転率を問われることはない。国立でも、公立でもあらゆる社会教育施設は上記の投資効率に関する目標数値を財政当局から問われる事になる。
  施設は自然条件の優れたところに立地しているのだから、繁忙期はまだいい。しかし、問題は閑散期である。「青年の家」も「少年自然の家」も通常、都市を離れた豊かな自然の中にある。その分、季節の変化も、交通の弁も来訪者に影響する。閑散期が生じるのはそのためである。営業効率を高めるためには閑散期の利用者を獲得しなければならない。
  そこから社会教育施設の側で施設利用の営業活動が始まる。最大の「顧客」は当然学校である。しかしながら、学校には社会教育施設を使わなければならない必然性も、義理も、関心もない。社会教育施設の側では施設を使ってもらう理由を発明し、学校を説得しなければならない。それが第2の「セカンドスクール」概念であった。社会教育施設の側では学校教員の機嫌をとってでも、閑散期の施設利用を推進しなければならないのである。

  
  (4)  体験の欠損と補完の不可欠−社会教育における診断の的確さ

  社会教育は生活の中の子どもを見ている。結果的に、現代っ子の診断も学校よりは総合的で、正確である。生活体験プログラムが発想されたのも、通学合宿が実施されたのも社会教育の側であることは診断の適格さを反映している。現代の子どもは4つの「過剰」の中で育ってくる。「世話」の過剰、「指示」の過剰、「授与」の過剰、「受容」の過剰である。学・社共に教育関係者は明確に問題を指摘しないが、四つの過剰の「副作用」は甚だしい。「子宝の風土」の保護者はもともと子どもに甘い。「おお甘」である。学校は戦後に導入された「児童中心主義」を信奉しているので原理的に子どもの「言いなり」になる傾向が強い。厳しいしつけや鍛練を思い付けば、「子宝の風土」の世間の「風当たり」が強いのでついつい現状と妥協して子どもに甘くなる。そこから「問題児」が大量発生してくる。
  四つの過剰の結果は様々な体験の欠損である。「世話の過剰」は、基本的生活習慣の確立を遅らせる。時には、ごく当たり前の生活習慣も、生活技術も、生活態度も身に付かない。タオルは絞れない、りんごの皮はむけない、靴のひもは結べない。生卵は割れない。箸も、鉛筆もきちんともつことが出来ない。観察者の目につきにくいところはまだまだひどい。子どもの欠損体験の実例は、馬鹿馬鹿しくて書く気にもならない。
  「指示の過剰」は、自立を遅らせる。過剰な指示の中では、自主性、主体性、積極性、責任感が育ちにくい。自己判断が停止し、「指示待ち人間」に成り果てる危険も多い。思い通りにならぬことは他人や制度のせいにする。
  「授与の過剰」は、子どもに、豊かな暮らしを当たり前だと認識させる。生活の糧を準備してくれる人に対する感謝の念は育たない。なにより、親を大切にしない。物も大切にはしない。自分のもち物の自己管理も出来ない。人の物を勝手に使ったり、取ったりすることに罪悪感を感じない。生活に必要な物を稼ぐことの苦労をまったく分っていない。家庭、学校、社会の役割も責任も担った機会が少ない。
  「受容の過剰」は子どもの心理に最悪の結果をもたらした。まず、自分の存在の価値を過大視するようになる。「半人前」の自分を「一人前」だと錯覚する。受容の看板の下に、子どもの要求や主張が過剰に受入れられればば、「わがまま」や「勝手」が増殖する危険性も高い。子どもの「権利」や「人権」を一方的に強調する思想はこの傾向に拍車をかける。こうした状況を積み重ねれば、要求が通らなかった時、子どもが"切れやすくなる"のは当然であろう。自分の欲求が通るのは当たり前だという前提で育ってくれば、欲求の実現を阻むものは「敵」となり、自らの欲求の実現に奉仕しないものは、自分を"愛していない"と思い込む。自分の意見・主張に耳傾けぬものは"冷たい"ということになる。
  かくして、些末なことで「挫折」だ、「家出」だ、「不登校」だと騒ぐようになるのである。親も、学校も完全である筈はない。そのことは昔も、今も変わらない。非行少年の本を読んでも、不登校児の記録を見ても、大抵の子どもは"親も教師も分ってくれない"と叫んでいる。それはそうであろう。いつの時代もそうであった筈である。それでも人間は様々なものに耐えて生きていくのである。いつの時代も自分を分ってくれる人々に囲まれて育ってくる子どもの方が例外的なのである。「耐性」の意味を理解しない教育理論の貧しさが「子宝の風土」に敗北しているのである。学校教育はまだまだ分かってはいないが、社会教育はこうした状況を薄々自覚している。それゆえ、昼は学校の授業を、夜は社会教育で体験プログラムをいかがでしょうか?、という営業スローガンが出来上ったのである。「授業を妨げず、体験の欠損を補完すること」こそ第2の「セカンドスクール」のうたい文句である。したがって、プログラムの基本は、昼は教職員が通勤して各教科の授業を行い、放課後と夜は社会教育施設の職員が指導して、各種の体験活動を行うことになる。

   (5)  教育効果の証明

  セカンドスクールのプログラムに一定の期間を保障し、放課後と夜のプログラム指導が適切であれば、教育効果の証明はそれほど困難なことではない。親元を離れた「合宿」という教育形態自体がすでに、親元を離れたことのない現代っ子に対する強烈な体験である。社会教育施設における共同生活は、集団生活体験の希薄な現代っ子のショック療法でもある。それはかつて「子やらい」の慣習が実践した「子ども宿」の原理に通じている。もちろん、一つ一つの体験プログラムはその中身の体験と価値が子どもの中に蓄積され、記憶される。学校の姿勢次第では、教員と子どもの交流も一気に促進することができる。プログラムに表記されていなくても、食事のマナーや整理整頓の作法、仲間との共同、集団への適応など集団合宿が有している教育効果の可能性は枚挙に暇がない。体力も、耐性も劣り、社会性も、集団生活の体験も乏しい現代の子ども達にとってセカンドスクールは願ってもない体験補充の処方箋である。本気になって呼び掛けているのは社会教育施設の側である。現代の子どもの状況を知りながら、、学校側がこれに応えようとしないとすれば、学校の教育意志を疑わざるを得ない。
  幸い、学校が連携の意義を理解し、「体験体得」の意義を理解して、授業と体験プログラムをドッキングするセカンドスクールを活用するようになれば、いつかは、学校の要望が殺到して、既存の社会教育施設では対応が不可能となるかも知れないである。その時こそ、再び、第1の「セカンドスクール」構想が蘇るであろう。過去10年で2000校もの学校が廃校になったという。子どもの声が聞こえなくなった地域から活力が失われるのは時間の問題である。かくして、過疎や地域間格差の拡大によるさまざまな問題の発生を想定する時、もちろん本命は教育の充実と過疎問題の解決を組み合わせた第1の「セカンドスクール」構想の具体化であることは論を待たない。

4   行政施策への取り込みと支持

    文科省には過疎対策の問題意識はない。行政機能の分業、施策の役割分担上それはやむを得ないことである。個別の省庁に政治家が果たすべき総合化の機能を期待することは無い物ねだりである。したがって、文科省が打ち出す教育政策に過疎対策の視点が入る道理はない。第1のセカンドスクール構想が教育政策の支持を得られなかったのはそのためである。現状から推察するに今後の政策転換も予想できない。この国では中央の政策支持を得られない事業は拡大しない。国の政策とならない限り、県も市町村自治体も冷淡になる。補助金行政が関係者の首を締め上げているからである。地方分権が実質的に具体化するにはまだ数十年の歳月を要するであろう。その間も、過疎は着々と進行する。第1の「セカンドスクール」構想が取り上げられれば教育と過疎対策が結合するが、それは政治家の仕事である。そこまで過疎を心配して勉強する「文教族」の政治家がいるか否か、最終的にはこの国の政治家の資質に帰結する。



事例1  自然・生活体験活動を推進する社学連携・融合の具体的方策−「やまびこの杜(セカンドスクールin英彦山)」−

発表者:福岡県立英彦山青年の家 井上 憲治他 (第23回大会)
資料整理担当: 福岡県教育庁生涯学習課 樋田京子

2 実践・研究の背景

子どもの直接体験の不足が指摘される中、学校教育法や社会教育法の改正もあり、学校や地域では様々な体験活動が行われている。子どもの育ちをトータルに考えたとき、学校教育と社会教育が連携して体験活動に取り組む必要があり、なお、それが両者のメリットになる「融合」という形で実施されることが望ましい。本事例は、県立社会教育施設の主催事業の中で学社連携・融合の具体的な方策を探るものであり、期待されるものである。

3 事例の特性

  豊かな自然環境に恵まれた県立社会教育施設において、施設の立地、環境、設備および施設職員が有する体験活動のノウハウをフルに活用している。さらに、近隣の教育委員会や校長会とのつながり、そして近郊の地域人材の活用実績等あらゆる機能を生かして、社会教育の側が、学校教育に積極的なアプローチを行った事例である。      

4 事例の概要

(1) 内容

 近隣の小・中学校の児童・生徒が英彦山青年の家に宿泊しながら、学校の通常の授業をうけるとともに、英彦山の自然を生かした様々な活動を体験する取組みをシステム化した。

(2) 方法・形態

通常の学校教育機能と青年の家がもつ集団宿泊体験機能(2泊3日、3泊4日、4泊5日等)をバランスよく組み合わせる工夫が見られる。宿泊を導入した青年の家施設の一貫利用によって、学校の授業時間帯と放課後及び夜の社会教育時間帯の総合化を図っている。具体的には、午前・午後は教職員が通勤して、各教科の授業を行う。放課後・夜は、青年の家職員の指導の下、野外活動・調理、クラフト、星座観察、ニュースポーツ、星座観察などの体験活動を行う。       
 

(3) 成果

1) 子どもの変容
 「自然への感性」「自己判断力」「リーダーシップ」「対人関係スキル」「自己成長性」の5因子について、事業実施後の効果が顕著に見られた。
 

2) 教職員・社会教育主事の意識改革
 教職員が自然体験や生活体験等の必要性を強く認識するようになったとともに、施設の社会教育主事が学校へのアプローチやプログラムの開発などのスキルを身につけることができた。

3) 県立社会教育施設と地域との連携
 地域の人材活用により、英彦山青年の家と地域のつながりが深まるとともに、信頼感や親近感を増すことができた。

(4) 事業実施、管理運営上の配慮事項

 1) 事業のねらいの明確化
 配慮の第一は、事業のねらいを明確にするとともに、関係者の共通理解を図ったことである。 
    
 2) 教育委員会、学校等との十分な事前協議
 活動場所を社会教育施設に求める以上、学校側としては、授業の進捗を乱さぬよう、教育課程に則った時間の設定が必要であり、教職員や保護者の十分な理解を得るための説明や協議が重要であった。

 3) 学校の実態に合わせたプログラムの開発・提供
 学校には、基本的なプログラムのいくつか提示し、さらに学校の実態や要望に合わせたプログラムを共同開発して実施するなど、効果的な事業の実施に努めた。

5 事業の意義・成果−先駆性とモデル性−
 1) 学校の重要課題である「授業時数の確保」の問題をクリアしながら、子どもに不足する様々な自然体験、生活体験等を余裕あるプログラムの中で展開できる。

 2) 教職員自身が体験不足であったり、地域の人材活用に負担を感じている現状もあり、そのような教職員の負担(感)を軽減し、自然の中で創意工夫ある教育が実施できる。

 3) 希望する子どもだけでなく、日ごろ体験活動に興味を示さない子どもにも必要な体験活動の機会を提供し、興味を持たせるきっかけづくりにすることができる。

 4) 県立社会教育施設が単なる研修生の受け入れ事業に留まることなく、施設の持つ機能を十分に発揮し、積極的に学校へのアプローチを行っており、「体験」を切り口とした新しい形の学社連携・融合のモデルとなっている。

 5) 学校と連携しながら、参加した子どもの変容をきめ細かく調査・分析し、体験活動の効果の検証方法の確立に努めている。

6 事業の発展性−今後の展望、残された課題−

 (1)「通学合宿」の普及とともに、このようなセカンドスクール的事業は全国への広まりをみせており、今後も各地域で施設の特色を生かした様々なプログラムが研究開発されていくことと思われる。

 (2) 本事業はともすれば施設側の負担が大きく、希望する学校が増えれば対応しきれない状況ができてくるものと考えられる。この事業で得た成果(教職員の意識改革、多くの子どもの体験活動への参加、体験活動の評価等)を身近な地域の施設等で生かす方策を考えていく必要がある。           
 

論文一覧へ

ホームページ

Copyright (c) 2002-, Seiichirou Miura ( kazenotayori@anotherway.jp )

本サイトへのリンクはご自由にどうぞ。論文等の転載についてはこちらからお問い合わせください。