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風の便り

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生涯学習通信

「風の便り」(第92号)

発行日:平成19年8月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. 小学校における実践研究の基本視点

2. 小学校における実践研究の基本視点 (続き)

3. 1年生の熱狂 ―寺子屋キャンプの子ども達―

4. 報道の目−『井関夏休み子ども元気塾』

5. MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

報道の目−『井関夏休み子ども元気塾』
−山口県生涯学習推進センター「地域寺子屋ゼミナール」の挑戦

  山口県生涯学習推進センターは昨年度から「地域寺子屋ゼミナール」の名称で子育て支援に関する実践を前提とした研修を実施しています。昨年度の成果は長門市で組織化されたものが2つ、周南市で個人的に行われたものが1つでした。今年度の研修と実践は著しい進化を遂げました。現在、下関市、岩国市、八代町、山口市の各地で様々な挑戦が進行しました。表題の「井関子ども元気塾」は山口市阿知須の井関小学校に併設された「学童保育」を舞台としてプログラムを導入しました。
  周知の通り国が目指している「放課後子どもプラン」は、文部科学大臣と厚生労働大臣の合意に基づいて、従来の学童保育に教育プログラムをドッキングして、公立小学校を拠点とした「保教育」のシステムを地域に根付かせ、合わせて女性支援・少子化防止を目的とした一大事業です。しかし、現状は福祉関係部局が理解せず、教育委員会の力も及ばず、それぞれの縄張り意識が角付き合ってほとんど具体化していません。なかんずく、職を失うことを恐れた学童保育の「指導員」の抵抗が大きく、学童保育にプログラムを入れる単純な工夫ですらもほとんどの地域で実現に至っていないのです。地域が協力して子どもを育てようという複合的な大事業を前にして地方の行政は子育てに奮闘している多くの家族の要望を無視した誠に不合理、非効率なシステムに堕しているのです。それに気づかない為政者もなんと不勉強で、愚かなことでしょうか。
  とりあえず事を荒立てない解決策は、学童保育の「指導員」の現状身分を保障する代わりに、「彼女たち」の研修を充実し、プログラム・コーディネーターとしての機能を充実させ、地域住民のボランティアを組織化してプログラムの指導をお願いすれば、「一石数鳥」の効果を生み出すことは疑いありません。井関小学校学童保育における「元気塾」のパイロット事業は、校長先生がシステムの重要性を理解して学校を開放し、「指導員」がプログラムの意義を理解して協力し、生涯学習推進センターの研修生が日々の指導を加勢し、地域の住民ボランティアも加わった画期的なプログラムを展開しました。1週間という短い期間でしたが、「放課後子どもプラン」の構成原理をほとんど網羅した実践モデルを提示したのです。
関係者の努力もあって地方紙には2度も取り上げていただきました。しかし、記事を読む限り、取材した記者も、編集のデスクも「元気塾」の意義を見抜くことはありませんでした。


● 1 ●  なぜ個別プログラムの表題にしか目が行かないのか?

  1回目の新聞記事の見出しは「郷土山口かるたでお勉強」でした。2回目の見出しは「山口で親子90人料理教室楽しむ」でした。現代の報道はなぜ個別プログラムの表題にしか目が行かないのでしょうか!?不勉強のそしりは免れません。記事を書いた記者も編集を担当するデスクも、「子育て支援」が「女性支援」と「発達支援」と「高齢者の活力の維持」と「少子化防止」と「学校開放」が同時並行的に達成できる複合的事業であることが分かっていないのです。
  「カルタ」も「親子料理」も支援システムを展開する素材に過ぎません。「カルタ」も「料理」も確かにテレビや新聞の「絵」になって、人目を引きますが、その程度の発想で記事を作ったということでしょうか。メディアの理解力がその程度だから、子育て支援事業や少子化防止策の目的が地方政治家にも、行政関係者にも浸透しないのです。メディアは「社会の木鐸」であるという看板が泣いていることでしょう。
  記事を読む限り「元気塾」が保護者に代わって、地域が「養育」の負担を軽減するシステムの構築実験であることはほとんど全く分かってはいません。結果的に、従来の学童保育には教育的発想に基づくプログラムが存在していないことも分かっていません。もちろん、プログラムを入れたとして現状の利用施設の物理的条件ではその展開が難しいことも分かってはいないのです。それゆえ、学校開放の意義も理解できないのです。
「山口郷土かるた」が重要なのではありません。「親子が料理教室」を楽しんだことが重要なのではないのです。たった1週間とは言え、プログラムのなかった学童保育にプログラムが導入されたことが重要なのです。


● 2 ●  想像力の欠如

  教育プログラムを入れたらその目的と成果が問われなければなりません。また、成果を問うためには、プログラムの中身と方法の吟味が必要になります。当然、誰が指導にあたるのか、指導の場所と時間は適切か、も問われなければなりません。
  記者も見ての通り、学童保育の場所は20畳ほどのござのひかれた小さな空間でした。そこに30名近くの異年齢の子どもを収容すれば、身体的な動きを伴うほとんどのプログラムは実行不可能でしょう。したがって、プログラムを実行するためには子どもたちの動きを保障する物理的空間が不可欠なのです。校長先生が学校施設を開放してくださった意義はこの問題に尽きるのです。
  もちろん、「放課後子どもプラン」の提示以来、文部科学省も「拠点」として公立小学校を使用するように唱導しています。これに対して学校関係者が「抵抗」しています。メディアはこうした事実を知らないのでしょうか。当然、関係者の熱心な依頼も、「元気塾」のために学校施設を開放した校長先生の決断も評価視点の外なのでしょう。筆者は校長先生の「度胸」や「思い切り」のよさは「先駆的」であると解説したのですが、その意味が通じなかったのでしょう。なぜ、市民の税金で建てた学校が、当該学校の子どもの放課後や休暇中の活動に使えないのか、学校開放に関する管理職の意識がどのようなものであるかも事前の勉強が足りないのです。


● 3 ●  子どもの変容の連鎖

  プログラムの終了後、井関の「元気塾」を担当した指導員の上野敦子さんから総括のお便りをいただきました。実現にこぎ着けるまでには、色々あったそうです。しかし、「一番変わったのは自分です」という結論が印象的でした。彼女を変えたのは「元気塾」効果であり、子どもの変容の連鎖だったのです。
  すでに寺子屋を経験した人々にとっては、子どもの潜在的可能性は分かっていることかも知れません。しかし、今回初めてこの事業に関わった方々は、子どもがわずか数日のうちに激変して行くことに目を見張ったのです。しかし、期待と予想値の水準は低かったのでしょう。いたいけな1年生が明治時代の表現を多用した「雨にも負けず」を諳んじただけで多くの人々が率直に感動しました。その時、子どもの変容と元気は「プログラム」と「指導」の賜物である事にどれだけの人が気づいたでしょうか?子どもは断じて一人前に「なる」のではありません。多くの関係者の努力が一人前に「する」です。「する」為には、当然、中身と方法が不可欠になります。すなわち、プログラムと日々の指導がカギになるのです。元気塾の指導はボランティアが担いました。
  元気塾は指導に関わった地元のみなさんをも元気にしました。交流も進み、仲良しの度合いも増しました。元気のもとは「指導」実践です。人々は指導を通して頭を使い、身体を使い、気を使うことによって自らの活力を引き出したのです。
  子どもの成果はまず言葉使いに現れたとお便りにありました。敬語はもとより、丁寧語を使うことも稀であった子ども達は「・・・してください」、「先生、いいですか?」と言うようになったといいます。単純なことですが、プログラムの反復はしつけの出来ていない子どもに"奇跡"を起こしたのです。けんかが少なくなり、仲直りも速くなったそうです。子どもが変わったので自分の仕事がどんなに楽になったかを実感したと上野先生は述懐しています。日々子どもに接している先生でなければ指摘できない変化だったことでしょう。たった1週間のプログラムで学童保育は「学童保教育」に進化したのです。当然、変化の連鎖は異年齢の子ども間の交流に及び、上の子が下の子をいたわるようになり、結果的にケンカが少なくなったのです。子ども集団が上野先生が期待する方向に変わりつつあるということでしょう。それが「仕事が楽になった」理由です。保護者の連絡帳のお便りも一気に増え、プログラムについては、"これからも続けて"という声がたくさん出て来たそうです。学校の態度も変わり、今回の夏休みプログラムに限って,特別に使わせてもらった「コミュニティ・ルーム」は今も使わせてもらっている、と便りが弾んでいました。税金で建てた公共施設である学校の遊休施設を同じ学校の子どもが使えないということの方が異常なのです。しかし、現実は、「当たり前であるべきこと」が、学校風土においては決して「当たり前」ではないのです。小さな部屋の学童保育施設に長年閉じ込められて来た上野先生にとっては隣の部屋が使えるだけで実に新しい感動なのです。
  親子が一緒に料理を楽しんだとだけ報じた記者の目には、「元気塾」が生み出した真の変化が見えていないのです。


   

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