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「風の便り」(第91号)

発行日:平成19年7月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. ふたたび朗唱発表会を見た!−新たな教育実践を始めるにあたって−

2. ふたたび朗唱発表会を見た!−新たな教育実践を始めるにあたって− (続き)

3. 「祭り」の思想を発明する-佐賀市立勧興公民館のまちづくり実験-

4. 熟年トレーニングの処方と評価

5. MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

熟年トレーニングの処方と評価

  福岡県飯恷sの森本精造教育長から教育行政の新しい方針が出ました。旧穂波町の実践を踏まえて,市内22の全小学校に熟年のための生涯学習のプログラム:「熟年学び塾」を配置するというものです。学校側の合意と協力も得て2学期からいよいよスタートします。筆者も協力者の一人として活動成果の調査やカリキュラムの立案に関わることになりました。今年出版した「The Active Senior-熟年の危機と安楽余生論の落とし穴」で分析した論理の具体的応用と検証の場面をいただいたことになります。

1  「労働」から「活動」への移行の論理 -定年後活動の組み立てと評価の視点-

  人が心身の機能を充実させて日々活躍が可能なのは「労働」に参加しているからです。「食う」ためには誰でも働かなければなりませんが,必要は発明の母とはよく言ったもので,「労働」がかける「負荷」こそが人間の意欲も,頭脳も、技術も鍛えて来たのです。
  労働の特性は第1に「社会」との関わりです。労働は社会の要請を受けた生産活動であり,サービス活動だからです。
要請に応えれば,労働の対価と貢献の見返りとして報酬や賃金が支払われます。逆に、報酬や賃金を受け取るということは当人に労働契約上の義務や責任が発生します。労働が心身の緊張や挑戦を伴うのはそのためです。
  第2の特性は動員される心気体の機能が「総合的」だということです。労働の中でこそ人は緊張をともなって、頭を使い,身体を使い,対人交渉の気を使わざるを得ません。だから意欲も,頭脳も,技術も鍛えられ、お元気を保つことができたのです。
  団塊世代が大量定年を迎えることになって、熟年が「安楽な余生」を送るようになれば、医療費はさらに危機的な状況に陥るでしょう。介護費も赤字が続くでしょう。生涯学習も高齢者福祉もその施策の方向と中身を間違えているのです。さらに言えば,教育界やスポーツ界の「時間内作業量」を基準とする考え方に再考を促す時代になるでしょう。労働効率の判断基準を「時間内作業量」の多少で測り、その結果を高齢者に適用する間違いの「つけ」が出てきます。高齢者雇用の賃金体系は一般労働者と区別をして「複線化」しなければならないのですが,労働行政や労働組合の固定観念は「最低賃金」など一律・単一基準の論理に呪縛され,高齢者のための第1次定年後の就業システムや社会参加プログラムの発明を阻んでいるのです。
  もちろん、「時間内作業量」の効率が若い人々の半分になった高齢者を現賃金体系で雇用することは出来ません。しかし、半分の給料で雇用することは出来るでしょう。定年者に新しい雇用市場が拓かれれば,労働力が確保できるだけではなく,多くの高齢者の活力を維持することが出来るようになるのです。
  しかし,本稿では「生涯学習」と「ボランティア」の枠内に限定して論じることにします。
  熟年者活動の処方の原点は、第1に「社会との関わりをもち続けること」,第2に日常的に「頭と身体と心を使い続けること」です。要は、「労働」から「活動」への移行の論理が不可欠になります。また、「労働」から「活動」への移行をシステム化するためには、定年後の活動の組み立てと評価の視点が重要になります。
  以下は飯恷sの「学び塾」構想を素材とした熟年トレーニングのカリキュラムとその評価法の論理です。

2  「新しい挑戦」・「日常の探検」の不可欠性

  定年は「世の無用人(藤沢周平)」となることです。「長年のお仕事ご苦労様でした」というご挨拶の裏側には,「あなたの役目は終わりました」という意味が込められています。換言すれば,「あなたはもう社会から必要とされていない」という宣告です。
  私たちが日々の糧を得なければ生きて行けない以上,世間の大部分は「仕事」で構成されることになります。やり甲斐も生き甲斐も人間関係のネットワークもその大部分は「職縁」の中にありました。それゆえ,労働の終わりは世間との「縁」が希薄になることを意味せざるを得ないのです。定年後に人々の活力が急低下する原因は人々が「社会から隔絶」することにあるのです。
  影響の第1は、活力の停滞と低下です。熟年期の活力停滞の遠因は引退により「職業」がもたらす日常刻々の「変化」から遠ざかることです。それは「挑戦」から遠ざかり,「探検」から遠ざかり,「努力」から遠ざかり「責任」や仕事の「達成感」から遠ざかるということです。
  また、世間との縁が希薄化することによって、必然的に,「多様な交流」・「新しい出会い」からも遠ざかることになります。それゆえ,日常生活のマンネリ化は避け難く,活力停滞の遠因となるのです。しかし、「学び塾」のような特別の社会参加のシステムができれば、心身への新しい刺激を得て,本人の興味・関心・挑戦のスピリットを維持することが可能になります。「学び塾」の活動カリキュラムが、参加者に日常の「鮮度」と「挑戦」をもたらすことが出来れば,結果として、本人の活力の発電につなげることができるのです。換言すれば,本人に「挑戦」や「努力」の必要をもたらす「活動」は,加齢とともに衰える心身の機能・エネルギーを維持・存続させ得る可能性が高いのです。それゆえ、カリキュラムには,生涯学習や生涯スポーツの基本プログラムが必修になります。言い換えれば,「読み書き体操」の日常訓練が必要になるのです。

3 熟年集団のための基礎プログラム

  (1)  あいさつ−熟年学び塾モットーの復唱

  活動の持続には「気合い」と「連帯」が大切です。グループの団結と士気を高めるために多くの集団・組織が実践していることは「目標」の一斉朗唱」や「復唱」です。常に学び続ける意味と意義を確認するためにも,学習者自身が学習集団の目的・目標を「モットー」や「スローガン」のような簡潔な表現にまとめて全員が声を揃えて「朗唱」または「復唱」することで自らの「気合い」と「連帯」を充電するのです。

  (2)  頭の体操1:群読→素読→朗唱
 
 頭の体操の基本は声を出して群読、素読、朗唱することです。教材は学習者が発掘し、編集することが一番良いでしょう。音読も朗唱も頭の体操,教養の再構築,腹式呼吸のマスター、学習仲間との連帯,発表会を通した世間との交流など様々な効果が期待できます。学校に導入するプログラムですから発表会なども児童と共同で行えるようになれば,お互いの交流,刺激のためにも様々な福次効果が出てくるものと思われます。所要時間は15?20分ぐらいが適当ではないでしょうか。

  (3)  頭の体操2:簡単な計算ドリル
     
 こちらは東北大学の川島隆太教授の前頭葉活性化理論の応用です。単純な計算練習は退屈ですから、大の大人がその意義を納得して続けることは決して容易ではありません。十分に脳の活性化の意味を説明して、しかも短時間に限定した練習で十分であると思います。

  (4)  身体機能維持体操

  熟年の身体能力は日々刻々と衰えます。基本的には誰も止めることは出来ません。「老い」の定義は「衰弱と死に向っての降下」ですから、体操の目的は老衰をスローダウンさせることです。それゆえ、日常的な身体の「手入れ」が大切になります。多くの生活習慣病、老人病、老人性のけがなどは、「手入れ」に油断があったことから発生することが多いのです。例えば、血液の循環がその一つです。血液が身体の末端まで行き渡らなければ、筋肉や神経の働きに故障が起こりやすくなるのは子どもでも分かる理屈でしょう。それでなくても高齢者は血管が固くなったり、細くなったりすることは知られています。筋肉や骨や関節も衰弱の下降をたどることは同じです。新陳代謝率の低下から反応速度の遅滞まで老いは人間を容赦しません。
  日々の身体運動が重要なのはそのためです。筋肉や関節も柔軟体操やストレッチ体操を工夫して日々手入れをすれば衰えを緩やかにできることも知られています。運動は反応速度を維持することにも役立つことでしょう。食育の思想と上手に組み合わせれば、簡単な「手入れ」体操で身体機能の維持・存続を図ることが出来る筈です。
  調査は、「筋力」、「柔軟性」、「「一定時間内作業量」、「反応速度」の測定を定期的に実施してみれば、トレーニングの成果を自分で確かめることが出来ると考えています。また、年間を通して、生活習慣病、老人病、老人性のけがなど2日以上の医療費支出調査を実施してみれば、身体機能維持トレーニングが「医療費削減」の効果に結びついているか、否かも評定することが出来ます。これらの病気で2日以上の治療を必要とするということは、本人の健康状態も医療費負担も簡単ではないことを示唆しているからです。逆に,2日以上の病院通いがなかったということは,健康状態もよく,医療費負担も少なくて済んでいることの証拠になるでしょう。「学び塾」の参加者の多くが相当の長期にわたって"医者いらず"で過ごすようであれば,「学び塾」の健康への貢献度は大きいと考えて差し支えない筈です。したがって、ここでの設問は一定期間を振り返って、「医者いらずで過ごせましたか」,ということになります。

(5) 選択・特別プログラムの意味と意義

  想定している「選択・特別プログラム」は以下の4領域、4分類になります。

@ 個人の「執筆」活動

  「便り」,「日記」,「自分史」、「熟年塾通信」など他にも可能なメニューはあるでしょうが、「書くこと」は頭の力仕事です。加齢とともに頭の働きが衰えて行けば、読むことも億劫になりますが、書くことはもっと億劫になります。上記の作業事例は自分に「書くことの負荷」をかける工夫です。内容的には日々の生活に必要かつ役立つであろうことを想定しています。学習集団が一致出来れば「短歌の会」、「俳句の会」「調べものの会」なども可能になる筈です。ぼけ防止のための「読み書き体操ボランティア」の中の「書くこと」のカリキュラムです。
     
A 学校支援ボランティアのための事前研修/教材開発

 学校施設をお借りする以上、「学び塾」は双方にメリットがなければなりません。熟年者の側の貢献は「学校支援ボランティア」活動ということになるでしょう。中身は学校のカリミュラムに合わせる必要がありますが、工作、音楽,料理、紙芝居,読み聞かせ,習字,裁縫、囲碁・将棋,昔遊び,郷土史などがあります。いずれも子どもの指導場面を想定した活動です。参加者の研修を兼ねて、事前の予行演習が出来ていれば、「現場」で戸惑うことは軽減することが出来ます。研修は技術や知識に限定せず、指導のロールプレイングや演習・実習を含めてより支援を前提としたカリキュラムを想定することが重要です。

B 健康学習

 本人のお元気のための理論学習です。家庭の医学、日常の医学として、成人病、生活習慣病、ストレスマネジメント、食育、運動生理学など学ぶことは多い筈です。日常の健康常識をきちんとマスターするところから活動への理解を促進する狙いもあります。

C その他の特別プログラム

 文字通りの「特別プログラム」です。経費は本人負担を原則とします。個人の利益につながることを税金で負担して来た従来の生涯学習施策は、税の公平還元の視点からも間違っていたのです。
  野外活動、視察,文化鑑賞、祭り,展覧会・展示会、交流会、発表会などはすべて本人が「動き」、「役割」や「責任」を負って活動する種類のプログラムです。中でも一番重要なのは発表会です。日頃のトレーニングの成果を自らが確認し、また他者によって評価を受けることは緊張と興奮を伴う「火事場」です。アドレナリンやエンドルフィンなどのホルモンの分泌も活発になることでしょう。児童との合同発表会を企画できれば、「手本」を示すことも、保護者や教員との交流の機会も拡大します。「挑戦」こそが本人の心気体を最も躍動させ、社会的・心理的存在感を実感できる「舞台」なのです。「見られること」、「見て頂くこと」の意義を高齢者の「挑戦」を通して実現しようとするものです。


4  「学び塾」の全プログラムを通して参加者が「体感・体験するであろうこと」は、第1に「機能快」、第2に「新しい出会いと交流」、第3に「楽しみと躍動感」、第4に「自らの意欲と好奇心」、第5に、「活力と健康」を想定しています。

(1)   第1は「機能快」の実感
    
  活動には収穫がなければなりません。老若男女に関わらず、これまで「出来なかったこと」が「出来るようになる」ことは嬉しいに決まっています。心身両面に亘って、ものごとの達成感,成就感、会得感こそが「機能快」の源泉です。「学び塾」が「学ぶ」ためのシステムである以上,各人の「機能快」を保障しようとしています。「学び塾」の役割が各人に評価・認知されるためには、学んだ結果として達成感を裏付けする「証拠」が必要だからです。「出来るようになったこと」が絶えず存在し続けることは、参加者の新鮮な「機能快」を保障する不可欠の条件です。したがって、設問には新しく「出来るようになったこと」は何でしょうか、を含めなければなりません。

(2)  第2は「人間関係のネットワーク」の構築

  熟年期の心理的危機は「孤立」と「孤独」です。「高齢化」はあくまでも「平均値」だからです。「孤立」も「孤独」も人間関係の希薄化と密接に関わっています。労働からの引退に伴って「職縁」が切れ,「結社の縁」から遠ざかります。「労働」に代わる新しい「活動」に移行できなければ、過去の人間関係は必然的に途絶えることになります。また、早い時点で、地域社会にデビューすることが出来なければ,スムーズに地縁のネットワークに加わることも出来ません。血縁は比較相対的に昔のようには頼りにはならなくなりました。それゆえ,熟年期の「孤立」と「孤独」を回避するためには、「生涯学習の縁」や「ボランティアの縁」によって絶えず新しい人間関係を作り続けて行くしか方法がないのです。「学び塾」はまさにこれらの「新しい縁」による出会いを準備する仕組みなのです。したがって、設問では「新しい出会いはありましたか」、「新しい交流は始りましたか」、を問わなければなりません。

(3)  第3は「楽しみ」の発見

  学び塾」の命は、「活動」の魅力,カリキュラムの楽しさです。「活動」が心身の活力維持に役立つであろうことは,すでに仮説として想定済みですが,日常に「役立つ」だけでは「学び塾」の「十分条件」を満たしたことにはなりません。人々が「活動」の中から楽しいことを列挙できるようであれば、カリキュラムは成功と言っていいでしょう。参加者が、自分の好きな活動に説明を加えて,その理由や感想を書けるようであれば、さらにプログラムの成功の度合いは高いと判断していいでしょう。設問では「楽しいこと」、「楽しさの理由」を聞かなければなりません。

(4)  第4は「意欲」の高まり

  「特別プログラム」・「選択プログラム」を豊富にすることで、活動企画の「自主編成」の可能性を探ろうとしています。人々にやりたいことがはっきり自覚され,意識化されてくれば,活動の責任者や企画者が生まれて来ます。当然、自主活動の機運も高まって来ます。そこまで行けば「学び塾」の「自転」が始るのです。「自転」する組織は「自立」し,「自立」を支えるのは参加者の「活力」と「創意工夫」です。たくさんの注文が出てくるようであれば,「学び塾」の存在も,その活動カリキュラムも,運営方法も「合格」と判断していいと思います。設問では活動の内容・方法に「注文はありますか」、を尋ねます。「注文」や「期待」を通して参加者の意欲を見ようとしています。

(5)  第5は全般的な「活力」の向上

  学び塾の狙いは熟年参加者の心気体に亘る全体的な「活力」の向上です。様々な「活動」を経て、人々が全体的・全般的に「お元気」になって行くようであれば、事業は大成功と言っていいでしょう。
問題は「活力」の維持と向上です。「活動経過」を振り返って、回答が「否定的」であれば、事業は失敗です。その時、多くの参加者はすでに活動プログラムから脱落している筈です。もし、残留している参加者の中でその大半が「活力」の向上を感じていないようであれば,カリキュラムが悪いか、あるいはまた、その「学び塾」の運営が適切でないことを物語っています。それゆえ、設問では「学び塾」は「お元気をもたらしていますか」、を問わなければなりません。

資料1 飯怐u熟年学び塾」の想定カリキュラム

I 1校時目  基礎プログラム(45分)

  1  あいさつ?熟年学び塾モットーの復唱(5分)

  2  群読→素読→朗唱(*教材の発掘と編集)
     (20分)

  3  頭の体操(簡単な計算ドリル/根拠の説明)
     (10分)

  4  身体機能維持体操(種類と理由付け)(10分)


II  2校時目  選択・特別プログラム(45分)

  1「便り」,「日記」,「自分史」、「熟年塾通信」など
     
  2  学校支援ボランティアのための事前研修/教材開発(工作、音楽,料理、紙芝居,読み聞かせ,習字,裁縫、囲碁・将棋,昔遊び,郷土史など)

  3  健康学習

成人病、生活習慣病、ストレスマネジメント、食育、運動生理学など

  4  その他の特別プログラム

野外活動、視察,文化鑑賞、祭り,展覧会・展示会、交流会発表会など

III  3校時目 「学校支援ボランティア」活動(45分)

  支援の中身と方法については、学校側と協議して決定します。


   

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