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生涯学習通信

「風の便り」(第99号)

発行日:平成20年3月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. 熟達の証明 「仕上がりが速くなる」〜「八木山小学校プロジェクト」顧問総括〜

2. 熟達の証明 「仕上がりが速くなる」〜「八木山小学校プロジェクト」顧問総括〜(続き)

3. 「熟年者たち」

4. 「後顧の憂い」 男女共同参画社会−もう一つの阻害要因

5. MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

お知らせ  
 

1  「風の便り」100号記念生涯学習フォーラム                
  生涯学習通信「風の便り」100号発刊を記念し、8年余り執筆してこられた三浦清一郎先生から、購読者の皆さんへ「100号発刊感謝の夕べ」を開催したいという旨の申し入れがありました。    
  本来は購読者である私たちが先生への感謝の夕べを開催すべきと思いましたが、先生の気持ちを大事にしつつ、一緒に編集に関わってきたメンバーで企画委員会を立ち上げ、購読を通して励まされ、新しい実践を続けてきた多くの購読者に呼びかけ、第83回の生涯学習フォーラムを「特別企画」として考えました。主たる中身は、三浦先生から購読者へ、そして購読者から先生へ、感謝を込めた「生涯学習リレートーク」です。
● 日 時  平成20年5月16日(金) 16時〜
(閉会後は第27回中国・四国九州地区生涯学習実践交流会の「前夜祭」に移行の予定です。)
● 場 所  福岡県立社会教育総合センター
 

企画委員長  森本精造
 

2  第27回中国・四国・九州地区生涯学習実践研究交流会
  第27回大会リーフレットの準備が出来ました。例年通り、過去3年間の参加者の皆さんに発送します。昨年に引き続き4月中旬以降、オンラインの申し込みが可能ですのでご利用ください。
● 日時: 平成20年5月16日(金)19時(前夜祭)
      平成20年5月17日(土)10:15(研究発表・特別報告など)
      平成20年5月18日(日)9:00〜12:00特別企画インタビューダイアローグ(「子ども政策の総合化」、「熟年者マナビ塾の思想と実践」)
● 問い合わせ:福岡県立社会教育総合センター 092(947)3511
● E-mail mail@fsg.pref.fukuoka.jp
 

3  下関市立神田小学校「放課後子どもプラン」発会式=VoloVoloの会研修・交流会=
●日時:平成20年4月12日(土)〜13日(日)
12日(土): 会場は神田小学校、開会は9:30、終了は15:00。(子どもを対象とした読み書かせ、子どもシェフ修行、Nature Game,下関カルタなどのほか保護者・関係者を対象とした「放課後子どもプランの展望」の講義があります。
13日(日): VoloVoloの会の研修・交流会です。同窓生の出欠については下関市立神田小学校赤田博夫校長までご連絡ください。
住所:下関市豊北町大字神田2519の1   0837(786)0006
 


■■■■■ 編集後記: ペンシルバニアの早春賦  ■■■■■

  デトロイトまで13時間、さらに乗り換えて2時間。この年になってもう長旅はごめんだ、と思ったのもつかの間、広大な森林とサスカハンナの大河を見たらいっぺんに疲れが吹っ飛びました。旅は人の心をリフレッシュするのですね。ペンシルバニアは文字通り春まだ浅き早春でした。風は冷たく、昨日の暖かな日射しが今日は一転吹雪に変わるという具合でした。遠い山々は雪に覆われて茫々と霞んでいます。芽吹きもまだまだ。あと1月もすればエメリー・ディキンソンが歌ったラッパ水仙が一斉に咲くのですが、はなみずきもPear Treeも花々はいまだ気配もありませんでした。娘夫婦の新居はペンシルバニアとニューヨーク州の州境の「Great Bend」にあります。サスカハンナ河が大きく蛇行するところです。秋田県の「大曲」と同じ地名です。孫をおんぶして早春賦を歌いました。

●家族になろうとする家族
  一歩踏み込んだ娘の新居に筆者と妻が並んだ写真があってまず驚かされました。その他新しい家族の誕生を支えた諸々の方々の写真も飾ってあり、家中写真だらけの様相です。写真の人物を繋ぎ合わせて若い夫婦は自分の家族を作ろうとしているのです。写真の人物たちは若い夫婦を「円心」に置いて、彼らを物心両面で支える「拡張家族」を形成しているのでしょう。極論すれば若い夫婦と血縁が近くても愛されていない者の写真が飾られることはないのです。
  愛の証のために人々はバースデーカード、父の日、母の日、クリスマスや新年のカードをプレゼントを添えてこまめに交換し続けるのです。年に数回と言っても、カードの対象者が10人いれば何十回になるわけですからその努力はまことに見上げたものです。

●初めから「家族」であるという幻想
  翻って、従来の日本の家族は敢えて家族になろうという意識を持たなくても家族でありました。血縁が家族を作るという幻想に支えられていたからです。家族は個人に優先し、家族の問題は個人の問題に優先しました。日本の結婚式は通常「他人」を入れません。「家族と見なされたもの」だけが出席します。「他人」が招待されるのは「披露宴」からです。しかし、結婚式で繋がれた筈の日本の家族は式が終ればほとんど会うことも相互に助け合うこともない昨今であることは周知の事実でしょう。すでに家族の連帯も相互扶助も多くは幻想になったのです。「核家族」はようやくこの事を理解し始めました。誰が若い夫婦を愛しているのか?反対に、若い夫婦は誰を愛しているのか?お互いの愛が合致して新しい「家族」が「家族」になろうとする努力をしなければ家族にはなれないのです。もちろん、愛が壊れれば家族はもろくも崩れます。家庭崩壊も離婚の危機も当事者の「結婚耐性」と共同生活維持の努力が足りなければあっという間に到来するでしょう。現代日本の、耐性も意志力もひ弱な若者が作る家庭があっという間に崩壊するのはそのためです。結婚は共同作業なのに、戦後の教育によって、共同生活の義務を教えられず、個人の欲求実現ばかりを教えられ、共同生活を成り立たせる基礎的トレーニングを受けていなければ「愛はつかの間」ということです。
  古い家族を封建的と言って投げ捨てたとき、日本文化は「新しい家族になろうとする努力と条件」を教えることを忘れたのです。今でも多くの親は親である事が家族の資格であると錯覚していますが、若い世代にはすでにその意識は希薄でしょう。親の介護で揉めるのはそのためです。パラサイトシングルやニートを保護している親の世代は、出来損ないの子ども達を保護するという行為によって自分たちが親の役目を果たしているつもりでしょうが、子どもは単に親世代を利用し、親世代に依存しているだけです。そこに子どもから親への愛がある保証はないのです。「親孝行したくないのに親は生き」はそうした子どもの心情を代表しています。戦後日本は「個」の尊重、「個」の自立を唱えながら、個人が妥協し、お互いに協調しなければ成り立たない共同生活の義務を教えませんでした。それゆえ、己の自由を優先し、共同生活のための義務と努力を敢えて選択しないことにしたのが「独身貴族」です。少子高齢化社会が現実のものとなって彼ら独身貴族の「キリギリス」の冬が来るのです。
  バラバラの個人が家族になろうとする努力を怠れば、家族は一気に崩壊します。狭間でどれほど多くの子どもが泣いていることでしょうか?戦後教育はまことに罪作りな面があったのです。
  ペンシルバニアの早春賦は子どもが家族を選ぶ時代、親が家族を選ぶ時代の到来を思わせました。遅れて辿り着いた私の前で、頑なに喫煙を嫌う娘夫婦に気兼ねして氷雨の中で煙草を吸っている妻が哀れでした。喫煙は確かに悪癖ですが、40年もの長きに亘って自分を支えてくれた妻を雨に打たせるわけにはいかないと思い、即座に娘夫婦の家をでた旅でした。筆者もまた明確に家族を選択したのです。
 


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