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風の便り

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生涯学習通信

「風の便り」(第99号)

発行日:平成20年3月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. 熟達の証明 「仕上がりが速くなる」〜「八木山小学校プロジェクト」顧問総括〜

2. 熟達の証明 「仕上がりが速くなる」〜「八木山小学校プロジェクト」顧問総括〜(続き)

3. 「熟年者たち」

4. 「後顧の憂い」 男女共同参画社会−もう一つの阻害要因

5. MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

■■■■■「熟年者たち」■■■■■

  3月30日(日)「飯恷s熟年者マナビ塾」の第1回実践発表研修会が開催されました。少子高齢化が進行する日本社会において、学校を介在させ、「幼老共生」を具体的にシステム化した事業の意味は限りなく重要だと確信しました。本事業に含まれる複合的機能の可能性に付いては改めて分析の機会を持ちたいと思いますが、筆者の胸を打ったのは、研修会の最後に、ある学校の「マナビ塾」の皆さんが6年生を送る会ではなむけに歌った「若者たち」の披露でした。
  熟年者が輪になって「君の行く道は果てしなく遠い」と歌い始めました。歌い手と歌詞の文句の「落差」に気づいて、筆者の背中に何ともいえない戦慄が走りました。おそらく送られた子ども達も、会場の方々も気づかなかったことでしょうが、「君の来た道は果てしなく遠い」と聞こえたからです。「だのに、なぜ、歯を食いしばり」、「君は行くのか、そんなにしてまで」と続くのです。この問いの答えは瞬時に明らかです。熟年者が「人間の誇りと尊厳」を証明するためです。2番はもっと深刻です。なぜなら「君のあの人は今はもういない」とはじまります。会場にお集まりになった皆さんの中にはすでに「愛する人」を失った事例もあったことでしょう。当然ながら、若者たちの「失恋」と熟年者の「永の別れ」とでは人生の衝撃がまったく違うのです。しかし、歌は「だのに、なぜ、何を探して君は行くのか、そんなにしてまで」と続きます。この問いの答えもまた明らかでしょう。歌の3番は「君の行く道は希望へと続く」と始まります。熟年者の場合も同じだといいのですが、熟年者の「行く道」は宿命的に「衰弱と死」に続くのです。「若者たち」の場合は、「空にまた陽が登る時」、思い直して、「若者はまた歩き始める」と続きます。人生は長いのだから、時間が過ぎ、季節が巡れば、過去のことは忘れて前を見てもう一度歩き始めよ、と語っているのでしょう。しかし、熟年者には、残念ながら、やり直しの時間は残されていません。それでも、熟年者は己の誇りに賭けて、いつかやがて地平に命の灯が沈む時が来るまでしっかりと顔を上げて歩き続けよ、と歌うべきでしょう。それゆえ最後の歌詞は、生かされた日々への感謝の思い、巡り会った方々への愛惜の思いが主題になることでしょう。筆者が歌詞を変えるとすれば、3番は次のようになります。「われら行く道が、どこで終ろうと、生きた日々、会った人々、思いは尽きず、名残は尽きず」。

 


 

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