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風の便り

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生涯学習通信

「風の便り」(第81号)

発行日:平成18年9月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. 日米のコミュニティ・スクール観−視点の違い

2. 平成18年度 夏学期「豊津寺子屋」 子ども評価

3. 第70回生涯学習フォーラム論文概要

4. 第70回フォーラムレポート『子育てネットワークinふくおか』

5. MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

日米のコミュニティ・スクール観−視点の違い

1  「住民参加型の学校運営」論と「棲み分け型の施設共用」論

  東京都足立区の五反野小学校はコミュニティ・スクールである。コミュニティ・スクールの法律上の定義は「保護者や地域住民の代表が学校の予算や人事など、学校の運営に一定の範囲内で意見を述べることができる学校」のことで、各市区町村の教育委員会が個別に指定する。(2004年9月の地方教育行政の組織及び運営に関する法律の改正で制度化)。
  学校は驚くべき閉鎖性の中で戦後60年の運営慣行を作り上げてきた。当然、一朝一夕に変革は難しい。そこで保護者や地域住民が参加する「運営協議会」(評議会)を制度化して行くのは一つのアプローチであることは間違いない。しかし、五反野小の実践を拝見しても、所詮はWebサイトで学校情報を地域に公開したり、ブログで提案を受けたりという程度に留まっている(註*1)。もちろん、やらないよりはやった方がいいに決まっているが、いかにも非効率的でまだるっこしい。「豊津寺子屋」のような子育て支援を構想した場合果して学校評議会は施設の開放や協力を理解するのか?はなはだ心もとない。ましてアメリカのように日本の公民館に匹敵する成人教育の拠点になり得る可能性は少ないであろう。
  これに対してアメリカのコミュニティ・スクールは学校施設・機能のコミュニティとの共用から出発する。学校教育が使用する学校施設は一定の時間で(たとえば午後4時30分)でコミュニティ教育の担当部門に管理権が引き渡される。コミュニティ教育の部門は施設は活用するが、学校教育のあり方には"さわらない"。言わば「棲み分け」型の施設共用である。多くのコミュニティ・スクールにおいては当初から成人と共用することを前提に設計される。当然、施設用地も、建築コストも、後の管理運営費も大いに節約できる。
  また、施設の共用は現状の学校の専有的「管理意識」を外側から破壊する。沢山の住民や専門家が学校内部に「侵入」する。外部の目に曝されれば教員のあいさつも身繕いも変わる。交流も始まる。交渉も始まる。相互批判も始まる。何かが変わり始めるのである。
(註*1日経BPガバメントテクノロジー 、発行日 2005年10月01日号 、「平凡な日常を伝え続けるのが学校の情報発信 」)

  65号に書いたので再論は避けるが、市民の参加による「学校評議会」の導入は学校に「常識」を導入するためである。
  筆者も学校の両極を知っている。無気力で、怠惰で、閉鎖的で、誰のいうことにも耳を傾けない独善的な学校は確かにある。一方、教職員が意欲に燃え、勤勉で、学校に沢山の応援の方々をお招きし、常に実践を外部に開いて評価を受けようとする姿勢を貫いている学校もある。「学校評議会」が必要なのは、陳腐・凡庸・無気力かつ市民の常識にすらも達していない学校である。残念なことは、現在の日本に自らを開いて外部の評価を求めようという学校は少なく、反対に、あらゆることを外部に閉ざして「できない」「やりたくない」「評価は受けない」と改革を拒否する学校は無数にあるのである。「学校評議会」は後者の学校の閉じられた門戸を開放するという点では大いに意義がある。


3  棲み分け型施設共用のコミュニティ・スクール

アメリカのコミュニティ・スクール論は「コミュニティ活動の拠点学校」論であり、「成人教育施設の経済的合理」論であり、コミュニティ・スクール法(Community Schools Act、1974、PL93-380)で定められた共同活用論である。中身は、学校を拠点とした地域住民への各種プログラムの提供、公立の教育施設の効果的開放と活用である。運営組織は学校駐在コミュニティ教育主事(CommunitySchool Eduction Directors)が担当する。
  筆者が論じてきた「豊津寺子屋」型の「保教育」活動には下手な「学校評議会」は不要である。学校施設の開放ができれば後の運営方法は住民の智恵が解決する。
  学校評議会の一元管理にした場合、現行の学校指導原理を放課後の子育て支援活動に持ち込まれるのも大いに迷惑である。学校が信奉する「児童中心主義」では地域の教育力は育たない。教育力の基本は「プログラムの中身と方法」だからである。現行の学校の指導では子どもの規範も社会性も体力ですらも鍛えることが難しいことはすでに明らかであろう。
  要は、財政難の中で子育て支援のプログラムを実行しようとすれば、拠点となるハードこそが課題である。それゆえ、緊急の課題となった子育て支援には、アメリカ型の施設共用コミュニティ・スクールこそ大いに意義がある。税金でつくった学校施設はコミュニティの共用施設として放課後や休暇中の子育て支援や少年プログラムの拠点施設として使用させるべきである。つい、最近、少子化対策の"ビッグニュース"が流れた。平成19年度から文部科学、厚生労働の両省が合意し、全国の小学校を拠点とした子育て支援事業を展開するという構想である。誰も「名指し」をしないが、これこそが学校施設を共用するアメリカ型「コミュニティ・スクール」の出発点である。実現のためには、兎に角、校長の学校施設管理の責任を一定時間以降は解除するか、管理権を制限するか、ものは言い様であるが、施設の開放と共用のシステムが不可欠である。
  施設開放が可能になれば、利用のための運営組織は生涯学習の経験を活かして、地方のそれぞれの担当者が工夫すればいい。学校の開放は文部科学省初等・中等教育局の局長通達が1本あればいい。果して本当に実現するか?注目して見守りたい。実現すれば、「学校評議会」より遥かに速く学校の改革に結びつくであろう。学童保育や「放課後子どもプラン」の拠点が学校になり、そこに教育プログラムが入れば、早晩、学校教育との「連動」を問題にせざるを得ない。そこから学校の「閉鎖性」を崩せる。ようやく小学校に指導原理の改革の気運が生じるか!? 
 

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