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風の便り

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生涯学習通信

「風の便り」(第53号)

発行日:平成16年5月

発行者:「風の便り」編集委員会


1. 「子ども」と「児童」 −「半人前」の親と「4分の1人前」の子ども−

2. 「状況変化」の評価方法 −単位のないものをいかに比べるか?−

3. 「翻訳学問」を疑え

4. 雇用多様化時代の生涯学習

5. 「他者の人権」、MESSAGE TO AND FROM

6. お知らせ&編集後記

お知らせ

第46回生涯学習フォーラム

● 日時: 平成16年6月19日(土)15時-17時
          のち「センター食堂にて夕食会」
● 場所: 福岡県立社会教育総合センター
● テーマ: 生涯学習の総合行政化は可能か(仮)
● 事例発表者: 交渉中
● 参加論文: 福祉と教育の融合−異分野統合プロジェクトの可能性(仮題) (三浦清一郎)
フォーラム終了後センター食堂にて「夕食会」(会費600円)を
企画しています。準備の関係上、事前参加申込みをお願い致します。
(担当:朝比奈)092ー947ー3511まで


編集後記 国際関係の中の論理と表現

  生涯学習は「現代的課題」というカテゴリーを作って、国際化の問題を取り上げてきた。しかし、大学が「留学生会館」を作って留学生を「隔離」することが国際化のサービスであると錯覚しているように、日本社会の国際関係論は極めて心情的に流される。「国際関係」という以上、常に「相手」の存在を意識しなければならない。今回の小泉訪朝についても、メディアは、日本側の発想のみに終始し、拉致被害者家族の心情的観点を拡大した感情的な報道を流し続けている。マスメディアはニュースを劇場やサーカスのように取り上げる、ということは教科書の通りである。前号で書いたイラク人質問題がその一例であった。一国の総理大臣に向かって非難の声を張り上げる被害者家族の「劇場効果」がますます日本人の冷静な判断を失わせないか?帰国した家族を少しはそっとしておいてやるような配慮はどこにもないのか?メディアは「知る権利」などとさも偉そうに主張するが、NHKの受信料がこうした追っ掛け記者会見に使われているかと思うとまたぞろ受信料支払い拒否を始めたくなる。53号の原稿を整理し始めた段階で、小泉訪朝の問題がやかましく論じられ始めた。ふたたび予定を変更して感想を書いた。以下は報道2日目の感想である。

1  「帰って来れない」と「帰って来ない」
  微妙な問題だから書き方が難しいが、拉致家族の帰国を巡ってメディアや関係者の多くの日本語は論理性が欠如している。関係者の心情的な願望を理解したとしても、国家間交渉は相手がある。交渉の結果がこちらの思ったようにでなかったからといって一方的に評価はできない。今回、帰国が実現しなかった一つの家族の方々は「帰国できなかった」のではない。「帰国しなかった」のである。拉致家族には拉致家族の論理があり、政治家には政治家の動機があり、国家には国益の論理があり、アメリカにはアメリカの事情と論理がある。それが国際関係である。一部の家族が北朝鮮への残留を決めたのは本人が「亡命者」だからである。当然、本人のためらいは、「恩赦」を言わないアメリカの意思を配慮した結果であるだろう。北朝鮮の一方的な情報を判断の根拠としたかも知れない。しかし、どのような背景があったにせよ、決めたのは本人達の意思である。小泉訪朝の責任であるかのように「帰って来られなかった」というのは極めて不正確である。

2  交渉成果の判断「基準」
  政治は利害得失が錯綜する。それゆえ、国際関係の交渉結果を一面的に批判するわけには行かない。当然、一方的な「100点」は存在しない。通常は交渉当事者双方の痛み分けの「50点」がとれれば、上出来であろう。70点は100点と思わねばならない。今回の小泉訪朝は日本人が国際関係を考える良い教材になったと思う。拉致問題に関する限り北朝鮮がおかしいのは交渉の前提である。暴力的に日本人をさらったのは北朝鮮である。他国民の拉致は国家の主権の侵害である。すでに帰国している「拉致被害者」の家族の帰国についても、北朝鮮は「日本が一時帰国の約束を破った」といい続けてきたのである。ひどい国であるが、拉致問題も、国交正常化も、そのひどい国と交渉をしているのである。国際関係においては、そのひどい国にもひどい国なりの論理と面子があるのである。交渉成果を判断する「基準」にも当然いろいろなレベルがある。そもそもひどい国なのだから、今回も行かなければよかったのか?経済制裁や特定船舶の入港禁止をふりかざして困らせてからの方がよかったのか?いろいろな考えがあるであろう。
  今回は、取り戻せる家族だけでも取り戻そう、と判断したのである。他の条件が満たされないからと言って、これまでの数々の主権侵害と虚偽の態度を痛罵して、テーブルを叩いて帰って来ればよかったのか?帰ってきた5人は帰って来なくてもよかったのか?人質状態が解消した二つの家族のメンバーから一刻も早く彼の国の状況について事情聴取をしなくてもいいのか?それが残りの消息不明の方々を取り戻す道を拓くとは考えられないのか?イラク人質問題の時の家族も肉親の情に流されて愚かな振る舞いであった。少なくとも前向きに取り組もうとしている一番の味方をひたすら批判・痛罵して自らの心情を吐露する。この種の問題は心情で交渉はできない。今回も同じ轍を踏むか?批判されるべきは拉致の状況を放置して、見てみぬふりをしてきた歴代の総理大臣や政党や朝鮮総連である。政治家も人である。ぼろくそに言われれば意欲も萎え、やる気を失うことにまで家族や関係者は気が廻らないか?誰も"ごくろうさまでした"とは言わないのか?

3 「帰ってきた家族」と「行くえの分らない家族」ー調査再会の約束は騙されたことか?
  そもそも日本の主権を侵害したのは北朝鮮である。拉致がなかったかのように嘘を重ねて来たのも彼の国である。それゆえ、再調査の約束も、北朝鮮の約束は約束ではない、という評価もあるであろう。被害者の家族となれば尚更であろう。現時点では、北朝鮮の約束など信用できるか、という感情が先行している。それゆえ、「拉致被害者調査」再開の約束を信用した総理大臣が愚かだと言う論調ばかりが聞こえてくる。彼の国が信用できないことは日本人の誰もが知っているだろう。しかし、今回は首脳同士の約束であり、世界に公開された約束である。相手が約束を破った時には、拉致被害者家族が主張するような制裁や対抗措置を講じればいいだけのことである。「経済制裁」をしないという約束は日本側の対抗すべきカードがなくなったということではない。経済制裁であろうと、特定船舶の入港禁止であろうと、実行できるのは日本である。相手が約束を破れば、こちらも約束を白紙に戻せばいいだけの事である。拉致問題も、ミサイルや核の問題も、交渉でやろうというかぎり、北朝鮮の立場に立ってみることも必要である。北朝鮮が自らに有利な条件を引き出すためには、自国に有利な交渉のカードを残すことは当たり前であろう。政治も、外交も相手がある。答は簡単に出るはずはない。
総理は子どもの使いに行ったようだという批判があるが、その種の批判こそが子どものような批判に過ぎない。「俺が行けばこんな交渉はしなかった」という主旨の事を拉致議連の会長が言っていたが、北朝鮮が彼を相手にすることなどあるはずはない。総理大臣だから相手にしたのである。総理を出迎えた相手側の人物の「位が低すぎる」などという分ったふうの解説もあるが、低俗な人間はいつでも相手を貶めて自分が上であるかのように振る舞うものである。ゴリラが胸を叩いて相手を威嚇することと基本的に変わりはない。独裁者であろうと、嘘つきであろうと最後まで交渉相手を見送った日本の総理大臣の礼儀正しさを評価する日本人はいないのであろうか?
  相手の立場を想定しない批判は聞くに値しない。国際関係については、被害者の家族も、応援の関係者も己の耳に快い言葉だけに振り回されてはならない。北朝鮮は己の利益を引き出すために拉致問題の解決策を小出しにできる状態を残したのである。食糧や医療支援で拉致家族の帰国を「買った」という見方もある。確かにそういう見方もできる。筆者なら、"わが家族のために国民の税金をつかっていただいてなんとも申し訳なく、お礼の申し上げようがない"というだろう。家族を無事に取り戻した家族はやがて抗議の「運動」から足が遠くなるであろう。それが人間の常であることも理解しなければならない。待望の孫を取り戻したおじいさんも肩ひじ張らずにひたすらお礼に徹していればいいのである。国際交渉である限り、事は日本側の思惑通りには動かない。拉致被害者の思い通りにも動かない。それが「国際化」時代の常識である。今回、帰国した「拉致被害者の家族」の帰国を遅らせてもやむを得ない、というのであれば、総理は行かなくてもよかったであろう。強硬政策を主張して、決裂して帰って来てもいいであろう。しかし、ようやく家族を取り戻した当事者はそうは思っていないであろう。交渉の結果はいつも関係者の明暗をわけるのである。したがって、政治的な選択の評価も分けるのである。


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